9-1:崩壊Ⅱ
9-1:崩壊Ⅱ
村の入り口付近から中央広場へと戻る途中。
カガミだからこそその1分にも満たない帰り道の刹那。
カガミはシャムとの会話を逡巡していた。
今起きたばかりの出来事である。
村入り口、オレンジの壁を隔てて外側にシャムがいて、内側にカガミがいた。
カガミはシャムの契約とやらの申し出に、そのうさん臭さからきっぱりと断った。
シャムはそれを気にする様子もなく、最後にこう言い残した。
「……まぁ、今は断られるでしょうね。
ですが、もしも、あなたの気が変わったなら、こう唱えてください。
【エンゲージ】と。
私の方の招待はすましてありますので、いつでも【契約】は可能です。
では、お待ちしておりますよ」
シャムはそう言って、どこかへと飛び去ってしまった。
シャムは、この場所のこと、集められた少女のこと、いや、この状況ほぼすべてを説明できるのだろう。
しかし、カガミはシャムに心許す気にはどうしてもなれなかった。
アレは邪悪の類だ。
そう感じていた。
邪悪なんて単語をこのように使うのはカガミは初めてだった。
言葉としては知っていても、それを誰かにむけることなどありえなかった。
……はずだ。
記憶がないので、強くそう思っているカガミ自身を客観的に信じたいというだけだ。
それを差し置いてもだ。
シャムは危険だ。
願わくば、他の誰かがアレに誑かされないことを……。
カガミはその逡巡の間に中央広場に到着した。
体の強化はもう手慣れたものだった。
カエデにはその手法を伝えたカガミだったが、今後のためにも何人か石による肉体強化を教えなければいけないなとは思っていた。
ただ、だれかれ構わずに教えるには危険な能力だということをカガミは【先輩】から経験していた。
広場にはすでに防衛空間が出来上がっていた
オレンジ色の箱のような空間である。
何人かが最後の仕上げに敷き詰めた石の上から砂でならしている。
これで、とりあえずは超巨大黒ウサギの急襲は耐えられるだろう。
一時は。
もし、アレも記憶を継承していて、なおかつ、一定以上の知能を持っていたとしたら、警戒して前と同じようには攻めてこない可能性もある。
だが、そうなったらその時また考えるしかない。
カガミはため息をついた。
*
『チョベリーバ』。
誰が言い出したのか、いつのまにか超巨大黒ウサギには名前が付けられていた。
これから少女らを襲いに来る相手に対していささか緊張のない行為に思われる。
ナナルは、しかし、その名前を付けるという行為が少女たちの過度な畏怖感を表しつつ、また、それを抑える効果を果たしているんだと考えた。
防衛空間も、『バリア』と呼ばれるようになっていた。
ナナルたちのバリア造りは終わっており、あとは迎撃用の石を運び入れるだけだ。
石運搬の作業をしていたミナコたちによって、バリアの傍までは持ってきてあったので、それも直におわる。
カガミが話しかけてきた。
「何とか間に合ったな。
……ナナル、この後の構想はあるか?」
「……もう、あとは引きこもって、この中からチョベ……あのウサギを可能な限り破壊して朝を待つのが今考えられるベストだと思います。
思いもよらない能力があればまたその時に考えなければいけませんね」
「例えば?」
「物理的な衝撃ならあのバリアがあれば、とりあえずは大丈夫だと思います。
それ以外の可能性ですね。
物理じゃない。
精神的な作用をもたらす攻撃なんて最悪ですね。
他は……仮に気体的な……毒ガスなんて使われたら、物理的なものといえどあのバリアで防御できるのかとか」
「……なるほど。
やっぱりナナルは賢いな」
「いえ、考えてるだけです」
「はは、そうか」
カガミは値踏みするような目でナナルを見た。
そんな目にナナルは気づかない。
ナナルの目はいつの間にかスズハを追っていた。
聞いた話だと先の急襲時、スズハが誰よりも危険を察知し動き出したという。
黒ウサギには特有の殺気とでも呼べるよな嫌な気配があり、それはこの地で目を覚ました初日にナナルも感じたことがあった。
しかし、スズハはそのセンサーが人より広い……いや、並々ならぬ生存本能のようなものを持っている。
ナナルはそう感じていた。
一体、スズハのその生存本能は何から所以するものなのか。
声が聞こえてきた。
声の主はサラだった。
「カナター!
カナター?」
四方に呼びかけるようにサラがカナタを探して歩いているようだ。
よくよく見るとマツリグループの3人はカナタのことを探してウロウロしている。
カガミがサラに声をかけた。
「どうしたの?
カナタさん、いないの?」
サラが気づいて駆け寄ってきた。
「ちょっと前まで眠ってたんですけど、あの意識を失ってた感じで。
その、起きて、作業の手伝いに行ったらしいんですけど。
どこにもいなくて!」
サラは悲鳴にも似た声で言った。
サラはカザキを目の前で失った時もそうだが、昨日今日の関係とはいえ同じグループの人間に依存しやすいのかもしれない。
ナナルはこの状況でカナタの行方が分からなくなる理由を考えた。
黒ウサギによるもの? 本人の意思によるもの? またはそれ以外?
オレンジの壁の外から人を誘引するような能力は黒ウサギには今のところないだろうと思う。
それ以外の可能性は考えればきりがない。
一番可能性があるのは本人の意思。
正直、ナナルはカナタという少女がどういった人物なのかわからない。
戦うため、逃げるため、どういった目的があれば今、この安全地帯から離れる目的になるのか。
戦うためというのは、さすがにないか。
隠れた能力があったとしても、あの巨大黒ウサギははるかに規格外だろう。
逃げるため……というのがわかりやすい。
一度、あの圧倒的な急襲を経験して、理性を保てず、ただ逃げ出した。
……そんなところであってほしい。
ナナルは既にあの巨大黒ウサギでいっぱいいっぱいなのだ。
守れるものには限度がある。
それでも。
この事態を見過ごすと先々、問題になる可能性はある。
ナナルはどうすべきか思案した。
と。
バスンっ!!! と、ナナルの隣、先ほどまでカガミがいた場所に砂ぼこりが舞った。
ナナルは何事かとそちらを見る。
先ほどと同じようにカガミがいるだけだった。
カガミが言った。
「見てきた。
バギーが1台なくなってた。
いつ出たのかわからないがすでに村にはいないようだ」
それを聞いて、サラは崩れ落ちるように座り込んだ。
「何でぇ、カナタぁー!!」
サラは子供のように泣き出し、マツリグループが集めってきた。
他にも何事かと少女たちが集まってくる。
それよりも、ナナルはカガミに驚いていた。
言葉の通りなら、今一瞬で村の入り口まで行って帰ってきたということだ。
石の力を使いこなすとそこまで人から超越するのか。
帰ってきたときも砂ぼこりが舞ったが、舞いはしたが、本来ならばもっと舞い上がるほどの物理のはずだ。
ナナルは推察した。
カガミは、まだほかの少女たちに教えていない石の使い方を知っているのかもしれない。
再び、自然とナナルの視線はスズハに戻っていく。
ナナルの瞳孔が開いた。
スズハが天を仰いでいた。
周りにいる少女とは世界を異にしているかのような空気をまとっていた。
ララミィが不思議そうにそのスズハを眺めている。
やや遅れてカガミがその気配に気づく、それと同時にスズハとナナルは言葉を発していた。
「「みんな! 避難して!! アレがくる!!」」
アイザック・ゴーマの小説挑戦作だぜ。
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