あるある066 「年頃の男子をからかいがち」
夕食を囲みながら俺達はシーボルトに調査報告をすませる。
北側は森だけで他に何も見当たらなかったこと。
そして小高い山の麓で石で出来た扉を見つけたこと。
その石の扉には古代文字のようなものが記されてあったことを。
「そいつは初耳だな。マビジョガ島にダンジョンの入口があるなんてな」
「やっぱりダンジョンだと思うか?」
「ダンジョンってのはたいてい古代文字が記されているものだ。何が書いてあるのかわからないが、古代人達が迷わないように記したのだろう。おそらくその扉の向こうにはお宝が眠っているはずだ」
「だからカギが必要だってことか」
俺達の話を聞いていたキルが何か言いたげな顔を浮かべている。
「で、カギは見つけたのか?」
「いや、どこにもなかった」
「ならマビジョガ島の住人が持っていたと考えるべきか」
「明日、マビジョガ島の東側を調査するつもりだ。おそらくそこに住居跡があるはずだ」
俺はおもむろに夕食のサンドイッチに被りつく。
すると、キルが身を乗り出して俺の袖を引っ張った。
「何だ、キル。話なら後にしてくれ。今、大事な作戦会議中なんだ」
「……」
俺が不機嫌そうな顔をして言うとキルはふて腐れて黙り込む。
「しかし、島の東側に出るには山を越えなければならないぞ。回り道をしたとしても1日はかかる」
「問題はそれなんだよ。片道で1日。往復なら2日だ。調査の時間も考えると2日半はかかってしまう」
今回のクエストで用意した食料と水は5日分。
すでに2日分の食料と水は消費してしまっている。
食料の方はカジキがあるから何とかなるが、水はどうしようもない。
島の東側の調査に出掛ければ間違いなく水が底をついてしまうのだ。
いったんヤナックの港町へ戻ってから再出発する方法もあるが、それだと金も時間もかかってしまう。
残念だが俺達にそんな余裕はない。
「やっぱりいったんヤナックの街に戻った方がいいんじゃないのか?」
「それはダメだ」
「それなら水はどうするつもりだ?」
キルが俺の袖を引っ張りながら話に割り込んで来る。
「カイト。俺さ」
「お前はあっちへ行っていろ。今大事な話をしているんだ」
「何だよ、俺ばっかりガキ扱いしやがって」
キルはプリプリ怒りながら馬車の荷台へ飛び乗った。
「水の代わりに酒があるじゃないか」
「酒が水の代わりになるかよ」
「私は酒さえあれば水がなくても大丈夫だけどな」
「それはお前だけだ」
酒も温めてアルコールを飛ばせば水のようなものにはなる。
しかし、酒の味のついた水だなんて飲めたものではない。
考えただけでもマズそうだ。
アンナでもいてくれたら水の魔法ですぐに水が出来たのだけれど。
ここへ来てアンナの欠落が身に染みる。
「やっぱり島の東側の住居跡で井戸を見つけるしかないようだな」
「井戸があるのか?」
「確証はないがな」
それでも井戸がある可能性の方が高い。
かつて住んでいた島民達も水を重宝していたと予想できる。
マビジョガ島に川らしきものは見当たらない。
ならば地下水をくみ上げて利用していたことになる。
「いずれにせよ明日は島の東側に行くんだろ。なら、話はこれで終わりだ」
「勝手に仕切るなよ。リーダーは俺だぞ」
「今夜の見張りは俺がする。カイト達は明日に備えて休んでくれ」
「悪いな。何から何まで」
「これも仕事さ」
シーボルトの言葉に甘えて俺達は先に休むことにした。
俺が横になっているとキルが近寄って来る。
そして頻りに俺の袖を引っ張って何か伝えようとして来た。
「なあ、カイト。話があるんだけど」
「話なら明日にしてくれ。明日に備えて今日は早く休みたいんだ」
「大事な話なんだよ」
「大事も何も、今は早く寝ることの方が大事だ。さっさと戻って寝ろ」
「何だよ。もう教えてやらないからな」
キルはふて腐れながら自分の寝床に戻って行った。
再び目を開けた時には夜が明けてすっかり朝になっていた。
シーボルトは夜通し見張りをしてくれたようでウトウトしている。
俺は飛び起きるなり海水で顔を洗い目を覚ます。
「くぅーっ。気持い朝だな」
俺は大きく伸び上がり深く空気を吸い込んだ。
シーボルトのおかげで熟睡出来たので疲れは全くない。
そればかりか体の底から力が溢れて来てギンギンだった。
「おい、カイト。あそこまでギンギンか?ズボンが盛り上がっているぞ」
「なっ!これは皺だ。朝からギンギンになる訳ないだろう!」
「カイトさん、軽蔑します」
セリーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめて手で顔を覆い隠す。
「おい、セリーヌ。誤解だ。俺がいくら元気だって朝からギンギンになる訳ないだろう」
「そう照れるな、カイト。若い時ってのはみんなそんなものなんだ」
「何で女のお前が知っているんだよ」
朝からギンギンなのは若い証拠だ。
別にいやらしい夢を見ていたからではない。
ただ単に生理現象のひとつでしかない。
男子ならばみんな通る道だ。
「朝から騒がしい連中だな。これじゃあ居眠りも出来やしない」
「シーボルト、起きたのか?」
「お前達の出発を前に眠ってなどいられないからな」
シーボルトは火を熾しながら朝食の準備をはじめる。
パンをスライスして火にかけて焦げ目をつける。
肉は薄切りにしてチーズといっしょにパンの上に乗せる。
スープは貝の出汁でとった海鮮スープ。
全部、昨夜の残り物だ。
「それじゃあ予定の確認をする。俺とエレン、セリーヌの3人は山を越えて島の東側に向かう。シーボルトとキルはここで狼煙を上げていてくれ。島の東側に着いたら信号弾を上げる」
「信号弾は1発しかないから失敗をするなよ」
「わかってる」
信号弾は緊急用にシーボルトの船に常備されていたものだ。
海で遭難した時に信号弾を放って近くにいる船に伝える役割を持っている。
なのでどの船にも必ずひとつは備わっているものなのだ。
「夕方までには島の東側に到着している予定だ。何か質問のある奴はいるか?」
「それは順調に進めた場合ですよね。もし、予定より遅れてしまった場合はどうするのですか?」
「その時は森の中で夜を明かす。暗くなってから闇雲に移動しても迷うだけだからな」
「モンスターがいないことはわかっていても森の中で夜を明かすなんて嫌ですわね」
「そうならないように早く出発するんだ」
俺達は早々に朝食をすませて出発の準備をはじめる。
持って行くのは2日分の食料と水のみ。
荷物は返って足かせになるので最低限のものにした。
「トイプーはどうするんだ?」
「トイプーは鼻が効くから連れて行く。留守番はシーボルトとキルだけだ」
「その方がいいだろう。子犬でも何かの役には立つからな」
俺達は荷物を背負い立ち上がる。
「それじゃあ、キル。留守番を頼んだぞ」
「……わかったよ」
キルは下を向いたままつまらなそうな顔を見せた。
そして俺達は島の東側を目指して森の中へ入って行く。
鼻の利くトイプーを先頭に俺、エレン、セリーヌと続く。
目印になるシーボルト達の上げている狼煙を頼りに方角を決めながら。
まず目指すのは昨日見つけたダンジョンの入口。
ちょうど島の中心部あたりになるのでいい中継点となる。
昨日、帰る時に木につけておいた目印が役に立った。
おかげで迷うことなくダンジョンの入口まで辿り着いた。
「ここで半分だ」
「あと半分も残っているのか」
「文句を言うな、エレン。これは俺達の命がかかっているんだ」
「そもそもカイトがケチるからこう言うことになるんだよ」
「仕方ないだろう。俺達には多額の借金があるのだから。それもみんなお前のせいだからな」
俺の攻めに返す言葉を失う、エレン。
責任を押しつけられてひとりふて腐れていた。
「まあまあ、カイトさんもエレンさんも落ち着いてください。このダンジョンの中に眠っているお宝を見つければ借金もなくなりますわよ」
「その前にカギだ。カギがないんじゃダンジョンにも入れない」
「きっと島の東側の住居跡に何かしらヒントが隠されていますわ」
「そうであることを祈ろう。あと5分、休憩したら出発するからな」
俺は水筒の水で乾いた喉を潤す。
すでに水筒の水は3分の2ぐらいまになっていた。
それはエレン達も同じようでチョビチョビと水を飲んでいた。
すると、背後でカサカサと草がすれる音がした。
「何だ?」
この森には獣もモンスターもいなはずだが。
俺は物音がした方を覗き込むように見やる。
しかし、ピタリと音がしなくなり静まり返る。
何かがいる気配はするが何も見えない。
トイプーは迷わずその場所へ駆けて行った。
「おい、トイプー。何かいるか?」
「ワン、ワン!」
茂みの中からトイプーの鳴き声が聞える。
何かに怯えている様子もなくいつものトイプーの鳴き声だった。
トイプーの興味を惹くようなものがあったのだろうか。
「おい、トイプー。戻って来い。出発するぞ」
「ワン!」
俺が呼び戻すとトイプーは茂みの中から飛び出して来た。
俺はトイプーを撫でながら注意をする。
「トイプー、森の中で勝手なことは厳禁だぞ。もし、危険なことがあったら取り返しがつかなくなるからな」
「ワン!」
「よしよし、いい子だ」
その間もトイプーは茂みの中を気にしていた。
ここから先は未踏の領域。
何があるかさえわからない。
だからいつも以上に注意しながら前に進んだ。
森の中の様子は西側の森と差はなかった。
ただ人の手が加えられたような痕跡が所々に残っていた。
まず見つけたのは人が通っていたと思われる道の痕跡。
傾斜部に石畳が築かれていて壁を造っていた。
「やっぱりこちら側には島民がいたようだな」
「これだけの石畳を造れる技術があったと言うことですね」
「道幅から予想するに馬車が走っていたと見るべきか」
道幅は3メートルほどある大きな道だった。
草が生い茂っているので車輪の跡は見つけられなかったが、代わりに外れた車輪が転がっていた。
その車輪の大きさから考えるに1頭立ての馬車が走っていたことはわかる。
馬車を走らせるくらいだから何か大きな荷物を運んでいたのだろう。
「思っている以上に島は発展していたようですわね。あれを見てください」
セリーヌが指を指した方を見やると今度は風車が目に飛び込んで来た。
全長3メートルほどの小さな風車だったが100メートル間隔で設置されている。
その下は小さな小屋になっていて、中には歯車がついていた。
歯車の先には石臼が取り付けられてあり脱穀が出来るようになっていた。
「これだけの技術をマビジョガ島の島民は築いたってことか」
「もしかしたらかつては他の島と交流があったのかもしれません」
そう考えるのが妥当か。
マビジョガ島の島民だけでこれだけの技術を創りあげるのは難しい。
ガラパゴス化していたのなら独自の文化を発展させていてもおかしくないが、これは明らかにドワーフ的な技術の流れを組んでいる。
おそらくヤナックの街と交流があったのだろう。
「おい、カイト。村が見えて来たぞ」
島の東側にある集落は山の傾斜を利用して段々に住居が築かれていた。
それもただ住居を築いていたのではなく、役割ごとに分類している。
最上段は見晴らし台が設けられていて辺りを見回せるようになっている。
中段に住居が設けられてあり、たくさんの建物が立ち並んでいた。
下段は舟屋が設けられていて、海の港のような役割を持たせていたようだ。
この街並みから見てもマビジョガ島の島民は高い技術力を持っていたことがわかる。
「かつては栄華を極めていたようですわね」
「そんなマビジョガ島の島民は何で滅んでしまったんだ?」
「戦争が起こったようには見えませんから、もしかしたら流行り病かもしれませんわね」
「病気か……」
病気ならあり得ない話でもない。
とある歴史書によればコレラが発生して街が滅んでしまったと言う記録が残されている。
そんな病気は魔法で何とか出来るのではないかとも思うのだが、病気の種類によっては魔法が全く効かない。
回復魔法は基本的に傷口を塞いだり、体力を回復させたりする効果がある。
それに加えて解毒魔法は体の毒を消し去る効果がある。
しかし、病気の種類によっては毒とは判別できないので解毒魔法が効かないのだ。
「それにしては遺体がないのはどう言うことだ。島で亡くなったのなら遺骨くらい落ちていても不思議ではないだろう」
「私もその点が引っかかっていました。生き残った島民が全部埋めてしまったとは考えにくいですからね。そもそも病気が原因ならば全ての島民が病気にかかっていたと見るべきですし、最後のひとりの遺体は必ず残るはずですから」
「そんな難しい話は後回しだ。それよりも井戸を探すぞ」
「おう、そうだったな」
井戸はすぐに見つかった。
中段の住居跡の真ん中に井戸が設けられてあったからだ。
井戸も風力で組み上げる方式になっており、網目のように水路が築かれていて村中に流れていた。
今は錆び付いて動いていないが水は組み上げることが可能だった。
「これで水の心配はなくなったな」
「しかし、これではシーボルトさんの所まで運べませんわ」
「シーボルト達をこっちに呼んだらどうだ?」
その方が早いな。
だが、船を西側に置いておくことは出来ない。
出来るならシーボルト達に島を迂回してもらって船でこちらに来てほしいところだ。
ちょうど舟屋もあることだし船の停泊には困らない。
それは後の課題として、今は約束通り信号弾をあげる。
信号弾は空で青、赤、緑の三色の光を放って輝いた。
その頃、シーボルトは東の空に上がった信号弾を目に止めていた。
「カイト達、やったようだな。おい、キル。そろそろ夕食にするぞ」
辺りを見回してみるがキルの姿が見えない。
「あのガキ。まだどこかをほっつき歩ているな。これだからガキの面倒をみるのは嫌なんだ」
シーボルトは大声でキルを呼びながら辺りを探し回る。
しかし、シーボルドの声が虚しく空に響くばかりでキルは一向に姿を現さない。
「おい、ガキんちょ。かくれんぼは終わりだ。出て来い!早く出て来ないと夕飯を食わせないぞ!」
いくら呼びかけてもキルは姿を現さなかった。
ただならぬことを感じとったシーボルトは本気でキルを探しはじめる。
森の中を覗いたり、海岸線を走ったり。
まさかと思って望遠鏡で沖合を見るがそこにキルの姿はなかった。
「マズいぞ、こいつは。カイト達に知られでもしたら目もあてられない。子守も出来ないのかと責められる」
シーボルトは北側にある岩礁へ向かった。
そこは昨日、キルに貝を採らせた場所だ。
もしかしたらそこにいるかもしれないと踏んだからだ。
すると、北側の岩礁の先端にキルの姿を目にとめた。
「やっぱり、ここにいやがったか。おい、キル!戻って来い!」
大声で呼びかけてはみるがキルは一向に反応しない。
そればかりか風に揺られて規則的に動いていた。
まさか!
シーボルトが慌てて岩礁に駆け上がると、キルの造った案山子が立っていた。
「あの野郎、やりやがったな」
間違いなくキルはカイト達の後を追い駆けて行ったのだろう。
食料も水も持たずに出かけるなんて無謀にも程がある。
もう、陽が西に傾いて東の空が暗くなりはじめている。
今から森の中へ探しに出かけるのは返って危険だ。
「どうする……」
この危機をいち早くカイト達に伝えるのが一番なのだが、その術もない。
今のシーボルトに残されている方法はキルの無事を祈るだけだったのだ。
「ちくしょう」
シーボルトは拳を握りしめ悔しそうに自分の頬を叩いた。
そんなシーボルトの心配も知ることもなくキルは森の中からカイト達の様子を伺っていた。
飲まず食わずで1日歩きっぱなしだったので足が棒になっている。
そればかりか喉がカラカラで干からびてしまいそうだ。
キルはカイト達に気づかれないように建物に身を隠しながら井戸へと近づいて行く。
カイト達は井戸から離れた住居跡の庭でキャンプをしていた。
「ハアハア、水……」
キルは組み上げ式の井戸を動かそうとするがキーッと音が鳴ったので手を止める。
そして仕方なくバケツに入っていた残りの水で喉を潤した。
少し錆の味がする水はうまいとは言い難い。
けれども、乾いた喉を潤すには十分過ぎるものだった。
喉も潤うと急に安心したのかお腹がグーッと鳴った。
「お腹空いたな……」
無造作にポケットを漁ってみるが何も見つからない。
カイト達を見失わないように気の身気のままで来たから何も持って来なかった。
それが仇となってしまった。
もうお腹がペコペコで動けない。
キルはその場にへたり込んでしまう。
すると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「俺も食べたいな……」
カイト達はいつものように肉を焼きながら夕食をつまんでいる。
今夜もいつものパンと肉とチーズの食事だ。
ありきたりの食事だけれど今のキルにとってはごちそうに見える。
すでにお腹と背中がくっつきそうなまでにお腹を空かせていたからだ。
そんなキルの存在など知る由もなくカイト達は夕食を満喫していた。
「ちくしょう。こんなんじゃ生き殺しだよ」
キルは涎を垂らしながら這いつくばってカイト達の方へ近づいて行く。
見つかったらただじゃすまないことなど心配することもなく。
ただ本能の赴くままに行動していた。
すると、落ちていた枝を踏んでしまう。
パキ。
慌ててキルは起き上がり建物の影に身を隠す。
「何だ?」
「どうした、カイト。何かいたのか?」
「いいや、気のせいだ。ここには俺達しかいないからな」
「もしかしてお化けか?」
「何をくだらなことを言っているんだ。さっさと飯を食え」
カイトはふざけるエレンを遮って叱りつけた。
「ふー。危なかった」
カイト達が眠るのを待ってから食事をすませよう。
ちょこっとぐらいくすねても気づかれることもないだろう。
お腹いっぱい食べることを諦めればいいのだから。
キルはひとり空腹を凌ぎながらカイト達が眠るのを待った。




