EP 11
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(ひいぃぃい)
カフェから出る時、柳田さんのがっしりした両手が私の肩に乗せられた。柳田さんの熱い体温が伝わってきて、思わず首をすくめ、萎縮してしまった。
なぜかぐいぐいと押されて、しかも奢ってくれると言う。そんな義理はないのでと断ろうとしても、「大丈夫大丈夫」の一点張りだ。
しかも送ってくださる、だと?
「家はどこら辺? もし住所知られるの抵抗があったら、近くまででも良いし」
気の回しようがスマートすぎる。ほどなくしてタクシーが到着したので、私は仕方がなく乗り込んだ。すると、柳田さんが一緒に乗り込んできたではないか。
「宝田町まで」
タクシーがブゥと発車する。
駐車場から出る時、縁石にタイヤが当たったのか、車がガタンと揺れて、柳田さんの肩にトンと私の肩が当たり、ぷよんとバウンディング。やっぱ筋肉、想像通り硬ったっ。
「あ、あの……一緒にいた方は……良いんですか?」
あの場にポツンと置いてきてしまうという悪手。戻ったら、「私よりもあの娘を取るのね! このバカ!」で、パンっと頬を叩かれるシュチュエーションではなかろうか?
「ああ。良いんだ。あの人は私の姉でね。今日は食事がてら店の……っと」
ん? 言葉を少し濁した感。別に恋人だって言ってくれても、全然良いんだけど。
「そうですか」
「…………」
黙り込んでしまった。お互いに。
窓の外を見る。流れる景色を見ていると、緊張も若干緩む。私は奢ってもらったパフェのことを思い返した。
「……柳田さん。あのパフェやっぱマズかったですよね」
本音が出てしまった。
「え? マズ、不味かった?」
「ダイエットしてるのに、パフェなんて食べてって、思ってますよね……」
「あそっちね。いやいや、たまには良いんじゃないかな」
「本当は罪悪感みたいなのもあって」
「そっか……でも優里さんさ、すっごく美味しそうに食べてたよ。あれだけ堪能してくれたらさ、パフェも本望っていうか」
その言葉にぐっときて、私は少しだけ浮上した。
「すごく美味しかったです! あそこのカフェ初めて入ったんですけど、お店も素敵だしパフェ可愛いし美味しくて、すっごく幸せでした!」
にこっと笑うと、柳田さんも笑顔を返してくれた。
「こちらこそ良い笑顔を見させてもらいました」
「おごってくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ああ。もうそろそろ家に到着してしまう。あの柳田さんとタクシーに乗れるなんて。私は浮き足だってしまう。だって、こんな奇跡そうそうない。
そっと柳田さんの様子を窺うと、柳田さんの今日のいでたちは白いシャツに黒のパンツ姿。白シャツは首元がキツそうで、ボタンを緩めているが、胸元はやはりパツパツ、その大胸筋をしっかりかたどっていて、とてもセクシーに見える。白シャツのぎゅむっとした引っ張られ具合。わかってもらえます?
やば。あぁ。あの筋肉に触れられたらどんなに幸せだろう。
柳田さんの足なんかは長すぎて、タクシーの前の席、すなわち助手席の背もたれを、両足で挟んでしまっているほど。
(ふえ、まじでかっこよ。何頭身よ、モデルみたい)
横顔。鼻筋は通っていて、それこそ彫刻のように美しい。
ん?
柳田さん?
え、なんか震えてる?
顔色もなんだか……土色に?
「ゆ、優里さん、も、申し訳ないんですけど……」
「どどうしたんですか?」
「財布……」
「はい?」
「財布を姉貴んとこに置いてきてしまいました……タクシー代」
?
はっと気がついた。
「あ! ええぇいえあ、私、払いますから! 大丈夫です!」
「ほんっと申し訳ないですっっ。必ず返します!!」
「自分の帰り道ですから、ほんと私がっっ大丈夫ですっっ」
「ごめんなさい、送っていきますとかカッコイイこと言っておいて。あーーーなにやってんだ俺えぇ恥ずかしすぎるーー穴があったら入りたいくらいですよ」
「ふふ」
私は笑ってしまった。
「柳田さんみたいに完璧な人でも、うっかりってあるんですね。私なんて財布忘れることなんて、しょっちゅうですけど」
そう言うと、ふすっと二人、顔を見合わせて笑った。