あるある093 「勝負にこだわりがち」
それから3日かけてハーベイ王国まで辿り着いた。
しかし、待っていたのは貿易船や商船の大行列。
港の入口から連なるように船が沖合まで順序よく並んでいた。
「おい、シーボルト。これはいったいどういう事だ?」
「こいつはハーベイ王国の名物、”メーブルの大行列”だ」
シーボルト曰く、メーブルと言うのはハーベイ王国に伝わる物語に出て来る大商人のこと。
はるか昔のこと。
ハーベイ王国は中央に広大のサラハル砂漠を抱えた大陸で街は沿岸部に限られていた。
メーブル大商人は北を統治していたドルランド王国で商売をしていた大商人。
港を持たないドルランド王国ではもっぱら農業が盛んで輸出していたのも食料品のみ。
薄利多売の商品のため思うように稼げなくて困っていた。
そこへサラハル砂漠を旅していた男が砂漠で魔鉱石を拾ったことから物語ははじまる。
誰よりも強欲で金に目がないメーブル大商人は、その男の話を信じ込んだ。
サラハル砂漠の地下にはまだ見ぬ資源が眠っていると考えたのだ。
ただ他の商人達は男の話を全く信じなかった。
砂漠で魔鉱石が落ちているなんてありえないからだ。
しかし、メーブル大商人は周りの反対を押し切って探索部隊をサラハル砂漠に派遣した。
何日も何週間もサラハル砂漠を探索したが魔鉱石も地下資源も見つからずじまい。
それでもメーブル大商人は諦めきれず探索部隊の派遣を次々と送り込んだ。
その行列はまるでアリの大行列のようで”メーブルの大行列”と揶揄されるほどだった。
結局、得をしたのは嘘をついた男だけで、欲を出したメーブル大商人は苦汁を飲んだのだった。
「欲を出すのも考えものですね。結局、何も見つからなかったんでしょ?」
「ああ。口のうまい男に騙されただけだ」
「どこにでもいるんですね、そう言う残念な人。僕達はそうはなりませんよね?」
「まあ、俺を騙せるほどの者はそんじょそこらにはいないだろう」
シーボルトはマシューに自慢するように誇らしげに断言する。
そう言う奴ほどコロッと騙されるものなのを知ってか知らずか。
まあ、シーボルトを騙したところで何の得にもならないのだが。
「そんな話はどうでもいい。こんな行列になっていたんじゃ、いつになったら入港できるんだ?」
「2、3日は足止めを食うだろうな」
「そんなにか!」
シーボルトの答えに驚愕の表情を浮かべる俺をよそにシーボルトはいつものように酒瓶に手を伸ばす。
急がば回れではないが、ゴールを目の前にして焦るのものではないと言いたげだ。
亀のようにノロノロと順番が来るまで待っている方が結局は一番早いとのこと。
ただ、なぜこんなにも大行列が出来ているかってことだ。
シーボルトの話では検閲に時間がかかるのだと言う。
セレスティア王国の検閲も厳しかったがハーベイ王国はそれ以上だ。
ハーベイ王国がそんなにも検閲を厳しくするのには訳がある。
中立的な立場をとっているハーベイ王国だからこそ近隣諸国からの輸出入には制限を設けている。
どこかの近隣諸国に偏らないようにバランスよく商品を輸出入しているのだ。
とりわけ武具類の輸出入には特に目を光らせている。
輸入面で見れば武具類を大量に輸入をして軍事力を強化しているように思われないようにするため。
輸出面では、とある国に武具類を輸出してその国との関係を深めていると思われるのを避けるためだ。
中立的な立場をとるからこそ、どこかの国にだけ偏ることは出来ないのだ。
「2、3日も足止めされるんじゃ、やることがないな」
「こういう時は焦ってもしかたないさ。ほら、カイトも飲め」
少し赤ら顔のシーボルトが差し出した酒の入ったグラスを手に取る。
グラスの中には琥珀色をした少しトロミのある酒が俺に飲まれるのを待っている。
俺は吸い込まれるように酒を一口含み、香りを少し楽しんでからゴクリと飲み込んだ。
カーッと喉が焼けるように熱くなるとアルコールの香りが喉を伝って吐息となった。
「こいつは染みるな」
「だろう。俺が愛用している特別な酒だからな」
「船長。いつも隠れてこっそりと飲んでいるんですよ」
「余計なことを言うな、マシュー」
マシューの思わぬ告白にバツが悪そうな顔をする、シーボルト。
そんなことはしていないと言いたげに首を横に振ってみせる。
まあ、酒好きのシーボルトだからこっそり飲んでいてもおかしくない。
ただ、船を航行させている時に飲むのは少し心配だ。
酒酔い運転で明転して船を座礁させたとあれば目もあてられないからな。
「シーボルト。酒を飲むのはいいがほどほどにな。エレンのようになられても困る」
「俺はあそこまで大酒のみじゃない。俺の場合は純粋に酒を楽しんでいるだけだ。酒は船乗りの嗜みだからな」
「船長はエレンさんといい勝負をしていますよ。今度、飲み比べをしてどっちが強いか決めませんか?」
「おいおい、馬鹿にするなよ。俺がエレンに負ける訳ないだろう」
すっかり気をよくしているシーボルトは酒瓶を掲げて啖呵を切る。
船乗りが酒で女に負けたとあっては名折れすると言わんばかりに。
確かにこの勝負は面白いかもしれない。
エレンはカイト軍団で一番の大酒のみだ。
酒を飲んでいない日はないかと思う限り毎日酒を飲んでいる。
シーボルトも負けてはいないがエレンといい勝負になるだろう。
「そこまで言うなら飲み比べの勝負をしよう。負けた方が勝った方の言うことを聞くと言うことでどうだ」
「面白いじゃないか。要求は何でもいいんだよな?」
「もちろんだ。エロいこともスケベなこともムフフなことも好きなだけしていい」
「よっしゃー!決まりだ。勝ってムフフなことをするぞ」
「船長。顔がいやらしい」
シーボルトは頭の中でムフフなことを想像しながら口元を緩ませる。
軽蔑するようなマシューの視線を気にすることもなくスケベな顔を浮かべる。
普段から日照り続きだから、相当溜まっているのだろう。
どちらが勝っても面白くなりそうな予感がする。
俺はさっそく船室で休んでいるエレンを叩き起こしに行った。
「何だよ、カイト。モンスターでも出たのか?」
「そんなんじゃない。お前の好きな勝負だ。いいから黙ってついて来い」
「私は疲れているんだ。もう少し寝かせてくれ」
「寝るのはいつだって出来るだろう。それよりも勝負だ」
エレンはかったるそうに肩を回しながら体をポキポキと鳴らす。
さすがに狭い船室のベッドで眠っていたから体が悲鳴を上げているようだ。
俺はエレンの手を強引に引っ張りながら甲板へ連れて行く。
そこには準備を整えたシーボルトとマシューが待ち構えていた。
甲板には船に積んであった酒樽が5つ並べてある。
その上にグラスが2つ置いてあっていつでも飲める準備は出来ていた。
「勝負っていったい何のことだ?」
「お前の好きな飲み比べ勝負だ。シーボルトと飲み比べをして勝った方が好きなことを要求できるってルールだ。どうだ、面白そうだろう?」
「私はそんな気分じゃないんだ。カイト達でやっていろ」
エレンは疲れた表情を浮かべながら呆れたように断って来る。
いつものエレンからは想像できない姿だ。
いつもだったら酒と聞いただけで目を輝かせて食いついて来るのに。
アルコールがないと死ぬとでも言わんばかりに酒に執着しているのだけど。
エレンの奴、シーボルトに負けるとでも思っているのか、俺はエレンのプライドにチクリと刺激する。
「もしかしてシーボルトに負けるから逃げるのか?」
「何だと!私がこんな奴に負けるとでも思っているのか?そこまで言うならやってやろうじゃないか」
食いついた。
エレンは単純な性格をしているから、プライドを刺激すればすぐに反応を返す。
馬鹿とハサミは使いようではないが、エレンを操るのはいとも簡単だ。
エレンはづかづかとシーボルトに近寄るとグラスを取って啖呵を切る。
「この勝負、私がもらった!」
「エレンには悪いが勝つのは俺だ!」
エレンとシーボルトはおでこをくっつけながら火花をバチバチと散らす。
今にでもバトルがはじまりそうなぐらい緊張感が高まっている。
マシューは二人の間に割って入るとルールの説明をした。
「ルールは簡単です。どちらが多くお酒を飲んだかです。僕は船長のお酒のカウントをしますので、カイトさんはエレンさんのお酒をカウントしてください。途中で酔いつぶれたら勝負はそこまでです」
「面白いじゃないか。後で吠え面をかくなよ」
「勝つのは俺だ。船乗りの底力を見せてやる」
さっそく俺とマシューはそれぞれのグラスに酒を並々と注ぐ。
何杯飲んだのかのチェックは小石を置いて行くことでカウントして行く。
一杯はグラスに8分目まで注ぐことを基準にして公平なラインを決める。
後はどちらが先に酔いつぶれるかが勝負の分かれ目となるだろう。
「それではスタートです!」
マシューがスタートの合図をすると同時にシーボルトとエレンはグラスの酒を一気に飲み干す。
まるで水をがぶ飲みするかの勢いで酒を胃袋の中に入れて行く。
俺とマシューは同じタイミングでグラスに酒を注いで二人に手渡す。
二人ははぎ取るようにグラスを取ると惜しみもなく酒を飲み干しす。
酒の美味さを味わっている暇はないくらいの早いペースで飲み進める。
早さの勝負ではないので自分のペースで飲めばいいのだけれど、二人は張り合っている。
「順調です、船長。そのペースで飲み進めてください」
「おうよ。この程度で負けていられるかってんだ」
既に10杯は飲んでいるだろうか、シーボルトは赤ら顔になっている。
それでも酒を飲み進めるペースは変わらずに次々と酒を飲み干して行く。
それはエレンも同じようでシーボルトに負けじと酒を煽り倒す。
「エレン、押されているぞ。お前の力はこんなものなのか?」
「勝負ははじまったばかりだ。私がこんな奴に負ける訳ないだろう」
俺の言葉に感化されたのかエレンはさらにスピードを上げる。
両手にグラスを持ちながら交互に酒を飲んで行く作戦に転じた。
カウンターの小石はどんどん積み重なって20を超えた。
「どうだ、シーボルト。私の力を見たか」
「まだ2杯の差じゃないか。そんなの射程圏内だ」
「へっ、言ってろ。お前はそのうちダウンするさ」
二人の好戦で酒樽の酒がが3分の2まで減って来た。
しかし、まだまだ酒樽は4つもあるからいくらでも飲める。
エレンとシーボルトはペースを崩すことなく飲み続けている。
この勝負、思っている以上に長引きそうな様相を呈していた。
「船長、それで30杯目です」
「30ぱぃ。まらまだ、そんなものじゃ足りなぁい」
さすがのシーボルトも呂律が回らなくなって来たようだ。
顔はすっかり真っ赤に変わり酒臭い息を吐き出している。
アルコールが全身に回り立っているのさえままならないようだ。
今はどかりと床に腰を下ろして酒を飲んでいる。
酒を飲み進めるペースも落ちて来て味わうようなゆっくりなペースになっていた。
「だらぁしのない奴だぁ。わらぁしは立っていいるぞぉ」
エレンは立ってこそいるが酒樽にしがみついて何とか立っている状態。
シーボルトと同じで呂律が回らなくなり、すっかり出来上がっている。
星の差3つで何とかエレンがリードしているが追い抜かれるのも時間の問題だろう。
「おい、エレン。もっと差をつけろ。このままだと追い抜かれるぞ」
「かぁつのら、わらぁしだ。カイトぉ、もっとよこぉせ」
エレンは俺の手からグラスをはぎ取ると一息で酒を飲み干す。
こうなって来るともう酒の味などほとんどしないだろう。
したとしてもほぼ水と変わりはない。
アルコールが入っているだけの水だ。
だからなのか次々と酒を催促して来る。
ペースこそダウンしているがたゆまなく酒を飲み続けている。
ほぼプライドだけの勝負みたいだ。
「マシューぅ。いまぁ、なんばぁいめら?」
「40杯目です。エレンさんに5杯リードされています。このままだと負けてしまいますよ」
「おれらぁ負けるものかぁ。ムフフはおらぁのもんらぁ」
ここまで来るとさすがのシーボルトの手も止まって来る。
さっきからブツクサ文句を呟いているだけで酒を飲もうとはしない。
それはエレンも同じようで床にどかりと腰を下ろしながら寛いでいた。
「マシュー。そろそろ終わりかな」
「いいえ、カイトさん。船長はまだ諦めていません」
見るとシーボルとはふらつく足でおもむろに立ち上がると酒樽にしがみついた。
そして自ら柄杓で酒を汲み上げると並々とグラスに注いだ。
シーボルトの戦意は喪失していない。
この勝負に只ならぬ思いを抱いているから引けないのだろう。
なんて言ったって勝てばムフフなことを出来るのだから。
こう言う時の男のパワーは底知れないのだ。
シーボルトはグラスの酒を飲み干すと一気に2杯分差を縮めた。
「どうらぁ、エレン。これがぁ船乗りぃの底力じゃぁ」
「そんらぁのまだまらぁだ。女のパワーを見せてやぁらぁ」
エレンは負けじと酒樽にしがみつくと柄杓でグラスに酒を注ぐ。
そして酒を並々と注いだグラスを3つ並べると端から勢いよく飲み干して行った。
こうなって来るともう飲み比べの勝負と言うよりもプライドのぶつかり合いだ。
お互いに一歩も引く様子は見せずに酒を煽っている。
「マシュー。そろそろ終わりにしないか。このままだと終わりが見えないぞ」
「そうですね。お二人もすっかり出来上がっていますし、ここは引き分けってことで終わらせましょう」
俺とマシューが試合終了の話をしているとすぐさまエレンが食いついて来た。
「引きわぇけらぁって。わらぁしの勝ちだらぁろぅ」
「いいゃ。勝つのはおらぁだ」
そんな強がりを言っているシーボルトだったがすでにお眠モードで床に寝転がっている。
それはエレンも同じで床に大の字に寝ころびながら天を仰いでいた。
もうすでに二人に戦うだけの意志も気力も残っていないだろう。
もうしばらくもすれば二人は夢の中だ。
この勝負は星の差5をつけたエレンの勝利だ。
ただもう勝負なんてどうだっていい気分になっている。
勝負を見守っていた俺もマシューもすっかり疲れてしまった。
エレンもシーボルトも明日になれば勝負のことなどすっかり忘れているだろう。
ならばこの勝負は引き分けってことで幕を下ろそう。
俺がそんな終わり方を考えていると酒樽の影に隠れて飲んでいたセリーヌが呟いた。
「お二人とももうお終いですか?私はすでに70杯目ですよ」
「おい、セリーヌ。いつからそこにいたんだ?」
「はじめからですよ。カイトさんがエレンさんを連れ出したから気になって後をつけて来たんです」
セリーヌの顔は素面でお酒を70杯も飲んだことがわからないような平静さだ。
今もふらつくこともなく口調もしっかりしている。
セリーヌがお酒に強いことは知っていたがここまでとは。
「勝負に勝ったら好きなことを要求していいんですよね?」
「そうだが」
「それじゃあカイトさん。私をキツク抱きしめてください。私の心が痺れるような熱い抱擁をお願いします」
セリーヌは頬を少し赤らめながら恥かしそうに俺の抱擁を今か今かと待っている。
勝負に勝ったら誰にでも好きなことを要求できると勘違いしているようだ。
俺はセリーヌの目を覚ますようにルールの説明をした。
「要求は勝った奴が負けた奴にするルールだ。だから外野の俺に要求は出来なんだよ」
「そんなこと言われましても、お二人は聞けないでしょう?」
床に寝込んでいるエレンとシーボルトを残念な目で見ながら俺に確かめて来る、セリーヌ。
確信犯と言わんばかりに堂々としながら俺に対して迫って来た。
「今、聞けなくても明日聞けるだろう?」
「明日になれば二人とも忘れていますよ」
「そ、それはそうだが……」
「ですから代わりにカイトさんが応えてください」
セリーヌはニコニコしながら俺にすり寄って来る。
頬を赤らめながら恥かしそうに、それでいて積極的に。
それはまるでトイプーがエサをねだるような感じですり寄って来て。
セリーヌはいつから俺のペットになったんだ。
こんなたわわで美人なペットならばいくらいても構わない。
毎日、たわわに囲まれて楽しく暮らすのだ。
「カイトさん。鼻の下が伸びていますよ?」
「そ、そんな訳ないだろう。お、俺がそんなスケベなことを考えるものか」
「やっぱり考えていたんじゃないですか。カイトさんからスケベを取ったら何も残りませんからね」
俺はマシューからそんな風に見られていたのか。
確かに心当たりはたくさんあるがスケベの塊だなんて言い過ぎだ。
俺だって俺なりに苦労を重ねて来たんだ。
スケベはおまけのようなもの。
フルコースに着いて来るデザートのようなものなのだ。
みんなデザートを楽しみにしているように俺もスケベを楽しみにしているだけだ。
「そう言うマシューだってスケベそうな目でセリーヌを見ているじゃないか?」
「言いがかりです。僕は女性に対しては敬意を払って接していますからね。けっしてカイトさんや船長のように失礼な真似はしません」
「くくく……ぐうの音も出ない」
マシューは誇らしげに、それでいて紳士的に嫌味もなく振る舞ってみせる。
確かにこの中では一番マシューがジェントルマンだ。
スケベでないし、お酒に溺れることもないし、それに女性に対して敬意を払っている。
どこから見ても文句が出ないほど紳士的だ。
マシューがもし船長ならば多くのファンを作っただろう。
ただマシューはただのモブだ。
主人公の俺より目立ってはいけない運命にあるのだ。
「けれど、隙がない男性ってのも考えものですよ。近寄りがたいオーラを出しているようで」
「ほれ、みろ。男ってのは隙がある方がいいんだよ」
「僕はそれでもいいんです。みんなから尊敬の眼差しを集めた方が嬉しいですしね」
こう言う切り返しが鼻につく。
素直に俺の言うことに従っていれば可愛いものなのだけど。
まだまだマシューには教育が必要なようだ。
誰が主人公で誰がモブなのか教え込まないと。
「マシューのそう言うところが生意気なんだ。下っ端は下っ端らしくしていればいいんだ」
「僕は確かに下っ端ですけれど、カイトさんの弟子ではありませんから。僕の師匠は船長だけなんです」
「シーボルトを慕うのはいいが俺はシーボルトを雇っているんだ。だから俺が一番偉い」
「一番偉いだなんて、カイトさんは本当に子供ですね」
「何だと!」
マシューの蔑むような失礼な言葉にイラついて俺はマシューの胸ぐらを掴む。
すると、マシューはここぞとばかりに勝ち誇った様子で俺を見下して来た。
「これだから子供は困るんです」
「俺のどこが子供だって言うんだ。年だって2つしか違わないだろう」
「2つも違えば大きな差ですよ。僕の方が2年も早く生まれたんですからね。人生経験も2年分積んでいます」
2年の差なんてどんぐりの背比べのようなものだ。
どちらの方が大人なんて決められない。
それなのにマシューの方が大人に見えてしまうのは俺だけだろうか。
マシューが俺とは対極的な場所にいるから違って見えるのだ。
「カイトさんもマシューさんもそのままでいいんですわ。いずれ大人になって行くのですから焦らなくても大丈夫ですよ」
「そんな呑気なことを言っていらるかよ。俺はどちらが大人なのか決めたいんだ」
「カイトさんも我が儘ですね。せっかくセリーヌさんが話をまとめてくれたんですから、素直に従っていればいいのに」
くーぅっ。
とことん鼻につく奴だ。
これじゃあ俺が我が儘を言っているただの駄々っ子じゃないか。
俺がこう言う返事をするのをわかっていてあえてあげ足を取ったのだ。
すでにマシューの掌の上で転がされているようなもの。
そう思うとますますイライラして来る。
「カイトさんはそのままでいいんですわ。カイトさんがそう言う男性だからこそ私は惹かれたのですから」
「セリーヌ……」
セリーヌは俺の中の苛立ちをかき消すかのような優しい笑みを浮かべる。
その微笑みはまるで空から舞い降りた天使のようで木漏れ日のように優しい。
俺もそれに応えるかのようにセリーヌの瞳を見つめた。
「はーぁ。見ていられませんね。二人のお熱いことは知っていますけれど、僕の前でしなくても」
「お、俺はまだ何もしていない。誤解の招くようなことを言うな」
「私はここでしてもいいんですけどね」
悪戯な笑みを浮かべて来るセリーヌは腹の奥で何かを考えているかのよう。
既成事実を作って俺との交際を他の奴らに認めさせることだろうか。
そんなことはしなくても俺は十分なのだけれどおばさんてのはそう言う事実を作りたがる。
俺の逃げ道を塞ぐことと周りのお邪魔虫を遠ざける予防線を張るのだ。
そう言う風に外堀を埋めることで俺の心をがんじがらめにして行く。
それは蜘蛛がエサを巻き取って逃げられないようにするかのような用意周到さだ。
おばさんはある意味、蜘蛛なのかもしれない。
恐るべし、おばさん。
「それじゃあお邪魔虫は退散しましょう。トイプー、いっしょに行きましょう」
「ワン!」
マシューの呼びかけに尻尾を振りながら小意気に返事をする、トイプー。
舌を出しながら小刻みに息をして、しきりにマシューの足に体を摺り寄せる。
いつの間にかマシューと心を通わせて仲良くなっていたようだ。
「おい、トイプー。お前は俺の犬だろう。そんな奴に着いて行くな」
「カイトさん。トイプーちゃんは私のペットです」
「今はそんなことどうだっていいんだよ。マシューと仲良くしているのが許せないんだ」
「カイトさんはとことん子供ですね。僕がトイプーと仲良くしているだけで嫉妬するなんて」
マシューはクスクスと笑いながら俺を馬鹿にするような視線を向ける。
その瞳には確かに蔑むような嫌味な視線が込められていた。
そんなやり取りを気にすることなくトイプーは尻尾を振りながらマシューを見つめている。
すると、マシューはポケットからエサを取り出してトイプーの前に置いた。
「さあ、おやつだ」
トイプーは貪りつくようにおやつにがっつく。
コリコリと咀嚼音をたてながらあっという間に食べてしまった。
そして再び尻尾を振りながらマシューにおやつを催促する、トイプー。
「こいつ、おやつに釣られやがったな」
トイプーは今日からバカ犬に降格だ。
誰が主かわからないようでは名犬の称号は与えられない。
トイプーにはしっかりと躾をしなければ。
俺は決意を新たに心を決めたのだった。




