12話 白いうさぎは今日も幸せ。
クレアは王都で家族が首を長くして待っている為、名残惜しく思いつつも、辺境伯領を後にしていた。
「今度はゆっくり遊びに来てね。あ、それよりあなたたちの結婚式のほうが先かしら?」
ウフフと揶揄うように笑うアイリーンと、そんな彼女を困ったように微笑んで眺める辺境伯に見送られ、ただ今帰りの馬車の中である。
もちろん、今回はバッチリ人型だ。
それにしても……。
クレアは並んで座るエドガーを横目で観察した。
腕を組んでゆったりと腰を下ろしている彼は、特におかしな様子もなく、いつも通りに見える。
なんだか面白くないわね。
私ばかりが伝説を気にして、そわそわ落ち着かないみたいじゃないの。
クレアは、伝説の娘が王子と結ばれた話を思い出して、またもや頬が熱くなるのがわかった。
結局、私が今後うさぎにならないようにするには、エドと……その……夜を過ごさないといけないのよね?
私だって閨の知識くらいはあるし、いい年頃だけれど、実際そういうことをすると思うと……。
しかもエドと?
こうやって二人きりで馬車に乗っているだけでもドキドキしてしまうのに?
悶々としているクレアの隣で、それ以上に頭を悩ませている男がいた。
エドガーである。
ようやく長い片思いが報われ、クレアに触れることが許されたところなのに、いきなり一足飛びに生々しい話になり、悩んでしまうのも当然だった。
もちろんエドガーだって健康な青年だ。
今すぐ愛するクレアを全て自分のものにしてしまいたい気持ちはある。
でも大切にしたいのはクレアの気持ちだと、エドガーは必死で無表情を装い、腕を組んで胸中の葛藤を悟られないようにしていた。
「クレア」
とりあえず今すべきことを考えた結果、組んでいた腕を戻すとエドガーはクレアに声をかけた。
なんとか声はひっくり返らずに済んだようだ。
「な、なに?」
クレアのほうが緊張のせいか、上擦ってしまっている。
「このままボーデン家にクレアを送り届けるが、その時に伯爵にクレアとの結婚を認めてもらうつもりだ。それでもいいか?」
「え? う、うん。私は構わないし、お父様も反対しないと思うけれど、エドはそれでいいの? きっとお父様ーーというより、うちの家族はもうエドを逃がさないと思うわよ? 私、お相手の候補もいなかったんだから」
その候補を片っ端から排除していたのがエドガー本人であることをクレアは知らない。
「それは願ったり叶ったりだ。俺がクレアを妻にしたいんだ」
「でも……あの伝説を聞いて、私を元に戻すために結婚を急いでいるなら悪いわ」
「それもむしろ大歓迎だけどな」
「え?」
「俺は一日でも早く結婚したいと思っていたし、クレアに触れたい。初夜を早める理由になるなら好都合だ」
「ちょっ、何を言い出すのよ! バカバカ!! 変態!!」
クレアは思わず足が出てしまった。
エドガーの脛を、狭い馬車の中で横から器用にガンガン蹴りつけてやる。
「おい、痛いだろ。でもクレアはうさぎでも人間でも反応が一緒なんだな。可愛い」
蹴られているのに嬉しそうなエドガーに、クレアはちょっと引いてしまう。
そして、『エドは私のことが好きすぎるのではないかしら?』などと、今更な事実に気付いたのだった。
こうして、傍目にはイチャついている間に二人は王都に辿り着いた。
「クレア!! 心配したんだぞ? 全くお前は昔から心配ばかりかけおって……」
「まあまあ、無事だったのですからいいじゃありませんか」
「強盗から逃げ出して辺境伯領まで行くって、相変わらずのお転婆ぶりだな」
父、母、兄が使用人と共に玄関先まで出迎えてくれたが、本当にクレアが自力で逃げ出したと思っているらしい。
まさかうさぎに変身していたことまでは気付けないにしても、私を何だと思っているのかしら?
家族にそこまで無鉄砲だと思われていたとは驚きだわ。
少しは不自然さを疑って欲しいものよね。
私、伯爵令嬢よ!?
不機嫌になるクレアと反対に、付き添っているエドガーは大喜びだ。
昔からクレアの突飛な行動にハラハラさせられてきた分、いい薬だと思って見ていた。
「エドガー君には迷惑をかけたな。随分探し回ってくれた上に、無事に連れて帰ってもらって」
「いえ、クレアの為ですから」
爽やかに返事をするエドガーは、その後正式にクレアとの結婚を認められ、自然と家族の輪に加わっていた。
クレアは初耳だったが、騎士学校の入学前から、卒業後にクレアを妻に欲しいと話を通してあったというから驚きだ。
「そんなの聞いてないわ。なんで教えてくれなかったのよ。知っていたら、学園でも『婚約者がいない令嬢』っていう肩身の狭い思いをしなくて済んだのに!」
「お前が強い男がいいとか生意気なことを言ったからじゃないか。ったく、こんなじゃじゃ馬にマクレーン伯爵夫人が務まるのかね。エドガーはこんな妹が嫁で本当に良かったのか?」
兄がクレアを諌めながらエドガーに確認をとるが、「クレアがいいんです」とあっさり返され、呆れるしかない。
「物好きがいてくれて助かったな」と父が呟くと、侍女らは笑いを堪えていた。
数日後、クレアの卒業パーティーが催された。
エドガーが当然のようにエスコート役を買って出たが、クレアに終始張り付き、近付こうとする男共をことごとく蹴散らしている。
「ちょっとエドガー、そんなに心配しなくても誰も私を見てやしないわ」
「いや、クレアは鈍感だからな。でもそのお陰で三年間何もなくて良かった」
クレアの学友は突然現れた婚約者のエドガーに驚いた様子だったが、二人を祝福してくれたのだった。
◆◆◆
問題は、帰り道の馬車で起きた。
「えっ、エドは騎士にならないつもりなの?」
「ああ。家を継ぐからその勉強をしないと」
てっきり暫くの間は騎士をやるつもりだと思っていたクレアは驚いたが、その後の言葉に更に衝撃を受けた。
「うちで一緒に暮らさないか?」
「は? 誰が?」
「クレアが」
「いつから?」
「今から」
今から!?
その時、まさにマクレーン家の前に馬車が止まり、クレアはエドガーが初めから自分をボーデンの屋敷に返すつもりがなかったことを知ったのである。
「エド、そんないきなり……」
最初は戸惑っていたクレアも、エドガーと暮らせることが嬉しく、最終的には了承したのだったが。
これはどういうことかしら?
今、クレアはエドガーの膝の上で撫でられているーー白いうさぎの姿で。
え、なんで?
しかもエドってば、そんな恍惚とした表情でモフらなくても……。
同居ーーそれって、いよいよ身を捧げる時が来たのね!と、お風呂で体を磨き、真っ白で少しセクシーな下着を纏ったというのに、「最後に『うさ』との思い出が欲しい」などとエドガーに頼まれてしまい、この状況である。
寂しい気持ちを少しは理解し、うさぎ姿になって構われていたものの、徐々に疑問が沸いてきた。
なんで下着姿の私を目の前にして、うさぎが優先なのかしら?
考えてみたら失礼な話よね。
よし、こうなったら……。
エドガーを慌てさせようと、うさぎのクレアはなんとかくしゃみを捻り出す。
『ハックショーン』
人に戻ったクレアは、驚いて呆然と自分を見ているエドガーを勝ち誇ったように見下ろし、満足していた。
ふふふん、ざまあみろだわ。
しかし、鼻を明かせたとクレアが余裕でいられたのは一瞬だった。
劣情を瞳に浮かべたエドガーに、すぐに抱き上げられ、ベッドへ連れて行かれてしまったのである。
「待って、違うの!」
「待てるわけないだろう? そんな格好で誘ったクレアが悪い」
確かに下着姿でエドガーの膝に乗っていたのはクレアだ。
焦ったクレアは、いつもの得意な足技を繰り出したーーのだが。
「え?」
「そういつも大人しく蹴られる訳じゃない」
クレアの足を掴んだエドガーがニヤリと笑うと、クレアの膝に口付ける。
「エド!!」
「諦めるんだな、俺の白うさぎ」
エドガーはまるで悪い狼のように微笑み、クレアは優しくまるっと食べられてしまったのだった。
翌朝、先に目覚めたクレアは、まだ眠っているエドガーの髪で遊んでいた。
いつの間にか大きくなっていたから、なかなかエドの髪に触れるチャンスがなかったのよね。
夢中で触っている内にエドガーの髪に鼻を擽られ、思わずくしゃみをしてしまったクレアはーー。
またしても、うさぎに変身していた。
『え? なんで? エドガーと結ばれたのに!!』
ブッブッと抗議の声を上げていると、エドガーも目を覚ました。
「んー、クレア?……え? うさ!?」
一気に覚醒したらしいエドガーは、破顔するとうさぎのクレアを抱き締めた。
「クレア、愛している」
クレアの変身がいつ終わるのか。
ーーそれは神のみぞ知る。
終




