あるある008 「身支度に時間をかけがち」
そして約束の時間になった。
今日、一日中どうするか考えた中で、俺の答えはまとまった。
空を見上げると西の空は茜色に染まり、東の空には星々が輝いっている。
告白をするにはよいシチュエーションだが、俺は愛の告白をするのではない。
セリーヌ達といっしょに冒険をするのかを伝えるだけだ。
正直、いろいろなことが頭をよぎった。
この先、女難に見舞われることや大金をつかむチャンスが巡って来ること。
しかし、俺は大金をつかむため、いや、勇者になるためセリーヌ達と冒険することに決めた。
エレン達は腕は確かだし、セリーヌは大金を持っている。
それは裏を返せば、それだけモンスターを討伐して稼いできたと言うこと。
つまり経験は豊富と言うことなのだ。
冒険初心者の俺にとって経験豊富な仲間はこの上なく心強い。
仲間にすれば、この先、サクサクとレベルを上げて行かれることだろう。
「カイトさん、答えを聞かせてください」
「セリーヌ達といっしょに冒険をするよ。けれど、リーダーは俺だからな」
セリーヌ達を仲間にするのはもちろんだが、誰がリーダーを務めるかは大事だ。
普通に考えれば経験豊富なセリーヌがリーダーをするものだが、そこは譲ってはならない。
それはリーダーによって冒険内容がガラリと変わってしまうからだ。
それに勇者を目指している俺がリーダーじゃないなんてあり得ない。
勇者と言うものは先陣を切って仲間を率いて行くものなのだから。
「カイトさんがリーダーを務めてくれるのですね。わかりました。それではよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく頼むよ」
セリーヌが差し出した右手を俺はしっかりと握りしめた。
セリーヌはあっさりと了承してくれた。
誰がリーダーになることにこだわりがなかったのか意外な反応だった。
まあ、何にせよ一緒に冒険をする仲間が見つかった。
これでひと段落は終わった。
明日から、さっそく冒険の開始だ。
「なら、今夜は前祝いですね」
「そうだな。仲間になった記念に一杯やろう」
俺とセリーヌはエレン達を連れて、昨日お世話になった大衆食堂へ向かった。
いつものようにエレンがメニュー票の見開きページ分の料理を頼む。
店員は数人がかりで大量の料理をテーブルに運んで来る。
テーブルの上は所狭しと大量の料理が並ばれる。
その中に数本の酒が瓶ごと置かれていた。
「それで今日は何に乾杯するんだ?」
「カイトさんが仲間になった記念ですわ」
「あれ、カイトは仲間じゃなかったの?」
「誰が仲間だよ。あれは勝手にエレンが決めたものだ」
ただ酒を飲むための口実に俺を助けて、しかも介抱までさせて。
とんだおばさんに引っかかったと後悔したものだ。
「それじゃあカイトが仲間になった記念に乾杯しよう」
「ちょっと待て。音頭をとるのはリーダーの俺だ」
「カイトがリーダーだと?」
「そうだ。勇者になる俺がリーダーに決まっているだろう」
ミゼルは不服そうな顔でセリーヌを見やる。
「リーダーをカイトさんにお任せしてもよろしいのではないでしょうか。私達にはもともとリーダーはいませんし、リーダーがいてくれれば冒険もサクサク進みますわよ」
「そうね。私は意義はないわ」
「私もだ」
セリーヌ達の視線がミゼルに集まる。
「仕方がない。カイト任せたぞ」
「おう、任せておけ」
ミゼルは心から認めてはいないようだったがおおむね了承してくれた。
これで主導権は握った。
おばさん達に任せていたらいつまでたっても勇者にはなれないからな。
まあ、仲間が全員おばさんってのは気になるが背に腹は代えられない。
他の街で仲間探しをしたって結局、俺の特殊能力で躓くだけだから。
俺はグラスに酒を注ぐと乾杯の音頭をとる。
「それじゃあ乾杯するぞ。新たなリーダーの誕生に……」
「「乾杯!」」
俺達は酒の入ったグラスを合わせるとそれぞれ酒を煽った。
さすがに今日の酒はうまい。
体の隅々までアルコールが染み渡って内側から体を火照らせる。
リーダーになった上に仲間が出来たのだ。
これで俺の苦労も報われると言うもの。
明日からの冒険が楽しみだ。
その横でエレンは水を飲むかのように酒を煽っていた。
「エレンさん、少しお酒が早くありませんか?」
「酒は水と同じだ。これくらいがちょうどいいんだよ」
酒飲みオヤジと同じ台詞じゃないか。
酒飲みはオヤジだろうとおばさんだとうと同じらしい。
好き勝って飲んでもいいが介抱だけはさせられたくない。
俺はエレンの傍にあった酒瓶を取り上げる。
「おい、カイト。何をするんだよ」
「エレンは飲み過ぎだ。明日から冒険がはじまるんだ。今夜はこれで終わりだ」
「勝手なことを言うんじゃねえ。私にとって酒は栄養剤なんだ。よこせ」
「リーダーは俺だぞ。決めるのも俺だ」
俺は勝ち誇ったようにエレンに言い放つ。
すると、横で見ていたアンナが応援して来た。
「エレン、カイトはリーダーになったんだから言うことは聞かないとね」
「そうだ。それにまたエレンの介抱をするなんて私は嫌だからな」
満場一致でエレンの酒飲みの時間は終わりを告げたのだった。
エレンは不服そうな顔を浮かべながら料理をやけ食いしていた。
は~あ、改めてリーダーの威厳に満足する。
俺の一声で仲間達が指示に従ってくれるのだからな。
あの自由気ままなエレンでさえも俺に逆らえないのだ。
これはこれから先の冒険が楽しくなりそうだ。
「それで今後の予定とかは立っているのか?」
「明日から冒険をはじめる。まずは、ギルドでクエストを受けてモンスターを討伐する予定だ」
「王道だな」
「モンスター討伐なんてかったるいことをするわけ?」
俺の話の腰を折るようにアンナがかったるそうな顔でツッコんで来る。
「冒険と言えばモンスター討伐だろう。他に何かやることでもあるのか?」
「とりわけないわね。私達は気ままに旅を続けて来たから」
アンナは髪をいじりながら毛先の枝毛を探している。
覇気のない態度から見ても、おばさんにとっては冒険なんてただの慰安旅行のようなものなのだろう。
だが、俺がリーダーになったからには冒険の何たるかを教えてやるつもりだ。
「なら、明日から冒険をはじめる。今夜はゆっくり休んでおけよ」
そして宴会は夜が更けるまで続いてお開きになった。
もちろん宿はあのボロ屋。
2泊目ともなるとだいぶ慣れて来て不眠に陥ることはなかった。
しかし、やはり気味が悪いもので中々寝付けなかったことは否めないが。
翌朝。
俺は朝陽が昇る前に目を覚ました。
怖くて眠れなかった訳じゃない。
冒険が楽しみで興奮していたからだ。
身の一番でベッドから飛び起きると部屋の窓を開けた。
ちょうど朝陽が登りはじめた頃で今日一番の朝陽が部屋に差し込む。
俺は朝日を浴びながら大きく深呼吸をした。
「はぁ~。気持ちの良い朝だな。俺達の旅立ちを祝福しているかのようだ」
俺はさっそく身支度を整えると部屋を出てエレン達の部屋の扉をノックする。
「おい、朝だ。起きろ!」
「……」
エレン達の反応が返って来ない。
あいつらまだ寝ているのか。
昨日、たらふく飲んだせいだな。
「おい、エレン!起きろ!出発するぞ!」
「……」
エレン達はまったく反応を見せない。
あいつらシカトするつもりか。
そうはさせないぞ。
嫌でも強引に起こしてやる。
俺はエレン達の部屋の扉の激しくノックしながら大声で叫んだ。
「お前達、いつまで寝ているんだ!朝だぞ。起きろ!起きないと酒は飲ませないからな!」
すると、ヒタヒタと床を歩く音が聞えたかと思うとエレンが部屋の扉を開けた。
「何だよ、朝っぱらから煩いな。私は眠いんだ」
「って、おい!な、何だよ、その格好は!」
エレンは素っ裸で布一枚羽織っていない。
恥じらいもなく俺に裸を晒しながら眠そうな声を出す。
俺は火照る顔を慌てて手で覆い隠した。
「おい、エレン!服くらい着ろ!」
「見られても減るもんじゃないし構わないよ」
「構うのは俺の方なんだ。少しくらい羞恥心を持て!」
「何だよ、カイト。興奮しているのか」
エレンはしたり顔を浮かべながら俺の股間に手をあてる。
「ど、どこを触ってるんだ!」
「フフフ。だいぶ興奮しているようだな」
「そんな訳あるか!」
俺はエレンを部屋に押し込んで扉を勢いよく閉めた。
ハアハアハア。
おばさんにでもなると羞恥心の欠片すらなくなるのか。
これは大問題だ。
これからいっしょに旅を続けるにもいらぬサプライズが起こったらを考えると悪寒が走る。
エレンには再教育をする必要があるな。
まあ、でもちょっと興奮してしまったことは否めない。
何せHカップもあるたわわなおっぱいがつぶらな瞳でこちらを見ていたのだから。
今夜はいい夢が見られそうだ。
そんなことを考えていると再び部屋の扉が開いた。
「カイトさん、おはようごさいます」
「セ、セリーヌか」
「何を驚かれているのです?」
「な、何でもないよ」
目の前に浮かんでいたエロい妄想を振り払いながら慌てて誤魔化す。
セリーヌはエレンとは違ってネグリジェ姿で肩に上着を羽織っていた。
さすがはセリーヌと言ったところ。
けれど、これはこれで興奮する。
俺はセリーヌを直視できずに顔を赤らめながら告げる。
「準備が出来たら出発するから、まずは朝食をすませよう」
「わかりましたわ。みなさんを起こしてから行きますからカイトさんは先に食堂へ行っていてください」
「そうか。それじゃあ先に行って待っているからな」
俺は部屋を後にすると一階にある食堂へ足を向けた。
朝食はバイキング形式になっていて、好きな料理を好きなだけ食べられる仕組みになっている。
俺は朝が弱いのでトーストとチーズ、卵、ハムを乗せた軽めの軽食とコーヒー。
セリーヌ達も同じで軽めの軽食で済ませている中、エレンだけは大量の料理をとって来た。
「おい、エレン。それを全部食べるつもりか?」
「もちろんだ。腹が減っては戦は出来ないからな」
見ているだけでも嗚咽が込み上げて来る。
朝からそんな食欲なんて普通では考えられない。
エレンの栄養はみんなそのHカップの胸に行っているようだ。
俺達はさっさと朝食を済ませて旅の準備をはじめた。
「こんなものか」
俺は鏡の前で装備を整えた自分を映し出して納得する。
胸と小手と脛あては金貨1枚で購入した革の防具と。
腰に挿しているのは同じく金貨1枚で購入した小剣を。
荷物は小さなリュックに食料と水筒と寝袋が入っている。
寝袋は学生時代に愛用していたモノだ。
冒険者ともなると野宿が当たり前になるから寝袋は欠かせないのだ。
「さて、後はあいつ等を待つだけだな」
俺は部屋を後にしてボロイ宿の表へ向かった。
既に太陽は天上に登りすっかり明るくなっている。
ボロ屋の前を行き交う人々は旅の者が多い。
みんなこのボロ屋の客ではないようで物珍しそうにボロ屋を見ていた。
まあ、好きでこんなボロ屋に泊まる奴はいない。
俺も仕方なく泊まったくらいなのだから。
俺はボロ屋の庭園を歩きながら時間を潰した。
一時間。
待つにしても少し長い。
あいつ等は何時まで準備をしているのか。
まさか、お腹がいっぱいになったから寝ているんじゃないだろうな。
俺はエレン達の部屋に向かって大声で叫んだ。
「おい、エレン!いつまで待たせるんだ!早くしろ!」
すると、エレンが窓から顔を出して叫ぶ。
「女にはいろいろと準備ってモノがあるんだ。そこで待っていろ!」
何が女だよ。
おばさんじゃないか。
おばさんはどんなに着飾ってもおばさんなんだよ。
それから1時間。
今だにエレン達は部屋から出て来ない。
「おいおいおい!あいつ等は何をやっているんだ。もう2時間も経ったんだぞ」
身支度にもほどがあるだろう。
あいつら身支度と言って部屋でゴロゴロしているんじゃないだろうな。
俺は再び大声で叫んだ。
「おい、エレン!いつまで待たせるつもりだ!格好なんてどうでもいいから早く来い!」
「急かす男は嫌われるぞ。あと少しだからそこでおとなしくしていろ!」
なしの飛礫だ。
まったくどれだけ時間をかければ済むんだ。
どうせいつもの格好で来るのだろう。
考える時間が無駄だっちゅーの。
それから1時間。
俺はすっかり廃人になっていた。
エレン達は身支度を終えて部屋から出て来たがいつもの格好。
とりわけ違ったところは見られずいつもと変わりない。
しかし、エレン達曰く、化粧は変えたのだと言う。
アイラインを引いたり、チークを入れたりしたらしい。
俺の目から見ても大した変わりはない。
しょうもないことに時間をかけるなんてさすがはおばさんと言ったところだ。
「それじゃあ飯にでもするか」
「そうですわね。もう、お昼ですし」
「って、もうお昼なのかよ!お前達のせいだぞ」
「そう慌てることはないわよ。冒険は逃げはしないし」
「そう言うことだ」
納得するな!
予定では午前中に冒険に出掛けるつもりでいたんだぞ。
午前中に冒険に出掛けてモンスターを討伐。
お昼は外で済ませてから午後ギルドへ戻って来る。
そして報酬を頂き夜は宴会ってコースだったんだ。
これじゃあ予定を大幅に修正する必要があるじゃないか。
「そんな顔をするな。まずは飯を食ってから今後のことを考えよう」
ひとり落胆している俺の肩に手を回しエレンが励まして来る。
これもそれもおばさんのしょうもない身支度のせいだ。
たいして変わり映えもしないのにこだわるのがいけないんだ。
これからはメイク禁止にしてしまおうか。
俺がリーダーなんだしルールを決めるのも俺だ。
しかし、エレン達の大反対を受けて俺のルールは無にされたのだった。
結局、お昼を済ませた後は冒険に出掛けるでもなく街をぶらぶらして終わった。
お昼を食べ過ぎて戦う気力が湧かないと言うことで散歩することになったのだが。
おばさん達がウインドウショッピングにハマってしまい街を散策しただけ。
リーダーは俺なのだがエレン達はまったく言うことをきかない。
これでは何のためのリーダーなのかわかったものではない。
再びボロ屋に戻り反省会をはじめた。
「お前たちにはリーダーってモノがよくわかっていないようだな。リーダーってのはな仲間をまとめる責任があるんだ。ルールを作るのもリーダーだし、みんなを統べるのもリーダの役目なんだ」
「そのくらいわかっているわよ」
「いや、わかっていない。お前達にはリーダーの有難味すら感じていないのだろう」
「我儘を言うなカイト。リーダーにさせたんだからそれで満足しろ」
ミゼルが元もこうもないことを言って来る。
俺はリーダーにさせられた訳ではない。
リーダーになったんだ。
ならば、おばさん達にはリーダーに従ってもらう必要がある。
それがリーダーと仲間との関係性なのだ。
「リーダーがいないとお前達はまとまらないだろう。好き勝手に出歩いたり、屯したりで全然前にも進まない。これじゃあいつまで経っても冒険が進まないじゃないか」
「私達は冒険なんてしなくったって構わないんだ。この街に来たのも観光目的だしな」
「それがいけないんだ。冒険者たるもの冒険をしなくてははじまらない。観光なんて老後の楽しみにとっておけ」
すると、黙って話を聞いていたセリーヌが俺を諭す。
「カイトさんは少し肩に力が入り過ぎているのですわ。そんなのではすぐに潰れてしまいますよ」
「セリーヌの言う通りよ。冒険なんていつでもできるんだから、もっと今を楽しみなさいよ」
「俺の楽しみは冒険をすることなんだ。今を楽しめと言うならいっしょに冒険をしよう!」
ミゼルは呆れた様子で両手を胸の前で広げると告げた。
「アンナ。カイトに何を言っても無駄の様だ。仕方がない、明日は冒険してやろうじゃないか」
「そうだな。冒険をすればカイトも満足するんだし、その方がいいな」
「え~冒険をするの?かったるいじゃない」
「仕方ありませんわ、アンナさん。カイトさんがリーダーなんですから」
アンナはひとり不服そうな顔を浮かべていたが満場一致で冒険をすることが決まった。
そして今朝のようなことが起きないように今夜は酒を飲ませず早めに休ませた。
もちろん起床時間も朝日が昇る頃と釘を刺して。
エレンはこっそり部屋で晩酌をしていたようだが大量に飲まなければ問題ない。
俺も早めに寝て明日に備えた。
翌朝、目覚めてから準備を済ませてエレン達を待つ。
出発を9時に決めていたので逆算をして6時には起させた。
俺の予想通りエレン達は身支度に3時間もかけた。
その間、俺は今日のスケジュールをシュミレーションしていた。
まずはギルドへ行って手頃なクエストを探す。
初回だから手はじめに簡単にクリアできそうなクエストがいい。
モンスター討伐が常套だろうか。
そして街を出てモンスター討伐に向かう。
長距離ではないので馬はいらないだろう。
モンスターを討伐したら、そこでお昼にする。
外でお昼をするなんてピクニック気分で楽しいはず。
そして午後は別のモンスターを討伐しに出掛ける。
生息場所が近いモンスターを選べば問題ないはずだ。
モンスターを討伐して魔石を手に入れたらギルドへ持って行き報酬を頂く。
魔石は報酬とは別で換金できるのでいい小遣い稼ぎになる。
その後は酒場で宴会だ。
モンスターを討伐して飲む酒だからこの上ないうまさになるだろう。
以上が頭の中でシュミレーションしたプランだ。
冒険者達にとってはあたり前の日常。
その生活が今日からはじまるのだ。
俺はワクワクする感情を抑えながら期待を込める。
「ようやく俺も冒険者の仲間入りだ」
フフフ。
笑いが止まらない。
さあ、早く旅立って世界を広げるんだ。
世界には俺達の挑戦を待っているモンスターがいるのだから。
そして俺は勇者になる道を歩んで行くのだ。
勇者ゲリオダスのように伝説的な勇者になってやる。
俺は逸る気持ちを抑えながらエレン達を待った。