EP 52
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「とても可愛らしいステキな女性ですね」
俺の敵発見レーダーがキュピーンと敏感に反応した。
「岩清水くん、もしかして優里さんのこと狙ってる?」
ギロッと睨むと、岩清水くんは両手を振ってまさかまさか!! と声を上げた。
「柳田オーナーの彼女さんですよね? わかっててそんな手出しはしませんよ」
ただ岩清水くんはなかなかのイケメンだ。カフェ『vegeta』でも相当モテていると聞いている。まだ独身のため、そんなには問題になっていないようだが、バイトの女子たちが取り合っているとかなんとか。
おい、トラブルは勘弁してくれよ、いつもそう釘を刺している。
俺は言った。
「まだ彼女ってわけじゃないけど、俺は優里さんのことが好きだよ」
ビシッと牽制する。
「そりゃそうですよ。愛がなきゃ、彼女のために店のメニューまで変えませんて」
「あいや余計な手間をかけてしまってすまないね、申し訳ない」←よわ
「いえ。でもあの裏メニュー、実は問い合わせがあってですね。時々出すんですけど、好評ですよ。ヘルシーでもお腹がいっぱいになるってSNSでもバズってますからね」
「そうなの?」
「はい。聞いてないですか? あの彼女さんがインスタに載せてくれたんですよ。そしたら、バズって話題になってて」
「え? じゃあその裏メニューを求めて?」
「はい。ここのところ売り上げが微増してますよね? この裏メニューのお陰なんですよ。カロリー抑えてあるんで、スイーツまで完食してくれる人が増えてですね」
「そうなんだ。じゃあヘルシーメニューとして、大々的に打って出ても良いかもね」
「需要ありそうですね」
「考えておくよ」
「お疲れ様ですぅー」
俺はカフェを出た。
(なんか優里さんのために考えたメニューなのに、まさかの需要があってお陰で売り上げが伸びてるなんて、嬉しい誤算だな)
優里さんが、幸運の女神のように見えてきた。あの微笑み、確かに『菩薩』にも見える。
「はあぁ´д` ; それより問題は……」
ブランディングモデルの件だ。
優里さんが、『stone』の中で一番順調に痩せているのは間違いなく、ビジュアルも良いし、うってつけなのだが。
「優里さんをみんなの好奇の目に晒したくない」
ジムでは相変わらず、俺が優里さんをエスコートする形で寄り添っているから変な虫もつかないのだが、俺にも仕事があってどうしてもジムに行けないときはある。そんなとき、掃除の西田のおばちゃんの情報網によれば、優里さんに言い寄っている男がちょくちょくいるとのことだ。今のところ優里さんは丁重にお断りを入れているらしいが、いつ何時、強敵が襲来するともわからないのだ。
ブランティングモデルなんかやったら、それをキッカケに話し掛けてくる輩が出るのは間違いない。
「優里さんに言い寄る男なんか、みんな滅べばいいのに……」
これが恋か。ふとしたときに出てしまう、なんと恐ろしい危険思考。
「全部、駆逐できたらな……」
気持ちだけがどんどん進撃していってしまう。
まだ恋人だと宣言するには言い難い。が、ここまで来ると、自分はもう優里さんを捕獲したのではないかという勘違いヤロウになってしまう。
そう。怖い……自分でも。
「なんとかしないと」
そう思っていたのだが……。
「柳田さん柳田さん! ブランディング動画って、いつ撮影するんですか?」
俺の気持ちも知らずに、本人(優里さん)がめっっちゃやる気なのよ!
「私、有給取りますから、2、3日前に言ってくださればOKなので。あ、もしかしてもう少し痩せた方が良いですか? あと1キロくらいなら、一週間いただければたぶんイケます」
にっこにっこと楽しそうにやってくるのだ。
姉貴の情報によれば、エステサロン『seventeen』のブランディング動画も、ノリノリだったらしい。
(親の心、子知らずとはこのことだな)←解釈が惜しい
それでもジムとカフェの全従業員の給料と生活とを背負う俺としては、売り上げは伸ばし続けねばならない。赤字になった時点で終了なのだ。
その責任はひたすらに重い。重いからこそ時には非情に徹しなければならない。
「優里さんに頼もう」
心を決め、そして優里さんの名を呼んだ。