EP 26
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「姉貴んとこのモデルを頼まれたんだって?」
「はい。あまり自信はないんですけど……」
「そんなこと言わないで。優里さんはちゃんと結果出してるから。この半年でずいぶん体重を落としているよね? 見ればわかるよ。首筋もすごく細っそりしたし、頬もシャープになった。腹筋でお腹の出っ張りもかなり小さくなったよね?」
「お肉は相変わらずですけど、そんな中にも少し硬い筋肉がついたのがわかります。嬉しいです」
へへへと笑う。柳田さんも「だよね」と笑ってくれた。
けれど、そこで遠くからこそこそっと話し声が耳に。
「また柳田さんにくっついてるわよ」
「ほんと面の皮が厚いったらないわ」
「金魚の糞みたい。男の人のあとをついて回ってみっともないったらない」
悪口が耳に入ってきたのは、今回が初めてではなかった。
どうやら私が男性と話をしているのが気に入らないようだ。
(でも自分たちだって柳田さんや黒田さんと喋ってるのにな)
悔しさはかなり前から心の内にあり、嫌がらせもヒートアップで今日に至る。悪いことをしているわけでもないのだから、こっちが気にすることもないんだろうけど、実害が出ている時点で……。
それなのにここでリリさんのいうブランディング動画にモデルとして出て、『stone』で流されたとなると、さらに嫌味を言われるのかもしれない。
(やっぱり断ろうかな。それにここに来るのももう限界かも……)
さっきのこれ見よがしの会話に、心が折れてしまった。
と?
「優里さん、ちょっと……こっちにおいで」
腕を握られた。そして後ろから肩を抱かれる。
「え? ちょ、ややや柳田さんっ!」
もちろん肩を抱き寄せられれば、トンと柳田さんの大胸筋に自分の肩が触れることとなる。わわわ。
想像通りのガチな筋肉、硬っったっっ!
ドキッ! ドドドッ! 心臓が……
筋肉硬っったっっ!
「ちょっと俺に付き合ってくれる?」
耳元でそう囁かれたとき、柳田さんの唇が、耳たぶに触れたような気がして、さらに胸がばくばく!
私があまりの出来事になにも言えずにいると、握っていた腕をパッと離した。
ほっ……としたのも束の間、今度は手をしっかりと握られる。
手汗やば!!
けれど手汗を気にする隙もなく、怒涛のごとくそのままぐいっと引っ張られ、どこへ行くのかと思いきや。
先ほど遠まきに悪口を言っていた女性たちのもとへと連れていかれた!
私は恐怖におののきながら、柳田さんの後ろに隠れた。
「皆さん、こんにちは! 今日も頑張っておられますね!」
いつも通りの挨拶だ。けれど、ここからがいつもとは違った。
「今日はご報告することがあるんですよ。実は私、白井さんとお付き合いさせていただくことになったんです」
え?
今なんと?
耳がおかしくなったのかな?
「もし白井さんがここを辞める事態になれば、もちろん私も一緒に辞めることになりますので」
柳田さんは胸を張って宣言した。
「私の大切な恋人ですからね」
はいーーーー????
最初、顔を引きつらせていた三羽烏は、少しの呆然タイムラグののち正気を取り戻すと、慌ててギャンギャン言い出した。
「やだあ、柳田さんたらそんな冗談!」
「そうですよ! ドッキリかなにかかしらこれ?」
「本当に! 白井さんが柳田さんの恋人だなんて、あり得ませんわ」
そして各々、ふすっと口角を上げながら、笑う。
そんな三羽烏の不遜な態度と不敵な笑みを見て、ふうっとため息をつくと、柳田さんは私の肩を抱き寄せてから、頬にキスをした。
ふぉわっつ?
「私の一目惚れなんですよ。長いことアプローチしてましたが、ようやく最近OKを貰えたんです。白井さんとお付き合いできて、私はなんという幸せ者なのだろう。これからも私たち夫婦(なんて?)を見守ってくださいね。それではみなさん、私たちはこれからデートなんで。お疲れ様でした、失礼!」
私があっけに取られている間に、柳田さんは私の握っていた手を優しく引っ張ると、その場を離れた。
背後で「嘘でしょ! ヤダヤダヤダ! 悔しいー!」とジムに響き渡るほどの雄叫びが聞こえてきたのだった。完。
完?
じゃないよね?