あるある080 「人のアドバイスを無視しがち」
「まずはセカンドセンス号からはじめるぞ。準備はいいな、カイト?」
「おう」
「時間は30分だからそれまでに片づけるんだぞ」
俺とエレンは酸素生成器を口に加える。
それぞれの武器を担いで準備は万端だ。
シーボルトは水中銃を薦めて来たが使い勝手が悪いと断った。
何せ水中銃はその都度、矢を装填しないといけないので扱いづらいのだ。
「じゃ、後はよろしく」
俺とエレンは勢いよく海に飛び込んだ。
さすがは春先の海。
海水が冷たくてウエットスーツの上からでも、その冷たさがわかる。
ウエットスーツを着ていなかったら間違いなく凍えていただろう。
「よし、エレン。行くぞ」
俺とエレンは潜水をしながらセカンドセンス号の船底へ向かう。
海の水は透き通るほど綺麗なので海底が太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
その上をカラフルな小魚の群れが優雅に泳いでいて、幻想的な光景が広がっていた。
海の中は外の世界とは違い静寂に包まれている。
それはまるで夜の森の中を思わせるような静けさだ。
ただ、俺達の呼吸をする音だけが耳元に伝わって来る。
エレンが右手の人差し指を翳して俺に合図をする。
その先を見るとお化けイソギンチャクがセカンドセンス号の船底にびっしり張り付いていた。
お化けイソギンチャクは体長1メートルほどある巨大なイソギンチャクだ。
体は薄ピンク色をしていて口の中から鰭のついた触手を伸ばしている。
その鰭を細かく揺らせることで魚を誘い丸呑みにする狩りの方法だ。
なので向こうから攻撃をされることはない。
海中戦の初心者向きのモンスターなのだ。
(大漁だ)
そんな喜びを表すようなジェスチャーをする、エレン。
たしかにこれだけいれば、たんまりと稼げそうだ。
すると、そうそうにエレンが大剣を手に取り大きく振り払う。
しかし、水の抵抗が邪魔をして勢いが相殺されてしまった。
(ちぃ……)
それでもエレンは繰り返し大剣を振り払う。
その度に海水が剣圧を押し殺し泡ぶくとなって姿を変えた。
俺も試しに小剣を振り回してみるが、エレンと同じ状況に陥ってしまう。
(ダメだ、これじゃ)
俺は右手の人差し指を立ててエレンに浮上の合図を送る。
すると、エレンもそれに応えて浮上した。
「カイト。どうした?」
「ぷはー。ダメだ。攻撃が全くきかない」
「だから水中銃を使えと言ったんだ」
確かにシーボルトの言う通りかもしれない。
水中銃は破壊力こそ低いが水中に特化した武器だ。
普通の武器では水の抵抗にあってしまうが、水中銃なら水の抵抗を最小限に抑える造りをしている。
だから潜水夫達は好んで水中銃を使うのだ。
すると、後ろから高らかな笑い声が聞えて来た。
「ハハハ。これだから素人ってのはダメなんだ。力でごり押しをすれば何とかなると思っている。海中戦ってのは地上戦とは全く違うものなんだよ」
振り返るとマリーナが槍を持って仁王立ちしていた。
「私がお手本を見せてやる」
そう言うとマリーナは勢いよく海に飛び込む。
そして俺達を連れてセカンドセンス号の船底に向かった。
(見ていろ)
マリーナは左手の掌に右手の人差し指を立て攻撃開始の合図を送る。
泳ぐスピードを生かして槍を深く構えるとお化けイソギンチャクの心臓目がけて槍を突き立てた。
マリーナの槍は水の抵抗を最小限に抑えたので勢いは相殺されていない。
そればかりか槍の周りに水流を発生させていたので殺傷力が高まった。
お化けイソギンチャクは何の抵抗もすることなく緑色の魔石へと姿を変える。
マリーナは緑色の魔石を手に取ると俺達に向かって突き出した。
(どうだ)
と言わんばかりにドヤ顔をしている。
確かにお手本になるほど鮮やかさだ。
動きにも攻撃にも無駄がない。
その上、最小限の力で仕留めている。
だから、体力の消耗も減るし長期戦に向いている戦い方なのだろう。
ここまで海中戦を極めると人も神の領域に入れるのだな。
マリーナはまるで人魚のようにも見えた。
(その程度で喜ぶな)
すると、エレンが対抗するように攻撃を仕掛ける。
しかし、相変わらず学習能力がないようで先ほどと同じように大剣を振り回している。
大剣を大振りにすればするほど水の抵抗が高まり勢いが相殺されるものだ。
それはさっきの戦いでわかっているはず。
なのにエレンは躊躇うことなく大剣を振り回す。
馬鹿の一つ覚えだ。
(おい、エレン。刺突じゃないとダメだ)
俺は身振り手振りでジェスチャーを交えながらエレンにサインを送る。
それでもエレンはサインを無視して攻撃を繰り返していた。
その様子を見守っていたマリーナは呆れた顔で両手を広げる。
エレンの奴、何でそこまで意地を張っているんだ。
マリーナのやった通りにすればいいだけの話だろう。
もしかしてマリーナと張り合っているのか。
(しょうもなー)
これだからおばさんってのは手がかかるんだ。
ちっぽけなプライドのために間違いを平気で犯す。
それが無駄だとわかっていても一歩も引かない。
そんなプライドを守ったところで何になると言うのだ。
(おい、エレン。無駄な抵抗は止めろ)
すると、俺のサインが通じたのかエレンは攻撃の手を緩める。
そして大剣を鞘に仕舞うと今度は抜刀の構えをとった。
(おいおい、ここで抜刀か)
抜刀ならば普通の攻撃よりも破壊力は増すが水の中では同じだろう。
また、水の抵抗にあって勢いを相殺されてしまうのがオチ。
エレンは精神を集中させながら一撃に力を込めて行く。
辺りはすっかりと静寂に包まれて緊張感が漂いはじめる。
そして次の瞬間、エレンは動いた。
(これで!)
エレンが大剣を抜刀すると同時に刃先に圧力がかかる。
圧力は圧縮されると水の刃に姿を変える。
そして抜刀の勢いのままお化けイソギンチャクに襲いかかった。
エレンが生み出した水の刃はお化けイソギンチャクを真っ二つに切り裂いた。
エレンはどうだと言わんばかりにドヤ顔をしながら緑色の魔石を翳す。
さすがのマリーナも度肝を抜かれたようでその場で立ち尽くしていた。
言うなればこの技は『水風刃』と言うべきだろう。
剣圧で水の刃を造り出して攻撃する技。
また、エレンは戦いの中で必殺技を生み出してしまった。
やっぱりエレンの実力は計り知れないものがある。
(エレンばかりに良い格好をさせてたまるか。俺だってやれる)
俺はエレンほどの実力はないから素直にマリーナのアドバイスを受け入れる。
小剣を深く構えて勢いよく刺突を放つ。
しかし、リーチが足りずにお化けイソギンチャクの手前で空を切ってしまった。
すると、マリーナが俺の肩を叩いてアドバイスをする。
ジェスチャーでだが、ギリギリまで近づいてから攻撃をすると言うことはわかった。
敵を目の前にすると恐怖から間合いを長くとってしまいがちだ。
マリーナのような槍ならばリーチが長いから大丈夫なのだが、俺の小剣だとリーチが短いから攻撃圏内にも入らない。
そう言う場合は、ギリギリまで間合いを詰める必要があるのだ。
とかくお化けイソギンチャクは攻撃をしてこないから問題ない。
俺は再び攻撃体制に入るとマリーナのアドバイス通り攻撃を仕掛けた。
(これなら!)
俺の放った刺突はお化けイソギンチャクの心臓を捉え、お化けイソギンチャクを緑色の魔石に変えさせた。
後を振り返るとマリーナが満足そうな顔をしながら拍手をしている。
はじめての海中戦ではじめて仕留めたモンスターだ。
この緑色の魔石は記念にとっておこう。
俺はそう考えて緑色の魔石を仕舞った。
その後、エレンとマリーナは争うようにお化けイソギンチャクを狩って行った。
もちろん俺も負けてはいない。
目についたお化けイソギンチャクは端から狩った。
おかげで緑色の魔石を5つも獲ることが出来た。
エレンとマリーナは僅差。
エレンが10匹でマリーナが11匹だった。
マリーナは経験者の力を見せつけたようだ。
「ぷはー。たくさん狩れたぞ」
「そうか。はじめてにしてはやったな。それじゃあ休憩をとるぞ」
「私はまだ出来る」
「ダメだ。思っている以上に体力を消耗しているからな」
エレンは勝負に負けて納得がいかないようで必死に抵抗をする。
こういう時は酒に限る。
俺はシーボルトに酒を用意させてエレンを釣った。
俺達はマシューの用意したサンドイッチを頬張りながら戦況を報告する。
俺達の活躍であらかたセカンドセンス号のお化けイソギンチャクは片づけた。
まだ、数匹のこっているがそれは休憩の後だ。
「で、コツは掴めたのか?」
「思っていた以上に難しかった。だけど、マリーナのおかげで何とかなったよ」
「はじめてにしては筋がよかったぞ」
「あたり前にここにいるけど何しに来たんだ、お前は?」
「私も狩りだ」
マリーナは海中戦を専門にしているとハンターだと言う。
今日もツインヘッドシャークを狩りに出かけようとしていた先で俺達を見つけてやって来たらしい。
まあ、海中戦専門のマリーナからすればお化けイソギンチャクなんて相手にもならないだろうが。
けれど、それはそれでいいのだと言う。
海中戦は地上戦以上に相手に合わせた戦い方が重要なのだそうだ。
お化けイソギンチャクならば体力を温存させる無駄のない戦い方が必要で。
ツインヘッドシャークなら短時間で確実に仕留める戦い方が必要になるのだ。
戦術を考えるなんて俺向きの戦い方だ。
「珍しいな。海中戦専門のハンターだなんて」
「海の中での戦いは面白いからな。私に向いているんだよ」
「報酬よりも戦いを優先するタイプか。エレンに似ているじゃないか」
「こんな奴と一緒にするな」
エレンは不機嫌そうな顔で酒を煽る。
よほどマリーナに負けたことが悔しいようだ。
まあ、たまにはこういう経験をしておかないとつけ上がるだけだからな。
エレンには良い薬になった。
「それでカイト。午後もお化けイソギンチャクを狩るのか?」
「そうだ。海中戦の経験を積むにはちょうどいい相手だからな」
「それなら他のポイントに移動した方が良さそうだな。ここの奴はほとんど狩ったからな」
「なら、残りの奴は俺が狩るよ」
残りは数匹だから俺でもやれる。
エレン達に任せると俺の分がなくなってしまうからな。
「それじゃあ二手に分かれるか」
「ちょっと待て。カイトはまだまだだ。私が着いて指導をするよ」
「それは心強いな」
マリーナが直々に指導をしてくれたら俺もすぐにレベルアップできそうだ。
この際だから徹底的に学んでエレンを追い越そう。
「俺達はサードヴィレッチ号にいるから、終わったら来てくれよな」
「わかった」
俺とマリーナはマリーナが乗って来た小型ボートに乗り込む。
エレン達はサードヴィレッチ号まで移動して行った。
「さあ、カイト。残りの奴らを狩るぞ」
「おう」
「その前にだ。陸上で動きをチェックしておこう。カイトはまだまだ間合いが浅い。お化けイソギンチャクは攻撃して来ないからもっと近づいても大丈夫だ」
「どのぐらいまで近づけばいいんだ?」
「触れるぐらいまでだ」
触れるぐらい近づくなんて抵抗があるな。
いくら攻撃をして来ないとは言え恐怖は感じる。
何せお化けイソギンチャクはエサを丸呑みするのだから。
もし、仮に俺も飲み込まれてしまえばアウトだ。
「そんなに近づいても大丈夫なのか?」
「まあ、多少は食われる心配が残るが、食われる前に殺せば問題ない」
こう言う話の片づけ方におばさんを感じる。
おばさんってのはとかく説明を省きたがるものだ。
自分が理解しているから相手も理解するだろうと説明を端折る。
それでいて関係のない無駄話を挟み込んで来るから質が悪い。
俺はおばさんとの会話を楽しんでいるんじゃないからな。
しかし、マリーナの説明は具体的で細かな動きまでチェックしてくれた。
「とりあえずこんな感じだ。わかりやすいだろう?」
「これなら行けそうな気がするな」
「よし、じゃあ残りの奴を狩りに行くか」
「全部、俺が狩ってやるぜ」
俺とマリーナは酸素生成器を咥えて海に飛び込む。
酸素生成器は使い捨てタイプなので新しいものに替えた。
シーボルトからはひとつしかもらわなかったが、それで十分だろう。
残り数匹ぐらいなら30分以内で全部狩れるはずだからな。
俺はマリーナの後に着いて行きお化けイソギンチャクのいる場所までやって来た。
マリーナは手でジェスチャーをして俺に合図を送って来る。
(学習の成果を見せてやるぜ)
俺は残りのお化けイソギンチャク攻撃を仕掛ける。
さっきマリーナから教わったようにギリギリまで近づいてから刺突を放つ。
お化けイソギンチャクは抵抗することなく心臓を貫かれて緑色の魔石へと姿を変えた。
(よっしゃー。1匹目)
お化けイソギンチャクは繁殖力が高いので全部駆除する必要がある。
一匹でも残したらすぐに増殖してしまうから厄介なのだ。
お化けイソギンチャクが船底に張り付いてるだけで水の抵抗が生まれて船に負担がかかる。
その上、お化けイソギンチャクの糞が鉄を錆させるから船底に穴が開いてしまうのだ。
だから定期的にお化けイソギンチャクを駆除する必要がある。
なのでお化けイソギンチャクの報酬は若干高めに設定されているのだ。
次いで俺は次のお化けイソギンチャクに攻撃を仕掛ける。
回数を重ねて来たので、それなりに動きもスムーズになって来た。
マリーナは俺の戦い方を見守りながら時折、ジェスチャーで指示を交える。
おかげでものの5分の間に3匹も狩ることが出来た。
(3匹目。残るは8匹)
これならば予定より早く片づけられそうだ。
すると、マリーナが浮上のサインを出して来る。
俺は指示に従いすみやかに浮上した。
「ぷはー。何だ?マリーナ?」
「残りはカイトひとりでも大丈夫だろう。私は船で待っている」
「そうか。なら、残りの奴らを狩って来るぜ」
俺は再び海に潜りお化けイソギンチャクの場所へ向かう。
その様子を見送ってからマリーナは静かに船を出した。
そんなことも露知らず俺はお化けイソギンチャク狩りに勤しむ。
お化けイソギンチャクの傍まで近づき刺突で心臓を貫く。
その動作はスムーズで次から次へとリズムよく仕留めて行った。
おかげでお化けイソギンチャク8匹を仕留め緑色の魔石8つも入手出来た。
お化けイソギンチャク1匹あたり銅貨5枚だから単純に計算しても銀貨4枚分にもなる。
その上、緑色の魔石を換金したら同じ銀貨8枚だ。
こいつは火炎百足並みに稼げるモンスターだ。
(さて、マリーナと合流しよう)
俺は海面へ目がけて浮上した、その時。
何かが足に絡んだ。
足元を確認するが何も見えない。
だけど、足には何かが絡みついている。
ウエットスーツに食い込むような跡が着いていた。
(釣り糸か)
見ると太陽の光を受けて釣り糸がキラリと光る。
俺は必死にもがきながら釣り糸を外そうとする。
しかし、もがけばもがくほど釣り糸はキツク締まって行った。
(誰だよ。こんな所に釣り糸を捨てた奴は)
俺は小剣を引き抜いて釣り糸を切断して行く。
絡まった糸をひとつひとつほぐすように。
すると、セカンドセンス号のスクリューがゆっくりと回りはじめた。
(マズい。はやくここから離れないと)
運悪く釣り糸はスクリューに絡み取られてじわじわと俺を引き込んで行く。
スクリューに巻き込まれたら確実にバラバラに切断されてしまうだろう。
俺は慌てふためきながら必死に釣り糸を切断する。
その初動が悪かったのか、思わず酸素生成器を離してしまった。
(グワッ。ブクブクブク)
急に酸素が途絶えたので大量の海水が流れ込んで来る。
器官を塞ぎ込むように体中の酸素が押しやられて。
慌てて海水を吐き出してみるが一緒に酸素も吐き出してしまった。
たんだんと苦しさが増して行く。
このままでは3分も持たないだろう。
(ちくしょう。こんなところで終わってたまるかよ)
俺は絡みついている釣り糸を一本ずつ切断する。
地道な作業だが今はこれしか思いつかない。
もし俺が必殺技でも使えたらこんな苦労はしなくていい。
助かったら必殺技の習得をしないとな。
そんなことを考えているうちに時間が来た。
体中の力が抜けはじめ意識も遠のいて行く。
おぼろげな目を凝らして海面を見やった。
(エレン?)
すると、誰かが海に飛び込んで来て俺を救助する。
その手際は鮮やかであっという間に釣り糸を全て切り落とした。
俺は誰かに抱えられながら海面上へ顔を出す。
同時に大量の海水を吐き出して思いっきり酸素を吸い込んだ。
その後、俺がどうやって助けられたのかわからない。
気がつくと俺はマリーナの船の上で横になっていた。
「ここは?」
「気がついたか。ここは私のボートの上だ」
「マリーナが助けてくれたのか?」
「そうだ。あと少しでも遅れていたらカイトは助からなかったぞ」
「そうか。助けてくれてありがとうな」
マリーナは俺をひとりにさせたことを後悔しているような顔を浮かべていた。
海中戦の専門家が仲間を海で死なせたなら、その腕が疑われてしまうだろう。
マリーナがこれまで築いて来た経歴に傷がつくのだ。
それよりも何よりも後味が悪いものになってしまう。
「やっぱりカイトにはまだ早かったな。海中戦は」
「そんなことないさ。さっきはたまたま釣り糸が引っかかっただけだ」
「今度からは私が同行するからな」
「そうしてくれると助かるよ」
今は強がっても仕方がない。
ちゃんと海中戦が出来るようになるまではマリーナのサポートが必要だ。
地道に経験を重ねて海中戦をマスターするのだ。
「それじゃあ、あいつらと合流するぞ」
「頼むよ。俺は疲れたから眠る」
死ぬ思いをして体力を使い果たしてしまったようだ。
自然と瞼が重くなって行き、そのまま眠りについてしまった。
その様子を見るなりマリーナは怪しく口元を緩ませる。
「計画通りだ」
マリーナは小さく呟くと不敵な笑みを浮かべた。




