EP 36
頭の中が????になる。優里ちゃんみたいなぴったりのモデル、他にはいないのに。なんで、迷う必要があるのか?
むつっと黙ってしまう昴を無視して、そのまま喋り続ける。
「まあいいわ。とにかく今すぐ迎えに来て。優里ちゃんをタクシーで送ってあげて欲しいの」
『なんで俺が……』
「なんでじゃないの。直行」
ブチっと通話を切り、スマホをソファへと投げた。
「なんなのよ、あの態度!!」
久しぶりに昴の態度にイライラしたけれど、そういえばと思い直す。
「そういえばここのところずっと、うざ昴じゃなかったわ。素の昴が見れてたのかも」
私は腕組みをして更衣室の方を見た。
(優里ちゃんのおかげだったってわけね)
ふ、と笑いがこみ上げた。それは、愚かではあるけれど可愛い弟への愛情の笑みだと言っても良かった。
なんてね♡
*
車内は無言の地獄だった。
「あんちゃんたち、今日はどうしたっぺ?」
タクシーの運転手も怪訝に思っているらしい。けれど、どうしたってこうなってしまうのは仕方がないことだ。
俺は姉貴に呼びつけられ、非常にムカついていた。
だが、1分30秒ごとに「なんかあったんかい?」と心配顔を寄越してくる運転手の圧に耐えられなくなり、俺は白井さんに渋々話し掛けた。
「撮影終わったんだね。どうだった?」
すると、また渋々といった感じで白井さんがぽつりと言葉をこぼした。
「……楽しかったです」
「そう。それは良かった」
そしてしばし無言。ちらちらと運転手が後ろを気にする素振りを見せてくる。
「あんちゃんたち、いつも仲よさそうにしてるのに、今日はどうしたっぺ?」
「「別に仲が良いってわけじゃないです」」
声が揃ってしまった。
「なんね、仲良いんでないの。ケンカでもしたんかい」
「「してません」」
ふいと窓の方へとそっぽを向く白井さん。俺もそっぽを向きたい気もしたが、さすがにそれは大人気ない。そっと白井さんを盗み見た。斜め後ろから見る白井さんの頬は、美しい曲線を描き、ふわりとしていて、やわもちアイスのようだ。
(あれはうまいよな。キングオブアイスで間違いないから、今度優里さんにも勧めてみよう……)
ってかそんな場合じゃなかった。(;´д`)
「黒田くんと食事に行くんだって?」
「……はい」
「黒田くんなら、ヘルシーメニュー選んでもらえるし、いいんじゃないかな」
「はい。でももういいんです」
え?
よく見ると、やわもちほっぺが震えている。
「パーっと好きなもの食べちゃおうかなって。ダイエットなんて我慢ばっかりでバカらしくなってきちゃって」
俺は前へと向き直って、タクシーのメーターをぼんやりと見つめた。はい。今日はちゃんと財布持ってます。
「……そうなの。いいんじゃない? キミは好きなもの食べればいいんだよ」
もうこのとき、俺の中ではもうブランディング動画のモデルの立ち位置なんて、どうでも良くなっていたのだ。白井さんは美味しいものを食べているとき、すごく幸せそうだし、心から食べることを欲しているのだから。それを奪ってまでの、なにがブランディング動画だってことだ。
「優里さんは、うまいもの食べてるとき、すごく幸せそうだよね。すごくいい笑顔で、俺はその笑顔が……好きなんだ。だからさ、好きなものを好きなだけ食べればいいんだよ」
「そ、それって……ふ、太っちゃってもいいってことですか?」