あるある038 「酒のためなら何でもしがち」
リーガルの街へ辿り着くなりエレンは急に飛び起きる。
犬のように鼻をヒクヒクさせながら酒のありかを探しはじめた。
「酒の匂いがする。それも極上の酒の匂いだ。セリーヌ、そこの角を曲がれ」
エレンの言う通り角を曲がると酒場が見えて来た。
なんて鋭い嗅覚なんだ。
これじゃあトイプーの顔が立たないぞ。
酒場の前まで来るとエレンは馬車から飛び降りる。
「おい、カイト。まずは酒だ」
「そんな金はない。諦めろ」
「つれないことを言うな。一杯だけ。な?」
縋りつくように訴え駆けて来るエレンを無視して俺は無言のまま首を横に振る。
「セリーヌからも何とか言ってやってくれ」
「エレンさん、諦めてください。余計なお金はないんです」
「お前までそんなことを言うのか」
これもそれもそもそもお前が暴飲暴食ばかりしていたせいだろう。
少しは反省しろ。
「セリーヌ。ギルドへ馬車を向けてくれ」
「わかりましたわ」
「おい、お前ら。こんな生き地獄を私に味合わせるつもりか」
もちろんそのつもりだ。
せいぜい苦しんでくれ。
「一杯だけだ。一杯だけ酒を飲ませてくれ」
「ダメだ」
「なら、一口。一口だけでもいい」
「ダメだ」
エレンはその場で土下座をして涙ながらに訴えかける。
しかし、俺の答えは決まっている。
答えはノーだ。
酒に無駄金を使っていたら明日の飯も食えなくなる。
それほどまでに懐は寒いのだ。
「ちくしょう。酒の恨みは恐ろしいからな」
「そんなに酒が飲みたいのならクエストをこなして稼げ。そしたらいくらでも飲ませてやる」
「その言葉を忘れるなよ。セリーヌ、ギルドだ。ギルドへ向かえ!」
俺達はやる気になったエレンを連れてギルドへ向かった。
リーガルの街のギルドは冒険者がちらほらとしかいない。
もともと農村地帯だけに冒険者も集まらないと言う話。
この街にやって来る冒険者はゴルドランド王都を目指す者達が立ち寄るだけなのだ。
「クエスト。クエスト」
エレンは蜥蜴のように壁にへ張り付くようにクエストを探し回る。
「カイト、これはどうだ?報酬が銀貨1枚だぞ」
「デビルマンサーの討伐だと。そんなのはダメだ。レベルが高過ぎる」
デビルマンサーはリーガルの街の南にある古城に住むモンスターだ。
鬼のような体に大きな蝙蝠の羽がある姿をしており、悪魔の使いとも呼ばれている。
暗闇を好み夜になると古城から出て来るらしい。
街を襲うことはないが、近づいて来た人間達を狩って楽しむそうだ。
「じゃあ、これはどうだ?」
「死の蟷螂の討伐だと。これもダメだ。危険過ぎる」
死の蟷螂は全長5メートルほどある巨大な蟷螂。
死神の鎌のような鋭い鎌で相手を死に至らしめる。
その上、鎌の刃先から毒が溢れ出していて触れるだけで毒に侵される。
生息場所はエポス草原地帯だと言うことだが出会わなくてよかった。
エレンの探して来るクエストはどれも高レベルのものだ。
報酬がいいだけに目を奪われるのは仕方ないが。
まずは簡単なクエストを数こなすことからはじめないとな。
俺は掲示板に貼られてあるクエストの中から手頃なクエストを見つける。
「こいつなんかいいな」
「どんなクエストだ?」
「穴土竜の駆除のクエストだ」
張り紙によればぶどう畑を荒らしている穴土竜を駆除するクエスト。
報酬は銅貨1枚と手頃だ。
「穴土竜の駆除だと。そんなちっぽけなクエストを受けるつもりか?」
「今は報酬の高さよりも難易度の低いクエストを選ぶべきなのだ」
「カイトさんのレベル上げも狙えますしね」
「そう言うことだ」
エレンの反対を押し切って俺はさっそく受付をすませる。
ギルドの受付嬢から聞いた話だと穴土竜は夜にならないと活動をしないそうだ。
光が弱点で光を見ただけですぐに逃げてしまうから戦いは暗闇の中でしなければならないとのこと。
まあ、報酬が銅貨1枚のモンスターだし、そんなに警戒はする必要がないな。
その安直な判断は、その後で覆されることになる。
そんなことも露知らず俺達は早めの夕食をすませた。
日が暮れ辺りは真っ暗になっている。
今夜は生憎、月が雲で覆われて月明かりが届かない。
足元がすら目を凝らさないと見えない暗いまっくら。
「これじゃあぜんぜんわからないな。灯かりをつけよう」
「ダメですよ、カイトさん。穴土竜が逃げてしまいます」
「でも、見えないんじゃはじまらないぞ」
俺達は散会しながら穴土竜を探す。
「気配を感じとれ」
「気配って言ったってわかるかよ」
周りに感じる気配はエレン達のものだ。
すでにいる場所さえわからなくなっている。
なので聞こえて来る声を頼りに会話をしていた。
「カイト。目の前に穴土竜がいるぞ」
「どこだ?」
「お前のいることろから5メートル前に行ったところだ。今、ちょうどぶどうに貪りついている」
エレンの言う方向を見てみるが真っ暗で何も見えない。
ただ、ムシャムシャとぶどうを貪る音が聞え来た。
「そいつはカイトが殺れ」
「よし、任せろ」
俺は小剣を引き抜くと音のする方へ近づいて行く。
そして勢いよく剣を振り払った。
「危なっ!何をしているんだ、カイト。私だ」
「悪い。間違えた」
どうやら目標を見誤ってエレンに切りかかってしまった。
こうも真っ暗だと敵なのか味方なのかわかりやしない。
とりあえず剣を振り回していれば何にあたるだろう。
「おらぁっ!」
「キャッ!カイトさん、私です」
今度はセリーヌに切りかかってしまったようだ。
尻もちをついたのかドスンと言う音が聞えた。
「カイト。闇雲に剣を振り回すな。気配を感じとるんだ」
「そうは言ってもな。気配なんてそこら中から感じるんだ。どれが敵なのかわかりやしない」
俺達が押し問答をしている間に穴土竜達が食事をはじめたようだ。
ムシャムシャとぶどうを貪りつく音がそこら中から聞こえて来る。
こうなってしまえばどの気配が穴土竜なのかわからない。
俺は一番近くに感じた気配に向かって切りかかる。
「そこだ!」
「おい、カイト。何度も言わすな!」
「悪い、悪い」
また、エレンだったようだ。
「カイトさん。トイプーちゃんの鳴き声を頼りにしてください。トイプーちゃんが穴土竜を見つけてくれますから」
「そいつはありがたい」
トイプーは子犬と言えど犬だ。
鼻も効くし、耳も良い。
暗闇の中でも穴土竜を見つけてくれる。
俺はトイプーの鳴き声がする方に近づいて行く。
すると、薄っすらとだが穴土竜の影を目に止めた。
「よし、トイプー、どいていろ。俺がとどめを刺してやる」
俺は小剣を振りかざすと穴土竜に切りかかった。
小剣の柄に何かを切り裂いた感触伝わって来る。
同時に「グェ」と言う穴土竜の悲鳴が辺りに響き渡った。
「よし。まずは1匹だ」
これではじめて自分の力でモンスターを倒せた。
トイプーの協力はあったが倒したのは俺だ。
経験値は俺に入る。
まあ、経験値と言っても数字でわかるものではないが。
あくまで感覚と言うのだろうか。
とにかく経験を積めば強くなれるのだ。
「よし、トイプー。次の奴を探してくれ」
「ワン!」
俺が指示を出すとトイプーは次の穴土竜を目指して駆けて行く。
そして穴土竜を威嚇しながらワンワンと吠える。
穴土竜はトイプーが傍いても警戒することなくぶどうに貪り着いている。
端から眼中にないと言うか腹を満たすことの方が大事ならしい。
俺が近づいてもぶどうを食べることは止めない。
食欲はエレン並みだな。
俺は穴土竜の背後に回り込んで小剣を振りかざす。
「もらった!」
そして勢いよく小剣を振り下ろした。
直撃が入ったような感覚が伝わって来る。
穴土竜は紫色の魔石へと姿をかえて消え去った。
以外に穴土竜は弱い。
攻撃をして来ないので初心者向きのモンスターだ。
これなら何匹いても怖くない。
「よし、次だ!」
俺はトイプーとのコンビネーションで穴土竜を3匹駆除した。
エレンはと言うと、ひとりで14匹。
嫌々やっていた割にはかなりのデキだ。
やっぱり酒がかかると何でもするな、エレンは。
こいつは使えるかもしれないからメモしておこう。
セリーヌも8匹駆除していた。
これで3人合わせて25匹だ。
報酬は穴土竜1匹あたり銅貨1枚だから、全部で銀貨2枚と銅貨5枚分になる。
それに加えて魔石の分も合わせると全部で銀貨5枚だ。
思っていた以上に、こいつは美味しいクエストになった。
翌日、俺達は穴土竜駆除の報酬をいただきにギルドへ向かった。
受付嬢に穴土竜の魔石を差し出して鑑定してもらう。
手慣れた様子で鑑定をし終えると報酬の銀貨2枚と銅貨5枚を差し出して来た。
「魔石も換金しますか?」
「お願いします」
受付嬢は魔石の数を数えてお金に換金する。
「報酬と合わせますと全部で銀貨5枚になります」
俺は受付嬢から銀貨5枚を受け取るとセリーヌに渡す。
俺達の財布番はセリーヌがしている。
俺も財布を持っているのだがセリーヌの方がしっかりしているから任せることにした。
「これでようやく酒が飲めるぜ」
「お前はまたそれか」
懲りないおばさんだこと。
これを機会に禁酒でもしてくれればありがたいのに。
言っても無駄か。
エレンの体には酒が流れているのだから。
すると、酒のことで何か思い出したように受付嬢が俺達を呼び止めた。
「お酒と言えば、ぶどう畑の持ち主から感謝の印として、お酒を預かっています」
「気が利くじゃないか」
「普段、ギルドではこういうことはしないのですが、ぶどう畑の持ち主の方がぜひと言うもので預かることにしました」
そう言って受付嬢はワインの入った瓶を3本渡して来る。
「うひょー!ワインじゃないか。しかもブランド物だぞ」
エレンは涎を垂らしながら舐め回すようにボトルを見やる。
「よろしいんですか?」
「ぶどう畑の持ち主のご厚意ですから」
「これで酒代が浮くな」
俺達はありがたくワインを3本頂戴してギルドを後にする。
向かう先はもちろん酒場でなく宿屋。
酒場にでもいけば必ずエレンがおかわりを催促するだろうから避けたのだ。
エレンにはしばらくこのワインで我慢してもらうつもりでいる。
何せ貴重なお金なのだ。
大事に使わないとな。
「何で酒場じゃないんだ?」
「お前が調子に乗って酒を注文しないようにだよ」
「まあ、いいか。私は酒が飲めればそれだけでいい」
エレンが単純な奴でよかった。
こんなところで駄々を捏ねられては後がないからな。
セリーヌも俺の判断に納得してくれた。
宿屋へ着くなりさっそく宴会の準備をはじめる。
テーブルの上にはもらってきたワイン3本とグラスが3つ。
後、テイクアウトで買って来た惣菜が並ぶ。
「それじゃあ乾杯しましょう」
「久しぶりの酒に乾杯だ」
「「乾杯!」」
さっそくエレンは一口でワインを飲み干す。
そして「ぷはー」と吐息をこぼしながら2敗目を注ぐ。
「久しぶりの酒は体に染みるな」
「おい、エレン。もっと味わって飲めよ。頂き物だが一応ブランド品なんだぞ」
「ブランド品が何だろうと体に入れば同じさ」
エレンにはありがたみがわからないようだ。
頂いたワインはリーガル産の最高級ワイン。
ラビトリス王国のポム産のワインと肩を並べるくらい有名なブランドだ。
もちろんこのワインもゴルドランド王国へ献上されている。
店で買おうと思ったら銀貨1枚はするだろう。
それだけ高級品なのだ。
「この口に広がるフルーティーな味わいと酸味が心地よいですわね」
「そうだな。口当たりも軽くてお酒が苦手な人でもイケそうだ」
「カイトも酒の味がわかるようになって来たのか」
「まあな。お前達につき合っていたら嫌でも酒の味を覚えるよ」
エレンは満足気な様子で3杯目を注ぎはじめる。
すると、セリーヌが残りのワインをとってエレンから遠ざける。
「何だ、セリーヌ。まだ、飲んでいないぞ」
「今夜はその1本で終わりです。残りの分は明日にとっておきます」
「勘弁してくれよ。ワイン1本で酔えるとでも思っているのか?」
エレンが縋りつくように訴えかけるとセリーヌは冷ややかに首を横に振って応える。
「カイトからも何とか言ってやれ」
「俺はセリーヌに賛成だ。だいたいお前は飲み過ぎなんだよ。酒はほろ酔いが丁度いいんだ。お前のようにべろんべろんになるまで飲む奴は酒を飲む資格がない」
「ナイスです、カイトさん。エレンさんもこれを機に節酒を心掛けてください」
セリーヌが諭すように注意をするとエレンはテーブルに項垂れる。
「それは私に死ねと言っているようなものだぞ」
「オーバー過ぎるんだよ、お前は。酒なんか飲まなくても生きて行かれる」
「生きて行かれるなら元気がないとダメなんだ。酒は私の栄養ドリンクだぞ。それを奪い取るつもりか?」
「そうだ」
俺のきっぱりとした答えにエレンはテーブルの上に突っ伏す。
そして空のボトルを弄りながら物欲しそうに眺めていた。
これもそれも俺達の財布のためなのだ。
嫌でも我慢してもらうおう。
「金の心配をしているなら、クエストで稼げばいいだろ」
「そう簡単に言うけどなクエストをクリアすることは大変なんだぞ。それをわかって言っているのか?」
「それはカイトのレベルに合わせているからだろ。私ひとりならもっと報酬のいいクエストをこなせる」
「それはそうかもしれないがな、それじゃあ意味がないんだよ。俺達は仲間なんだ。だからみんなで協力して戦うことに意義があるんだ」
ここでエレンに勝手な行動されたら俺のレベル上げのチャンスがなくなる。
まずは俺のレベルが上がるまではエレン達に我慢してもらうのが一番だ。
報酬のよい難しいクエストは後の楽しみにとっておくのだ。
俺の力説にも納得していないエレンはひとりふて腐れていた。
「エレンさん、リーダーはカイトさんです。リーダーの言うことに従いましょう」
おっ、いいこと言うじゃないか。
「リーダーって柄かよ。へっぽこな腰抜けじゃないか」
なんてことを言うんだ、エレン。
セリーヌ、何か言ってやってくれ。
「誰でもはじめはそんなもんですわ。カイトさんも経験を積んで行けば立派なリーダーになりますわ」
そうだ。
その通りだ。
俺に足りないのは経験だ。
けっしてセンスがないって訳ではない。
「経験を積んでもカイトは変わらないと思うがな」
エレンが嫌味まじりにボソリと呟いた。
酒が飲めなくて気が立っているのか言葉に棘がある。
まあ、好きなだけ言うがいいさ。
俺が立派なリーダーになったらエレンも度肝を抜かれるだろう。
その驚いた顔を見れることを今から楽しみにしておこう。
「それでカイトさん。明日はどうしますか?クエストを受けますか?」
「とりあえず銀貨5枚も稼いだんだ。ゴルドランド王国へ向けて出発しよう」
「それなら新しい馬車が必要ですわね」
「そうだな。アンナの奴、勝手に馬を持って行くから弁償しないといけないしな」
今の馬車はそもそもラビトリス王都でレンタルしたものだ。
本来であれば代わりの馬を見つけて来てラビトリス王都の駅舎へ返すのが筋だ。
しかし、馬車の性質上、どの街の駅舎でも返却が可能となっている。
けれども馬車が破損したり、馬がいなくなったりした場合は弁償代を払わなければならない。
代わりの馬を探して来てあてがってもいいが野生の馬は言うことを聞かない。
だから結局のところ代わりの馬を買う必要があるのだ。
「とりあえず馬の弁償代は銀貨1枚と見た方がいいでしょうね」
「馬1頭にそんなにもするのか?」
「馬は働きますからね。そのくらいはあたり前ですわよ」
エレンは信じられないような顔をしながら空の酒瓶と見比べる。
「馬車は1週間レンタルで銀貨5枚かかるぞ。弁償代で銀貨1枚もとられたら足りなくなるぞ」
「後は交渉するしかないようですわね」
「そんなので大丈夫なのか?」
「私もしたことはありませんけれど、やってみないとわからないでしょう」
とりあえず足りない分は交渉で何とかすることに落ち着く。
後は食料と水の調達だが、これも何かしら手を打たないといけない。
何せお金が銀貨5枚しかないのだから仕方がない。
ゴルドランド王国の物価は高いようだし簡単には手に入らないだろう。
となると、もう一度、クエストを受けて稼ぐ必要があるかもしれない。
その場合、予定が遅れることになるのだが。
まあ、急ぐ旅ではないのでのんびり行くのがいいだろう。
「とりあえず今日はお開きだ。後は明日、考えよう」
「全く適当な奴だな、カイトは」
「そのくらいの方がいいんだよ」
俺達は後片付けをすませて早々にベッドに潜り込んだ。
起きていてもエレンが酒を飲ませろとせがむだけだから早く眠らせるのがいい。
せめて夢の中でたらふく酒を飲んでくれ。
そんなことを考えながら俺は眠りについた。




