9-4:崩壊Ⅱ
9-4:崩壊Ⅱ
ミナコがバリアから外に出された(であろう)時、ほとんどの少女が空にいる黒ウサギのコアを探して上空を見ていた。
故に、誰もミナコがどうしてバリア外に倒れるに至ったかを見たものもいなかった。
ただ。
構図として、位置関係として。
アンリが強く押し出したようにしか見えなかった。
そんなことをアンリの周りにいた少女たちは考えた。
同様に考えたミナコはしかし、そんな場合ではないとすぐに気づいた。
倒れている態勢を直してバリアに戻る余裕はない。
すでに黒ウサギから攻撃が放たれたのを視認した。
2、3秒で到達するソレを、常時のミナコなら石の能力を使うことで防御することができただろう。
ミナコを囲うように建築物を構築・生成すれば、オレンジの石ほどではないにしても数秒、少なくとも誰かの助けを期待できる時間を稼げたであろう。
その常時を行えないほどミナコの精神的ショックは大きかったのだ。
厳密にいえば。
ミナコはアンリを『友』として『仲間』として頼りにしたことはない。
金魚のフン、囮、捨て石。
便利だから近くにおいていたにすぎない。
それでも。
否、だからこそ。
そのアンリに思いがけず、自分の命を奪われることに。
ミナコは何も考えられなくなったのだった。
怒りも憎しみもない。
悲しみも悔しさもない。
ただ、何故そのような状況に陥ったかを想像することができなかった。
天井から落ちてきた黒い泥のような攻撃がミナコを飲み込んだ。
飲み込み。
その泥は天空へと、弾けるゴム玉のように戻っていった。
バリア内の誰もが、唖然と、するよりほかに仕方なかった。
あと一瞬でも遅ければ悲鳴が上がっただろう。
しかし、誰よりも先に声をあげたのはハナだった。
「皆さん、バリアのもっと内側に!!!」
その指示はよくよくおかしいものではあった。
それでも、空っぽの思考状態だった皆はそれに従った。
バリア内でバラバラに散っていた状態から中心に集まった。
もし、ハナの指示より先に誰かの悲鳴が上がっていれば、バリア内は混乱し、より被害者が増えていたかもしれない。
カガミは状況からそう判断し、ハナの指示を理解した。
だが、アンリと距離をとる者はやはりいたし、アンリもこの状況をどう説明していいか言葉が見つからず淀んだ雰囲気は残った。
1人失ったが、さらに失われる最悪の事態はなんとか免れただけでも巧手だったといえる。
真実何があったかは今は後にするしかない。
事故か事件か、何かの恨みがあったにせよ、現状の問題はどうしたってあの空の黒ウサギなのだから。
カガミはキッと意識を戻し、改めて現状打開策に思考を馳せた。
能力をフルに使えば……体を黄色の石のオーラで全身まとい、上空の黒ウサギよりさらに高いところまで跳び、そこから裏側に隠れているかもしれないコアを見つけ、そのまま破壊することは可能ではあるだろう。
加えて、他の助力。
例えば、上空に跳ぶのにカエデに協力をしてもらって二段階のジャンプにする。
さらに、コアの撃破までいかなくてもどのあたりにコアがあるかを下に伝えることができれば下からその部位に向けて少女たちが迎撃ができる。
というのは都合の良い妄想だ。
カガミはそれを隣にいたナナルに提案してみた。
ナナルが言う。
「それは……そうですね。
黄色の石がどれほどの防御力を持つかによりますね。
オレンジの石のように完全に黒ウサギをはじくのであればその策はする価値が十分にあります。
逆に物理攻撃……例えば、ジャンプ中に横から黒ウサギに迎撃されたり、あの質量に飲み込まれるように取り込まれたらと考えると。
今、この村において、間違っても最高戦力であるカガミさんを失う選択肢を選ぶのは私にはできません」
「だよな。
ありがと」
カガミは自分の考えと同じ答えをナナルからもらい、納得した。
先ほどのミナコのこともあり、きちんと考えられているか自信がなかったのだ。
カガミにとって、ミナコはこの村において自力で思考して行動できる戦力のひとつであった。
ことさら、仲良くしていたわけではないが、何かあったときに自ら行動できる人間というのは味方内にいればとてもありがたいものだ。
その1人がいなくなったことがカガミの精神に与えたショックは決して小さいものではなかった。
ふーっとカガミは深呼吸をした。
そして、空を見上げた。
もしかしたらと。
考えていたのはタツコであった。
タツコは第一目標であったミナコの、あまりにもあっけない最期にその瞬間は放心状態になっていた。
ハナの号令でハッと意識を戻し、そして、自然の流れとしてミナコに向けていた復讐心の矛先をどこに向けるか思考した。
そうすると、タツコにしか出来ない能力がある故に当然として、その可能性が閃いたのだった。
ミナコが死ぬことになったのはアンリによるものでなく、規格外の能力による第3者によるものという可能性。
石の能力は基本、何かを作る生成能力と対黒ウサギのための能力。
しかし、タツコは加えてそれとは規格外の、人を操作する能力を発現させている。
現に、今、ルキはタツコが指示すれば思うように行動を起こせる。
そんな能力があることともう1つ。
アンリはけっしてミナコを殺したりするはずがないと信じていたからだ。
アンリは裏で下剋上を狙うような人間性はもっていない。
強いものにつき、そのおこぼれにあずかるのを旨とする。
タツコの見立てではそうだった。
であるとして。
この村の中、このバリアの中にいるのだ。
ミナコを何かしらの能力で葬り去った誰かが。
タツコはその者にけっして感謝してなどいない。
アンリやミハルも復讐対象であったが、それはミナコがいたときのみ。
いまや、タツコにとってその2人はどうでもよくなっていた。
ただ。
この目標を失った復讐心のやりばを、いるかもしれないミナコ殺しの犯人に求めたのだった。
何故、どうして、ミナコを殺したのかどうしても犯人を見つけて聞き出さなければならない。
同じく。
何かしらの能力によってミナコを亡き者にしたものがいるのではないかと思考が及んだのはルキとエリナであった。
ルキはタツコの能力下にあるから想像するに至ったし、エリナも規格外の能力を発言させていたが故にその可能性にたどり着いた。
ルキはタツコと同じく記憶を取り戻していたこともありアンリがそんな犯行に及ぶとは到底思えなかった。
エリナはそも、今の状況でミナコを殺すメリットがアンリにまったく無いからこそ、犯人が別にいるんじゃないかという思考であった。
ナナルは考えていた。
今、この時。
必ず、あのチョベリーバを倒す必要はない。
大量にオレンジの石をバリアに使用した以上、効力を失う1週間は使わないともったいない。
と、いけないいけない――ナナルは頭をふった。
もったいないなんて考える必要はない。
昼間は大丈夫にしても、少女たちにこのバリア内で生存を脅かされる状態は無いにこしたことはないのだから。
そうではあれど、だ。
1週間は大丈夫だと言えるなら……先ほどのようなアクシデントはもうないとして。
あの巨体を削っていけば、倒せないことはないのではないかと思える。
おそらく。
黒ウサギは別体を吸収しない限り質量が増えることはない。
そして、仮に体を2分したときはコア側が残り、コアの無い側は黒い石と化す。
これは先ほどの初撃を誰かが迎撃したときに破壊された部位が黒い石になったことから想像できる。
その黒い石は昼間の光に6時間当てれば回収して、次回に使える補給分になる。
もちろん、チョベリーバも同様に黒ウサギを補給してはくるだろう。
そこが考えどころ。
あの巨体、今は薄く広げられた紙のような体躯を効率よく切り裂く方法を考えれば。
ナナルは周りの少女を見渡す。
先ほどのカガミの策を考慮する。
遥か高い空にある紙を切り裂く方法……か。
バリア中央に少女たちは集合したわけだが、アンリの周りには不自然に空間があいていた。
誰もアンリがミナコを押した瞬間を見ていたわけではなかったからこそ下手に犯人呼ばわりできないのではあるが、アンリに対して芽生えた不信感は確かにあり、それが空間として現れていた。
ミナコがいれば、アンリも自分の意見をきちんと言えただろう。
だが、その支えにしていたものがなくなった。
仲間であるはずのミハルもアンリから距離をとっている。
ここで、自分がやってはいないと言ったところで信頼が勝ち取れるはずもない。
しかし、アンリが犯人ではないと自覚している以上、誰か別にいるに違いない。
あの目。
ミナコが最期にアンリを見た目が忘れられない。
何か意思が込められている目ではなかったが、明らかにアンリが犯人であると疑わない目。
立ち位置の関係上、そうとしか思えないのは順当だ。
しかし、ミナコにそんな目で見られたことがアンリを深く傷つけた。
もうミナコに弁解するチャンスすらない。
……タツコ。
アンリがもしも自分以外に犯人がいるとするなら、次にミナコを攻撃するだろう人物はタツコ以外に思い浮かばなかった。
だって。
この村に来て、ミナコが誰かと敵対関係になったことはない。
あるとするなら。
何故か、露骨に敵視しているタツコのみ。
なら、タツコが何かしたのだ。
そうとしか考えられない。
あの時、アンリ達とは離れたところにいたのはなんとなく覚えている。
それでも、何か方法があるに違いない。
離れていてもミナコを亡き者にし、アンリを陥れるトリックが。
アンリは、ひとりぼっち、少女たちの中でそのトリックを思案し始めた。
アイザック・ゴーマの小説挑戦作だぜ。
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