あるある061 「子供の教育はきっちりとしがち」
あてもなく旅に出て、すぐに後悔する。
馬車を走らせてから小一時間。
何も変わり映えのしない砂漠地帯をひたすら彷徨っていたのだ。
「おい、カイト。さっきから同じところをグルグル回っているだけじゃないか?ぜんぜん景色が変わらないぞ」
「おかしいな。そろそろ砂漠を抜ける頃なんだけど」
俺達はゴルドランド王都を出て来てから北を目指した。
地図によればゴルドランド王都から1時間ほど馬車を走らせればヘルフォース砂漠地帯を抜けられるなのだが。
しかし、俺達は今だ砂漠地帯の中にいた。
「カイトさん、羅針盤で今いる場所を割り出してみてはいかがですか?」
「さっきからやってみてるんだが太陽の位置が定まらないんだよ。軸がぶれて測定できない」
「そんなことがあるのか?太陽の位置は変わらないだろう」
「俺にもわからないよ。でも、測定は出来ないんだ」
「まったくカイトは頼りにならないな」
キルは呆れ顔でボソリと愚痴をこぼすと荷物に背を預けた。
原因はわからない。
何かしらの磁場が発生しているのか、太陽光が何らかの力で屈折しているのか。
推測できることはたくさんあるが、それを裏付けるだけの証拠はない。
まあ、いずれにせよ羅針盤が頼りにならなくなったことは事実だ。
「これからどうするんだ?方角がわからなければ進みようがないぞ」
「いったんゴルドランド王都へ引き返してはいかがですか?」
「引き返すって言っても今どこにいるかもわからないのに戻れるとは限らないぞ」
普通なら来た道を引き返すのがいいのだが、ここは砂漠地帯だ。
目印になるものもなければ、足跡は風でかき消されてしまっている。
「俺達、迷子になっちゃったんだよ。あーあ、これもみんなカイトのせいだな。カッコつけて目的地を決めなかったからいけないんだ」
「何を今さら言っているんだ。お前達も反対しなかったじゃないか。俺のせいだけじゃない」
「責任転換するなよ。カイトはリーダーなんだから責任をとれよな」
キルの心無い言葉に返す言葉も見つからない。
確かにあてもなく旅立とうと決めたのは俺だ。
責任も俺にある。
ただ、こうも責任を丸投げされると抵抗したくなってしまう。
俺達はチームなんだ。
だから、これはみんなの問題なのだ。
「わかった。そうまで言うなら責任をとろうじゃないか」
「何だよ、急に素直になって」
「これからどこへ向かうかはこれで決める」
俺は馬車の荷台にあった棒を手に取り掲げる。
「これでって、その棒で何をするつもりだよ」
「フフフ。こうするんだよ」
砂の上に棒を垂直に立てて、そのまま手を放す。
すると、棒はバランスを失って右側に倒れた。
「よし、向こうへ行くぞ」
「おい、そんな適当なことでいいのか!」
「運を天に任せることも時には必要なんだよ」
「運を天に任せるって、これには俺達の命がかかっているんだぞ。もっと真面目にやれよ」
俺はひとり憤っているキルの肩を叩いて宥める。
「安心したまえ、キルくん。俺はツイている男なんだ。だから俺に任せておけば大丈夫だ」
俺はある意味ツイている。
エレン達と出会ったこともいっしょに冒険をはじめたことも。
普通に考えれば悪夢と呼べる出来事なのだが、裏を返せば逆転する。
最悪が最良に変わり、最低が最高に変わるのだ。
だから俺はツイている。
「カイトがあんなことを言っているぞ」
「カイトさんが決めたことですから私は従いますわ」
「まあ、こういうのもいいだろう」
さすがばおばさんだ。
切り替えも早い。
それに対してキルは納得がいかないようで、
「本当にいいのかよ。カイトの腕に俺達の運命がかかっているんだぞ」
ひどく狼狽えながらエレン達に詰め寄っていた。
そんなこんなで俺達は神(棒)が示した方角へ旅立つことに。
ただ、行けども行けども景色は変わり映えがしない。
辺り一面、小麦色の砂の海に覆われていて渇きだけが襲って来た。
「おい、キル。水は大事に飲め」
「だってよ。喉がカラカラでしかたないんだよ」
「それはみんな同じだ。我慢しろ」
「我慢しろって、カイト達にはお酒があるじゃないか」
「これは大人の特権だからな」
俺はお酒の樽を叩きながら得意気に振る舞う。
「そんなのズルいよ。自分達だけ」
「なら、キルも飲んでみるか?」
「いけませんよ、エレンさん。幼いうちからお酒を飲むのはよくありません」
「ちょっとぐらいなら大丈夫だ。ほれ、飲んでみろ」
エレンはワインの入ったコップをキルに差し出す。
キルは恐る恐るコップを受け取りながら鼻をクンクンさせて香りを確かめる。
「どうだ、うまそうな匂いだろう」
そしてエレンに薦められるままワインを一口口に含んだ。
すると、顔を顰めながら舌をぺろりと出す。
「何、この味」
「それが酒の味だ。うまいだろう」
「うまいと言うか複雑な味だな」
まだまだ子供に酒の味がわかるのは早いと言うこと。
俺でさえお酒を飲んだのは12歳になってからだ。
あれはガッシュとセントルース騎士団学校を探検していた時。
校長室で偶然に見つけた酒をこっそり二人で試飲した。
何の酒かわからなかったけれど口に含むとカァーと喉が焼けて。
すぐにアルコールが回ってフラフラになってしまった。
味は全く覚えていない。
ただ、その後、酷い吐き気に襲われたことだけは記憶している。
「はい、そこまでです。キルさんはお水で我慢してください」
「そうしておくよ」
セリーヌはキルから酒の入ったコップを取り上げると水の入ったコップを渡した。
「それを飲んだら出発するぞ」
「もう、出発か?」
「陽が落ちる前に少しでも前に進んでおきたいからな」
炎天下の中、俺達は休み休み前に進んでいた。
直射日光に晒されながらの旅は体力を奪って行く。
それは馬も同じで酷く疲れた様子を浮かべていた。
なので水は俺達と馬達とで分け合った。
おかげで水の入った樽も半分になってしまっていた。
「しかし、こうも暑いと水浴びでもしてさっぱりしたいな」
「そうですわね。汗でべとべとですからシャワーですっきりしたいですわ」
「贅沢を言うな。ここは砂漠なんだ。水なんてある訳ないだろう」
「そうは言ってもな。これじゃあ干からびてしまうぞ」
確かにどこかで水を補給しないと持ちそうにもない。
馬分も考慮していなかったことが原因なのだが。
しかし、砂漠で水がある場所なんて聞いたことがない。
なにせヘルフォース砂漠地帯は死の砂漠と呼ばれているぐらいだから何もないのだ。
すると、キルが突然叫んだ。
「おい、カイト。あっちに何か見えるぞ」
キルが指を指した方向を見やると街のような建物が砂漠の中で揺らめいていた。
「街のようだな。しかし、地図には何も書いてないぞ」
「あれは蜃気楼ですよ」
「蜃気楼?」
「太陽光と空気中の粒子の関係で見える幻ですわ。遠く離れた街の幻影が見えているのです」
蜃気楼は砂漠や海で見られる自然現象だ。
あたかもそこに街があるかのように幻影が見える。
なので蜃気楼に迷わされる旅人も少なくない。
セリーヌが指摘してくれなかったら俺達も引っかかるところだった。
「このまま真っすぐに進むぞ」
「いいのか。あそこに街があるのに」
「あれは幻影だ。惑わされるな」
「でもよ。人も見えるぞ」
「何!本当か?」
望遠鏡を使って覗き込むと人の姿を捉えることが出来た。
数名の人と荷馬車が3台ほど見て取れる。
だが、しかし、蜃気楼に人が映るなんてことはあるのか。
しかも、動いている人が。
「セリーヌ、あれは本当に蜃気楼なのか?」
「断言はできませんけれど蜃気楼可能は高いと思います」
「カイト。迷っているのなら行ってみたらどうだ?」
「そうだよ。行って確かめた方が早いよ」
「ただ、蜃気楼だった場合は無駄な体力を使うことになるんだぞ。ただでさえ過酷な状況なのにそれに加えて体力を奪われたとなっては目もあてられない」
俺が判断に迷っているとセリーヌが提言をした。
「カイトさん、行きましょう。あれが仮に蜃気楼だったとしても無駄にはなりませんわ。蜃気楼が見えるってことは近くに街があるってことですから」
「……わかった。あそこへ行って確かめるぞ」
「そうこなくっちゃ」
乗り気のキルに比べて俺は期待半分、不安半分だった。
できればあれが蜃気楼ではなく街であって欲しい。
そして水があることを強く望んでいる。
すでに水は半分になってしまっているのだから。
旅を続けるにも少し心もとない。
どこかで補給しなければ砂漠を越える前に尽きてしまうだろう。
「やっぱりあれは街だよ」
街へ近づく度にそれが蜃気楼ではないことに気がついて行く。
蜃気楼であれば陽炎に揺らめいて輪郭がはっきりとしないのだが、あれは違う。
そこに競り立っているかのようにしっかりと地面に足をつけている。
それに街だけでなく緑もちらほら見てとれた。
植物があると言うことは、そこに水があることを表しているに他ならない。
俺達は期待を膨らませながら街へ近づいて行った。
街は周囲300メートルほどの小さな街だった。
石造りの建物が広がり中央に大きな水たまりがある。
水は地下から湧き上がっているようで循環していてキレイだった。
周囲の木々の影に馬車が3台置いてあって行商人達が休息をとっていた。
「あんたらもここへ来たのかい?」
「そうだ。それより、ここはどこなんだ?」
「ここは地図にも載っていないヘルフォース砂漠のオアシス、マグナルだ」
砂漠の中にオアシスがあることは普通だ。
どういう具合でオアシスが出来たのかはわからないが、水があることが要因だと言う。
マグナルは建物もあることから、かつてここに人が住んでいたと言うことがわかる。
なぜ廃墟になってしまったのかまではわからないが。
とりあえず助かった。
「ここは地図で言うとどのあたりになるんだ?」
「そうだな。ゴルドランド王都から東に行った、この辺りだろう」
行商人が指したポイントはヘルフォース砂漠の東側の中間地点。
このまま真っすぐに東に進めば港町ヤナックがある。
俺達の進んで来た道は間違いなかったようだ。
さすがは俺。
ツイている男は違うな。
「おい、カイト。あっちに水たまりがあるぞ」
「そこの水は新鮮だから飲めるぞ。ここで水の補給をしておくといい」
「そうさせてもらうよ。キル、お前も手伝え」
「ったく。これからひと泳ぎしようと思ったのによ」
「ブツクサ文句を言うな。これも大事な仕事だ」
馬車に乗せてあった水樽を降ろして水たまりへと運ぶ。
そして桶を使って水を組み上げると樽の中へ移し替えた。
その間、エレンとセリーヌはニムを連れて水浴びをしていた。
さすがに人目も憚れるので水を汲んで建物の影に隠れながらだが。
それでも汗を流せてスッキリしたようだ。
「やっと終わったな」
「ふー。くたびれた」
「カイト達も汗を流して来い」
「そうさせてもらうよ」
俺とキルはタオルを持って、そのまま水たまりに飛び込む。
水温は29度程度あって熱くなった体にはちょうどいい温度。
キルとトイプーは気持ちよさそうに水たまりではしゃいでいた。
俺達が汗を流している間、エレン達は食事の準備をはじめる。
食事と言ってもパンを切り分けて肉やチーズを乗せるだけの簡単なものだが。
それでも空腹を満たすには十分過ぎる料理になった。
「ごはん、ごはん!」
「おい、キル。こんなところに服を脱ぎ捨てるな」
キルはびしょ濡れになった服を脱いでそこらに放り投げる。
そしてすっぽんぽんのままセリーヌ達のところへ走って行った。
「おっ、カワイイ象さんじゃないか」
「象さんだなんて。早く体を拭いて下さい。風邪をひきますわよ」
キルはセリーヌに体を拭いてもらいながら代わりの服に着替える。
こんな風に振る舞えるのは幼いからなせる技だろう。
俺がこんなところですっぽんぽんになったら悲鳴ものだ。
「カイト。お前も裸になりたいのか?いいぞ、見せてくれお前の象さんを」
「な、何を言っているんだ、エレン。俺はそんな変態じゃない」
「カイトは十分に変態だけどな」
いつから俺が変態になったんだ。
俺程まともな人間はいないだろう。
変態なのはエレンの方じゃないか。
露出狂だし、羞恥心はないし、おまけに自分勝手だ。
『方乳の剣士エレン』と言う変な異名もついているくらいだし変態の称号はエレンにこそ相応しい。
これからエレンは変態おばさんと呼ばせてもらおう。
「カイトさんも着替えてください。風邪をひきますから」
「サンキュー」
俺は馬車の影に隠れて着替えをすませる。
そして濡れた服を干すとさっそく食事についた。
「今日は馬肉のサンドイッチを用意しましたわ。どうぞ召し上がってください」
「それじゃあ――」
いただきますを言いかけた時、キルが先陣を切った。
「もらうよ」
そう言ってキルは猿のように馬肉のサンドイッチに手を伸ばす。
それを制するようにセリーヌはキルの手を叩いて落とした。
「何すんだよ、セリーヌ?」
「食事と言うのはみんなでいただきますをしてから食べるものなんです。キルさんはマナーがなっていません」
「マナーが何だよ。お腹いっぱいになればそれでいいだろう」
「それじゃあダメなんです。立派な大人になるにはちゃんとマナーを身に着けておく必要があるんです」
ひとりふて腐れているキルを諭すようにセリーヌが嗜めると、俺も加勢する。
「セリーヌの言う通りだ。マナーは人を大きくしてくれるんだぞ。キルが立派な大人になれるように俺達も応援するからな」
「わかったよ。でも、エレンはどうなんだ?」
俺達の努力を無駄にするかのようにエレンはいただきますもせずサンドイッチに被りついていた。
お前な……。
「エレンさんは悪い見本を見せてくれたのですわ。ですよね、エレンさん?」
「まあ、その何だな。マナーなんてそのうち身に着くさ」
キルの前にエレンのマナーを何とかしないといけないようだ。
子供は周りの人間の影響を受けやすいから余計に注意が必要だ。
エレンのような非常識な大人になってしまったら取り返しがつかなくなるからな。
「エレンはほっておいていただきますをしよう。いただきます」
「いただきまーす」
俺が胸の前で両手を合わせるとキルも同じように両手を合わせる。
そしていただきますをしてから馬肉のサンドイッチに被りついた。
馬肉は歯ごたえがあって噛めば噛むほど味が滲み出て来る。
いっしょに添えたチーズのコクが味にプラスされ、この上のないハーモニーを作った。
トイプーは馬肉でニムはエレンのおっぱい。
それぞれがそれぞれの食事を楽しんでお腹いっぱいになった。
「一息ついたらキャンプの準備をはじめるぞ。今日はここに泊まるからな」
「それはいいけどキャンプの準備って何をするんだ?」
「寝床の準備と火熾しだな。灯かりは必要だからな」
「でも薪がないぞ」
辺りを見回しても薪になりそうな木は落ちていない。
そればかりか落ち葉すら見当たらないのだ。
すると、行商人のおやじがやって来て油を差し出して来た。
「こいつを使うといい。焚火にはならないがランプくらいなら灯せる」
「ありがとう。助かるよ」
「困った時はお互いさまさ」
こう言う場合の人との交流はありがたいものだ。
困っていたらすんなりと手を差し伸べる。
旅人ならではの気使いだ。
キルにもこう言う大人になってもらいたい。
俺達はランプに油を入れてキャンプの準備をはじめる。
寝床は寝袋を並べて置いただけの簡易的なもの。
砂漠の上だからそれだけで十分だ。
砂が自然のクッションになってくれるからちょうどいい。
後は見張りの順番を決めるだけだ。
「見張りは俺、エレン、セリーヌの順番でいいよな」
「見張りなんて必要か。この辺りには何もないぞ」
「何もないから危険なんだよ。いつ盗賊が襲って来るかもわからないからな」
「警戒するに越したことはありませんわ」
何もない場所だと返って目立つものだ。
とりわけ夜となれば灯かりを灯すから余計に見つかりやすい。
だから、盗賊対策はしておかなければならない。
すると、キルが気を利かせて呟いた。
「俺はいいのか?」
「お前はまだ子供だから見張りはしなくていいよ」
「そうですわ。私達がしますから安心してください」
「そうか……」
急にしょんぼりとするキルを見てエレンが尋ねた。
「キルも見張りをしたいのか?」
「俺だってカイト達の仲間だからな。力になりたいと思ってさ」
「その気持ちだけで十分だ。その代り、いざとなったら頼りにするから準備しておけよ」
「本当か!任せておけ。カイト達の役に立ってやるから」
キルもキルなりにカイト軍団のことを考えているようだ。
それはそれだけキルが大人になったと言っても過言でないだろう。
自分のことだけでなく他の人のことも考えられるようになったことが何よりの証拠だ。
それは嬉しくもあり誇らしくもあった。
「あと、言っておくがエレンは酒を飲むなよ」
「何でだよ?」
「お前は飲むと止まらなくなるからな」
「酒を飲まずに見張りなんてやってられるかよ」
「それでもダメだ。見張りは遊びじゃないんだからな」
ベロンベロンに酔っぱらって見張りをされたものなら俺達の命も危うくなる。
酒は注意力を散漫にさせるだけでなく判断力も鈍らせる。
エレンには口を酸っぱくして言い聞かせる必要がありそうだ。
「わかったよ。飲まなければいいんだろう」
「やけに素直じゃないか?」
「私も子供じゃないからな。そのくらいの約束は出来る」
その言葉がどこまで本気なのかわからないが、今は納得しておこう。
そして帳が降りて夜を迎えた。
行商人達は見張りを立てて早々に休息をとる。
エレン達もそれに習うように眠りにつく。
俺はひとり見張りに立つ。
夜の砂漠は静かなもので砂が風に揺られる音まで聞こえて来る。
その心地よい音色を聴きながら周囲の警戒にあたった。




