2話 幼馴染みの腕の中。
私、どうしてこんなにモフモフした姿なのかしら?
これってどうみても動物の手とお腹よね。
あ、さっきエドがうさぎと言っていたのは、もしかしなくても私のことなの?
ええっ、私、うさぎに変身してる!?
エドガーが扉を開け放ったことでクローゼット内も明るくなり、ようやく自分の姿を確認できるようになったが、体のどこを見ても白いモフモフな毛しか目に入らない。
足を見てもモフモフ、背中を見ようとしたらかろうじてモフモフな尻尾だけが見えた。
うん、これは立派なうさぎだわ。
白くて毛並みが美しいなんて、さすが伯爵令嬢の私よね。
理解が追い付かずに現実逃避をしていると、侍女が部屋へ駆け込んできた。
元気そうで何よりだ。
「クレア様? クレア様はご無事ですか!?」
真っ先にクローゼットへと走り寄り、その中にいる私――白いうさぎを見つけ、彼女は怪訝そうな顔になった。
「エドガー様、お嬢様はどちらですか?」
「それがこの部屋のどこにも姿がない。この服を見てくれ。見覚えは?」
エドガーが私の周囲でまるで脱ぎ捨てられたようにくしゃっとなっている空色のワンピースを手に取る。
足元の布の感触はこのワンピースだったらしい。
「そ、それは……! お嬢様が身に付けていらしたワンピースです。今朝着替えをお手伝いしましたから、間違いございません!!」
「なんだと? ではクレアはすでに賊に連れ去られた後だということか? まさか服を剥ぎ取られた状態で……」
わなわなとエドガーが震え出した。
クレアが裸同然の姿で誘拐されたと思い、怒りが頂点へと達してしまったらしい。
『ち、違うの! 私はここにいるわ! なぜかうさぎになってしまって、ワンピースが脱げただけなの!!』
必死に説明するが、プープー鳴いているだけで彼らには何も伝わらない。
というか、うさぎってこんな鳴き声だったのね。
犬とか猫なら、もう少し伝わったかもしれないのに!!
それでも根気強くエドガーを見つめていたら、ようやく彼と目があった。
「このうさぎは?」
「存じ上げません。何故このような場所にうさぎが……」
「もしや内緒で飼っていたのではないか? クレアは昔からちっとも変わらないな。……そんなことより、俺は逃げた残りの賊を追う。攫われたクレアを一刻も早く救い出さなければ!」
「どうかよろしくお願いいたします!」
エドガーが急いで屋敷を出ていき、侍女も見送りの為に立ち去った。
その内、屋敷内で再度クレアを捜す声や、荒らされた部屋を片付ける音が聞こえてきたが、クレアはずっと動けずにいた。
動こうにも、クローゼットから飛び降りる勇気が出なかったのである。
どうしよう……。
ウサギって、このくらいの高さから跳んでも死なないわよね?
でも体が小さいからか、恐怖を感じてしまうのよね。
怖じ気づいたまま時間が流れ、気付いたら日が落ちてきていた。
このままクローゼットの中にはいたくないなと思っていたら、ランプと共にエドガーが戻ってきた。
『エド、お帰りなさい! 悪いんだけど、私を持ち上げてここから出してくれないかしら?』
期待を込めてプッと鼻を鳴らすと、エドガーはクローゼットの前でうさぎのクレアと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「なあ、お前は犯人を見たんだろ? クレアを連れ去ったのはどんな奴だった? クレアは泣いていなかったか?」
切なそうな声でクレアに問いかけ、モフモフの頭を撫でる。
その辛そうな表情と優しい手つきに、クレアも胸が痛くなった。
『そんなに心配しないで! うさぎにはなったけれど、私は元気だから』
エドガーの手を鼻でツンツンすると、笑い声が聞こえた。
「人懐っこいうさぎだな。飼い主に似たのか? 心配だから、クレアが戻るまでお前は俺のところに来るか?」
『行く行くー』とばかりにフンフン頷いたら、両手で持ち上げられていた。
「おっ! お前、メスだな?」
「オスじゃなくて良かったなんて、俺も嫉妬深い小さな男だな……」などと、エドガーはブツブツ呟いていたが、クレアはそれどころではない。
エドってば、乙女の大事な場所を見たわねーーーっ!?
うさぎの体とはいえ、お嫁に行けなくなったらどうするつもりよーーーっ!!
クレアの華麗なうさぎキックが、エドガーの顔面にクリティカルヒットした。
「いってぇぇぇ!! お前、お転婆なところが飼い主にそっくりだな!」
失礼なことを言うエドガーに、もう一発お見舞いしようと思ったのに避けられてしまった。
「わかったわかった、仲直りをしよう。名前を付けてやる。『うさ』ってのはどうだ?」
ぶっ。
思わず吹き出してしまった。
相変わらずのネーミングセンスなのね。
うさぎそのままじゃないの。
身体は大きくなったのに、中身は変わっていなくて笑ってしまう。
昔からエドガーとはよく口喧嘩をしたが、いつも憎めない彼のせいで怒りが持続しないのだ。
『いいわよ。許してあげるわ』
鼻をヒクヒクさせていると、許されたことがわかったらしい。
「じゃあ行くか」と腕に乗せられ、エドガーは歩き出す。
その腕が以前より太いことに気付き、なんだか面白くなくて足でゲシゲシしていたら、「本当にクレアそっくりだな」とエドガーは嬉しそうに破顔していた。
抱っこされている状況に小っ恥ずかしさを感じつつも、クレアはエドガーの腕の中ですっかり安心しながら揺られていたのだった。




