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8話 気付いた想い。

クレアがうさぎ姿に戻ってしまったことで、二人の会話は終わりを迎えた。

夜も深かったし、エドガーにとっては正直うさぎ姿の今の方が精神的にありがたいという思いもあって、話の続きは明日へ持ち越されたのである。


『おやすみなさい、エド』


昨日と同じ、エドガーのベッドに作られた『うさの寝床』で、クレアはブッと鼻を鳴らす。


「クレア、明日は逃がさないから覚えてろよ。おやすみ」


話の途中で逃げられた悔しさを少しだけ滲ませながら、エドガーも挨拶を返した。


クレアをボーデン家に戻す段取りや、変身の謎についてなど、考えるべきことは多い。

エドガーは明日も忙しくなると、お風呂上りの濡れた髪を気にすることなく目を瞑った。

ーーのだが、下着姿のクレアが瞼の裏に浮かぶわ、同じベッドにクレアが眠っていることに心を乱されるわで、結局は眠れない夜を過ごしたのだった。


翌朝、クレアが目を覚ますと、エドガーの母である伯爵夫人が部屋を訪れていた。

寝不足なのか、瞼が重そうなエドガーが不機嫌そうに相手をしている。

ちらりと見えた後頭部の寝癖も酷いことになっていた。


「こんな朝からどうしたんですか。『うさ』なら」

『おばさま、エド、おはようございます』


クレアは寝床から這い出て声をかけたが、2人の会話の邪魔をしてしまったかもと、思わず首を竦めた。

そんなうさぎのクレアに近付いた夫人は、ヒョイっと抱き上げ、背中を撫でる。


「おはよう、クレアちゃん。エドガーはクレアちゃんが無事なことを理解できたみたいね? 眠そうだけれど、憂いが消えているもの」


おばさま、もううさぎの私を自然に『クレア』って呼んでいるわ……。


クレアは苦笑しながら聞いていたが、驚いたのはエドガーである。


「母上!! 何故それをご存じなのですか? 母上は『うさ』がクレアだとわかっていらっしゃったのですか?」


眠気で半開きだった眼を見開きながら、すごい剣幕でクレアを抱く夫人に詰め寄ってきた。


『まあまあ落ち着いて、エド。だっておばさまよ? 何でもアリよ』


ブッブッと諦めたように頷いていたら、夫人が更に驚愕するようなことを言った。


「あら、このうさぎは本当にクレアちゃんなの? いえね、そういう伝説を聞いたことがあったから、もしかしてと思ってカマをかけてみたのだけど。え、あなた本当にクレアちゃんなの?」


ええぇ~、まさかのカマかけだったとは……。


呆れながらも、クレアは『そうですよ』と夫人の腕を軽く叩く。

エドガーに至ってはガックリと膝を付いてしまっていた。


「まぁ! すごいわ!! つまり人間にも戻れるのよね? だってエドガーがこれだけ落ち着いているっていうことは、人間に戻ったクレアちゃんに会えたからに違いないもの」


はい、全てその通りです。

おばさま、占い師とか向いているんじゃないかしら?


エドガーはすっかり疲れてしまったらしく、覇気のない口調で夫人に説明を始めた。


「くしゃみで人間とうさぎ、それぞれに変身できるみたいですよ……。そうだ! 母上、クレアに着せる服はありませんか? 人間に戻ると、その……クレアは服を着ていないので……」


昨夜の騒動を思い出し、エドガーとクレアは揃って下を向き、赤くなるしかない。

そんな一人と一匹を見て、夫人も何かを察したらしかった。


「あらあら、ふふふ。そういうことなら私に任せなさい。クレアちゃん、早速行くわよ!」


まだ赤いエドガーを部屋に置いて、夫人は足取りも軽くクレアを連れ出した。


◆◆◆


「良かったわ、アイリーンの昔のワンピースが残っていて。私のだと少しサイズがね……」


お嫁にいったエドガーの姉、アイリーンのワンピースを、クレアは鏡の前で夫人に着せてもらったところだ。

夫人は胸のあたりがとてもボリュームがあるので、クレアには着こなす自信がなかったので助かった。

ちなみに、アイリーンも以前に比べ、現在はかなり胸が発達している。


ここの母娘はスタイルが良くて羨ましいわ。

私もこのくらい胸があれば、エドガーも私の下着姿にもう少し反応を見せたかもしれないのに。


誰が見てもこれ以上ないくらいにエドガーは動揺していたのだが、クレアの目には不機嫌そうに映っただけだった。


「でも本当にくしゃみで姿が変わるなんてね。驚いたわ。一瞬でクレアちゃんに戻るのだもの」


さきほどうさぎからクレアに変わる様子を、夫人は興味深げに眺めたばかりなのだ。

手を叩き、まるで少女のようにはしゃいでいた。


「理由がよくわからないんですよね。いつまで続くのかも」

「それならヒントがあるかもしれないわ。まあ、それは後で話すとして、あの子がいない間に今しか出来ない会話をしないとね」


嫌な予感しかしない。

クレアが恐る恐る鏡ごしに夫人の瞳を見ると、夫人は楽しくて仕方がないといった表情を浮かべていて、クレアは逃げられないことを即座に悟った。


「あら、昨夜二人きりのエドガーの部屋で、何があったかなんて野暮なことは聞かないわよ? そうじゃなくて、クレアちゃんがうさぎに変身してから何か心境に変化はあったかしら? 主にエドガーに対して」


エドガーへの思い……。

クレアは悩んだが、ここは正直に打ち明けてみることにした。


「ええと……ありました。私、もしかしてエドガーに好かれているかもしれないんです!!」

「…………ふっ、ふふふ、あははは、あーはっはっはっは!」 


僅かに沈黙が流れた後、夫人が豪快に笑い出した。


「あーおかしい!! クレアちゃんは最高に面白いわ!!」


涙を流しながら笑っているが、笑わせる意図などなかったクレアは、その反応にどうしたらいいか困ってしまった。


私、そんなにおかしいことを言ったかしら?

確かに調子に乗った発言だったかもしれないけれど。


「それで? 口を挟んで申し訳ないけれど、好意を持たれていたとして、この先エドガーのことはどうするの?」


目尻の涙を拭いながら、夫人が問いかける。

クレアは自身の心の内を口にした。


「私、エドに大切に思われているのかもと思ったら、なんだかとても嬉しかったんです。だから、ちゃんとこの姿でエドに向き合いたいと思っています」


真摯なクレアの言葉に夫人は笑って頷くと、人間のクレアの頭を愛おしげに撫でたのだった。


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