EP 35
白井さんの純真で誠実な笑顔が浮かんだ。
(俺のことを少しだって疑いもしない、あの無垢な笑顔……)
オーナーであることを隠し、モデルとしての白井さんを狙って近づいた自分が、この上なく汚いものに思えてくる。
確かにジム『stone』としては、白井さんのダイエットでの痩せ方は最適なモデルケースと言えた。エステの効果もあって肌もツヤツヤになったから、うちのジムのブランディングCMを盛り上げてくれること間違いなしだ。
料理やスイーツを美味しそうに頬張る白井さん。黒田くんと一緒に食事するってことは、そんな白井さんのほわりと紅色に頬を染める、苺大福な笑顔を黒田くんが見る、ということだ。
そう考えただけで、ぶわっと腹の底から湧き上がる、得体の知れないなにかがあった。お腹をそっとさする。そこにはカチカチなシックスパックがあるのみだというのに、中はマグマのように熱い。
だが、そのデートについて俺はなんともできないし、二人の恋路の邪魔をすることはできない。
恋? 恋だって?
俺は考え込んでしまった。
二人がこのデートでうまくいけば、もちろん愛し合うことになるだろう。
それはごく自然で当たり前なことだ。
けれど……。
ちくりちくりと針で刺されるような、嫌な痛みがあった。
「た、楽しんでくるといい」
俺はなんとかそう口に出して、黒田くんの肩をぽんっと叩くと、ジムのトレーナールームからそそくさと退場した。
足かせでもついているかのように、足取りは重かった。
*
「優里ちゃん、うちのブランディング動画のモデル、引き受けてくれてありがとう! すっごく可愛く撮影できたと思うの。出来上がったら今度試写会するから、来てくれる?」
「あ、はい。ぜひ」
優里ちゃんは少しだけ苦笑いすると、更衣室に入っていってしまった。
「んー? なーんか元気がないのよねぇ。覇気がないっていうか、魂が抜けてしまってるっていうか……」
スタッフに確認したところ、撮影には支障はなかったようだったけど、顔色に陰が差しているし、会話も瞬間ズレたりして内容が噛み合わなかったり、様子がおかしかった。なんとなく、目の下にクマも。
(これはアイツの出番ね)
優里ちゃんが着替えをしてメイクを落とすまでになんとかしなければ。スマホをタップして、昴を呼び出した。
「ちょっと昴! 優里ちゃんの様子がおかしいんだけど、あんたなにか知ってる?」
『はあ!? 俺が知ってるわけないだろ。それより撮影は終わったのかよ』
あら、こちらも荒れ模様の様子。
「終わったわよ。それがすごく良い出来なの。完成したら試写会するから、あんたも来てちょうだい。色々と意見も聞きたいし、それに『stone』も優里ちゃんでCM作るんでしょ? 参考にしていいわよ!!」
『え!! それ、優里さんに言ったのかよ!?』
「言ってないわよ。あんたから言うんでしょ」
『……どうしようか迷ってる。正直言って、すごく言いにくいんだ』
「どういうことよ?」