11話 クレアを治す方法は?
クレアがエドガーと心を通わせていた間に、エドガーの母が全て手筈を整えてくれていた。
「おばさま、何から何までありがとうございます」
頼りになる夫人にクレアが頭を下げると、オホホホといつものように高らかに笑いながら夫人は楽しそうに言った。
「いいのよ。可愛い未来の義娘の為だもの。あなたたちの結婚式が楽しみだわぁ」
さすがは夫人、相変わらず全てまるっとお見通しらしい。
まあ、エドガーがクレアの手をしっかりと握っているのを見れば、それも当然かもしれないが。
夫人の作戦により、クレアは翌日にもアイリーンが住む辺境伯領へ発つこととなった。
表向きは辺境伯夫人のアイリーンが保護しているクレアを、エドガーが迎えに行くという形になっている。
よって、行きのクレアはペットのうさぎとしてエドガーに同行する。
辺境伯領に到着したらクレアは人間の姿に戻り、エドガーに護衛されながら王都のボーデン家へ帰還することで、一連の失踪事件が解決するというシナリオだった。
人の出入りに厳しい辺境伯領だからこそ、逃げ込んだというクレアの話に信憑性が増すし、辺境伯夫人の弟であるエドガーが引き取り人に指名されたことにも納得がいく完璧な筋書きだった。
そうでもなかったら、クレアの父が黙っていないだろう。
「行ってらっしゃい。アイリーンによろしく伝えてね。……エドガー、結婚するつもりだからって、宿で悪さは駄目よ? クレアちゃんが妊娠したらさすがに計算が合わないもの」
ウィンクしながら小声でとんでもないことを付け加えた夫人に、エドガーもうさぎ姿のクレアも、赤くなって俯くしかなかった。
◆◆◆
辺境伯領はこの国の最北に位置している。
王都自体が北寄りに位置しているので、馬車で三日ほどの道程だ。
うさぎを連れての移動に、ケージを用意しようとしたマクレーン家の使用人だったが、エドガーは「俺が抱いていくから」と聞き入れなかった。
実際は、人間のクレアにケージは可哀想だと考えたからなのだが、クレアのペットだから可愛がっていると勘違いをしている使用人らは、うさぎを大切に抱きながら馬車に乗りこむエドガーをニマニマした笑顔で見送った。
クレアが無事保護されたことを知って、彼らの憂いは消え去り、残された興味は二人の仲の進展のみなのである。
ーー既に二人の気待ちは通じ合っているのだが。
馬車の中ではうさぎの姿で大人しく過ごしていたクレアだが、宿に着くと人間に戻ることもあった。
しかし、エドガー以外にはうさぎだと思われているクレアに、専用の個室が与えられるはずもなく、エドガーと同じ部屋で過ごすより他はない。
付き合いたての恋人同士である二人に、いきなりの同室はハードルが高かったーー主にクレアにとって。
というか、動揺しているのはクレアだけだった。
すぐにクレアに触れたがるエドガーに、クレアはまだ慣れることが出来ずにいるのだ。
結局、恥ずかしさに耐え切れなくなったクレアがくしゃみでうさぎに戻ってしまい、エドガーがガッカリすることの繰り返しだった。
◆◆◆
「待ってたわ! お母様から話は聞いているから安心してね」
辺境伯領に到着したエドガーたちを、アイリーンが笑顔で迎えてくれた。
もちろんエドガーの腕には、うさぎ姿のクレアが抱っこされている。
『アイリーン! 久しぶりね。迷惑をかけるわ』
プップと鼻を鳴らすクレアを覗き込むと、アイリーンはエドガーからクレアを少々強引に奪い取った。
「このうさぎちゃんがクレアなのね? 確かにクレアにそっくりだわ。でもこんな不思議なことってあるのねぇ」
『私も驚いたわ』
うさぎはアイリーンの腕に擦り寄っている。
大好きなもう一人の幼馴染みに久々に会えて嬉しいのだ。
クレアを奪われて不貞腐れているエドガーに、アイリーンの夫である辺境伯が声をかけた。
「よく来てくれた。さあ、中へ」
城の中へ案内され、人間に戻って服を着たクレアは、応接間でやっと一息つくことが出来た。
秘密裏に話し合う為、この部屋には辺境伯夫妻とエドガー、クレア以外は人払いされている。
「あー、やっぱりこの姿がしっくりきて落ち着くわ」
腕を伸ばしてリラックスするクレアに、アイリーンがクスクス笑っている。
「ずっとうさぎ姿でいたなら当然よ。でも宿では人間の姿に戻っていたのではないの? 寝る時とか」
揶揄うように訊かれ、クレアの隣の席でエドガーは咳き込んでいる。
「もちろんうさぎに決まっているでしょう! 私たち、まだそんな……」
真っ赤になって否定するクレアを、咽せていたはずのエドガーが愛おし気な目で見ている。
「ふふっ、あなたたちがうまくいったようで良かったわ。これもうさぎに変身したおかげなのかしらね。でもエドガーがクレアにベタ惚れなのは昔からだけど、あなた、相変わらずクレアしか目に入っていないのねぇ」
アイリーンが弟に対して、目を細くして呆れた口調で告げている。
クレアが恥ずかしくなって声を上げようとしたその時だった。
「クレア嬢に話しておきたいことがあるのだが」
無口な印象の辺境伯が、遠慮がちに会話に入ってきた。
会うのは彼らの結婚式以来だが、いつ見てもガッチリしたマッチョである。
「なんでしょう?」
「この地にまつわる伝説についてだ」
辺境伯によると、この北の大地には昔から代々伝わる話があり、今も御伽話として有名らしい。
その内容はーー
とある貴族の娘が、盗賊のカシラに目を付けられ、攫われそうになってしまう。
助けて欲しいと祈りを捧げた娘は、うさぎに姿を変えることにより、ピンチを乗り切ることに成功する。
その後通りがかった王子に助けられ、無事に人間に戻った娘は、王子と結ばれるーー
「すごい! そんな伝説があるなんて。おばさまが言っていたのは、このことだったのね!」
「でしょう? まさか本当に御伽話みたいなことが起こるなんて!」
興奮するクレアとアイリーンだったが、エドガーが冷静に質問した。
「その話では、娘はどうやって人間に戻れたのですか? 一度人に戻れたら、もううさぎに変身することはなかったのですか?」
うっかり盛り上がってしまったけれど、確かにそれが一番大事な問題だったわ。
気になったクレアも辺境伯の方を見たが、何やら言いにくそうにモゴモゴしている。
どうしたのかと思っていたら、アイリーンが引き継いで話してくれた。
「私から言うわね。娘は、王子と結ばれることによって、完全に人に戻れたのよ。つまり、身も心もね」
クレアとエドガーは、同時に手にしていた紅茶のカップをソーサーに戻していた。
動揺でうっかり溢してしまいそうだったからだ。
そ、それって……やっぱりそういうことよね?
クレアは赤く染まった頬を両手で隠したのだった。




