EP 12
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マジかあ、めっちゃ恥ずかしいことになってしまった。顔から火でも吹きそうなくらいのことをしでかしてしまった。
人生、今までで一度だって、人からお金を借りたことはない。タクシー代を払えないなんて、恥ずかしいの極み、一生の不覚ではないか。
けれど、白井さんは責めるどころか、自分のことだから払いますよと笑ってくれた。しかも自分も財布を忘れることなんてザラですよ、とも。
(なんて優しい人なんだ)
今まで付き合った女性たちは、財布を忘れたなんて言おうものならば、「信じられない! わたくしをバカにしていらっしゃるの? ここのお支払いはどうするわけ?」だろう。
(そもそも自分が払おうなんて気は、さらさら無いもんな)
だが。
今回の一件、タクシーの運転手の一言が、救いの神となった。
「あんちゃんさあ、彼女さん送ってってから、あんちゃんちまで行って、家から財布取ってこればいいんでないの?」
天才か。
なるほど、冷静になって考えれば、いくらだって手立てはあった。カフェへ戻って姉貴を迎えにいきつつ、そこでタクシー代を支払っても良かったわけで。
(よっぽどパニックになってたな)
姉貴だって財布くらい持ってるんだから、最初から会計は任せても良かったんだし……ってか自分の店なんだから、俺の鶴のひと声でツケ的な支払いにしたら良かったつーの。自分が経営する店で律儀に代金を支払う俺ww
しかしだ。
パフェひとつでいかに自分が動揺し思考停止に陥ってしまっていたか。テンパり具合が度を越して滑稽すぎるだろ。パフェの破壊力!
「……でもほんとうまそうに食べてたなあ」
遠回りしてなんとか帰った家で、シャワーを浴びてからくつろぐ。テーブルの上に置いたシャンパンの栓を開けた。
タワーマンションの一室。ここからの眺めは最高に良く、夜景も楽しめるから気に入っている。だがここに他人を招くことは、最近ではめっきりなくなっていた。だから冷蔵庫にはなにも常備していない。
シャンパンをグラスに注ぎながら、ツマミのチーズを口に入れる。
「うまい」
グラスを間接照明の灯りにかざして細かい気泡を目で追った。
ふと、カーテンの開いた窓に自分が映り込んでいる。なんてこった。美味いものを食べて飲んでいるというのに、俺はなんて冴えない顔をしているんだ。
パフェを美味しそうに食べる、白井さんの顔が思い浮かんだ。
「俺もあんな風に、食べてみたいなあ」
思いも寄らぬ、言葉が出た。小さな呟きとして。




