EP 59
そして、その場の淀んだ空気が一気に吹っ飛んだ。
きんっと冷えもした。
星野さんが、なにかを振り払うように顔を左右に振る仕草をし、そして。
「わかりました。すみません、加工加工って私が浅はかでした。せっかくの作品を自分の手で台無しにするところでした。もちろん、このままでいきましょう!」
「わかっていただけましたか。ありがとうございます」
「その代わり、エフェクトの方はお任せくださいよ。BGMでこれっていうのも、もう決まっていますから」
そして、星野さんが立ち上がる。柳田さんと握手をした。
「クールでカッコいいヤツ、作ってみせますよ。あなたをぎゃふんと言わせてみせます」
「受けて立ちますよ! ははは! 期待していますから!」
さすがは経営者。バナナを敵視したり、財布を忘れたりと、どこかおとぼけなところがあって、経営とかやっていけてるのかな、なーんて思ったこともあったけど、やっぱり柳田さんは素晴らしい人だ。
星野さんが私に向かって頭を下げた。
「白井さんにも不快な思いをさせてしまってすまなかったね」
私も立ち上がり、両手を上げた。
「いえいえそんなことは……でも」
私は涙を拭ってから、笑顔で言った。
「綺麗に撮ってくださってありがとうございました。私、こんなこと言うのもおこがましいんですけど、本当に蝶になれたんだなって、この映像を見て思えたんです。すごく嬉しかったし、感動しました。星野さんに撮影していただいて、本当に良かったです」
リリさんが立ち上がり、パンパンと手を打った。
「さあ! 片付けたら、皆んなで食事に行きましょう! 『vegeta』のフルコース、ご馳走しちゃう!!」
リリさんが嬉しそうに、柳田さんのポケットからひょいっと財布を取り出して、これでね! と振った。
「なんだよ、結局は俺のゴチじゃねーか」
「そんなの当たり前でしょ!?」
どっと笑いが起きた。
*
「嫌な気持ちにさせてしまってすまなかったね」
俺が謝ると、優里さんはいえいえ気にしてませんから、とかぶりを振った。はいもう天使。
勢いに任せて最後に愛の言葉をかましてしまったわけだが、優里さんはどう思っただろう?
気になったが、なんとなくスルーされている雰囲気を感じ、俺はもうその日そのことについては触れないつもりでいた。
けれど。
みんなで食事をした帰り、こうして優里さんを家へと送っているわけだが、俺は玄関の前で少しドキドキしながら、優里さんをねぎらった。
「今日は本当にありがとう。映像ができたらまた二人で試写会しよう」
「二人でですか? リリさんも一緒に……」
がくっ。距離を取られているのかな。だとしたら、くあーーー!
「ああそうだね。姉貴も一緒に。俺の家でお酒でも飲みながら、さ」
「はい。楽しみにしていますね」




