あるある075 「覚悟を決めたら命を張りがち」
「このままじゃ、あいつのいいようにされる。私は戦うぞ」
「何を考えているんだ。あんな巨大な奴を相手に出来る訳ないだろう」
「なら、どうするつもりだ。このままみすみす殺されるのを待つつもりか?」
それは受け入れられない。
かと言って戦うことも躊躇われる。
相手は50m級の化け物なんだ。
まともに戦ったとしても相手にならないだろう。
「私は行くぞ」
「なら、これを使え」
そう言ってシーボルトが差し出したのは水中銃。
普段は大きな魚を仕留めるために使っているものだ。
ただ、それがクラーケンに効くとは到底思えない。
クラーケンの体は分厚い肉で覆われているからダメージを与えることすらままならないだろう。
「そんなちっぽけな銃で何が出来るって言うんだ?」
「クラーケンの目を狙うんだよ。目を潰せば助かるチャンスはある」
「だけど、近づくのも難しいのに目を潰すなんて……」
シーボルトの作戦に俺が迷っているとエレンが覚悟を決めた。
「カイト達はここで見ていろ。私がやる」
「ひとりでは無茶です。私も手伝います」
「その気持ちだけ受け取っておくよ」
何をカッコつけているんだこいつは。
自分が言っていることがわかっているのか。
クラーケン相手にひとりで立ち向かうなんて無謀でしかないだろう。
こいつには任せておけない。
何とかこのピンチを逃れる方法を考えなければ。
クラーケンと戦って追い返すことはできそうにもない。
ならばクラーケンの弱点をつくのもありだが情報がない。
セリーヌの『シールズ』でクラーケンの動きを封じたとしてもたかが知れている。
海上戦は地上戦のように自由に動くことが出来ない。
それはエレンをこの上なく不利に追い込むだろう。
せめてここにアンナでもいてくれたら戦いようがあったのだが。
「カイト。頭で考えるな。戦いは体でするものなんだ」
「そんなこと言うけどな。お前に勝算はあるのか?」
「ないさ。殺らなければ殺られる。ならば殺るだけだ」
聞いた俺が馬鹿だった。
エレンには作戦を考える頭など持ち合わせていない。
ただ心の赴くままに戦い続けるタイプなのだ。
だけど八方塞がりの今なら、その判断も間違いではないだろう。
みすみす殺られるのを待つよりも生きるために足掻いた方がマシだ。
「セリーヌ。エレンに『チャクラ』をかけてやってくれ。何もしないよりかはマシだろう」
「わかりましたわ。エレンさん、気をつけてくださいね」
セリーヌは胸の前で両手を組むと魔法の詠唱に入った。
「深淵の種子より芽吹きし力。流れる血潮となりて、かの者に力を与えよ『チャクラ!』」
エレンの足元に魔法陣が浮かび上がると金色の粒子がキラキラとエレンを包み込む。
そしてエレンの体に吸い込まれるように浸透して行くとエレンの運動神経を刺激した。
エレンの中からエネルギーが湧き上がって来る。
それはまるで間欠泉が飛沫をあげるかのような勢いで。
「うぅぅ……来た来た来たー!これならイケるぜ」
「エレンさん、必ず帰って来てくださいね」
「そう心配するな、セリーヌ。私はこんなところでくたばるような奴じゃない。カイト、みんなを任せたぞ」
エレンの奴、やけにカッコイイじゃないか。
本来であれば俺が言う台詞だったのに先を越されてしまった。
まあ、けれどこれからクラーケンを倒しに行くのだから帳消しだな。
俺には命を張るほどの勇気は持ち合わせていない。
なんて言ったって命あっての物種だからな。
「エレン。お前の骨は俺が拾ってやる。だから安心しろ」
「ふっ。それなら安心だ」
エレンは最後の言葉を残して甲板に出て行った。
クラーケンは手足を絡みつけながら船体を締め上げる。
その度にギシギシと軋む音を立てながら船が破壊されて行く。
揺れる船の中で俺達は身を寄せ合いながら必死に耐えていた。
すると、エレンが大剣を肩に担ぎながら戦線布告をする。
「好き勝手やってくれるじゃないか。だが、ここまでだ。この剣でお前をぶっつぶしてやる」
クラーケンはエレンのことなど気に留めることもなく船を締め上げる。
「おい、エレン!早くしてくれ。このままだと船が破壊される!」
「言われるまでもない。行くぞ!」
エレンはクラーケンの足の上に飛び乗ると本体目がけて駆けて行く。
それを遮るかのようにクラーケンが手足を伸ばしてエレンを払い落そうとした。
エレンはすぐさま反応してクラーケンの攻撃をかわす。
ぴょんぴょんとクラーケンの手足に飛び移りながら本体を目指す。
そしてクラーケンの目の前までやって来ると高く飛び上がる。
「これで終わりにしてやる!食らえ!」
エレンは空中で攻撃体制を整えると閃光の如く鋭い刺突を放つ。
それは狙い通りクラーケンの目玉を貫くように突き刺さる。
しかし、エレンの大剣はクラーケンの目玉を覆っている水晶体で止まってしまった。
「ちぃ、ダメか」
エレンはすぐさまその場から離れてクラーケンの追撃をかわす。
エレンの大剣はクラーケンの右目に刺さったままでいる。
代わりにシーボルトからもらった水中銃を構えながら攻撃体制に入る。
これがどれほどの効果があるのかはわからないがないよりマシだ。
エレンは再びクラーケンの右目を目掛けて水中銃を放った。
「これなら!」
水中銃から放たれた矢は真っすぐに飛んで行きクラーケンの目玉を捉える。
しかし、先ほどと同じように右目の水晶体で止まってしまう。
「使えないやつだ」
エレンはすぐに水中銃を放り投げると大剣を引き抜きに向かう。
クラーケンの手足を踏み台にしながら飛び移って行く。
そしてクラーケンの顔まで辿り着くと大剣の柄を握りしめて力を入れる。
すると、クラーケンは瞼で瞳を閉じてエレンを挟み込んだ。
「マズった」
クラーケンは目に感じる違和感を取り除くように手足を伸ばす。
器用に吸盤を使ってエレンを吸いつけ取り押さえた。
「ちくしょう。離しやがれ」
エレンは必死にもがき暴れ回るがビクともしない。
クラーケンの吸盤は一度張りついたら二度と外れないほど強力なのだ。
クラーケンは手足を緩めて船を解放すると大きな口を空けてエレンを放り込んだ。
「エレン!」
「エレンさん!」
クラーケンの咀嚼音が虚しく聞こえて来る。
バキバキと骨を砕くような音が響き渡った。
「ああ、エレンさんが……エレンさんが」
セリーヌはその場に崩れ落ちて涙をボロボロこぼす。
あのエレンでさえクラーケンの前では足元にも及ばなかったのだ。
もう俺達に出来ることは何もない。
このままクラーケンのされるがままになるだけだ。
「俺の人生も短かったな。ここで終わるのならもっと楽しいことをしておけばよかった」
「やっぱりクラーケンからは逃げられないんですね」
「くそっ」
俺達が半ば諦めているとクラーケンは攻撃を止めて海中に戻って行った。
「俺達、助かったのか?」
「みたいだな」
「やったー!助かった!」
マシューは歓喜の声をあげながら飛び上がって喜ぶ。
すると、セリーヌが涙声でボソリと呟いた。
「嬉しいですか、マシューさん。エレンさんが命をかけて助けてくれたんですよ」
「……ご、ごめん」
エレンが犠牲になってくれたから今の俺達があるようなもの。
だけど大切な仲間を犠牲にしてまで助かっても残された俺達には拭えない後悔が残るものだ。
エレンはこれまでよくやってくれた。
幾度となく俺達のピンチを救って来てくれた。
エレンがいたからこそ、この旅は続けられて来たのだ。
エレンのいなくなったカイト軍団はこれからどうしたらいいのか。
「エレンが俺達を救ってくれたんだ。ならばこの命を無駄にしてはいけない。クラーケンはまたやってくるかもしれないからすぐに出発するぞ。カイトもそれでいいよな?」
「シーボルトの言う通りだ。俺達はエレンの分まで生き続けなければならない。それが死んだエレンへの贐だ」
エレン。
これでいいよな。
俺達は俺達の旅を続ける。
お前の分まで頑張るから天国から見ていてくれ。
「マシュー!エンジンを頼む!」
「わかりました。船長!」
さっそくシーボルトとマシューは出発の準備に取りかかる。
あいにく船はどこにも問題がなくてすぐにでも出発できる状態だった。
俺は泣き崩れているセリーヌを連れて船室へ戻った。
「カイトさん。私は受け入れられません。エレンさんが亡くなっただなんて」
「俺だって信じられないさ。あのエレンが殺られるなんてな」
「エレンさんはまだ生きているのではないでしょうか?」
「残念だがそれはないよ。聞いただろ?あの咀嚼音を。今頃エレンはバラバラになってクラーケンの胃袋にいるはずだ」
「止めてください、カイトさん。もう聞きたくありません」
俺の無情な言葉にセリーヌは耳を塞いで顔を横に振った。
現実を受け入れられないのは俺だって一緒だ。
あのエレンがクラーケン如きに殺されるなんてにわかにも信じられない。
だけど俺達は目の前で見たのだ。
エレンがクラーケンに食われるところを。
あれを夢だとすることはエレンに対する冒涜だ。
エレンは命をかけて俺達を救ってくれたのだ。
ならば俺達はそれを受け入れないといけない。
「セリーヌ。俺達は生きているんだ。ならわかるよな」
「カイトさん……」
俺は泣きじゃくるセリーヌを強く抱きしめた。
これからは俺がセリーヌを守らなければならない。
大した戦力にはならないけれど命をかけてセリーヌを守ってやる。
それがリーダーとしての……男としての俺の使命だ。
「セリーヌ……」
「カイトさん?」
俺は春の木漏れ日のような優しい口づけをセリーヌにした。
セリーヌは最初は戸惑っていたがすぐに俺の口づけを受け入れた。
ぷにぷにの柔らかな唇とザラザラとした舌が絡みついて来る。
それは今までに感じたことのない感触で俺の気持ちを昂らせた。
「セリーヌ」
「カイトさんとなら……」
と、俺がセリーヌの背中に手を伸ばそうとした時、シーボルトの叫ぶ声が聞えた。
「おい、カイト!エレンがいるぞ!」
「何だって!」
俺は慌てて飛び上がる。
すると、セリーヌが俺の手を掴んで呟いた。
「カイトさん、私はいつでも待っていますから」
「わかった」
俺とセリーヌは身支度を整えると慌てて甲板に躍り出た。
ちょうどシーボルトがエレンを救助しているところで俺達も手を貸す。
やっとのことで海からエレンを引き上げるとさっそく意識を確かめた。
「おい、エレン!しっかりしろ!」
大声で呼びかけてみるが返事はない。
そればかりか呼吸をする音も聞こえず死んだように横になっていた。
「人工呼吸だ!」
「おう!」
俺はエレンのブラのホックを外して胸を解放させる。
そして交差するように胸に手を押し当てながら唇を合わせて空気を送り込んだ。
肺に空気を入れるように心臓マッサージをはじめる。
すると、エレンは息を吹き返して飲んでいた海水を吐き出した。
「ゲホゲホゲホ」
「やりましたわ」
「おい、エレン!聞えるか!」
俺の呼びかけに答えることもなくエレンは目を開けない。
ただ呼吸は取り戻したようでスースーと呼吸をしていた。
「とりあえず船室へ運ぶぞ」
俺とシーボルトはエレンを抱きかかえて船室へ運んだ。
「顔色は良くないようだな」
「体も冷え切っていますし、このままでは低体温症になってしまいますわ」
「マシュー。風呂の準備をしろ!」
「わかりました、船長」
シーボルトの指示に従ってマシューは浴室へ駆け込む。
そして浴槽に水をためるとボイラーに火を点けた。
「風呂の準備が終わったら体の温まる料理を作れ!」
「はい、船長!」
「カイト。俺は船を動かす。この海域を離れないと安心できないからな」
「わかった」
シーボルトは俺達にエレンを任せると操舵室へ向かった。
「カイトさん、エレンさんの服を脱がせるのを手伝ってください」
「お、俺がか?」
「恥ずかしがっている場合ではありませんわ」
俺はセリーヌに言われるままエレンの服を脱がせる。
まあ、服って言ってもエレンはビキニアーマーしか身に着けていないから簡単なものだった。
そして裸のままベッドに横に寝かせるとセリーヌが回復魔法の詠唱に入った。
「回復魔法で大丈夫なのか?」
「回復魔法でも体力の消耗くらいは元に戻せます。ただ低体温症を治すことはできませんが」
「何もしないよりマシだ。セリーヌ、頼んだぞ。俺は湯加減を見て来る」
エレンのことはセリーヌに任せて俺は浴室へ向かった。
船の中の風呂だからとても狭かったが浴槽で横になれるくらいの大きさはあった。
浴槽の水は半分ぐらいに張ってあってエレンが横になれるようになっている。
湯加減もちょうどよく温まれるだけの温度になっていた。
「これなら大丈夫だろう」
俺は船室に戻るとエレンを背負いながら浴室まで運ぶ。
そして浴槽に横に寝かせるとエレンの肩にお湯をかけながら体を温めた。
「おい、エレン。しっかりしろ」
「カイトさん、エレンさんの体をマッサージしてください。マッサージをすれば血行が良くなりますから」
「ああ、わかった」
俺はズボンを膝まで上げると浴槽の中に入る。
そしてエレンの足を持ってマッサージをはじめた。
なるべく血管が走っている場所を刺激するようにマッサージをすればいいとのこと。
俺はエレンの足の付け根からはじめ爪先へ向かうようにマッサージをして行った。
「筋がいいですわね、カイトさん」
「そ、そうか?」
「ただ、触り方がいやらしいですけどね」
「ななな、何を言っているんだ、セリーヌ。俺は真面目にやっているんだぞ」
確かに裸のエレンを目の前にしていやらしいことを考えてしまうのは男の性だ。
だからと言って何の抵抗も出来ない意識の失っているエレンに手を出すほど落ちぶれていない。
これはあくまでエレンを助けるためのマッサージなんだ。
「冗談ですよ」
「悪い冗談はよしてくれ」
「カイトさん。もし私がエレンさんのようになったら助けてくれますか?」
「あたり前だろう。セリーヌは大切な仲間なんだ」
「仲間ですか……」
俺の言葉にセリーヌは少し寂しそうな顔を浮かべる。
何かマズいことでも言っただろうか。
セリーヌは大切な仲間だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
仲間がピンチに陥ったら全力で助ける。
それがリーダーとしての責任だ。
「カイトさんは私のことをどう思っているんですか?」
「どうって……大切な仲間だよ」
「そうではなくて、女としてどう思っているのか聞いているんです」
「そ、それは……」
女性としてもセリーヌは魅力的だ。
胸は大きいし、性格はいいし、見劣りすることが全くない。
ただ年齢の差は気になるところだけれど。
もし、セリーヌがもっと若かったら間違いなくプロポーズしているはずだ。
「やっぱり年の差が気になるのですか?」
「それもあるけどな。だけど、俺達は仲間なんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「じゃあ、さっきのあれは何だったんです?」
「あ、あれは……その……勢いでと言うか」
エレンが死んだと思って沈んでいたセリーヌを励ますつもりでしたんだ。
俺がセリーヌを守ってやらないと思ったから……。
セリーヌも受け入れてくれたじゃないか。
あれは間違いだったとでも言うのか。
「勢いでですか……。私はカイトさんのことが好きだから受け入れたんです」
「す、す、す、好き!」
「そうですわ。私はカイトさんのことを愛しています」
「ま、マジか!」
来たー、モテ期。
女子に縁のなかった俺にもとうとうモテ期が来たのか。
ただ、セリーヌはおばさんだ。
これも俺の『おばさんを惹きつける』特殊能力がそうさせているのかもしれない。
だけど嬉しい。
「カイトさんは私のことを愛していますか?」
「愛しているかなんていきなり言われても……」
「カイトさんは勢いでキスをするほど軽い男だったんですか?」
「それは……」
この流れはキスを催促している流れだよな。
セリーヌは頬を赤らめているし、距離が近い。
唇を伸ばせば届いてしまうような距離だ。
そんなウルウルとした目で見つめるなよ。
本気になってしまうだろう。
「セリーヌ。俺はお前のことが……」
「お前のことが?」
「す、す、す……」
そこまで言いかけた時、エレンが意識を取り戻した。
「全く聞いてはいられないな。おっぱじめるならとっととおっぱじめろ」
「なっ!お前、どこから聞いていたんだよ?」
「はじめっからだ」
急に俺とセリーヌの顔が真っ赤に染まる。
恥かしさと気まずさがいっぱいになって。
まさか、こんな所をエレンに見られているなんて最悪だ。
きっとエレンのことだからこれをネタに俺を強請るはずだ。
どうしよう……どうしよう……。
「それよりカイト。酒を用意しろ。酒を飲んで体を温めないとな」
「いきなりお酒なんて飲んで大丈夫なのですか?」
「大丈夫に決まっているだろう。酒は私の血液なんだ」
とりあえずここは素直に従おう。
反対でもしようものならさっきのことをネタにされるからな。
飲ませるだけ飲ませて忘れさせるのだ。
「おい、マシュー。酒だ、酒を用意してくれ!」




