あるある063 「値切ることに情熱を注ぎがち」
ヤナックの街は港街だけあって大盛況だった。
街の中には荷馬車が行き交い、たくさんの行商人で溢れていた。
ヤナックの街はゴルドランド王国の東の玄関口。
ここから他の国へ行くには船を使うことになる。
「大きな船だな。あれに乗るのか?」
「いや乗らない。まずはお前達を教会に預けるんだ」
「教会だって!俺は嫌だよ。このままカイト達と旅を続けていたい」
「ダメだ。さっきのレッドスコーピオン戦でもわかったろ。冒険は危険なんだ」
「だから、俺が強くなればいいじゃないか」
「お前はよくてもニムがいるじゃないか。ニムにまで危険な目に合わせるつもりなのか?」
「それは……」
俺のあたり前の言葉に反論できないでいる、キル。
ガックリと肩を落としてしょんぼりする。
これもみんなキル達のためを思ってのことなのだ。
キル達には冒険よりも勉強の方が必要になる。
俺達といっしょに旅を続けていても勉強など出来はしない。
しかし、教会であれば食事は出るし、仲間もいるし、勉強も出来る。
立派な大人になるためにもキル達は教会に預けた方がいいのだ。
「キルさん、そんなに落ち込まないでください。教会に行けばお友達もたくさんいますよ」
「俺にはカイト達がいるから、友達なんていらないよ」
キルは言葉を吐き捨てるように呟いた。
すると、エレンが思わぬことを口にする。
「キル。私達といっしょに旅がしたいか?」
「うん」
「なら、まずは強くなることだ」
「エレンに稽古をつけてもらえば強くなれるよ」
「強くなるには稽古だけじゃダメなんだ。たくさん食事をして、たくさん勉強をして、たくさん友達を作る必要があるんだ」
「友達も?」
「私達が強いのもたくさんの仲間がいるからなんだ。守りたい人が多ければ多いほど、それは力となる。だから、キルもたくさん友達を作る必要があるんだ」
エレンにしてはまともなことを言うじゃないか。
俺はてっきりキル達を冒険に連れて行くのだと思っていたぞ。
キルもエレンの説得に納得したようで何も言い返さないでいた。
「話がまとまったようだな。それじゃあ教会を探すぞ」
「大きな街です。闇雲に探すよりも誰かに聞いた方が早いですわよ」
「そうだな」
馬車を止めて近くにいた街人に声をかける。
「すみません。教会ってどこですか?」
「教会なら街の東側だ。海の見える高台にあるからすぐにわかるよ」
「ありがとう。よし、教会へ行くぞ」
さっそく俺達は高台にあると言う教会を目指した。
街人の言った通り教会は開けた高台にあった。
真っ白な石造りの建物で隣に宿泊施設が併設されている。
教会の庭では小さな子供達が追いかけっこをしていた。
俺達が教会へ着くなり子供達がいっせいに駆けて来て周りを取り囲む。
「すごい歓迎ぶりだな」
「どこから来たの?」
「お土産は?」
「ボク、チョコがいい」
「わたしはキャンディ」
子供達は目を輝かせながら口々に勝手なことを言いはじめる。
「俺達はサンタクロースじゃないんだ。あっちへ行け」
「サンタクロースって何?」
「サンタクロースと言うのは良い子にプレゼントをくれるおじいさんですわ」
「わたしも欲しい!」
「良い子にしていないともらえないのですよ」
「なら、良い子になる」
セリーヌの言葉で子供達は急に大人しくなる。
さすがはセリーヌだ。
子供の心を掴むこともうまい。
すると、教会から3人のシスターが駆けて来た。
「これ、みなさん。お客様に失礼なことをしてはいけません」
腰の曲がった年老いたシスターが子供達に注意をする。
「はい、みんな。あっちでおやつを食べましょう」
「おやつ!食べる、食べる」
「今日は何?」
「行ってからのお楽しみです」
色白の若い2人のシスターが子供達を連れて宿泊施設に戻って行く。
俺達はそれを見送りながら年老いたシスターに向き直る。
「俺はカイト」
「私はエレンだ」
「セリーヌです」
「私はこの教会でシスターをしているマーベルです」
俺達は自己紹介しながら握手をしてマーベルに挨拶をする。
マーベルは優しい笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀をした。
「それで今日はどんな御用入りで?」
「実はこいつらを預かってほしいんだ」
セリーヌの後からちょこんと顔を出す、キル。
警戒するような目でマーベルを見つめる。
すると、マーベルは聖母のような優しい笑みを浮かべた。
「お名前は?」
「キル」
「キル君ね。そちらは?」
「弟のニムだ」
「お兄ちゃんなのね」
マーベルはセリーヌからニムを受け取ると変な顔をしてあやす。
その顔を見てニムはキャッキャと笑ってみせた。
さすがはシスターだ。
赤ん坊の心を掴むのが早い。
しかし、キルだけはムスッとした顔でふて腐れていた。
「これは少ないですけれど子供達のために使ってください」
「まあ、こんなにたくさん!」
セリーヌは金貨1枚を財布から取り出しマーベルに渡した。
教会の主な活動費は寄付からなっている。
主に国や領主、貴族達からの寄付が主だ。
しかし、最近、ゴルドランド王国からの教会への支援は止まっている。
それはラビトリス王国とサイセルス王国に対抗するため軍事力を強化させているからだ。
その動きを受けて領主や貴族達の寄付も滞っていると言う。
そのためゴルドランド王国の教会は火の車になっているそうだ。
毎日、出される給食の量が減ったばかりか、赤ん坊のミルクさへ買えないでいるらしい。
「ありがとうございます。よろしかったら教会を見て行きませんか?」
「そうさせてもらいますわ」
俺達はマーベルに案内されて一通り教会を見学した。
建物こそ教会は立派な造りではあったが、所々、窓ガラスが割れていたり床がはげ落ちたりしている。
これも寄付金が少なくなったせいだろう。
女神像も大理石で造られたものではなく木彫りの安っぽさそうな像に変わっていた。
マーベルの話によれば盗賊が女神像を盗んで行ってしまったためだと言う。
「罰当たりなことをする奴も、この世の中にいるんだな」
「悲しいことですが、それが現実です」
急にマーベルの顔色が曇り悲し気な目をする。
その瞳には憎しみはなく、悲しみだけが溢れていた。
「あっちが宿泊施設か?」
「そうです。あの建物がみんなの家です。私達は虹の家と呼んでいます」
「虹の家ですか。素敵ですわね」
「みんなの未来に奇麗な虹がかかるようにと願いを込めました」
虹の家は2階建てのこじんまりとしたフラットな建物。
1階には大きなリビングと厨房、シスター達の部屋がある。
2階には大部屋がひとつだけあり子供達が寝泊まりしている。
ベッドはなく固い床の上でごろ寝をしているそうだ。
俺達が虹の家に入ると子供達はおやつを食べていた。
「あっ、サンタさん。プレゼントは?」
「プレゼント。プレゼント」
子供達はテーブルを叩きながらプレゼントを催促して来る。
「お行儀の悪いことをしてはいけません」
「だって、サンタさんはプレゼントをくれるんだよ」
「プレゼントが欲しい!」
「欲しい!」
ひとりが叫ぶとドミノのように次々に連鎖して行く。
その子供達を嗜めるように他のシスターが手を焼いていた。
「カイトさん。こんなに期待されたんじゃプレゼントしない訳にも行きませんわね」
「そんな余裕は俺達にはないぞ」
「なら、クエストをこなせばいいじゃないか」
「クエストをするなんて、俺達の予定にはないぞ」
「どうせカイトだってレベル上げをしたいんだろ?ならちょうどいいじゃないか」
それはそうだが、なぜかエレンの都合のいいように仕向けられている気がするのは偶然か。
まあ、でも俺のレベル上げは必須だ。
この先、旅を続けて行くにもレベルを上げていないと大変だろうからな。
「よし、いいだろう。クエストを受けようじゃないか」
「そうこなくっちゃ!」
俺の返事を受けてエレンはガッツポーズをする。
すると、キルが俺達の所へ近寄って来て言った。
「カイト。モンスターの討伐に行くなら俺も連れて行ってくれ」
「これは遊びじゃないんだ。ダメだ」
「俺だってニムを守れるように強くなりたいんだ。足でまといにはならないから頼むよ」
「キル君、無理を言ってはいけません。カイトさん達が困っているじゃないですか」
「他人は黙っていろ!これは俺達の問題なんだ!」
キルの暴言を聞いてカチンと来た俺はキルの頬をひっぱたいた。
「何するんだよ、カイト!」
「お前に足りないのは冷静さだ。どんな状況に追い込まれても冷静でいなければ命取りになる。それはいくら強くても同じだ。お前はここでみっちり勉強をしろ。そうすればシスター達に感謝の言葉を言えるようになるだろう」
「……カイトの馬鹿野郎!」
キルは目にいっぱい涙を滲ませながら、ひとりで虹の家を飛び出して行った。
「カイトさん。追わなくていいのですか?」
「いいんだ。キルにはあれくらいしないとダメなんだ」
教会の子供達は呆気にとられたように静まり返っている。
その空気をかき消すように若いシスター達が叫んだ。
「さあ、おやつの後はお昼寝の時間です。今日は何の絵本を読みましょうか」
「クマさんの絵本がいい!」
「えー、それは昨日呼んだじゃん。僕はネコさんの絵本がいい!」
「ミツバチさんの絵本がいいな」
子供達は絵本を片手にアリのように若いシスター達を取り囲む。
「それじゃあ順番ね。お2階へ行きましょう」
「「はーい!」」
若いシスターはこちらにウインクをすると子供達を連れて2階へ行った。
「これじゃあ毎日が大変ですわね」
「もう、戦争です」
マーベルは嬉しそうな顔をしながら小さな愚痴をこぼした。
ひとりでも大変なのに20人も面倒みているなんて頭が上がらない。
俺だったら悲鳴を上げて逃げ出しているところだ。
シスター達の仕事は思っている以上に過酷なようだ。
すると、ニムが急にぐずり出した。
「うっ、うっ……うわぁぁぁぁん!」
「はいはい。どうしましたか?おむつですか?」
マーベルはニムを上に掲げてお尻の匂いを嗅ぐ。
「うんちではないようですね」
「ニムはおっぱいが欲しいんだよ」
「おっぱいですか。うちには今、ミルクがありません。どうしましょう」
「なら天然のおっぱいをあげればいい」
そう言ってエレンはブラを上げて方乳を出す。
そしてニムを抱いて乳首にニムの口を押しあてた。
すると、ニムは勢いよくエレンのおっぱいを吸い込む。
「そうとう腹が減っていたようだな。たくさんあるからゆっくり飲め」
この光景もあたり前のようになっていた。
エレンの授乳を見ても恥ずかしくさえ思わない。
慣れとは恐ろしいものだ。
「エレンさんはおっぱいが出るんですね。うちの若いシスター達はおっぱいが出ませんからミルクを買わないといけません」
「ミルク代も俺達が稼いできてやるよ」
「本当ですか?」
「乗りかかった船だからな。何もしない方が寝目覚めが悪い」
「何から何までありがとうございます」
誇らしげに振る舞う俺を見ながらマーベルが丁寧に何度もお辞儀をした。
これは俺達のためではない。
全ては子供達のためなのだ。
この教会にいる子供達が立派な大人になれるように支援するのが俺達の役目だ。
俺達はマーベルに別れを告げて、さっそくギルドへ足を向けた。
ヤナックのギルドは洒落た造りをしていた。
昔の古い船を改築したもので建物が船の形をしている。
内装も船の装飾が残されており、酒場が併設されていた。
さっそく酒場へ足を運ぼうとするエレンを捕まえて俺達は掲示板の前へ来る。
「おい、カイト。久しぶりの酒場なんだ。ゆっくりやろうぜ」
「俺達にそんな時間はない。さっさとクエストをこなして資金を稼ぐぞ」
「ちぃ、仕方ないな。で、どのクエストにするつもりだ?」
見ると海関連のクエストが半数を占めていた。
モンスターの討伐をはじめ、貿易船の護衛、無人島の調査、海賊の拿捕など。
残りは荷馬車の護衛、荷運び、港の警護、ダンジョンの調査など陸上のクエストばかりだ。
港街だけあって海関連のクエストの報酬は意外と高い。
陸関係のクエストの相場が銅貨5枚~銀貨1枚のところを海関係は3割増しだ。
短期間で稼ぐならば迷わず海関係のクエストの方がいいだろう。
「妥当なところはモンスター討伐関係だな。シーシャークにハンマーヘッド、オクトパス、ダイオウイカ、お化け珊瑚。どれも強そうな奴らばかりだな」
「それに海上戦になることを考えとかなければいけませんわ」
「海上戦か……。エレン達は経験はあるか?」
「もちろんだとも」
エレンは誇らしげに胸を張ってみせる。
セリーヌの話によれば海上戦では陸上戦のようにはいかないらしい。
地面がないだけに基本は船の上から戦うことになる。
なので間接攻撃の弓や魔法が有効だと言う。
あいにくミゼルもアンナも今はいない。
頼れるのはエレンだが愛用の武器が壊れているから万全ではないのだ。
やっぱりモンスター討伐は避けるべきか。
「よし、決めた。今回はモンスター討伐はよそう。代わりに無人島の調査のクエストにする」
「無人島の調査だと?そんなつまらないクエストを本気でやるつもりか」
「本気だ。モンスター討伐は割に合わなそうだからな」
「いい判断ですわね、カイトさん。自分達の実力を知ることも大事ですから」
納得する俺とセリーヌをおいてエレンはひとり不満げな顔を浮かべていた。
で、その無人島とやらはヤナックの港街から南東へ行ったところにあるらしい。
貿易船の航路から外れた場所にあるのでリゾート地として開拓する予定だそうだ。
俺達はそのための現地調査に出掛けることになる。
「無人島の名前はマビジョガ島だ。報酬は銀貨5枚だからおいしいぞ」
「でも、心配ですわ。それだけ高い報酬をかけると言うことは、それだけ危険だとも言えますからね」
「まあ、それは行ってみればわかるさ」
さっそく俺達は受付をすませると旅の準備をはじめた。
調査にかける日数は3日。
マビジョガ島の往復で12時間かかる。
だから実質、調査出来るのは2日と考えた方がいい。
マビジョガ島はそれほど大きな島ではないとのこと。
なので2日あれば島を全部調査出来るらしい。
「まずは食料と水の確保からだ」
「食料と水ならば余っているモノが使えますが追加で仕入れましょう」
「そうだな」
もしものことを考えて多めにしておくことが肝心だ。
何せ向かう先が無人島なのだから余計に注意する必要がある。
急な天候不良で船を出せないってこともありえるからな。
エレンは酒の催促をして来たが、それは却下しておいた。
とりあえず確保できた食料と水は5日分。
「これだけあれば大丈夫だろう」
「後は船のチャーターですね」
船のチャーター料は船の大きさと日数によって変わって来る。
大きな船程高額で時間が増えるほど高くなるのだ。
小型船のチャーター料が銀貨5枚で、1日増える度に銀貨1枚が加算されて行く。
なのでチャーター料は総額で金貨1枚にもなる。
高い買い物だ。
「これじゃあ赤字じゃないか。どうするんだ?」
「船のチャーター料がこんなにも高いとは思っていなかったよ」
「いっそのことボートでも借りましょうか?」
俺達が港で揉めていると船乗りの男が声をかけて来た。
「船が欲しいのか?」
「ああ、そうだけど」
「なら、俺の船に乗れ。安くしておくぞ」
船乗りの男はニヤニヤ笑いながらパイプを加える。
見た感じ悪そうな奴には見えない。
30代ぐらいの小麦色の肌が似合うおじさんだ。
しいていえばシャツからのぞく二の腕はがっちりとしていて逞しい。
「いくらだ?」
「そうだな。1日銀貨1枚で受けよう」
「高いな」
「おいおい、こいつは相場よりもだいぶ安くしているんだぞ」
「全部で銀貨1枚なら買うぞ」
「冗談はやめてくれよ。それじゃあ商売あがったりだ」
エレンはがんとしたまま一歩も引かない。
さすがは年季の入ったおばさんだ。
おばさんほど値切りにこだわる人間はいない。
銅貨1枚でも安くすることに情熱を燃やすのだ。
おばさんの手にかかったらどんなものでも値切られる。
それがたとえ船のチャーター料だとしても。
「エレン。ちょっと値切り過ぎじゃないのか」
「こう言うのはな。言ったもん勝ちなんだよ。まあ見ていろ」
エレンは得意気な顔をしながら値切りの交渉を続ける。
「さあ、どうするんだ?」
「どうするもこうするも……ううう」
エレンはハッタリをかましながら船乗りの男に詰め寄る。
船乗りの男は助けを求めるようにマジマジと俺達を見やった。
俺達は小さく首を横に振ってノーのサインを送り返す。
「いやならいいんだぞ。他をあたるから」
すると、根負けしたのか船乗りの男が折れた。
「だーぁ、わかった!俺も男だ。銀貨1枚で受けようじゃないか。それでどこまで行くつもりだ?」
「マビジョガ島だ」
「あの死の島へ行くのか!止めておけ、あそこへ行った者は二度と戻って来れないと噂されている危険な島だぞ」
「本当なのか?」
「ああ、俺達船乗りの間では有名な話だ」
「でも、リゾート地を開拓するんだろ。そんな危険な場所で大丈夫なのか?」
「お偉方の考えることだからな。俺達船乗りの言葉なんて聞く耳を持っていないのさ」
船乗りの男は呆れ顔で愚痴をこぼした。
この男の話が本当だとするとこのクエストは非常に危険なものになる。
人をも寄せ付けない危険な島なら、何が待ち構えているのかさえわからない。
もしかしたら新種のモンスターが生息してるのかもしれない。
しかし、報酬の銀貨5枚は捨てがたい。
報酬をとるか危険をとるかの2択だな。
「私はもちろん賛成だ」
「私は別のクエストにした方がよろしいかと思います」
「俺もあまりお勧めはしないぜ」
「カイトはもちろん賛成だよな」
エレンが嬉しそうに俺の肩に手を回して来る。
「よし、わかった。マビジョガ島の調査へ行こう!」
「本当にいいんだな?」
「ああ、頼むよ」
「わかった。俺も海の男だ。マビジョガ島まで案内しようじゃないか」
船乗りの男は誇らしげに手を差し伸べて来る。
俺はその手をとり固く握手をした。
「俺はシーボルトだ」




