あるある079 「他人の好意に甘えがち」
翌日、俺はエレンとトイプーを連れて王都の観光に来ていた。
港がある王都は珍しく、世界にもここにしかない。
セレスティア城は王都の東側にあり、城の周りに堀が設けられている。
堀の水は常に循環していてキレイに保たれているのだ。
それに王都には水路が張り巡らされていて、どの家でも水が飲めるようになっている。
これも水の都と呼ばれるセレスティア王都の特徴なのだ。
「でも、良かったな、カイト。レオナルドが借金を肩代わりしてくれて。おまけに飲み食いや買い物もツケでいいなんて太っ腹だよな」
「別に良くもないさ。レオナルドに借りが出来てしまったのだからな」
レオナルドが何を考えているのかは察しがつく。
俺に貸しを作ってセリーヌから手を引かせるつもりなのだ。
そんな手の込んだことをしなくてもセリーヌが幸せになれるのならいつでも身を引ける。
「これで心おきなく飲み食いが出来ると言うものだ。まずは酒場に行こうぜ」
「昼間から酒なんてダメだ。まずはギルドへ行って情報を集めるぞ」
「情報を集めるって、クエストでも受けるつもりか?」
「そうだ。レオナルドに借りを返さないと気分が悪いからな」
どれだけのクエストを受ければ金貨25枚も稼げるのかわからない。
だが、今はやるしかないのだ。
これは俺の意地でもある。
レオナルドと比べて俺は金もないし、地位もないし、イケメンでもない。
ただセリーヌを想う気持ちは負けてはいないと自負する。
それはレオナルドだって同じだろうけど、だからこそ負けていられない。
ここでレオナルドの好意に甘えていたらいつまで経っても敵わないからな。
「カイトも男になったな」
「茶化すなよ」
王都のギルドは大盛況だった。
あちらこちらからの国からやって来た冒険者で溢れかえっている。
巨大な戦斧を持った戦士、筋肉隆々の剣士、立派な杖を持った魔法使い。
誰を見ても強者達ばかりであることはすぐにわかった。
「意気のいい奴らばかりだな」
俺はちょっとビビりながらも冒険者達を掻き分けて掲示板まで足を進めた。
「いろいろとあるな」
掲載されていたほとんどは海関連のクエストばかり。
モンスター討伐に貿易船の護衛、積荷の搬入、検閲の補助、密輸船の拿捕まである。
報酬はモンスター討伐が俄然いい値をつけている。
次いで高いのは密輸船の拿捕のクエスト。
これはセレスティア王国からの依頼で報酬が高く設定してある。
まあ、人員は俺とエレンしかいないから密輸船の拿捕のクエストは受けられないけれど。
「やっぱり稼ぐならモンスター討伐が妥当だろう」
「そうだな。レベル上げも出来るしな」
掲載されていたモンスター討伐のクエストは、オクトパス、ツインヘッドシャーク、人食いクラゲ、巨大ウミウシ、お化けイソギンチャクだ。
どれも報酬が銅貨5枚とお手頃な価格に設定されている。
ただ、金貨25枚分も稼ぐには途方にくれるほどの数のモンスターを討伐しなければならない。
「戦力は俺とエレンだけだから、2人だけでも倒せそうなモンスターにしよう」
「私はオクトパス辺りが妥当だと思うけどな」
「何を言っているんだ。そいつは全長30メートルもあるんだぞ。また、食われるのがオチだ」
一度あることは二度あると言うぐらいだからな。
前回はたまたま運が良かっただけの話だ。
エレンの提案はすぐさま却下する。
「なら、カイトはどいつがいいって言うんだ?」
「そうだな。巨大ウミウシかお化けイソギンチャクだな」
「何だよ。そんな弱そうなのを相手にするつもりか」
「まずは手頃な相手を選ぶのが妥当だ」
すると、そこへ立派な槍を持った女戦士が笑いながらやって来た。
「手頃な相手ね。お前ら、海での戦いははじめてだろう?」
「そうだけど」
「やっぱりな。言っておくがな巨大ウミウシもお化けイソギンチャクも海の中にいるんだ。だから、戦いは海中で行うことになるんだよ」
「マジか!」
「そんなことも知らないで、よくクエストを受けようと思ったな。これだから素人ってのは困るんだ」
槍を持った女戦士は俺達を小馬鹿にしながら呆れた顔を浮かべる。
「そう言うおたくは誰なんだ?」
「私か?私は泣く子も黙る槍使いのマリーナだ」
肩書はともかくとして見た目からして強そうだ。
華奢な体をしている割には筋肉が隆々している。
銀髪のショートカットで肌は小麦色。
エレンほどではないが胸もデカい。
「それでマリーナは俺達に何か用でもあるのか?」
「用って程でもないがモンスター討伐に同行してやろうかと思ってな。お前達は素人のようだし、経験を積んでいる者が必要だろう?」
「それはそうだが……」
「分け前が減るから私は反対だ。どこの馬の骨かわからない奴と組めるか」
エレンはすぐさまマリーナの提案を拒否する。
確かに戦力アップは歓迎するが、報酬が減るのはいただけない。
ただでさえレオナルドに借りをつくっているのだ。
早く返さないと俺の面目も丸つぶれだ。
「マリーナには悪いが、俺達は俺達でやる」
「まあ、強要はしないよ。せいぜい死なない程度に頑張ってくれよ」
そう言い残してマリーナは立ち去って行った。
「で、カイト。クエストはどれにするんだ?」
俺が選んだクエストはお化けイソギンチャクの討伐。
モンスターの中では一番弱そうだし、小さかったからだ。
俺はすみやかに受付をすませてギルドを後にした。
次に向かったのは武具屋。
クラーケン戦でエレンは大剣をなくしていたから代わりのものを買いにやって来たのだ。
セレスティア王都の武具屋はありとあらゆる武具が揃っていた。
剣類はもとより槍、戦斧、鞭、銃、弓、鎖鎌、大槌、棍棒、刀、ブーメランまである。
防具もプレートメイルをはじめ、全身鎧、鎖帷子、皮の鎧、甲殻類の鎧などなど。
どんな戦士にも対応できるぐらいの品揃えだった。
「これだけあると目移りするな」
「いっそうのことカイトも小剣を止めて他の武器にしたらどうだ?」
「俺はこれでいいんだよ。馴染んでいるし扱いやすいからな」
「まあ、不器用なカイトだから他の武器は無理か」
エレンは馬鹿笑いしながら俺を貶して来る。
俺は不器用なんかじゃない。
繊細なだけだ。
そこへ武具屋の店主が手もみしながらやって来た。
「お客さん。今日はどんな御用入りで?」
「大剣を探している」
「大剣ですか。なら、こちらなんてどうでしょう」
武具屋の店主は飾ってあった大剣をエレンの前に差し出す。
大剣は黒光りしていて如何にも高そうに見える
エレンは大剣を光に翳して刃先を確かめた。
「その大剣はゴルドランド製の大剣です。ドワーフが魔鋼石より精錬したもので他にひとつとない一点ものです」
「魔鋼石をね。確かにこれは上物だ。で、いくらになる」
「そうですね、金貨3枚と言ったところでしょうか」
「金貨3枚だって!高過ぎやしないか」
「これでも値下げしたつもりです。他で買えば金貨5枚はしますから」
武具屋の店主は嘘を言っているように見えない。
魔鋼石ひとつをとっても金貨1枚はするし、そこへドワーフ製ともなれば付加価値がつく。
輸送コストも勘案しても店主の言うように金貨5枚相当になるのはずだ。
金貨3枚だなんて案外お買い得なのかもしれない。
「よし、こいつにする」
「おい、エレン。俺達にそんな金はないぞ」
「レオナルドにツケておけばいいんだよ。あいつだって金を持て余しているんだからな」
都合のいい言い分だな。
おばさんてのは遠慮がないから手に負えない。
レオナルドにツケたとしても借りが増えるだけだ。
まあ、でもエレンに武器がないことの方が痛いから今は目を伏せておこう。
「これで準備は整ったな。後は港に行ってシーボルトに船を出してもらおう」
「なら、酒場だな」
「酒場?」
「あいつら、エルフの酒場に行くと行っていただろう」
「そうだったか」
シーボルトも溜まっているようだったしエルフの酒場で発散しているのかもな。
まあ、たまの息抜きだから酒と女しかないだろう。
俺達は武具屋の店主にエルフの酒場の場所を聴き出してさっそく向かった。
クリスタ家の一室でレオナルドは部下からの報告を受けていた。
「奴らが動き出しました」
「どこへ行ったのだ?」
「ギルドへ立ち寄ってから武具屋へ入りました」
「フン。借金の返済でもしようと言うのか」
レオナルドは冷めた目をしながら部下を睨みつける。
今さらながらふざけた奴だ。
セリーヌの心を弄んだだけでなく私からセリーヌを奪い去ろうとなど。
許されざる行為だ。
セリーヌに手を出したことを後悔させないと気がすまない。
カイトを亡き者にすればセリーヌも私を受け入れてくれるはずだ。
「あいつらを監視して逐一報告をしろ。隙があれば始末するんだ」
「はっ!」
部下が部屋を出て行こうとした時、廊下で物音がした。
「誰だ?」
部下が部屋の扉を開けるとセリーヌがティーセットを持って立っていた。
「どうした、セリーヌ?」
「そろそろお茶の時間ですから」
「そうだったね。後で行くから待っていてくれ」
「わかったわ」
そう言ってセリーヌは食堂へと足を向ける。
その背中を見送りながらレオナルドは小さく呟いた。
「フン。話を聞かれたか。まあ、いい。どうせカイトは死ぬのだから」
レオナルドの特殊能力の前に逃げられるものなどいない。
『知略設計』は最適な戦術を瞬時に組み立てられる能力だ。
レオナルドはその能力を使いセレスティア王国の参謀まで登り詰めた実力者だ。
今ではセレスティア王国にはなくてはならない人物となっている。
だから、人ひとりの暗殺などたやすいものなのだ。
「ククク。さあ、足掻いてみせろ。お前の未来は地獄だ」
レオナルドは高らかな笑いが辺りに響き渡った。
シーボルトは昼間にも関わらずエルフの酒場で酔いつぶれていた。
店員のエルフの膝の上に横になりながらひとり夢の中。
時折、いやらしそうなニヤけた顔を浮かべながら寝言を呟いていた。
「柔らかくて気持ちいい……もっと、もっとくれ……」
「シーボルトもカイトと同じだな」
「俺はそんなに変態じゃない」
俺はエルフの店員にチップを渡して人払いをした。
「おい、シーボルト!起きろ!」
「んんん……まだ飲めるよ……」
「おい、シーボルト!いつまで寝ているんだ!出航だぞ!」
「出航?」
出航の言葉に反応してシーボルトが起き上がる。
そして寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見回した。
「ここはどこだ?」
「エルフの酒場だよ。お前は酔いつぶれていたんだ」
「くーぅ。せっかくエルフのお姉ちゃんと飲んでいたのに眠ってしまうなんて……。飲み直しだ。エルフのお姉ちゃんを呼べ」
「勝手なことを言うな。お前はこれから出航なんだよ」
シーボルトはきょとんとした顔で俺を見つめる。
訳がわからないようで困惑していたのでちゃんと説明をした。
「お化けイソギンチャクの討伐だと!」
「そうだ。俺達は金欠状態だから稼がないといけないんだよ」
「カイト。海中戦がどんなに大変なものなのか知らないだろう」
知らん。
セントルース騎士団学校に通っていた時も海中戦の訓練などしなかった。
そもそもセントルース騎士団学校の周りには海がないから、そんな授業などないのだ。
シーボルトは呆れ顔で俺達を見やる。
そしてわかりやすく説明をして来た。
「海の中では息が出来ないんだ。その上、体の自由がきかない。陸上の上のように飛び上がることも、剣を振り回すこともままならないんだ。そんな状態でまともに戦えるとでも思っているのか?」
「そんなのやってみないとわからないだろう」
「そこが素人なんだ。どんな冒険者だって海中戦は避けて通るものだ。報酬も割に合わないし、命をかけるだけのものは得られないからな」
「……」
「だから諦めろ。もっと割にあうクエストを探して来るんだ」
シーボルトは言いたいことを言ってすっきりしたようにグラスの酒をひと煽りする。
シーボルトが言うようにもっと割にあうクエストの方がいいのかもしれない。
だけど、俺は今すぐにでもレオナルドに借金を返済したいのだ。
でないと、寝目覚めが悪い。
弱みを握られているような嫌な感じがして気が気じゃないのだ。
「シーボルトが協力してくれないのなら他をあたるよ」
「おい、カイト。俺以外に誰がそんなことを引き受けると思っているんだ」
「仕方ないだろう。シーボルトが反対をするんだから」
「カイトが何を焦っているのかわからないけど仕方がない。引き受けようじゃないか」
「本当か!」
俺は思わず勢いよく立ち上がった。
「ただ海中戦をするならば準備が必要だ。明日、道具を用意しておくから出航は明後日だ」
「明後日だな。頼んだぞ、シーボルト」
俺はシーボルトに約束を取り付け、その日は心行くまで酒を楽しんだ。
一番盛り上がっていたのはエレンであったことは他でもない。
エルフのお姉ちゃんと飲み比べをしてあっさりと負けていた。
約束の日。
港に向かうとちょうどシーボルト達と行き会った。
シーボルトは見慣れぬ小さな箱を抱えて、マシューはウエットスーツを運んでいる。
すっかりマシューもシーボルトにこき使われていた。
なんでもマシューはいつの間にかシーボルトと契約を結んだようで正式に弟子となったそうだ。
「シーボルト、その大事そうに抱えている箱は何だ?」
「秘密のアイテムさ」
勿体ぶるようにシーボルトは箱を掲げてみせる。
見るからに、そんなにも高そうなものに見えない。
装飾もあしらわれていない30㎝ぐらいの普通の木箱だ。
中に何が入っているのかわからないけれどたいした価値はないだろう。
「今さら俺達の間に秘密なんて作るなよ」
「こいつがなければ海には潜れないんだ。高かったんだぞ」
シーボルト曰く、その木箱ひとつで金貨1枚はしたのだと言う。
もちろん支払いはレオナルドのツケにしてある。
タダだからって上等なものを仕入れたのか。
「勿体ぶらずに教えてくれよ」
「こいつはな酸素生成器って言う魔導具だ」
「酸素生成器?」
「こいつを咥えると海中でも呼吸が出来る優れものだ。ただ時間制限があって1回30分までだ」
酸素生成器がどのような仕組みになっているのかはわからない。
ただ簡単に説明すると海水に溶け込んでいる酸素を集めるらしい。
水の魔石と魔鉄石を何らかの方法で加工すると出来るそうだ。
もちろん造ったのはゴルドランド王国のドワーフ達。
だから性能はピカイチなのだそうだ。
「そんな便利なものがあるなんて驚きだ」
「これなら泳げないカイトでも大丈夫だな」
「俺は泳げるわ!」
勝手なことを言うエレンに軽くツッコミを入れる。
「それで――」
俺がそこまで言いかけるとシーボルトが叫んだ。
「おい、お前ら!俺の船で何をやっている!」
見るとシーボルトの船で数人の不審者が何か作業をしていた。
不審者達は俺達を見るなり慌てて逃げ出して行く。
シーボルトは必死に追い駆けたが逃げられてしまった。
「あいつら、何をしやがったんだ。おい、マシュー、船を調べろ」
「了解しました、船長!」
マシューは荷物を置くとさっそく船を調べはじめる。
操舵室、船室、甲板、船の腹。
目に着くところをくまなく調べるが何も変わったことはなかった。
「船長、変わったところはありません!」
「そうか」
「そんなに気にするな。きっとシーボルトの船が珍しかったのだろう」
確かにシーボルトの船は目立つ。
ほとんどの船が白をベースにしているのにシーボルトの船は真っ黄色だ。
どこに隠れていても一発で見つけられる。
おおかた船のマニアみたいな連中が集まっていたのだろう。
「で、シーボルト。今度はどこまで出るんだ?」
「どこでもない。この港だ。そこら中にある大型船の底にお化けイソギンチャクが張り付いているからな」
お化けイソギンチャクは鉄を好む性質がある。
なので大型船の船底によく張りついているそうだ。
だから定期的にお化けイソギンチャクを駆除しているらしい。
ただ、その数が尋常でないので依頼はギルドへ行くそうだ。
まあ、お化けイソギンチャクはまがりなりにもモンスターなのだ。
船乗り達で対峙しようとしても逆に怪我を負うだけ。
それならば戦いに慣れている冒険者達に任せた方がいい。
「なら、のんびりできそうだな」
「まだ太陽は高い。のんびり行くぞ。マシュー、あれを持って来い」
マシューが持って来た箱を見ると真っ黒なスーツが入っていた。
「シーボルト、それは何だ?」
「こいつはウエットスーツだ。ゴムで出来ているから海中でも体温を保ちやすい」
「何だよ。そんなゴワゴワしたものを着ないといけないのか?戦いずらくなる」
「海中は思っている以上に体温を奪うものだ。5分も入っていたら凍えてしまうぞ」
今は春先で外の陽気はいい。
しかし、水温は15度と冷たくなっている。
手を入れてみても冷たいと感じるぐらいだ。
「私はこのままでいい」
「それは自殺行為だぞ。ウエットスーツを着ろ」
「エレン。我がままを言うな。海のことに関してはシーボルトの方が上なんだ。素直に従え」
「ちぃ。仕方ないな」
しぶしぶエレンはウエットスーツを着はじめる。
しかし、ジッパーを引き上げるところで止まってしまう。
あまりに胸がデカ過ぎてジッパーが閉まらないのだ。
「もっとデカいのを用意しろ」
「これでも一番大きいのを用意したんだけどな」
「お前は食い過ぎなんだよ。少しはダイエットをしろ」
「あたた。カイト、押すんじゃねえ」
俺は3人がかりでエレンにウエットスーツを着せた。
体のラインがはっきりわかるほどピチピチになっている。
けれど、何とか着せることは出来た。
「準備はいいな?」
「こっちは問題ない」
「それじゃあ大型船に横付けするぞ」
さっそくシーボルトは停泊している大型船の横に船をつける。
ぶつからないように慎重に舵を切りながら巧みに船を動かして。
波がないぶん普通の航海よりも簡単にすんだ。




