あるある097 「旅は道連れになりがち」
ゴウ達の回復が終わってからサンドバイパーに襲われた経緯を聞いた。
俺達と同じように暑さにやられて意識が朦朧としている中、オアシスを見たのだと言う。
だがそれはサラハル砂漠の暑さが見せた蜃気楼で気づいた時にはサンドバイパーの巣に引っかかったらしい。
そこへ俺達が駆けつけたのだ。
俺達と出会ったことはゴウ達にとっては命拾いをしたようなもの。
もし、俺達が駆けつけなかったら間違いなくサンドバイパーに捕食されていたのだから。
「借りが出来てしまったな」
「困った時はお互いさまだよ」
「そう言ってくれると助かる」
ゴウは温くなったコップの水を飲みながら安堵の表情を浮かべる。
ゴウ達の馬車は近くに置いてあって荷物も馬も無事だった。
今は二つの馬車を並べて馬達に休息をとらせている。
俺達は馬車の荷台に布を張って日陰を作り、その下で休んでいた。
「ゴウ達はこのままシンポス地下神殿へ向かうのか?」
「そのつもりでいる。まだ、旅をはじめたばかりだからな」
「なら、俺達もいっしょに行こう。仲間が多い方が安全だからな」
サラハル砂漠にいるモンスターはサンドバイパーだけじゃない。
知っているだけでもヘル・イーター、サンドゴーレム、暗黒雲、ラパジャンなどがいる。
それぞれ砂漠に適した特性を備えているから注意をすることに越したことはない。
とりわけ環境の悪いサラハル砂漠なら余計に警戒する必要があるのだ。
「しかし、問題はこの暑さだな。このまま旅を進めても暑さでやられてしまうだろう」
「それは同感だ。せめて水の魔法でも使えれば多少は涼めるのだが」
俺とゴウの視線が自ずとルミウス三世に向けられる。
すると、ルミウス三世はフードを深くかぶり直して顔を隠した。
明らかにバツが悪そうな様子をしている。
もしかして魔法が使えないってことはないだろうな。
そんないかにも魔法使いらしい格好をしているのに。
「ルミウス三世。水の魔法を使ってみてくれ」
「……」
「そんなたいそうなものではなくていいぞ。簡単なやつで」
「……」
再三にわたるゴウの呼びかけにも答えずルミウス三世は黙り込んでいる。
肩を竦めて小さく丸まりながら何も聞こえないようなふりをしていた。
もしかしてもしかか。
俺はあらぬ疑いを持ってルミウス三世に話しかける。
「もしかして魔法が使えないのか?」
するとルミウス三世は小さく頷いて応えた。
「マジか!魔法使いだって言ったろう。俺を騙していたのか?」
「違うよ。僕は魔法使いの格好をするのが趣味なんだ。この本を見てよ。如何にも魔法使いっぽいだろう?」
「何だよ、それ。俺は本物の魔法使いを探していたんだぞ」
ゴウは力なく肩を落として大きなため息を吐いた。
さすがに仲間にした魔法使いが偽物だなんて残念でしかない。
いくら見た目が魔法使いでも魔法を使えないなら戦力にもならないし、返ってお荷物を背負ったようなものだ。
これならトイプーの方がマシだ。
ルミウス三世は申し訳なさそうにしながら持っていた魔導書紛いの本を差し出した。
「魔法は使えないけれど、『空間認識』の特殊能力は持っているよ」
「『空間認識』?」
『空間認識』は実際に訪れた場所を頭の中で立体的に描ける能力だ。
なのでダンジョンの調査ではとても役に立つ能力のひとつ。
魔導書紛いの本を開いてみると、これまでに調査した建物の構造がありありと描かれていた。
「おい、これって本当にお前が書いたのかよ」
「もちろんだよ。僕の特殊能力を持ってすれば簡単さ」
「それは凄いな。ゴウ、凄い奴を仲間にしたな」
「あ、ああ……」
ゴウは信じられない様子でルミウス三世の本を眺めている。
どのページを見てみても立体的に建物の構造が描かれていてわかりやすくなっている。
これを持ってすればダンジョン調査なんていとも簡単に出来るだろう。
ルミウス三世は少し誇らしげな様子で俺達を見ていた。
「だから僕もいっしょに行っていいってことだよね?」
「もちろんだ。お前の力を俺達に貸してくれ」
ゴウとルミウス三世は固い握手をして約束を交わす。
その様子を見ながら俺はそれぞれのカップに酒を注いだ。
「それじゃあ改めて乾杯だ」
「俺達の旅の成功に!」
俺達はコップをぶつけて乾杯をすると酒をひと煽りした。
だけどひとり浮かない顔をしていたのはマークニットだった。
ルミウス三世が先にぶっちゃけてしまったので告白するタイミングを見失ってしまったようだ。
マークニットも剣士と謳っているが腕の確かな剣士ではない。
子供の頃にちょっと剣術をかじっていただけの駆け出しだった。
その上、特殊能力も戦闘系のものではなく『真美眼』と呼ばれる本物を見極める能力だ。
本物とレプリカを見極める時には役立つが戦いには何の役にも立たない。
だからこそルミウス三世よりも先に告白したかったのだ。
「どうした、マークニット。顔色が悪いぞ」
「な、何でもないよ」
「ならいいが。具合が悪いなら言ってくれよ」
心配そうな目で見つめるゴウの視線をまともに受けられなかったマークニットはちびりと酒を煽る。
嘘はついていないのだが何故だかゴウに悪い気がしてならなかった。
すると、ひとり乾杯をできなかったエレンが団子状の体を動かしながら這って来た。
「おい、カイト。いつまで私をこのままにしておくつもりだ?」
「お前を解放させても大酒を飲むだけだからな。しばらくそのままだ」
「酒の恨みは恐ろしいぞ」
「言ってろ」
そう言って俺はエレンの顔に酒の入ったコップを近づける。
そしていびるように動かしながら見せびらかせるように酒を煽った。
エレンは鬼のような形相で俺を睨みながらぼそぼそと恨み節を吐く。
何も出来ないエレンをいびるのはストレス発散になる。
いつもなら逆にいびられているから余計に快感を覚えるのだ。
そんな俺を見つめながらセリーヌが割って入って来た。
「カイトさん。エレンさんと二人っきりで楽しむなんてズルいですわ。私も混ぜてください」
「混ぜてくださいって言ったって、これはただのお仕置きなんだ」
「私も欲しいです。カイトさんのお・し・お・き」
人前だと言うのにセリーヌは恥ずかしげもなく頬を赤らめながら催促して来る。
セリーヌもすっかりエレン化して来てしまったようだ。
このまま行けば間違いなく羞恥心をなくしてしまうだろう。
そうなる前にセリーヌを改心させなければ。
「カイト達は変わった奴らだな」
「変わっているのはこの2人だけだ。俺はいたってまともだぞ」
「ハハハ。そう言うことにしておいてやるよ」
ゴウは嬉しそうな顔を浮かべながら残りの酒を一気飲みする。
そしておもむろに立ち上がると馬車から離れて行った。
「どこへ行くんだ?」
「小便だ」
「なら、俺も」
ゴウの後に着いて行って馬車の影になる砂丘で用を足す。
さすがに砂漠にトイレはないので自然に返すことになる。
まあ、暑さですぐに水分は蒸発してしまうのだけれど。
俺達に釣られたのかトイプーも横で用を足していた。
それから俺達は日が沈むまでその場で待機していた。
セリーヌの言っていたように移動を夜に変えたのだ。
夜ならば昼間のような暑さはない。
しかし、視界が悪くなるから余計に注意しなければならないのだが。
方向は羅針盤を使い星の位置から方角を割り出した。
今はちょうどゴートスの街から東に50㎞の位置で、このまま東に進めばシンポス地下神殿まで辿り着ける。
俺達は辺りを警戒しながら静かに馬車を出した。
「夜のサラハル砂漠は一段と静かだな」
「太陽がないだけでこれだけ静かだと返って気持ち悪い」
「でも、ロマンチックですわ。見てください、あの星空を」
蒼紺色の空に散りばめられた星々は小さく煌めていている。
そのひとつひとつがダイヤモンドのようで俺達の乾いた心を潤した。
セリーヌは俺の隣に座ると頭を肩に預けて来る。
そして身を寄せながら恥かしそうに頬を赤らめた。
「あのひと際大きい星がカイトさん。その隣で小さく輝いているのは私ですわ」
「な、何だよ急に」
「こうして見るとカイトさんが小さい私を守ってくれているようですわ」
「あれは北極星って星だ。俺じゃない」
ひとり虚ろな目になっているセリーヌを押しのけて正しい答えを導く。
すると、セリーヌは俺の腰に手を回していやらしく体を触って来た。
「カイトさん。私、我慢できそうにありません。ここで休憩をしましょう」
何をだ?
それにまだ出発したばかりなのだ。
夜のうちに距離をかせいでおかないといつまで経ってもシンポス地下神殿へは辿り着けない。
食料も水も限られているからなおのこと先に進まなければならないのだ。
ひとりロマンチックな気分になっているセリーヌには悪いがここは心を鬼にして。
「セリーヌ。とりあえず寝ておけ。運転も変わりばんこにするから、それまで体力を温存させておくんだ」
「はーい」
セリーヌはつまらなさそうに返事をすると荷台に戻って横になった。
その様子を見届けてから俺は肩を落として大きな溜息を吐いた。
セリーヌの俺に対する積極性は悪いものではない。
ただ場所をわきまえていない所がいけないのだ。
セリーヌもおばさんだからそう言った繊細な部分の配慮に欠けているのだろう。
とかくおばさんってものは雑になりがちだから。
すると、様子を見守っていたゴウが同情の言葉を投げかけて来た。
「カイトも苦労しているんだな」
「おばさんてのは自分勝手だから余計に苦労するよ」
「はじめてカイト達を見た時は正直羨ましかったが、今はそうでもない。やっぱり仲間は男だけの方が気が楽だよ」
それはそうだろう。
男だけなら変な気を使わなくてすむし、話もまとまりやすい。
戦いにおいても肉体的に有利だし、頼もしい存在だ。
ただ、四六時中男を見ていなければならないことが苦痛だが。
とりわけ若い俺は精力が湯水のようにとりとめなく溢れて来る。
それを解消するためには女性の存在は必要不可欠。
エレン達はおばさんであるが肉体は十分なエロスがある。
だから余計に俺の息子は毎日のように刺激されているのだ。
「まあでも、ちょっとは色気が必要だろう?」
「それはそれぞれの街ですませてあるから問題ない。カイトもどうだ?気持ちいいぞ」
「お、俺は間に合っているよ」
「ハハハ。カイトも意外と純情なんだな」
ゴウは右手で顔を覆い隠して大笑いして俺を小馬鹿にする。
確かに年齢で言えばゴウの方が年上なんだから社会の裏を知っていてもおかしくない。
だからと言って俺を子ども扱いするなんて許せない。
俺だって一応あんなことやこんなことを経験して来たのだから。
何も知らない純朴な少年ではないのだ。
「それよりゴウはソウル・ベルを作ったばっかりって言っていたが、その前は何をやっていたんだ?」
「俺か?俺はな、ゴルドランドのコロセウムで剣闘士をしていた」
「コロセウムなら俺も出場したぞ」
「そうか。で、結果はどうだったんだ?」
「それを聞くか?」
恥かしながら結果は予選敗退だ。
あの時は今よりも弱かったから当然の結果だったのだけれど。
今、戦えば少しは結果は違っていただろう。
悔しまぎれに俺が頭の中で考え込んでいると状況を察したゴウが自分のことを語り出した。
「俺は純粋な出場者と言うよりは金をもらって出場者を打ち倒す剣闘士だった。いわゆるサクラだな。戦いが拮抗すればするほど会場が盛り上がって、俺達に入る金も増えるんだ。だけど、どの世界にでも強者はいるもので、そんな奴にあたるとコロッと討ち取られれしまったよ」
「邪道なことをやっていたんだな」
「ハハハ。若い頃は金に飢えていたからな。稼げることならなんでもしたよ」
ゴウは包み隠さず自分の過去のことを話してくれる。
それだけ俺を信用しているのか、この星空の下で嘘をつけないのかはわからないが。
まあ、でも今の俺も金に飢えているからゴウと同じ立場だったら同じことをしていたかもしれない。
多額の借金ってのは人を変えてしまうほどインパクトの強いものなのだ。
「ただな、そんな生活は長くは続かなもので怪我を機に引退をしたよ。やっぱりまっとうなことをして稼いだ方が気分もいいしな」
「ゴウも苦労して来たんだな」
「カイトより長く生きているから当然だ」
ゴウの体についている無数の傷跡はその時に出来たものなのだろう。
ゴウは左手で傷跡を摩りながら目を細めて遠くを見つめる。
その瞳の先にはかつての自分が映っているはずだ。
俺も年を重ねればこんな顔が出来るようになるのだろうか。
それは物悲しくもあり微笑ましくもあった。
「シケた話は止めだ。もっと景気のいい話をしよう。カイトはこれまでどんな冒険をして来たんだ?」
「俺か――」
俺はかいつまんでこれまでの冒険の話をゴウに聞かせた。
ゴウは興味深々な様子で最後まで俺の話に耳を傾ける。
とりわけセレスティア王国の話には興味を持ったようで詳しく尋ねて来る始末。
セリーヌとレオナルドの関係性については伝えなかったが、ゴウもレオナルドの噂話を幾つも知っていた。
レオナルドは徹底的な完璧主義者でちょっとのミスを許さない冷酷な人間だとか。
失敗した部下を片っ端から惨殺しているとか。
セレスティア王国の国王の座を狙っていて国王の暗殺計画を立てているとか。
レオナルドに関する話題にはことを欠くことはなかった。
「で、本物のレオナルドにあった感想はどうだったんだ?噂通りの冷酷非道な人間だったか?」
「噂話はだいぶ盛ってあるがあながちハズレでもないぞ。見た目はクールなイケメンだ。ただ、眼差しは鋭く冷たかった。あの目で睨まられたら大抵の人間は怯んでしまうだろう」
「やっぱり噂通りの男だったようだな」
ゴウは肩を竦ませてゾクッと沸き上がった悪寒を振り払った。
ハーベイ王国にいるゴウにでさえ、レオナルドの話が届くなんて俺達もうかうかしていられないな。
いつレオナルドの刺客が来てもおかしくないのだから。
シンポス地下神殿の調査をすませてとっととエジピア王国を目指した方がいいのかもしれない。
俺は手綱を握り直すと馬に鞭を入れた。
それから小一時間ほど馬車を進めたところで地平線の上に物陰を見つけた。
それは樹々のような形をしていて、ひとところに寄り集まっている。
月明りだけではシルエットしか確認できないので、それが何なのかはここからではわからない。
「ゴウ。あれは何だと思う?」
「オアシスのように見えるが、ここからじゃわからないな」
「何かの罠かもしれないから、警戒しながら進もう」
俺とゴウは手綱を握り直すと馬に鞭を入れて馬車を歩かせた。
とりわけサンドバイパーの罠には特に目を光らせながら。
月明りだけではサンドバイパーの巣など見分けはつかない。
ひとたび罠に嵌ってしまえばサンドバイパーに捕食されてしまう。
だから余計に慎重になりながら馬車を進める必要があったのだ。
けれどその心配は無用だったようで俺達は無事にオアシスまで辿り着いた。
オアシスには大きな湖があり、その周りに植物が所狭しと群生している。
人が暮らせるような建物はないが、石造りの倉庫のような建物はあった。
屋根は藁で出来ていて梁にしっかりと蔦で括り付けられている。
俺達はその倉庫に馬車を並べて止めて辺りの様子を伺いに行った。
「見る限りでは何もなさそうだな」
「ああ。モンスターの気配もないし、人がいる形跡も見られない」
俺はおもむろに湖の袂へ歩いて行き両手で湖の水を掬った。
湖の水は思っているよりも冷えていて火照った体には心地よい。
水も濁りはなく月明かりが透き通るほど澄んでいた。
「飲めそうか?」
救った湖の水を口に運ぶ。
そして舌でぺろりと舐めて違和感がないか確認した。
「大丈夫そうだ。一応、煮沸した方がいいだろう」
「なら、俺は焚火を起こす。カイトは出来るだけ水を汲んで来てくれ」
「わかった」
俺とゴウはそれぞれ役割分担をして水の煮沸にとりかかる。
エレン達にも声をかけようと思ったがせっかく休んでいるのだし、そのままにしておいた。
ゴウは手際よく薪を集めて来て、手慣れたように火を熾してみせる。
俺は俺で荷台に積んでいた金ダルに水を汲んでゴウの所まで運んだ。
ちょうどお風呂用に用意していたので、それを代用した。
「いいのを見つけたじゃないか、カイト。これなら一度に大量の水を煮沸できる」
「とりあえず水が沸騰するまで待とう」
ゴウは焚火の周りに石を積み上げて小さな窯を作る。
その上に湖の水をたっぷりと入れた金ダルを乗せた。
さすがにこれだけの量の水が沸騰するまでには小一時間かかるだろう。
ゴウは汗だくになりながら火力の調整をしている。
夜とは言っても温暖な気候であるサラハル砂漠は温かい。
体感気温で25~6度前後あるだろうか。
普通に寝てて寝汗がかくくらいの温度だ。
「ゴウ、あまり根を詰めるな。先にお前がダウンしてしまっては話にならないぞ。俺が代わるから交代で火の番をしよう」
「そうか。なら、カイトに任せた」
ゴウは水筒の水をガブガブと一気に飲み干して、プハーと豪快な吐息をこぼす。
熱くなっていた体にもようやく涼が戻ったようですぐに涼し気な顔に変わった。
それに代わって俺の方が汗だくになって来る。
じわりじわりと汗が吹き出してぽつりぽつりと滴りはじめる。
たかが焚火の番だが、この暑さの中での作業は拷問と同じだ。
「ゴウ。代わってくれ。暑くて死にそうだ」
「10分も経っていないぞ。カイトは根性がないな」
「根性の問題じゃない。これはただの拷問だ」
「ハハハ。拷問か。確かに拷問だな」
呆れ顔を浮かべていたゴウも”拷問”の言葉にはしっくり来たようで手団扇で仰ぎながら苦笑する。
俺も滴る汗を拭いながら焚火から離れて水筒の水をがぶ飲みした。
夜とはいえ昼の間に熱せられた砂は今でも熱を帯びている。
とりわけ表面の砂ほど熱を持っていて手で触れても暑く感じる。
この特性を生かして砂の山を作って食べ物を入れて蒸し焼きにする料理方法がこの地域では見られる。
俺達もそれにならって竹の筒に生米と卵を入れて砂の中に埋めてみた。
うまく行ったら朝食にする予定だ。
その飯の匂いを嗅ぎつけたのかトイプーが俺達の所へやって来て吠える。
「ワンワン!」
「トイプー。腹が減ったのか?」
「ワンワン!」
トイプーはおやつをせがむように体をこすりつけながら物欲しそうな目で見つめる。
その濁りのない真っ黒なつぶらな瞳で見つめられると俺としてもおやつをあげない訳にもいかない気持ちになる。
すると、ゴウが懐にしまってあった干し肉を取り出してトイプーの前に置いた。
トイプーはクンクンと鼻で干し肉の匂いを嗅ぎ分ける。
そして俺と干し肉を交互に見つめながら「食べていいか」催促して来た。
ここで「待て」と言うのは気の毒だ。
目の前のおやつに我慢できるほど犬は従順ではない。
おやつの誘惑に負けて食べてしまうのが普通の犬なのだ。
トイプーは馬鹿犬に降格したし、おやつをつまみ食いしたとしても仕方のないことだ。
俺は素直に「よし」の合図を送ってトイプーにおやつを食べさせた。
「冒険に犬だなんて珍しいな」
「セリーヌがどうしてもって言うから連れて行くことにしたんだ。こう見えても役に立つんだぞ」
「なら、モンスターを見つけたらいの一番に教えてもらうことにしよう」
冗談なのか本気なのかゴウはトイプーを撫でながら、そんなことを言って来る。
まあ、サンドバイパー戦でもサンドバイパーの居場所を突き止めたし期待していいのかもしれない。
馬鹿犬に降格したけれど、れっきとした犬なのだから。
「それでカイト。夜が明けたらどうするつもりだ?」
ゴウは東雲色に染まる東の空を見つめながら俺に尋ねて来る。
いつの間にか夜が明けて太陽が顔を出そうと準備をしていた。
あと数時間もすれば太陽が顔を出してまた地獄のような灼熱の砂漠に変わるだろう。
その前に今後の方針を立てておいた方が良さそうだ。
「まずは今いるポイントを割り出すことからだ」
俺は砂の上にハーベイ王国の地図を広げてゴートスの街に小石を乗せる。
そして羅針盤を使って空に輝く星座を頼りにしながら現在地を割りした。
俺の計算によればゴートスの街から直線で東北東へ80㎞ぐらい来た位置にいることになる。
あくまで計算上なのではっきりとした現在位置はわからないが、ほぼ間違いないだろう。
ゴウも独自の計算方法により現在位置を割り出したが、俺の計算とほぼ同じ答えになった。
「サラハル砂漠の3分の1ってところか」
「先は長いな」
この先のあとどれくらいのオアシスがあるかわからない。
ならば闇雲に昼間に移動するのは危険過ぎるだろう。
途中で補給をしなければ間違いなく干上がってしまうのだから。
「ここは夜に移動した方がいいな」
「俺もその答えに賛成だ。ここの暑さは尋常ではないからな」
「ならば昼間の対策をしよう」
俺とゴウはおもむろに立ち上がり明るくなりはじめた東の空を見つめる。
胸の奥で感じる期待と不安を確かめながら気持ちを新たにして。
まずすべきことは太陽をしのぐ場所の確保と水分の補給だ。
湖の水はすっかり沸騰して煮沸は終えている。
後は飲めるぐらいになるまで冷ますだけ。
日差しをしのぐのは馬車を停めている小屋が使えそうだ。
俺とゴウはさっそく準備にとりかかった。




