6話 正体を明かしましょう。
見てはいけないものをみてしまった……。
クレアは赤面したまま、またそっとカーテンを元に戻した。
恥ずかしさでとてもエドガーを揶揄う気にはなれず、スルーを決め込むことにしたのだ。
これでは相討ちになりかねない。
よし、私は何も見ていないわよ。
でもエドの顔を普通に見られる自信が失くなったわ……。
どうしようかと溜め息を吐いていたら、誰かが部屋に入ってくる音がした。
扉はエドガーが少し開けたままにしてくれていた為、うさぎの姿でも出入り自由になっている。
使用人かと思って見上げると、そこにはエドガーの母、マクレーン伯爵夫人が楽しそうな表情でこちらを見下ろしていた。
『おばさま!』
プッと音を出すと、艶やかに微笑みながら、夫人がクレアを抱き上げた。
「あなたが『うさ』ちゃんね? あらぁ、なんて素敵な毛並み。それに、本当にクレアちゃんみたいなうさぎちゃんなのねぇ。あの子ったら私には会わせないなんて意地悪を言うから、会いに来ちゃったわ。さあ、私のお部屋でお茶でもしましょうねぇ」
クレアを抱いたまま、夫人は滑るように廊下へと歩き出した。
もちろん夫人相手に暴れて反対することも出来ず、撫でられながらただ連れられていくしかなかった。
そうだったわ、おばさまは美人で押しが強い方なのよ。
顔はアイリーンと似ているのに、性格はマクレーン家最強だと言われているのよね。
昔から自由で活発なクレアは、夫人にとても可愛がられていた。
クレアも夫人のことが大好きだったが、最近はマクレーンの屋敷から足が遠のいていた為、少し後ろめたく感じてしまう。
夫人の部屋には既にお茶の準備がされており、テーブルには空のスープ皿が置かれていた。
『うさ』用のティーカップ代わりらしい。
「さぁ、好きに召し上がれ。クレアちゃんの好きなお菓子をとり揃えたのよ?」
え、私の好きなお菓子?
今はうさぎなのに何故そんなことを……。
「クレアちゃんのペットのうさぎなら、きっと好みも似ているはずだものねぇ。――普通のうさぎはお菓子は食べないけれど」
夫人の瞳がキランと光った気がして、思わずビクンとなってしまった。
ば、バレてる?
おばさまは私がクレアだとわかっているのかしら?
「あら、体がプルプル震えちゃって可愛いわねぇ。そんなに怯えなくても取って食いはしないわよ?」
オホホホと上機嫌に笑っているが、クレアは少しも笑えない。
むしろ怖い。
なんとか気分を落ち着かせようと、注いでもらった紅茶を舐めてみたら、ぬるく冷ましてあった。
冷めていても美味しい。
「私、最近クレアちゃんが全然遊んでくれなくて寂しかったのよ。攫われたと聞いたけれど、私の勘ではクレアちゃんは無事だと思うの」
はい、さすがおばさま。
その勘は正しいです。
最近顔を出していなくてごめんなさい。
クレアは紅茶をペロペロ舐めながら、ひたすら平静を装う。
夫人は底知れない人物なので、勝負に乗ったら負けは確定である。
「問題はエドガーよね。あの子、元気なふりをしているけれど、相当参ってるわよ。それはそうよね、大好きなクレアちゃんが行方不明なんだもの」
ブホォ!
必死で平常心を保とうとしていたクレアはあっさりと動揺し、紅茶を吹いた。
しかし夫人は平然と話を続けている。
「エドガー、騎士学校でようやく強くなれたから、クレアちゃんに告白とプロポーズをするって意気込んで出かけたのよ?」
へ?
大好き? 告白?? プロポーズ???
――私に!?
「なのにクレアちゃんには会えないし、ワンピースが残されていたなんて、とても気が気じゃないでしょうねぇ」
呑気にうさぎ生活を満喫しているクレアの心は、良心の呵責に苛まれ始めた。
「せめてクレアちゃんが無事なことだけでも証明出来たら、エドガーも安心するでしょうねぇ」
クレアの赤い瞳を、夫人の瞳がジッと見つめている。
エドガーと同じチャコールグレーの瞳を見つめ返している内に、クレアの覚悟は決まっていた。
『わかりました。エドに全て伝えます!』
プープーと鳴いて答えると、夫人は安心したように美しく微笑んだのだった。
◆◆◆
再びエドガーの部屋で独りになったクレアは、さきほどの夫人との会話を思い返して首を傾げていた。
なんでおばさまにはバレていたのかしら?
今の私はどこから見ても立派な白うさぎよね?
やっぱりおばさまは色々と最強なのだわ……。
約束を守らなければと、クレアはエドガーの帰りを待つことにした。
途中で眠気に襲われながらも睡魔に抗っていると、夜更けになってエドガーはやっと帰ってきた。
とても疲れた様子で、頬が少し痩けた気がする。
『おかえりなさい、エド』
「ただいま、うさ。まだ起きていたんだな。悪い、今日もクレアは見つからなかった。残党を捕らえたのにクレアを誘拐していないと言い張って、クレアの居場所はおろか、足どりさえ全くわからないんだ……」
ソファーにドカッと倒れ込むようにして頭を抱えるエドガー。
クレアはさっさと自分が無事なことを証明する為、葉っぱを手にすると、エドガーのズボンの裾をパシパシと叩いた。
『エド、伝えたいことがあるから、ちょっとこっち向いて?』
「ん? うさ、そんな葉っぱ持ってどうしたんだ?」
クレアはおもむろに葉っぱを鼻に当てて擦ってみせた。
『ふぁ……ふぁ……ふぁックシュン』
「え? は? クレア!? なんで……いや、その前にお前その格好!!」
「じゃーーん、『うさ』の正体はクレアだったのでーす」
「バカ!! そんなことより早く体を隠せ!!」
真っ赤な顔で慌ててそっぽを向くエドガーをキョトンと不思議そうに見ていたクレアだったが、ようやく自分の状況に気が付いた。
私、下着姿だったのをすっかり忘れていたわ!!
じゃーんって自分から見せつけて馬鹿じゃないの!?
クレアはその場に座り込むと、腕で体を覆いながら、自分の愚かさに泣きそうになっていた。