EP 58
星野さんは、マウスをカチカチさせながら、映像加工ソフトを使って、「白井さん、これくらいはどうでしょうか? あんまり手を加えると、バレバレになっちゃうから、こうウエストのくびれを少しずつ……で、身体全体もあとほんの少し細くして……」
「は、はい……」
苦く笑った。顔が引きつっている自覚があった。けれど、星野さんは続けていく。
「身体を細めるなら、顔の方も……こんな感じで頬を少し、」
星野さんは、カチカチとマウスを進める。
「そうだ、さっきのブラックのドレス、あれも少しだけ細身に加工して……」
「やめろ!!」
びりっと空気が震えた。
いきなり立ち上がった柳田さんに、私は放心状態で焦点が合わない視線を向けた。
柳田さんは、怒りの形相でこぶしを握りしめていて、ぶるぶると震えている。
「加工なんて必要ない。俺は優里さんのありのままの姿を撮影してくれと依頼したはずだが?」
唇を噛みしめている。今にもがばっと襲いかかろうとする肉食獣のような迫力があった。
「でもあと少し……あと数センチ細くすれば、劇的に見た目もスタイリッシュになるし、ストーリーも良くなるはずで……」
星野さんが引き下がらない。
「星野さん、もしそこで手を入れると言うなら、契約は解除させてもらう」
「昴、ちょっと落ち着いて……」
リリさんが間に入ろうとして、制された。いつもは柳田さんも頭の上がらない、あのリリさんでさえ、怒りを露わにした柳田さんを止めることはできない。
「星野さん、あなたは私の経営するジムのブランドに傷をつける気ですか。もしこれが加工と知れてしまったり、少しでも加工だとわかるようなものであれば、ジム自体、嘘をついたと信用を損ねることになるでしょう」
そして、柳田さんは私を見る。
「それになにより、私の大切な優里さんを傷つけるおつもりか? 私は今回、優里さんの頑張りを、ジムの会員さんやジムを検討している方々と一緒に共有し共感してもらいたいのです。この『stone』ジムに来れば優里さんのように自分も頑張れる、そう思って欲しくて、今回このブランディング動画を考えたんです」
じわりと涙が滲んできた。鼻の奥にツンと痛みがある。画像を加工すると聞いて、私の胸にも知らず知らずの痛みがあったのだろう。けれど、柳田さんは、そんな痛みを木っ端みじんにぶっ潰してくれた。
「柳田さん……」
「もう一度言います。加工で優里さんの良さや努力を表現することなんかできない。加工は必要ありません。もしどうしてもと言うのであれば、今回の件はなかったことにしてください」
「け、契約が……」
「契約なんかクソくらえですよ。これが契約違反だと言うなら、あなたこそ契約違反だ。俺は優里さんのありのままを撮って欲しいとお願いしたはずだからね。な? 姉貴も聞いていただろう?」
「もちろんよ。星野さん、あなたが少しでも良いものを作ろうとする意気込みは十分理解できます。けれど、それでは私たちの思いとは違ってきてしまう」
柳田さんが立ったまま、集まる皆さんをぐるっと見て言った。
「さあ、皆さん。今一度、ここにいらっしゃる優里さんをご覧になってください。彼女は完璧でとても美しい。人を気にかけてくれる優しさがあり、こうと決めたら揺るがない意思をもって強く、そしてモデルもなんなくこなしてしまうほどにしなやかな人だ。ドレスも見事に着こなしていたと思いませんか。これ以上、優里さんのどこを変えろと言うのですか。どこに手を加えろと言うのですか。そんなものは必要ない。優里さんは優里さんでいい、俺が愛した人そのものだ」
ぶわああぁぁぁあっと鳥肌が立った。最後の要らんだろってことじゃなくて、感動してなんです!!
私を。
認めてくれている人。
とうとう涙が溢れ落ちた。
「……柳田さん」