あるある042 「イケメンにコロッといきがち」
言うまでもなく、エレンは二日酔いになっていた。
あれだけ大量に酒を飲んだのだから無理はない。
デルモンドと二人だけで酒場の酒を半分も空にしてしまった。
いくら大酒飲みだからと言っても限度があるだろう。
エレンにはしばらく酒を自重してもらわないといけない。
お金もないことだし余計に借金を増やしても仕方がないからな。
エレンはベッドの上で頭を抱えながら悶えていた。
「エレンさん、大丈夫ですか?」
「セリーヌ、話しかけるな。頭が割れそうだ」
「昨日、調子に乗って飲むからいけないんだ。少しは反省しろ」
「おい、カイト。喋るな。頭が割れる」
これは重病だな。
「コロセウムの登録には俺とセリーヌで行って来る。お前は今日一日ゆっくり休んでいろ」
「そうさせてもらう……」
俺とセリーヌはトイプーを連れて宿屋を後にする。
少しの物音でも頭に響くようでエレンは布団を被って耳を塞いでいた。
これで少しは酒を控えるだろう。
今まではどんなに飲んでも二日酔いにはならなかったから調子に乗っていたのだ。
いいお仕置になったようだ。
俺達はコロセウムに行く前にギルドへ立ち寄った。
もちろんサンドグリップ盗賊団のリーダーを倒した報酬をいただくため。
クエストに挙がっていたのはサンドグリップ盗賊団のアジトの調査と盗賊団の壊滅のクエスト。
リーダーを倒しただけでは正式にサンドグリップ盗賊団を壊滅させたことにはならないが、それでもそれ付随する成果だと言うことで特別報酬が出た。
特別報酬はなんと金貨1枚。
しかし、1ヶ月分の宿代にはほど遠い。
「やりましたね、カイトさん」
「金貨1枚だけじゃな」
「ないよりマシですわ」
それを言ってはそれまでだ。
何かうまい具合に増やせる手段でもあればいいのだけれど。
エレンには絶対に優勝してもらうつもりでいるが、もしもの保険も必要だ。
すると、ギルドにいた冒険者達がコロセウムの話で盛り上がっていた。
「お前は誰に賭けるつもりだ?」
「俺はもちろん首狩りのジーザスだ」
「あんな奴に賭けるのか。冷酷非道な嫌われ者じゃないか」
「だからいいんだよ。不人気だとオッズも高いしな。大穴狙いってやつだ」
「賞金目あてか」
「お前は誰にしたんだよ」
「俺はもちろん優勝候補の孤高の騎士ガイアだ。オッズは低いが確実だからな」
「それじゃあギャンブルの面白みがないじゃないか」
「そんなもの勝てばいいのさ」
コロセウムは闘技をする場所じゃないのか。
賭けがあるなんて初耳だ。
「おい、兄さん。その話、もうちょっと詳しく聞かせてくれ?」
俺は冒険者達にコロセウムの賭けについて教えてもらう。
ルールはシンプル。
誰が優勝するかを賭けるのだ。
オッズは人気があるほど低く人気がないほど高く設定されている。
人気は強さとは関係ないので大穴を狙いやすいのも特徴だ。
しかし、公式に認められている訳ではないので取り締まりの対象にもなっている。
とは言ってもコロセウムは多くの金を落とすので事実上、ゴルドランド王国も黙認しているとのこと。
コロセウムに行けば元締めがいるので、そこで賭けを出来るとのことだ。
これはうまい儲け話を聞いた。
「セリーヌ、コロセウムに行くぞ」
「カイトさん、もしかして賭け事をするつもりですか?」
「これも俺達のためなんだ。エレンにはがっつり働いてもらおう」
初出場だしエレンのオッズは高いはず。
エレンに賭ければ優勝賞金も賭けも丸儲けって算段だ。
これは美味しくなって来たな。
「あれがコロセウムか」
前を見やると石造りの円筒形の建物が目に入る。
何かで崩れたのだろうか建物は造りかけの状態になっていた。
俺が建物に見惚れているとセリーヌが説明をして来た。
「これはわざとこうしてあるのですよ。建物を未完成にすることで前進していることを表現しているのです。コロセウムは未来永劫、滅びることがないようにと設計者であるマクエルが願いを込めたのですわ。今では歴史的価値のある建物として認定されていますの」
「へ~。セリーヌは物知りだな」
セリーヌは照れくさそうに懐からパンフレットを取り出してぺろりと舌を出す。
何だ、パンフレットの受け売りだったのか。
まあ、これだけの立派な建物なんだ。
歴史的な価値があるのも頷ける。
ゴルドランド王国は試合だけでなくコロセウムそのものを観光名所に指定しているくらいだ。
力の入れようが伝わって来る。
「まずは登録をすませておこう」
コロセウムの入口へ行くと冒険者達が列を作っていた。
みんなコロセウムに出場するらしく受付をしている。
登録は簡単な手順で進む。
まずは名前と職業の記入。
後は使用する武器の申請だ。
武器は何を使っても構わない。
大剣だろうが杖だろうが何でもいいのだ。
それに魔法使いでもプリ―ストでも参加できる。
戦えれば誰でも挑戦できるのだ。
男も女も大人も子供も関係ない。
ただし年齢制限があって16歳以上と言う条件がつけらている。
16歳以上なら上限は何歳でも構わない。
並んでいる冒険者の中には老戦士の姿もちらほら見えた。
「あんなご高齢の方も参加するのですね」
「年寄りの冷や水にならなければいいけどな」
俺が老戦士を見ながらボソリとこぼすと後ろに並んでいた白髪の老戦士が俺の頭を小突いた。
「年寄りの冷や水とはなんじゃ。お主のような小僧に負けるワシではないぞ」
「痛てっ。いきなり何をするんだよ、ジイさん」
「ジイさんとは何じゃ。ワシはシドじゃ」
シドはギロリと睨みつけると俺を舐め回すように見やる。
そしてふーと軽くため息をこぼした。
「お主は初心者じゃな」
「初心者じゃ悪いかよ」
「初心者が勝てるほどコロセウムは簡単ではないぞ。予選で敗退するのが目に見えているわ」
「そんなのやってみなければわからないだろう」
「初心者はみんなそう言うのじゃ。心意気は買えるが実力が伴わない。出場するだけ無駄じゃ」
シドは呆れ顔で大きなため息をこぼした。
その態度は頂けないな。
出場しようとしている俺に失礼じゃないか。
確かに俺は初心者だが穴土竜を倒したことのある初心者なんだぞ。
まだ、必殺技もスキルも覚えていないことは付け加えておくが。
「そう言うジイさんはどうなんだよ。見たところ70代だろ。そんな体で戦えるのか?」
「もちろんじゃ。ワシくらいのレベルになると気力だけで戦えるようになる。それに経験は折り紙つきじゃ」
確かに経験だけは豊富だろう。
何せ60年あまりも冒険を続けて来たのだから。
いやでも強くなっているものだ。
しかし、体は追いつかないはず。
どんな手練れでも老化には逆らえない。
シドも細身の体で血管が浮き出ている。
見るからにひ弱そうな体つきだ。
「ジイさんも予選で敗退だな」
「ぬかせ。ワシは今年こそ優勝するのじゃ」
「今年こそって、いつからコロセウムに出場しているんだよ」
「そんなの決まっておるわ。16歳からじゃよ」
16歳って、俺と同じじゃないか。
しかも毎年出場していたのならば最低でも60回ぐらいは出場していたはず。
それでも一度も優勝したことがないのは虚しい。
おそらく死ぬまでコロセウムに出場するつもりかもしれない。
コロセウムが墓場にならないことだけを祈ろう。
「まあ、ジイさんも頑張れや。俺は俺で頑張るから」
「ぬかしておれ。優勝はワシじゃ」
こうも気風のいいジイさんも珍しい。
ジイさんと言えばゲイルの街のベルツが思い当たるが、どちらも気が若い。
スケベジジイのベルツに比べたらシドはまともなジイさんだけど負けん気だけは人一倍強い。
それはこれまでに何度も敗退して来たことが原因だろう。
そんなやりとりをしている間に俺の順番が回って来た。
「コロセウムに出場するのははじめてですか?」
「そうです」
「それじゃあ、こちらに名前と職業を記入してください」
俺は受付嬢に言われるまま登録用紙に名前と職業を記入する。
「それと使用する武器はそちらの小剣でしょうか?」
「そうです」
「では、こちらの申請書にサインをお願いします」
申請書に武器名を記し、その下にサインをする。
「これで登録は以上になります」
「随分、簡単なんだな」
「出場者が多いですから。では、簡単にコロセウムのルール説明をします。コロセウムではまずトーナメント戦の出場者を決めるため予選を行います。予選の勝利条件は最後までステージ上に残っていることです。なので相手を倒さなくても勝利することが出来ます。予選でトーナメント戦に出場する12名を決めます。トーナメント戦は1対1の勝負になりますが、優勝決定戦だけは巴戦になります。単純に相手を倒すだけでなく、知的な戦略が必要になって来るので優勝決定戦に相応しい戦いとなります」
「巴戦か。面白そうだな」
1対1の対戦ならばどちらが勝つか分かりやすいが巴戦ともなれば予想が困難だ。
狙いを一人に絞って共闘することも考えられるし、裏切ることも出来る。
どう戦術を立ててどう戦うのか駆け引きがカギになるだろう。
エレンはあまり考えないで戦いをする方だから巴戦は不利かもしれないな。
でも、何としてでも優勝してもらうつもりでいるけれど。
エレンの出場登録は代わりにセリーヌがすませてくれた。
俺達はその足で試合会場を見学することに。
円筒形の会場の中央に円形のステージが設置されている。
それを取り囲むように観客席が広がっている。
この会場が全て埋め尽くされたら、すごい歓声が聞えるだろう。
想像しただけでも身震いが起きる。
「あそこから入場するようですわね」
見ると丸いステージを十字に切るように通路が伸びている。
それは東西南北に敷かれていてコロセウムが羅針盤のようになっている。
これは昔からゴルドランド王国に伝わるもので東は誕生、西は成熟、南は再生、北は死を意味している。
なので出場者は北以外から入場して来る。
俺とセリーヌはステージ上に立ち会場を見渡す。
「ここで戦うのですね」
「ああ。今から興奮して来るよ」
「カイトさんなら勝てますわ」
「俺はやるぞー!」
俺が両手を空に掲げて雄たけびを上げていると柄の悪い三人組がやって来た。
ひとりはスキンヘッドの大柄の大男。
もうひとりはでっぷりとした髭面の男。
最後のひとりは細身で高身長の男。
セリーヌといた俺を見るなり罵りはじめる。
「何だ。野良犬が吠えているぞ」
「ママー。おっぱいくださいってな」
「ガハハハ。ウケる」
ムッとしたがこういう輩は無視するに限る。
俺はセリーヌを連れて立ち去ろうとすると三人組が前に立ちはだかった。
「おっと。どこへ行くつもりだよ。話は終わってないだろう」
「話って何だよ」
「カイトさん。相手にしてはダメですわ」
スキンヘッドの男に食いかかろうとする俺を制する、セリーヌ。
トイプーを抱きかかえながらスキンヘッドの男を睨みつける。
すると、スキンヘッドの男がセリーヌを舐め回すように見やる。
「よく見ると随分とべっぴんさんじゃないか。おい、お前達、押さえつけろ」
「キャァ!何をするんですか!」
でっぷりとした男と細身の男がセリーヌを羽交い絞めにする。
「おい、お前達。セリーヌをどうするつもりだ!」
「こうするんだよ!」
そう言ってスキンヘッドの男はセリーヌの服を切り裂いた。
セリーヌの服はビリビリに破れて中から艶やかな白い肌が露わになる。
「うひょー。こいつはいい眺めだ」
「ゲルトの兄貴、俺達にも楽しませてくださいよ」
「待っていろ、まずはもう少し眺めをよくしてからだ」
ゲルトがセリーヌの服を掴むとトイプーが腕に食らいついた。
「離せ、この野郎!」
「グルル」
「犬の癖に生意気な」
ゲルトはトイプーの首根っこを掴むと強引に引き剥がした。
トイプーは大きく吹き飛ばされて地面に転げ落ちる。
「キャン!」
「トイプーちゃん!」
この野郎、人が大人しくしていたら調子に乗りやがって。
3人だからっていい気になるなよな。
俺は小剣を引き抜いてゲルトに切っ先を向ける。
「セリーヌを離せ!」
「何だ、小僧。俺とやる気か?」
「カイトさん、いけませんわ。ここで騒動を起こしたらコロセウムに出場出来なくなりますわ」
コロセウムは神聖な闘技なので出場者にも節度が求められる。
問題を起こした者はもちろん出場は取り消しとなる。
そのため出場者は他の出場者と合わないように宿を変えているくらいなのだ。
「そんなことはどうだっていい。今はセリーヌの方が大事だ」
「カイトさん」
「小僧。ヒーロー気取りか?そんなちっぽけな剣で俺をやれるとでも思っているのか?」
ゲルトは俺の倍の大きさはある。
背負っている戦斧も巨大なもので重さは30キロほどあるだろう。
それを片手で軽々と持ち上げて構える。
「どうした?怖気づいたのか?」
「んな訳あるかよ」
「そっちから来ないのならこっちから行くぞ!」
ゲルトは巨大な戦斧を振り上げて俺を目掛けて打ち下ろす。
こう言う奴に限ってパワーは凄いけど動きは鈍いものだ。
初心者の俺でも悠遊に攻撃をかわすことが出来た。
「それじゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぜ」
体制の崩れているゲルトへ目がけて切りかかる。
すると、細身の男が足を掛けて俺を転ばせた。
「うわぁっ!」
俺は勢い余って前にダイブしてしまう。
しかも、小剣が手を離れて遠くに転げ落ちてしまった。
「カイトさん!」
「くうぅ……」
「野良犬は所詮、野良犬だな」
ゲルトはここぞとばかりに俺の腹に何度も蹴りを加える。
「もう、止めてください!カイトさんが死んでしまいますわ!」
「止めてもらいたいなら裸になって土下座をしな。ゲルトさま許してくださいと命乞いをしろ。そうしたら許してやる」
「セ、セリーヌ。そんなことはするな。俺は大丈夫だ」
「お前は黙ってろ!」
「グフォッ!」
ゲルトの一撃が俺の腹にクリーンヒットする。
こんな痛みは初めてだ。
内臓が押しつぶされたように激しい痛みが込み上げる。
呼吸をしても咳き込むばかりで酸素が体に届かない。
こんな時、エレンがいてくれれば……。
でも、今は俺が何とかしなければならない。
なんて言ったって俺はリーダーなんだからな。
俺はフラフラとよろめきながら足を踏ん張って立ち上がる。
「セリーヌを離せ」
「ふん、野良犬にしては根性があるじゃないか。だが、これで終わりだ!」
「カイトさん!」
ゲルトの渾身の一撃が俺を捉えようとした時、ゲルトのパンチが目の前で止まった。
「な、何だお前は?」
見るとゲルトの拳を片手で軽々と止めている謎の黒騎士の姿が目に止まる。
金色の長い髪をなびかせて透き通るような凛とした顔が冴え渡る。
男性だが見た目は中性的な美しい顔立ちをしている。
女神がいたのならばこんな姿をしているのだろう。
少しも顔を歪ませることもなくゲルトを抑えこんでいる。
「離しやがれ、この野郎!」
ゲルトは渾身の力を込めて右手を動かそうとするが全く動かない。
そればかりか黒騎士に拳を握られて骨がギシギシ言っている。
「痛ったた!放せ!」
黒騎士はさらに力を込めてゲルトの右手を押しつぶす。
「わ、悪かった。俺が悪かったから放してくれ」
すると、黒騎士は鋭い眼光をゲルトに向けながら手を放した。
その鋭い視線はゲルトの心を突き刺すような覇気が伴っていた。
普通の人間がその視線を受けたら心が折れてしまうだろう。
そのくらい黒騎士の視線は鋭利な刃物のようだったのだ。
ゲルトたちは尻尾を巻いて慌てて逃げて行った。
「カイトさん、大丈夫ですか?」
「何とか。それよりセリーヌは?」
「私は大丈夫ですわ。今、回復魔法を使いますから」
セリーヌは俺のお腹に手をあてて魔力を注ぎ込む。
すると、ほんのりとお腹が温かくなって痛みが徐々に引いて行った。
ものの2、3分で治癒が終わり、俺はすっかり元通りになった。
「助かったよ、セリーヌ」
「カイトさんが無事でよかったです」
セリーヌはギュッと俺を抱きしめて喜ぶ。
その柔らかな感触に俺が喜んでいることは内緒にしておこう。
今しばらくはこのままで。
「……」
それを見届けた黒騎士は何も言わずにその場を立ち去る。
「待ってください。あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます。せめてお名前だけでも教えてもらえませんか?」
「……」
黒騎士はセリーヌをギロリと睨みつけると何事もなかったようにその場を後にした。
「世の中にはあんなイケメンもいるんだな。まるでヒーローじゃないか」
「そうですわね」
セリーヌは少し頬を赤らめながら立ち去る黒騎士の背中を羨望の眼差しで見つめる。
セリーヌは清潔なイケメンが好きだから夢中になるのも無理はない。
黒騎士は絵にかいたような中性的で美形なイケメン紳士だ。
しかも強くて優しいと来たら非の打ちどころがない。
男の俺でも憧れてしまうほどだ。
「セリーヌ。惚れたのか?」
「はい……えっ、何です?わ、私はそんなんじゃありませんわよ。助けてもらったからお礼を言っただけです」
俺の不意の質問に慌てふためきながらセリーヌは否定する。
ここまでわかりやすいリアクションもいかがなものかと思うが。
セリーヌは間違いなく黒騎士に惚れたはずだ。
まあ、黒騎士もそれなりの年齢のようだしセリーヌと合いそうだ。
またどこかで出会うことがあったらセリーヌを薦めてみよう。
意外とうまく行くかもしれない。
それにしても美味しい景色だな。
俺が鼻の下を伸ばしながらセリーヌの胸元を見ているとセリーヌが気がついた。
「どこを見ているんですか、カイトさん!」
「ハハハ。つい」
こうして俺達の慌ただしい一日は終わった。
一番苦しんでいたのは間違いなくエレンだったけれど。
なので薬屋で仕入れた二日酔いに効く薬を飲ませた。
賭けはエレンに金貨1枚分を賭けておいたくことも忘れていない。
オッズが高かったのでボロ儲けできそうだ。




