流れるカニカマボコの冒険〜哀歌編〜
夕暮れ時、辺り一面は濃い霧に覆われていた。流れの緩やかな小舟の上に4つの練り物が乗っている。船頭のさつま揚げはごぼうの櫂を川の底に突き刺し流れない様に辺りをキョロキョロとして利用客を待っている。カニカマが弾く陰気臭いギターの音色に苛立ちながら竹輪が白い息を吐くと苛立ちながら貧乏ゆすりをする。
「早く行こうぜさつま揚げよぉ。寒いし誰も来ねえしでやってらんねえよ」
霧のせいで周りは見えないがこの川を下る船に乗る者の気配はない。しかしさつま揚げは彼を諭しそのまま待つ。地点ごとに一定時間は利用客を待つ様になっているのだ。この船には船頭のさつま揚げ、利用客の竹輪、板蒲鉾、カニカマボコが乗っている。こんな日に利用客なんている訳がないとは竹輪も言えなかった。
辺りが寒くてイライラしているのもあったが、竹輪がいち早く家に帰りたがったのには他に理由があった。板蒲鉾は理由を何となく察していたのでニヤニヤしていた。
「おーい!待ってくれ!乗るよ、乗る乗る!」
草むらの向こうから大声で手を振ってはんぺんがやって来た。彼はさつま揚げに鱗を支払って舟に乗り込む。竹輪が舌打ちする。
「けっ、えらく安金じゃねーか。どこ行くんだよ」
「ん?ああ、犬ヶ村までね」
それを聞いてちくわは不機嫌そうに唾を川に吐いた。
「すぐそこじゃねえか!歩いて行けよ。てめえが乗った分だけ舟が重くなって帰るのが遅くなるじゃねえか」
もう既に舟は出ていると言うのに酷い言い草だった。はんぺんは申し訳なさそうにしながらも言い返す。
「そんな事言ってもよぉ、お前さんだって耳にしているだろうよあの噂を」
「噂?」
さつま揚げが尋ねた。その問いに板蒲鉾が答える。
「殺練鬼の噂だよ。この辺にいるんだってさ」
竹輪がやたらとさつま揚げを急かすのはこれが理由だった。この辺りには殺練鬼の噂があるのである。同時にここからそう遠くもないのにはんぺんがわざわざ金を出してでも舟に乗る理由も同じだたった。
口にするのも恐ろしくて竹輪は話したがらなかったが、その他は恐ろしくも興味は尽きないらしくそれぞれ知っている事を口々に言いだす。
「何でも殺練鬼は奇妙な構えをするらしい。殺しをやるために武道を極めているんだとよ」
板蒲鉾はその硬い身を無理に捩って殺練鬼の剣捌きを真似てみる。あまりに激しく動くもので舟は揺れるし蒲鉾の部分が板から僅かにはがれてしまう。
「あいたたた…」
「へっ、無理すんなよおっさん」
その言葉を聞いて板蒲鉾はその身を赤くする。
「誰がおっさんだ!お前より若いんだぞ!!」
「そうだったな。消費期限切れてそうなツヤだったんで勘違いしちまったよ」
確かに板蒲鉾の表皮は汚れるなり傷んでるなりで若くは見えない。少なくとも竹輪より若く見られる事はないだろう。若くして成功しているが苦労が絶えず板蒲鉾はどこかしこ体を壊していた。
板蒲鉾と竹輪は住処は離れているがこの辺では昔から犬猿コンビとして有名だ。顔を合わせる度によく喧嘩をしている。元々は仲が良く仕事仲間だったのだそうだが後輩にあたる板蒲鉾の方が先に出世してしまい関係は険悪になり、竹輪は故郷を出て行った。時は経ってもその時の屈辱が忘れられない様だ。
はんぺんは身振り手振りをしながら殺練鬼について話す。
「それだけじゃあないんだ。奴は仕込み刀を使っているらしい。まさに神速って感じで僅かに白刃が見えたかと思うと既に斬られているんだとよ」
はんぺんの言葉にカニカマボコが笑った。
「それで、殺練鬼に斬られた被害者はゾンビになってその話を触れて回ってる訳か。そりゃ怖い」
目撃情報が多ければ多いほど正体がバレやすくなる。ここまで噂になるほど人を殺しているなら殺練鬼だって上手く目のつかない所を選んだり隠したりしているはずだ。更にはまるで間近で見たかの様な発言まで飛び出すのでカニカマボコその点についておかしく思ったのだろう。はんぺんはムッと一度口を噤んだが少しして言葉を返す。
「隠れて見てた奴でもいたんだろう。噂の出所なんて知らないよ」
そんな話をしているとやがて犬ヶ村に到着した。はんぺんは周りをキョロキョロとすると急いで降りて逃げるように駆けて行く。さつま揚げはこの村で舟に乗る練り物が他にない事を確認してからまた舟を出す。
舟を漕ぎ出すとまたカニカマボコがギターを弾きだす。竹輪がシワを深くしてその音色を嫌がる。
「おいやめろ、その辛気臭え曲を弾くのをよぉ!!曲も酷いしギターも粗悪品で音の響きも酷い!耳障りなんだよ!」
「僕は好きだけどな」
さつま揚げが言う。カニカマボコは鼻で笑うと演奏を止めて顔を上げた。
「殺しの唄って言うんだ。曲は出来てるんだが作詞がまだでね」
「ふうん」
そう言ってカニカマボコはまた演奏を再開する。どうやら竹輪の言う事を聞くつもりがないらしい。ふと板蒲鉾が何かに目を付けて青ざめる。不審がる竹輪にあれを見ろと言ってわずかに角を上にあげてそれがある位置を示した。
それは一本杖だった。カニカマボコのすぐそばには一本杖が置かれていた。その表皮のツヤやシワからしてそれなりに年を取っるには間違いないが、まだ杖をつくほどの年齢には見えない。殺練鬼は仕込み刀を持っていると言う話が先ほど出たばかりだった。
「お、おいアンタ…まさかとは思うが…」
「気になるなら触ってみろよ。ほら、俺が殺練鬼だっなら…何だったか。白刃が見えた瞬間にはこの場の全員を皆殺しにしちまえるんだったか?」
そういってカニカマボコは演奏を続ける。おそるおそるとカニカマボコの近くに座る竹輪が杖を取る。それから取っ手の部分を軽く弄ってみるが刃を抜く事はできなかった。
ただの杖だと分かって竹輪は安堵の息を漏らすと杖を乱暴にカニカマボコの方に投げて返した。カニカマボコは演奏を止めて竹輪の方を向いた。
「何だよ驚かせやがって」
「投げるなよ。鼠ヶ浦まで墓参りしに行かなきゃならねえんだ。あまり適当に扱うとギターで撲殺するぞ」
「やってみろよ。殺練鬼じゃない事が分かればお前なんか怖くねえや」
カニカマボコは肩をすくめると演奏の続きを行う。
竹輪は最初は乗り気じゃなかったが皆があまりに熱心に殺練鬼の事を話すもので積極的に話題に乗る様になった。殺練鬼について知らない様子のさつま揚げに板蒲鉾と情報を交互に教える。相変わらず信ぴょう性のほどは微妙だったが。
そんなやり取りをしているうちに猫ヶ淵が見えて来た。板蒲鉾が降りる場所だ。板蒲鉾は荷物を握りながら話を続ける。
「それで殺練鬼は自ら使う剣術の師匠を殺してしまったんだ。その剣術を悪用し続ければ必ず自分を殺しに来るに違いないってわかってたから、奇襲をかけたんだよ」
「技を教えてくれた恩義を忘れて師匠に手をかけるとは血も涙もない奴だ。板蒲鉾の野郎みてえじゃねえか」
竹輪の暴言を板蒲鉾は気にも留めずに続ける。
「中には腕前を鱗で買って雇う奴もいるらしい。雇う奴も殺練鬼と同じぐらい恐ろしいもんだ」
やがて岸に着くと板蒲鉾は降りた。そして川の岸辺で竹輪達を振り返ると竹輪に向かって言葉をかける。
「なぁ竹輪、お前は性格が悪いよな。誰が殺練鬼にお前の殺害を依頼してたっておかしくねえ。夜道は物陰に気を付けるんだな…」
「俺の首に高額の鱗を出す馬鹿がどこにいるかってんだ。何より俺は善良な練り物だしな」
「そうだろうな」
そう言って板蒲鉾は草むらの中に入って行った。やがてわざとらしい悲鳴が聞こえて来る。カニカマボコは構わず演奏を続け、さつま揚げも気にする様子もなく櫂で漕ぎ続ける。竹輪だけが怖がってもっと早く漕ぐようにさつま揚げに言葉を荒げた。
しばらくして板蒲鉾が草むらから顔を出したのでちくわは遅れてからかわれたのだと気付いて表皮を赤くする。あまりにその様子が可笑しかったのかカニカマボコは手元が狂い演奏の音程が外れてしまった。
「しかし、凄腕で師匠殺しも躊躇ず行えてしまう血も涙もない殺練鬼がこの辺りに出るとは…。僕も怖くてなりません」
さつま揚げはため息をついて言った。
「いいや、あいつが殺されるのも時間の問題だろう。その師匠には子供がいたらしいんだ。そいつも師匠に勝らずとも劣らず凄腕の剣術かなんだそうだ。敵討ちするに決まってる」
さっきの醜態を流そうと話題を気を遣ったさつま揚げの話題に竹輪が乗る。カニカマボコはニヤニヤしながらギターの弦を調整した。
「師匠と同レベルなら負けるんじゃねえのか?殺練鬼は師匠を超えてんなら」
「分かんねえだろ。親父より強いかもしれねえじゃん」
「噂ってえのは伝わる度に尾ひれが付いたり話が変わったりするもんだからな。その話だってどこまで本当だか分かったもんじゃねえ。死んだのは師匠じゃなくて弟子の方だったかもしれないし、子がいたのは師匠じゃなくて殺練鬼の方だったかもよ?」
カニカマボコがそう言ってまた先程の曲を弾き始める。
「へっ、それじゃ師匠が殺練鬼だってのかよ。どんな理由があって手に塩かけて育てた弟子を師匠が自ら殺すんだよ?意味が分からねえ」
「確かにな」
竹輪の意見に頷くカニカマボコ。それからとうとうその殺練鬼の噂もネタも尽きてお互いに黙って川を流れ続ける。やがて竹輪が降りる烏ヶ岬が見えて来た。ちくわはせっせと荷物をまとめて降りる準備をする。
「何にせよその殺練鬼が狂人には違いないんだ。お前らも気を付けろよ」
「ああ、ありがとう。気を付けるよ」
さつま揚げはにっこり笑って竹輪の気遣いに感謝した。カニカマボコは鼻で笑って曲を弾き続ける。やがて竹輪が船から降り、足早にその場を去って行った。
2つの練り物を乗せた船は鼠ヶ浦に向かって進みだす。
「どこまで本当なんでしょうね、あの噂」
さつま揚げが殺しの唄を弾くカニカマボコに尋ねる。
「噂ってのは面白可笑しく脚色されるもんさ。しかしあいつらは殺練鬼について肝心な事を知らんのだな」
「肝心な事?」
「殺練鬼は既に死んでるんだ。師匠に殺されてな。ありもしない亡霊に怯えて可愛い連中だよ」
辺りに立ち込めていた霧の地帯から抜けた様で少しずつ視界は晴れていく。日は沈み少しずつ闇も増して来た。やがてカニカマボコの弾くギターの弦が切れてしまう。彼はヘッドのペグの辺りを弄る。
「だが最近はその亡霊の名を騙る奴がいるんだ。殺練鬼の息子だよ。師匠は知らなかったんだ。その弟子は妻に先立たれ息子を1人で育て、生活に貧して追い剥ぎまがいな事をしたり殺し屋になるしかなかったって事情を。親父の師匠を恨んだんだろうさ」
鼠ヶ浦が見えて来た。さつま揚げはオールを漕ぐ手を止めた。
「…お詳しいですね。しかし、何でその息子は殺練鬼ごぼう巻きの名を騙るんでしょう?」
「その名を騙って蟹鋏流を振るっていればいつか会えると信じたんだ。親の仇に」
「実は僕もその殺練鬼について1つ知ってる事があるんです」
さつま揚げはそう言うとカニカマボコの杖の上に跳び乗り、櫂を投げ捨てる様にして中から大太刀を引き抜く。そしてシオマネキを想起させる独特の動きで大太刀を振り上げ担ぎ構えた。
「そいつの復讐は果たされるんだ、今ここで!!」
カニカマボコは持っていたギターのヘッドを握ると大太刀の腹を殴り振り下ろしの軌道を逸らした。更にもう片方の切れ端で杖の取っ手を握ると反時計回りに強く捻り、引き抜いて小太刀を取り出した。
右切れ端に折れたギター、左手に小太刀でサワガニの構えを取るカニカマボコ。その気迫にさつま揚げは蛇に睨まれた蛙の様にすくみ上がってしまった。大声を上げて自身を奮い立たせ大太刀を構え直すさつま揚げ。しかし、既に構えていたカニカマボコの小太刀による鋭い神速の突きでさつま揚げの急所を貫き斬り上げた。さつま揚げは大太刀を振り上げたままよろけて後ろに二歩ほど下がる。
「お見事…」
そう言ってさつま揚げは音を立てて川の中に落ちた。カニカマボコは二本の刀をその辺に投げ捨てると乾いた笑い声をあげた。
「どっちが殺練鬼だか分かんねえな…」
カニカマボコは小太刀を杖に戻すとそれを持って川に足をつけて降りる。それから少しずつ暗くなる浜辺を杖をついて歩き、やがて見えて来た雑に置かれた岩の前で杖を置いて体の切れ端を合わせた。ここは死んだごぼう巻きの墓だった。
「すまねえ。身から出た錆は取らねばならんかった。今俺もそちらに行くよ。文句はあの世で聞かせてくれ。俺からも説教させてもらう。また後でな、ごぼう巻き」
そう言ってカニカマボコは暗い海に向かって歩き出した。蟹鋏流の最後の殺練鬼を殺すために。