1-4:ラビットホール
tips
エリナ:腰ほどまでの赤髪、睨みつけるような釣り目、橙のノーカラージャケットタイプの制服
マユル:金色に染めた髪(二つおさげ)、肌がこげ茶色、身長は180近くある
白いポロシャツタイプの学校の制服をラフに気崩している
1-4:ラビットホール
事態は膠着した。
オレンジ色の防壁は頑強。
黒ウサギのぶつかる音は聞こえてくるものの、揺らぐこともなければヒビの入る様子すらない。
しかし、だからといって事態が好転したわけではない。
塔の内側から投げる石は、壁をすり抜けて外側の黒ウサギを攻撃することもできる。
が、すべての黒ウサギを倒すには、少女たち全員の石を集めても全く足りない。
それでも、一息つける状況になったことでスズハは安堵した。
急いで作った割にこの塔の円周はいくらか広かった。
少女たちが皆、座れる程度にはスペースがある。
スズハがオレンジ色の石を置き始めた段階で少女たちのほとんどが状況を掴めていなかったため、混乱で密集していない少女達を囲むには少し広く作らざるを得なかったのであった。
泣いてる少女達を見つめながら、ナナルがスズハに声をかける。
「あなた……いえ。
……スズだったね。
ここに詳しいの?
よくわかったわね、こんな仕掛け」
「え?
ううん。
あの、ナナちゃんに会う前に少し石を拾ってて。
その時たまたまオレンジ色の石で板みたいなものを作れることに気づいたの。
それで、さっき、石をあの変な奴に投げた時に、なんていうか、効いたでしょ?
あと、あの、あそこの塔」
スズハは少女たちの目指していた塔を指さした。
ただ、視界には黒ウサギたちが壁を叩く姿だけで塔は見えていない。
「……あそこの塔をみんなが目指していたみたいだったし。
私、あの塔を誰かにつられるように見たのね。
それで、もしも、あそこが安全な場所で。
……もしも、安全な場所を作る方法が特別にあるとしたらって考えて」
「それで、オレンジ色の石で壁を作って、塔を作ればいいんじゃないかって考えたの?
はは、いや、ごめんね、すごすぎて笑っちゃうわ」
「え?
すごい?
へへ、へへへへ」
それは不安を消したいがための会話だったのかもしれない。
少女達の数人からもスズハに、あなたのおかげで助かったとの声がいくらかかけられた。
そんなスズハ達を横目に、エリナがマユルに声をかけた。
「あなたもありがと。
私は絵里奈。
あなたは?」
「まゆる!
これで、うちら、めっちゃべスフレじゃんね!」
「べ?
……ああ。
そうね、よろしく、ベスフレのマユル」
クールなエリナとは反対に、おちゃらけた雰囲気のマユル。
マユルのそんな雰囲気のせいか、いくらかの緊張のほぐれをエリナは感じた。
それと同時に、疲労感もどっと出てきた。
それはその場にいた、すべての少女たちにもいえた。
わけのわからない状況下で、いきなり砂場を全力で走らされ、更に恐怖と緊張感で心をすり減らしすぎたのだ。
肉体も精神も消耗が著しい。
エリナは誰というわけでもなく言った。
「あのシャムという奴は多分、ダメだったんでしょうね。
あっち側からもたくさんこの黒い奴らが来たからね。
それでも、まだ、今は安全な場所を確保できたことを喜ぶべきだわ。
今がどんな状況かは全くわからない。
けれども、少なくとも、時間さえ稼げれば、誰か大人が助けに来てくれるはずよ」
それに、マユルが答える。
「だっしょ!
意味わかんないけど、そのうち誰か来るよね!
警察とか先生とかがなんとかするって!」
先生はどうかな、と誰かが突っ込んだことで小さな笑いが起こった。
誰もが、何とか時間だけをやり過ごそうと思っていた。
やり過ごせば大丈夫と疑う体力を残していなかった。
そんな中である。
「あれ?」
そう呟いたのは、スズハだった。
何かを見たのだ。
それは今一番見たくない何かだった。
スズハは次に天を見た。
オレンジ色の石を重ね合わせて作られた、いくらか厚く、そしてその高さもおよそ8メートルほどはある円状の壁面。
しかして、その塔に天板はない。
もう一度、スズハは視野を下ろした。
最初、少女達が来た方向の、目の前の黒ウサギたち。
その1体。
いや……『2体だった1体』。
もともと、黒ウサギたちは個体差があって、大きさもそれぞれ少し違う。
が、明らかに、その、『2体だった1体』は大きい。
身長でいえば、2~3メートルくらいはある。
塔を作ってしばらくの間、黒ウサギたちはシンプルな動きしか見せてなかったためそんな変化があるとは誰も思わなかった。
目の前の脅威を直視したくなかった心理もあっただろう。
ただ、今の事態を打開する手段を模索していたスズハは気づいてしまった。
1体がもう1体を取り込むように吸収し、でかくなったことに。
そのでかくなった奴はまた、別の1体の頭をわしづかみにすると、まるで手から飲み込むように吸収し、さらにでかくなった。
その身長は……。
叫ばずには、スズハはいられなかった。
「まずい!
上からくる!
上から、来る!」
どうでもいい会話をしていた者も、ただ泣いていた者も、黙り込んでいた者も、少女たちは皆、一斉にその声に反応した。
「な、なによ、あれ」「きゃあああああ」、声が上がる。
エリナが号令を出す。
「落ち着いて!
みんな、持ってる石を集めて!
どこにって?!
わかった、私のところに集めて!
天井を守る!」
石は多くはなかったが、僅かながらも持っている少女たちはそれらをエリナのもとに預け始めた。
その間にも、一層でかくなった1体は更に3体を取り込む。
身長でいえば9メートルはあろうかという巨人が出来上がった。
その巨人は、更に取り込もうとはしなかった。
巨人は他の黒ウサギたちをその巨体で弾きとばし、塔に張り付くように体を寄せた。
そして、塔の天井の穴からその手を下ろすべく手を振り上げる挙動を見せた。
ナナルが叫んだ。
「天井じゃない!
足だ!」
その声に、エリナはすぐさま反応した。
合体して大きくはなったものの、巨人黒ウサギの体躯は決して、人の道理を外れた仕組みになったとは見えなかった。
足の一本に集中的に石を投げつける。
石はオレンジの壁をすり抜け、巨人の右足で炸裂した。
巨人は右足を失い、態勢を崩した。
大きな砂埃が起こった。
その光景に安堵した少女もいた。
そして、別に叫び声をあげた少女もいた。
巨人が倒れた側と反対側。
まるで、さっき巨人化した黒ウサギから学んだかのように、他の黒ウサギを取り込み始めたのだ。
ナナルは計算する。
(このまま、何体か大きくなったとしてその片足を破壊する。
そうすれば、脱出するチャンスは作れるか?)
ナナルはちらっと、エリナが少女たちから集めた石を見る。
それは、ナナルの計画に必要とするには全然足りない量の石だった。
今、ここにある石では巨人もう1体の足の破壊がやっとだろう。
エリナは別のことを考えていた。
砂埃によって、置かれたオレンジ色の石が動いてこの塔を成す壁面が崩れることを恐れた。
しかし、それはなかった。
砂埃はいくらか壁をすり抜けてきたが、オレンジの壁面はなお盤石であった。
ナナルの想定通り、他の黒ウサギたちも次々と取り込みを行い始めた。
それは、もう明らかだった。
エリナは舌打ちをした。
今度こそ、足りない。
少女の何人かを犠牲にして、その間に逃げることも不可能。
ただただ、一方的に襲われる。
少女たちは皆、一様にそう理解した。
スズハを除いては。
ただ、そのスズハもさすがにもう打つ手はなかったのだった。
スズハは砂を掘り始めた。
できるだけ相対的な高さを増やそうとするつもりであったが、滑稽さは際立った。
ナナルはそのスズハの姿を見て、せめてこの子だけでも救う手はないかと考え始めた。
元のままの黒ウサギが数十体か。
そして、巨人黒ウサギが5体ほど。
巨人たちは塔の天井より侵入するべく、示し合わせたように両手を振り上げた。
「こんな……最後か」
エリナの呟きだった。そのエリナを守るようにマユルが抱きしめる。
恐怖で泣き叫ぶ少女もいる中で、エリナは自分の魂が凍り付くように冷たくなっていくのを感じた。
恐怖や屈辱、すべてのものを感じないようにするための、己を守る本能であった。
すべてのものは遅く感じられ、スローモーションのようにエリナには見えた。
それはナナルも。
また、何人か同じように。
ただ立ち尽くすのみの少女がいた。
スズハは……。
スズハは音を聞いた。
それは、少女たちの泣き声のことではない。
それは、黒ウサギたちからの……ものでもなく。
それは、甲高い、空気を切り裂く、轟音。
スズハは思わず、それを見る。
方向でいえば、少女たちの目標としていた塔の方向。
しかし、それは遥か上空から。
かろうじて見えたのは、煌めく赤い光球。
けれども、見えた瞬間にそれは黒ウサギたちの群れに墜落し、すさまじい音ととも爆発した。
エリナの声が上がる。
「な!?」
いくらか勢いを衰退させていてもなお激しい砂埃。
それがオレンジの壁面を通過し、少女たちにふりかかる。
爆発は続くように、『ドン! ドドン! ドン!』と響いた。
赤い閃光が砂埃にまみえる少女たちの姿を照らす。
そうして、やがて、静かになった。
砂埃も次第に晴れていく。
見えてきたのは、周りの少女たちの姿。
そして、オレンジの壁面。
そして、何者もいない海辺の風景であった。
なにより、風景がよく見えた。
それには、別の要因があって、空がうすく明るくなっていた。
夜明けが来ていた。
先ほどまで黒ウサギがいたあたりには、光らない黒い石がたくさん転がっている。
ただただ、呆然とする少女たち。
エリナも、マユルも、ナナルも、そして、スズハも。
そんな少女たちの目の前に、『彼女』は現れた。
空から、それこそヒーローのように。
その姿はどちらかというと魔法使いのような外套。
『彼女』は少女たちに声をかけた。
「や、よく生き残ったね。
おめでとう!
私は加々美!
よろしくね!」
夜明けの薄明かりが、オレンジ色の塔の周りにできた、強烈な爆発によるいくつもの大きな穴を晒していた。
アイザック・ゴーマの小説挑戦作だぜ。
誤字、脱字は随時修正していくぜ。
特に見ても面白いことはやりませんが、Twitter、チャンネル登録もよろしくだぜ。
リンク貼っていいかわからないので、興味がある方は検索してみてだぜ。