あるある078 「結婚の約束をしていがち」
16年振りに戻った部屋は以前と何も変わっていなかった。
まるで時が止まったかのような光景にセリーヌは時間を引き戻される。
16年前に家を出て行った時の記憶がありありと浮かんで来た。
お父様のことが嫌いになった訳ではない。
ただ、決められた未来に希望が持てなかっただけ。
自分の意志で未来を決められないなんて悲し過ぎるもの。
「ここは何も変わっていないのね」
「そうさ。あの頃から何も変わっていない」
そう言ってレオナルドはセリーヌを強く抱きしめる。
「やめて」
「何を恥ずかしがっているのさ。私達は許嫁同士だろう」
「それはお父様が決めたことよ」
「セリーヌは変わってしまったのだな。やはりあの男が原因か?」
セリーヌはレオナルドの手を解くと背を向けたまま黙り込む。
私を変えたのは私自信。
カイトさんはただのきっかけに過ぎないわ。
レオナルドが嫌いな訳ではない。
ただ、決められた運命に逆らいたいだけ。
私はお父様の人形じゃないもの。
「私は私の決めた道を進みたいの。レオナルドならわかってくれるよね?」
「わからないな。私達の結婚は決まっているんだ。セリーヌも覚悟を決めていたはずだろう?だから戻って来た」
「……違うわ。私はただお父様に謝りたかっただけよ。黙って家を出て行ったことを」
すると、レオナルドが急に態度を変えてセリーヌに迫った。
「なら、セリーヌはまたゴーツォ様を裏切ると言うことかい?」
「裏切るのではないわ。私は私の道を進みたいだけ」
「それがゴーツォ様を裏切ることになるんだよ。ゴーツォ様は待ち望んでいたのだぞ。ずっと、ずっとな」
「……」
レオナルドは強くセリーヌの肩を掴むと後ろに振り向かせる。
そして、自分の気持ちを囁きながらキスを迫った。
「私もずっと待っていた。セリーヌが戻って来るのを」
「やめて、レオナルド」
「何を拒む必要があるんだ。私のことが嫌いなのか?」
「そうじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
セリーヌは顔を背けたまま黙り込む。
「やっぱりあのカイトが引っかかっているんだな」
「レオナルド、カイトさんには手を出さないで」
「そうはいかない。カイトが私達の結婚を邪魔するのならば排除しなければならない」
レオナルドの眼差しが冷酷な瞳へと変わる。
その瞳にセリーヌはとりとめのない恐怖を覚えた。
レオナルドは普段、温厚な性格をしているが本来はとても冷酷な人間だ。
セリーヌが幼少の頃、近所の子供達にイジメられていた時は棒を持ってイジメっ子達を懲らしめた。
セリーヌが必死に止めようとしたのだが、レオナルドの怒りは収まらずイジメっ子達を半殺しにした。
慌てた周りの大人達が止めに入ったくらいだ。
レオナルドはセリーヌのことになると人格が変わってしまう。
愛情を受けていることはわかっているが、過ぎた愛情は凶器となる。
レオナルドとの結婚に踏み込めないのもそれが一因なのだ。
「わかったわ。レオナルドと結婚をします。その代りカイトさんには手を出さないと約束をして」
「やっと私の気持ちをわかってくれたのかい。カイトには手を出さない」
「約束したからね」
レオナルドはきつくセリーヌを抱きしめた。
その頃、カイトは客間で寛いでいた。
寛ぐと言っても何もすることはない。
用意されたケーキをほおばって紅茶を飲むくらいだ。
すぐにエレンは飽きてしまい椅子を並べて横になっていた。
「おい、エレン。行儀の悪いことはよせ」
「誰も見ていないからいいだろう」
「そう言う問題じゃない。お前の普段の態度のことを言っているんだ」
「また、カイトの説教がはじまったか」
俺だってしょうもないことで声を荒げたくない。
だけど、エレンの素行があまりにも悪いから仕方なく説教をするのだ。
このままだと悪い噂が流れてしまうからな。
「カイト。トイプーと散歩にでも行って来い」
「俺達を追い出して何かしようってのか?」
「そうじゃない。トイプーが暇そうにしているからな」
見るとトイプーは欠伸をしながらつまらなそうにしていた。
船の上でも大して散歩も出来なかったからストレスが溜まっているのだろう。
俺はエレンの提案に乗ってトイプーを連れて散歩に出かけた。
「おい、エレン。俺がいないからって好き勝手するなよ」
「わかってるよ。さっさと行って来い」
俺がいなくなったら間違いなく粗相をするはずだ。
エレンのことだからメイド達に酒を用意させるのだろう。
こんなデカいお屋敷だ。
上等な酒を持っているに違いない。
まあ、酒でも飲んで眠ってくれた方が都合がいいかもな。
俺はトイプーの先導で屋敷の中を探索しに出かけた。
「しかし、広い屋敷だな。これがセリーヌの実家だなんてどれだけ金持ちなんだよ」
廊下は先が見えないくらい長くて奥へと続いている。
等間隔に扉が並んでいて鍵がかかっていた。
まあ、鍵をかけていない方が不用心と言うもの。
きっと中には見たことのないお宝が飾られてあるのだろう。
「後でセリーヌにお願いして借金を立て替えてもらおう。金貨25枚くらいすぐに払えるだろう」
そんなことを考えながら廊下を歩いているとトイプーがひと際大きい扉の前で止まった。
扉には鍵がかかっていないようで中から話し声が聞える。
俺はそっと扉に近づいてトイプーを抱きかかえた。
「セリーヌ。いいだろう?」
「私はそんな気分じゃないの」
「久しぶりなんだ。抱き合えばわかるさ」
「やめてよ、レオ。私は……」
扉の中からそっと部屋を覗くとベッドの上でレオナルドがセリーヌを愛撫していた。
嫌がるセリーヌを抑え込むようにレオナルドは激しく体を弄る。
それに感じたのか、セリーヌは熱い吐息をこぼしていた。
「ハアハアハア……レオ……やめて」
「力を抜いて、私に体を預けるんだ」
「アッ……」
マジかよ。
こんなところではじめるなんて。
セリーヌとレオナルドはそう言う関係だったのか。
ただの幼馴染だとは思っていなかったけど。
俺はショックを隠せずにその場で立ち尽くしていた。
すると、トイプーが沈黙を遮るようにひと鳴きした。
「ワン!」
「おい、トイプー。鳴くんじゃねぇ。気づかれるだろう」
俺は慌てて扉から離れて廊下を駆け出していた。
「誰だ?」
「ワン、ワン」
「トイプーちゃん?」
腰にバスタオルを巻いたレオナルドが出て来る。
そして廊下を見回しながら人がいないか確かめた。
トイプーは隙を見てセリーヌの部屋に入って行く。
「トイプーちゃん」
「ちぃ。とんだ邪魔が入ったな。続きはまた今度だ」
少し苛々しながらレオナルドは身支度を整え部屋を後にする。
その後ろ姿を見送ってからセリーヌはほっと胸を撫で下ろした。
トイプーが邪魔をしに来なかったらレオナルドに抱かれていた。
レオナルドのことが嫌いな訳ではないけれど、今はそんな気分ではないのだ。
「トイプーちゃん。カイトさんは?」
「ワンワン!」
トイプーはセリーヌの胸から飛び出すと扉の前で催促する。
僕が案内をするから着いて来いと言っているようだ。
セリーヌは身支度を整えるとトイプーを連れてカイトを探しに出かけた。
俺は中庭の噴水の前でしょんぼりと落ち込んでいた。
セリーヌとレオナルドが大人な関係だなんて予想もしていなかった。
今頃、レオナルドに抱かれて気持ちよくなっているのだろう。
そんなことを考えるだけで気分が滅入って来る。
「セリーヌが言った愛しているって言葉は嘘だったのか」
きっと俺の純情な気持ちを弄ぶために言った言葉なんだ。
あの熱いキスもふにゃふにゃプレイもみんな嘘。
セリーヌもおばさんのひとりだから俺をからかったんだ。
全く、俺も俺だよ。
おばさんの言葉を真に受けるなんて。
「ちくしょう。改めて考えたら気分が悪くなって来た」
俺は落ちていた石ころを思いっきり蹴飛ばす。
すると、壁にぶつかって俺に跳ね返って来た。
「イテッ」
何だよ、これじゃあ俺が惨めじゃないか。
俺は勇者になる男なんだぞ。
そんなやつがおばさんに弄ばれるなんて割に合わない。
こうなったら仕返しをしてやる。
セリーヌが落ち込むような仕打ちをして泣かすのだ。
「俺を馬鹿にしたことを後悔させてやる」
悲しみを怒りに替えないと惨めになるだけだ。
俺は俺なりに本気でセリーヌと向き合って来たつもりだ。
夢は夢としてあるがセリーヌといっしょになっても追い駆けられる。
セリーヌが傍で応援してくれていれば何にでもなれると思っていたくらい。
この旅の終わりに告白しようと考えていたのだ。
それをこんな形で裏切るなんて……。
「全く大人ってやつは救いようがない大馬鹿ものだな」
俺は大きな溜息を吐き捨てるとエレンのいる客間へ戻った。
夕食会は時間通り行われた。
上座にゴーツォ様が座り、セリーヌとレオナルドが並んで座る。
その向かいにはレオナルドの両親であるシュプルム家の領主と夫人が。
俺達は空席を挟んで一番下座に腰を掛けた。
「ひょえーっ。見たことのない料理ばかりが並んでいるな。どれもこれも美味そうだ」
エレンは目の前の御馳走に涎を垂らしながら目を輝かせる。
まるで腹を空かせた野良犬のようだ。
すると、ゴーツォ様が両手を組み静かに目を閉じる。
それを受けてセリーヌやレオナルドも同じように両手を組んで目を閉じた。
「おい、エレン。お前もやれ」
「何だよ」
俺は小さな声でエレンに注意をして同じように祈りのポーズをさせる。
「今宵も我々家族、そして仲間達にお恵みを与えてくださったことを感謝します。私達は与えられた料理を残さずに食することで誓いを示しましょう。我らが神、ジパール様のために」
「「ジパール様のために」」
ゴーツォの言葉に続いて皆が口ずさむと祈りが終わった。
そしてゴーツォが口を開く。
「それではみなさん。料理を楽しんでください」
「じゃあ、遠慮なく」
そう言ってエレンは目の前にあった鳥の丸焼きにがっつく。
「おい、エレン。それは切り分けて食べるものだぞ」
「そんなちまちま食っていられるかよ。こう言うのはがっつくのが一番美味いんだ」
はしたないエレンの素振りを見てシュプルム家の領主と夫人が苦笑いをしている。
こんな行儀のなっていない奴を見るのがはじめてだと言わんばかりだ。
俺はエレンに肘鉄を食らわせておとなしくさせる。
「何をするんだ、カイト」
「少しはTPOを考えろ」
「ハハハ。好きなように食べていいんですよ」
「甘やかさないでください。エレンは調子に乗りますから」
この場にエレンは場違いだ。
次からは部屋で食事をとるようにしてもらおう。
いっしょにいる俺まで恥ずかしくなって来る。
すると、レオナルドがグラスを持ってセバスチャンに酒を催促した。
「セバスチャン、あれを用意してくれ」
「畏まりました、レオナルド様」
セバスチャンは部屋を出て行くと酒瓶を持ってくる。
大量の氷でキンキンに冷やしながら。
そして酒瓶をレオナルドに渡す。
「これは16年前に仕込んだワインです。セリーヌの帰還を祝して用意させたものです。今宵はこのワインで楽しみましょう」
セバスチャンはレオナルドから酒瓶を受け取ると、それぞれのグラスに注いで行く。
そして全てのグラスに酒を注ぎ終わるとレオナルドに目配せをした。
レオナルドはグラスを持って乾杯の音頭をとる。
「ゴーツォ様とセリーヌの再会を祝して。乾杯」
「「乾杯」」
ワインの味はまろやかで少しだけ酸味が強かった。
まあ、16年物だからまだ熟成されていないのだろう。
それでも一級品とも呼べる高級なワインであることには間違いない。
毎度のことながらエレンは一息で飲み干すとセバスチャンに催促していた。
「それでレオナルド、そちらの方々は誰なのだ?」
「紹介がまだだったですね。そちらにいる若い方がカイトさん。その向かいに座っているのがエレンさんです。二人ともセリーヌと一緒に旅を続けて来た者達です」
「ほう、一緒にね。カイトさん、旅の話を聞かせてくれないか?」
俺はエレン達と出会ったことからセレスティア王国へ来たことまで包み隠さずに話した。
ラビトリス王国でアトスとセリア姫に出会ったこと。
ゴルドランド王国でコロセウムに出場したこと。
マビジョガ島でドラゴンオーブのレプリカを手に入れたことまで。
レオナルドのご両親もゴーツォも興味深そうに話を聞いていた。
自分達の知らないセリーヌのことが知れて満足したようだ。
ゴーツォも病状のことを忘れてワインをグビグビと飲んでいた。
「セリーヌもいい経験をして来たのですね」
「それもこれもカイトさん達がいてくれたおかげです」
「そう思えることが大事なんだ。旅と言うものはそう言うものだからな」
プシュムル家の領主は豪快に笑いながらワインを煽った。
「ところでレオナルド。式はいつにするつもりですか?」
「いろいろと準備が必要ですから、1ヶ月後を予定しています」
「もちろん国王様にも出席してもらうのだろう」
「そのつもりでいます、父上」
式って何だ?
受賞式でも行うのか。
レオナルドはセレスティア王国の参謀をしているし、あり得ない話でもない。
また、何か功績でも残したのだろうか。
「セリーヌもそのつもりでいるのだな?」
「私は……」
プシュムル家の領主が確認をするとセリーヌは黙り込んだ。
「何だ、セリーヌには話していないのか?」
「父上。セリーヌは気分が落ち着いていないだけです。そうだろう、セリーヌ?」
「……」
セリーヌは俯いたまま何も答えようとしない。
しばしの沈黙が辺りを包み込む。
すると、エレンが口火を切った。
「式って、結婚式でもするのか?」
「そうだ。私とセリーヌの結婚式を行う。これは幼い頃から決められていたことなんだ」
マジかよ。
レオナルドはセリーヌの許嫁だったのかよ。
それを隠したまま俺に近づいたのか。
やっぱり気のあるフリをして俺を騙していたのか。
その目的は何だ。
俺なんかを騙したって何のメリットもないだろう。
俺はレオナルドのようにイケメンでないし、金持ちでもない。
ただの冒険者だし地位も高くない。
そんな俺に言い寄って何か美味しいことでもあるのか。
セリーヌは俯いたまま俺と視線を合わせようとしない。
「カイトさん達も、もちろん参加してくれるでしょう。私とセリーヌの結婚式に」
「俺は……」
「結婚式には国王様も招待してある。ぜひ、カイトさん達にも参加してもらいたい」
今の俺には即答できない質問だ。
いくら国王様が参加するからって素直に受け入れられない。
俺の心の中にはセリーヌに対する思いが燻っているのだ。
すると、エレンが俺の代わりに返事をした。
「もちろん参加させてもらう。なんて言ったってセリーヌの門出なんだからな」
「それはよかった。カイトさん達が参加してくれないと意味がないですからね」
レオナルドは穏やかそうな笑顔で歓迎してくれたが瞳は冷たかった。
まるで敵を見るような鋭い目つきで俺の背中に悪寒が走った。
「話がまとまったところでお開きにしよう。レオナルド、セリーヌを頼んだぞ」
「もちろんです、ゴーツォ様」
ゴーツォはレオナルドと固い握手をすると自室へ戻って行った。
「それではあなた。私達も失礼させてもらいましょう」
「そうだな。レオナルド、式を楽しみにしているからな」
「はい、父上。シュプルム家の名に恥じないような式にします」
レオナルドはご両親を連れて食堂を後にする。
セバスチャンはメイド達に指示をしながら食器を片づける。
そして食堂には俺とセリーヌとエレンとトイプーが残った。
「それじゃあトイプー。私達は先に休ませてもらうか」
「ワンワン」
エレンは気を利かせてトイプーと先に部屋に戻って行った。
しばしの間、沈黙が続く。
なんて声をかけたらいいのか思いつかなかったからだ。
すると、セリーヌの方から先に口を開いた。
「カイトさん。私はレオナルドと結婚したくありません。だけど、これは幼い頃から決められた来たことなんです。だから……」
「セリーヌは俺のことをどう思っているんだ?」
「カイトさんのことは好きです。愛しています」
「なら、そのことをレオナルドに言えばいいじゃないか」
「ダメなんです。レオナルドは私のことになると人が変わったようになるから。きっとカイトさんに危害を加えるかもしれません」
結局のところ、それはいい訳に過ぎない。
レオナルドがどんな人物であろうとも正直に気持ちを伝えることの方が大事なのだ。
それをしようとしないセリーヌはどこかで自分の気持ちから逃げている。
俺の身を案じてと主張しているが、そんなことは関係ない。
「俺はセリーヌのことが好きだ。だから幸せになってもらいたいと思っている。それが俺達といっしょに旅を続けることなのか、レオナルドと結婚することなのかはわからないが。答えを出すのはセリーヌ自身だ。まだ式まで1ヶ月ある。それまでに答えを聞かせてくれ」
「カイトさん……」
今の俺に言えるのはこれくらいだ。
セリーヌがどんな選択をしても俺は受け入れるつもりでいる。
好きと言う気持ちはセリーヌを奪い去りたいと思うのが限界だが、愛しているは違う
たとえ自分を選ばなかったとしてもセリーヌが幸せになれるのならそれでいいと思えるのだ。
だから、今の俺はセリーヌのことを愛しているのだと思う。
たぶんな。
「柄にもなくカッコつけちゃったかな」
俺は食堂にセリーヌを残したまま客間へ戻って行った。
その様子を冷酷な眼差しで見つめていたレオナルドの存在に気づくこともなく。




