あるある077 「大事なことを隠していがち」
セレスティア王国の港はヤナックの比ではなかった。
何艘もの大型船が所狭しと停泊している。
港と言うよりも要塞って方が似合っているくらい大きい。
もちろん貿易船だけでなく警備艇も停泊していた。
「デカい港だな」
「セレスティア王国一の港だからな」
シーボルトは港にいる監視員の合図に従いながら船を港につける。
「おい、入国書を見せろ」
「はいよ」
シーボルト素直に監視員に入国書を差し出す。
ぶっきらぼうで少し鼻につく態度だったが忙しいからだろう。
他の監視員も大型船の停泊に手を焼いていた。
シーボルトのような小型船ならば扱いもしやすいが大型船ともなるとそうはいかない。
船を港に停泊させるためにも慎重ならざるを得ない。
少しでも間違えば大惨事になるからだ。
「ゴルドランド王国からか。中を検めさせてもらう」
「好きにしな」
監視員は部下に指示を出してシーボルトの船を調べはじめる。
荷物を検めることをはじめベッドの下を調べたり浴室の天井も調べている。
普通の検閲では考えられないほど厳重だ。
何か問題でも起こっているのか。
俺は何気に監視員に尋ねてみた。
「検閲にしては厳し過ぎやしないか?何か問題でも起こったのか?」
「最近、他国からの密輸が発生しているんだ。セレスティア王国は裕福な国だから、こぞって密輸をしたがる連中が多いんだ。それよりお前は冒険者か?」
「そうだ」
「ふ~ん。冒険者ね」
監視員は疑るような目つきで俺を舐め回すように見やる。
そして視線をエレン達に向けると暴言を吐いた。
「お前らは娼婦だな。この国へ何をしにやって来た」
「私達のどこを見て言っているんだ」
「どこからどう見ても娼婦じゃないか。その露出の高い衣装は男を釣るためだろう」
「これは私の一張羅だ」
エレン、無駄な言い訳は止めておけ。
お前の格好はどう見たって男を誘っているように見える。
そんな格好で街を歩けば男共がほっておかないだろう。
これまでにも声をかけて来た男は数知れず。
その度に俺が丁寧に説明をして追い返していたんだ。
そろそろその格好も卒業しないといけない。
「お前も怪しいな。そのデカい胸は何だ?何か入れているだろう」
「これは本物です」
大きな胸を指摘されてセリーヌは頬を赤らめて否定する。
「こいつらは怪しい。お前らこいつらの身ぐるみを剥がせ。裸にして調べてやる」
「おい、勝手なことを言うんじゃねえ。セリーヌ達は俺の仲間だ」
「お前も娼婦達にそそのかされた口だろう。娼婦ってのはな、金になるなら何でもするんだよ」
監視員はいやらしそうな顔をしてセリーヌの髪を掴む。
「お前ら、こいつを押さえろ。俺が直々に調べてやる」
すると、そこへセレスティア王国の騎馬隊がやって来た。
しっかりと武装をしていてこれから戦場へ出も向かうような格好だ。
セレスティア王国の騎馬隊のトレードマークは洗練された銀の鎧。
兜には頂点の部分に飾りが着けられていてその色で位の違いを示している。
一番位の高い隊長は白銀の鎧を纏い、他の者とは確たる差を表していた。
隊長は馬から降りると監視員に詰め寄る。
「お前、何をしている?」
「いえ。怪しい連中がいたもので調べていたところです」
隊長は俺達を舐め回すように見てから他の騎士へ合図を送る。
騎士は後ろにいた豪華な馬車に近づいて行き、静かにドアを開けた。
見るからに位の高い者が乗るような馬車だ。
装飾もさることながら戦闘に対応できるような工夫も凝らされている。
窓は開閉式の扉が設けられていて馬車の外側には鉄製の幕が張られていた。
「お帰り、セリーヌ」
そう呟きながら降りて来たのは超イケメンの紳士。
年はセリーヌと同じぐらいでアラサーに見える。
立派な軍服を身に纏い胸にはいくつもバッチが着いていた。
その姿から見るに相当位の高い人物であることはわかる。
雰囲気も厳かだし何よりも胸に着いているバッチが位の高さを表していた。
詳しくは知らないが国王から贈られた勲章のようなものだろう。
それが三つも並んであると言うことは只者ではないと言うこと。
その人物がセリーヌの知り合いだなんて驚きだ。
「レオ」
「会いたかったよ、セリーヌ」
レオと呼ばれた男は優しい笑顔でセリーヌを抱擁した。
セリーヌもまんざらでない顔をしている。
どう言う関係なんだ。
「16年ぶりだね」
「もう、そんなになるのね」
「お父様達は元気にしているよ」
「そう……」
レオナルドの言葉にセリーヌは顔を曇らせて俯いた。
「ただ、ゴーツォ様のご病状があまり芳しくなくてね。最近は寝たきりになっているんだ」
「お父様が!」
「けど、セリーヌの顔を見たら元気を取り戻すよ。ゴーツォ様はセリーヌの帰りを楽しみにしていたからね」
「……今さらどんな顔をして会えばいいと言うの?」
「そのままでいいんだよ。セリーヌが成長した姿を見せればいい」
不安に感じているセリーヌを優しくフォローするようにレオナルドが呟いた。
「ゴホン。せっかくのところ悪いが、その人は誰なんだ?」
「ああ、これは失礼しました。私はセリーヌの幼馴染のレオナルド・シュプリュムです」
何だ、幼馴染か。
俺はてっきりセリーヌのいい人なのかと思ったぞ。
ちょっと焦った。
「俺はカイトだ。カイト軍団のリーダーをやっている」
「私はエレンだ」
「カイトさんにエレンさんですか。セリーヌはいい仲間に恵まれたんだね」
そうだろう、俺ほど頼りになるリーダーはいないのだ。
俺がひとり誇らしげにしているとセリーヌが思わぬことを呟いた。
「レオ。悪いけれど私はお屋敷には戻らないわ」
「ゴーツォ様達に会わないと言うのか?」
「今さらお父様に会わせる顔がないし、それに戻ったら――」
「何を言っているんだ、セリーヌ。せっかくご両親に会えるんだぞ。何があったのかはわからないけど、ちゃんと向き合わないとダメだ」
「カイトさん……」
これはセリーヌを思ってのことなんだ。
冒険をしていたら、いつ会えるかわからないのだから。
会える時に会っておく方がいいのだ。
それに抱えている問題も解決しないと寝目覚めが悪い。
どんな過去があったとしても親子なら分かり合えるはずだ。
「では、みなさん。馬車に乗ってください。お屋敷まで案内します」
「ああ、頼むよ」
俺達はレオナルドが乗っていた馬車へ案内される。
「それと君。セリーヌに手を挙げたことは許さないですからね」
レオナルドは氷も刺すような鋭い眼差しで監視員を睨みつける。
すると、監視員は腰を抜かして膝から崩れ落ちた。
この後、監視員がどうなったのかはわからない。
ただ噂によれば職務をはく奪されてセレスティア王国から追い出されたらしいとのことだった。
クリスタ家のお屋敷に向かう馬車の中。
話題はこれまでの冒険の話になっていた。
「――で仲間になったのですか」
「あの頃はまだ私は駆け出しだったからな。セリーヌに助けてもらわなければ危ういところだった」
「へー。はじめて聞くな、その話」
「そうだったか」
俺の知らないセリーヌとエレンの話がまだまだあるようだ。
「その後、2人で冒険を続けて来たのですか?」
「その後はアンナとミゼルが仲間になって4人で冒険を続けた」
「その2人の職業は何ですか?」
「魔法使いと弓使いだ。私達の弱点を補うようなメンバーだったから、仲間にして以降、各段とレベルが上がったよ」
「剣士にプリ―スト、魔法使いに弓使いなんてバランスのとれたチーム構成ですね」
レオナルドは関心しながら前のめりになって話を聞く。
自分の知らないセリーヌのことが知れて嬉しいようだ。
その一方でセリーヌは話に入ることもなく浮かない顔をしていた。
「どうした、セリーヌ?気分でも悪いのか?」
「……いえ、何でもありません」
親御さんと会うことがそんなに嫌なのか。
16年振りに会えるのだぞ。
よほど酷い喧嘩別れをしたのだろうか。
セリーヌは何も話してくれないし何もわからない。
今の俺がしてやれること言えば傍にいることだけ。
「セリーヌ、そんなに心配をするな。俺が傍にいるから」
「カイトさん……」
安心させようと優しくセリーヌの手を握る。
それを見ていたレオナルドが俺に尋ねて来た。
「カイトさんは随分と仲間想いなのですね」
「ああ、大切な仲間だからな」
「仲間以上の関係だろう」
「仲間以上?」
場をわきまえないエレンの言葉にすぐさま反応する、レオナルド。
興味深々な眼差しで俺達に視線を向ける。
幼馴染としては俺達の関係が気になるのだろうか。
手を繋いでいるなんて普通の関係じゃないことは一目瞭然だから。
「カイトとセリーヌは好きあっているんだ。これまでの冒険の中で愛に目覚めちゃってな。いつも私の前でイチャついているよ」
「へー。セリーヌがね。で、どこまで進んでいるんだい?二人は?」
急にレオナルドの目の色が変わり突き刺すように俺を見やる。
「まあ、二人とも奥手だからな。まだ、キスまでだよ。あっ、そうだ。二人で混浴したことはあったな」
「エレンさん、余計なことは言わないでください」
「本当のことだろう。それに船の上で愛を誓いあったじゃないか」
「愛をね……」
エレンの告白で一気に馬車の中の雰囲気が氷つく。
まるで冷蔵庫の中に閉じ込められたような静寂さと冷たさが襲って来る。
レオナルドは仏のような優しい笑顔をしていたが瞳の奥は凛としていた。
やはり幼馴染が先に進んでいたことがショックだったのだろうか。
すると、レオナルドが静かに口を開いた。
「セリーヌもいろいろな経験を積んで来たんだね。安心したよ」
「……」
セリーヌはレオナルドと視線を合わせることなく終始俯いていた。
やはりこの二人、ただの幼馴染じゃないな。
幼馴染だったらセリーヌの幸せを一番に考えてくれる。
だけど、レオナルドは喜ぶと言うよりも嫉妬しているかのように見える。
顔は穏やかだが目が笑っていない。
もしかして、レオナルドもセリーヌのことが好きなのか。
ない話ではない。
はじめて接する異性だ。
好きになる確率の方が高い。
俺の知らない時間の中に二人を近づける何かがあったのだろう。
「クリスタ家に着きましたよ」
馬車はひときわ大きいお屋敷の前で止まった。
大きな扉の前には黒服を着た執事とメイドが出迎えてくれている。
レオナルドは先に降りてセリーヌをエスコートする。
すると、執事がセリーヌを見るなり泣き崩れた。
「セリーヌお嬢様!ご無事に帰って来られたのですね。ジイは嬉しゅうございます」
「セバスチャン、泣かないで」
「私は嬉しくて嬉しくて」
セバスチャンはセリーヌを見つめながらうれし涙を流す。
「感動の再会だな」
「仕方ないさ。16年も離れ離れになっていたんだから」
俺も実家に帰れば両親は喜んでくれる。
まだ、旅立ってから日は浅いけれど、手放しで歓迎してくれるだろう。
ただ、俺としてはまだ実家には戻れない。
勇者になるまではまだ帰れないのだ。
「セリーヌ様。そちらの方々は?」
「私の仲間です」
「俺はリーダーをしているカイトだ」
「私はエレンだ。よろしくな、ジイさん」
セバスチャンは涙を拭って俺達と握手をする。
そしてメイド達に合図を送ると俺達を屋敷の中へ案内した。
「セリーヌお嬢様。奥でゴーツォ様がお待ちです」
「……」
お屋敷の中は豪華な装飾が施してあり、床にはレッドカーペットが敷かれてある。
大きく切り取られた窓からは太陽の光が惜しげもなく差し込んでいる。
外を見やればきれいに整備された中庭が飛び込んで来る。
中央には大きな噴水があり、小さな子供達が水遊びをしていた。
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど、あの子供達は誰だい?」
「あの子達はお屋敷で預かっている子供達です。ゴーツォ様は慈善活動にも力を入れており、孤児達を預かっているのです」
「へー。立派な人なんだな、セリーヌの親父さんって」
普通の貴族は名前に傷がつくからと言って孤児を預かることはしない。
たくさんの金を自分達のブランドを上げることだけに使い込むのが普通だ。
中には良い貴族もいるがほとんどはケチな貴族ばかりだ。
だから俺はあまり貴族とは関係を持ちたくはないのだ。
「さあ、着きましたよ」
ひと際大きな扉の前に立ち止まるとセバスチャンがセリーヌに確認をとる。
そして静かに扉をノックして――。
「ゴーツォ様。セリーヌお嬢様が戻られました」
そう言いながら扉を開けると深々とお辞儀をした。
セリーヌは扉の前で立ち止まったまま部屋の奥を見つめている。
すると、レオナルドがセリーヌの肩を抱いて中に連れて行った。
「セリーヌか。随分と大きくなったな」
「お父様……」
セリーヌはベッドで横になっているゴーツォに抱擁して挨拶をする。
そして目にいっぱい涙を溜めながらゴーツォに謝った。
「お父様、ごめんなさい。黙って家を出て行って……」
「いいんだよ。セリーヌが戻って来てくれたのだからな。私はそれだけで嬉しいよ」
ゴーツォは優しい眼差しでセリーヌを見つめるとニコリと微笑んだ。
「ゴホゴホゴホ」
「お父様?」
「安心しなさい。大丈夫だから」
不安になっているセリーヌの肩にそっと手を置いてレオナルドが告げる。
「10年前から急にゴーツォ様の病状が悪くなって、それ以来、寝たきりなんだ」
「ゴホゴホゴホ。セバスチャン、水を」
「はい。すぐに」
セバスチャンはテーブルの上にあったグラスに水を注ぐ。
そしてベッドからゴーツォを起こすと静かに水を飲ませた。
「それでそちらの方々は誰なんだ?」
「ご挨拶が遅れました。俺はリーダーをしているカイトです」
「私はエレンだ。よろしくな」
緊張している俺の横でエレンは気の抜けたような態度をしている。
一度、エレンにはちゃんとしたマナーを身に着けさせないといけないようだ。
これでは恥ずかしくて一緒にいられない。
「そうか。セリーヌが随分とお世話になったようだね」
「いえ。俺達の方がセリーヌに助けられていたようなものです。セリーヌはプリ―ストとしてもひとりの女性としても一人前ですから。セリーヌがいなければ今の俺たちはありません」
「良いお仲間をもったね、セリーヌ」
「はい。お父様」
セリーヌは少し誇らしげに、だけどはっきりと返事を返した。
「ゴホゴホゴホ。ゴホゴホゴホ」
「ゴーツォ様、大丈夫ですか?」
「セバスチャン。話はここまでだ。ゴーツォ様を休ませるんだ」
「畏まりました」
「私はカイトさん達を客間へ案内する。ここは任せたぞ」
「はい」
セバスチャンはテーブルの上の薬を手に取るとゴーツォに飲ませる。
そしてゴーツォの背中を摩りながらベッドに寝かせた。
セリーヌは終始不安げな様子で見守っていたがレオナルドに急かされて部屋を後にした。
「レオナルド。ゴーツォ様はどんな病気なんだ?」
「ゴーツォ様は幼い頃よりレンテンカ病に悩まされて来たんだ。レンテンカ病は徐々に肉体を蝕んで行く進行性の病気で治療薬はない。いずれゴーツォ様は亡くなってしまうだろう」
レンテンカ病は100年前に世界で流行った遺伝性の病気だ。
遺伝子の羅列に欠陥があり、細胞が少しずつ蝕まれて行く。
今の医療技術では治療することが出来ず、治療薬もない。
だからレンテンカ病にかかったものは死を受け入れるしかないのだ。
「お父様……」
「セリーヌ。安心しなさい。今は休ませるのが一番です」
「レオ……」
セリーヌにかける言葉が見つからない。
本来ならば俺がセリーヌの不安を払拭するべきなのに。
リーダーとしてとして必要なことなのだ。
だけど、今はレオナルドに任せている。
レオナルドは俺の知らないセリーヌを知っているから敵わないのだ。
「さあ、みなさん。ここで旅の疲れを落としてください」
連れれ来られたのは40畳ほどある大きな客間。
中央に縦長の長い木製のテーブルが置いてあり、囲むようにたくさんの椅子が並んでいる。
棚には高級そうな食器が並べてあり、茶器セットとケーキがテーブルに置いてあった。
玄関で会ったメイド達が用意してくれていたようだ。
エレンは遠慮もなく椅子に腰かけるとテーブルの上のケーキに手を伸ばした。
「こいつは美味そうだな」
「おい、エレン。ナイフとホークを使え」
「そんなちまちまとしていたらうまくないだろう。こう言うのはな、手づかみで食べるのが一番なんだ」
そう言ってエレンはケーキを鷲掴みにすると豪快に口に放り込む。
「美味い、美味い。もっとくれ」
「ここはお前の家じゃないんだぞ。もっと行儀よくしろ」
「ハハハ。エレンさんは面白い方なんですね」
おかしそうに笑いながらレオナルドはメイドに合図を送る。
すると、メイドがすぐさま新しいケーキをホールで運んで来た。
「おかわりはいくらでもあります。心行くまで楽しんでください」
「おっ、気が利くじゃねぇか。気に入った」
「躾がなってなくてすまない」
「いいんですよ。ここを家だと思って寛いでください。って、私が言うことではなかったですね」
ひとりノリツッコミをして照れくさそうにレオナルドが笑う。
レオナルドは意外にいい奴なのかもしれない。
俺はその時、そう思った。
「セリーヌ。自分の部屋に戻るかい?」
「そうさせてもらうわ」
「それではみなさん。夕飯は18時ですので、それまで寛いでください」
「わかった。豪勢な夕食を楽しみにしているぞ」
全くおばさんってのは遠慮がないな。
ここはセリーヌの家なんだぞ。
少しは遠慮を覚えろ。
まあ、エレンに言って無駄なのだけれど。
俺とエレンとトイプーは夕食までの間、寛ぐことにした。




