あるある030 「ゴシップに食いつきがち」
翌朝、俺は朝刊で思わぬ記事を見つけた。
なんとアトスが親衛隊長に昇格したのだ。
親衛隊長と言えばセリア姫のお傍付き。
これでアトスの気持ちも浮かばれると言うものだ。
「よかったな、アトス」
「何がよかったのよ。これじゃあ生き地獄だわ」
「どういう意味だ?」
「アトスはセリア姫のお傍付きになったことで、ずっとセリア姫とマーカス王子の様子を見守ることになるのよ。好意を抱いている女性が他の男と仲良くしているところを見なければならないなんて辛いじゃない」
それは最もだ。
アンナに言わせればグラン国王が釘を刺す意味でアトスを親衛隊長に任命したと言う。
セリア姫とマーカス王子の結婚はラビトリス王国の未来を左右するべきものだから何ものにも邪魔されたくないのだろう。
グラン国王のやり方はエグイな。
セリア姫の父親だろう。
普通、父親ならば娘の気持ちを一番に大事にするものだ。
しかし、グラン国王は国王。
娘よりも国を一番に考えなければならない。
非情とも思えるが、それが国王なのだ。
アトスにとっては地獄になるだろう。
それならばいっそうのこと離れ離れになったほうがマシだ。
「これはほってはおけないわ。やっぱりサイセルス王国へ行くべきよ」
「何を言っているんだ、アンナ。ゴルドランド王国に決まっただろ」
「エレンはほっておける訳。アトスが親衛隊長になったのよ」
「そんなの私には関係ない。アトスの問題だ」
「エレンは冷たい人間ね。あんなにもアトスにお世話になったのに見捨てるなんて」
アンナは冷ややかな視線をエレンに向ける。
「アトスの力になったとしてもセリア姫とマーカス王子の結婚は止められないだろう。余計なことに首を突っ込むな」
「余計とは何よ!」
「もういい加減にしろ!ここでお前らが言い争っていてもはじまらないだろう」
俺は睨みあうエレンとアンナの間に割って入る。
「もうちょっと冷静になれ。アトスのことは俺達には何も出来ないんだ。ここから先はアトスを見守るだけだ」
「……」
アンナは不服そうな顔で俺を睨みつける。
「そんな顔をしてもダメだ。ゴルドランド王国へ向かうことは決まったんだ」
「ほら、みろ。ゴルドランド王国へ行くぞ。さっさと用意しろ」
アンナは終始、納得していなかったが旅支度をはじめた。
俺達は軽めの朝食を済ませてボロ宿を後にする。
さすがに何日も泊まっていたので、いざ旅立つとなると名残惜しいものがある。
まあ、初日は怯えていたのだが、振り返ると懐かしい。
ラビトリス王都へ来ることがあったならば、また宿泊するのも悪くはない。
宿代も浮くしな。
「それじゃあ駅舎へ行くぞ」
「馬車の手配はすんでいるのですか?」
「昨夜のうちにすませておいた」
「さすがはカイトさん。頼りになりますわね」
そうだろう。
もっと褒めてくれ。
お前達に任せていたら出発まで何も決まらないと思ったからな。
前もって準備をしていたのだ。
「食料と水の確保はどうした?」
「それはこれからだ」
「なら、駅舎へ行ってから問屋だな」
俺達はまず駅舎へ馬車をとりに向かった。
今回の旅では馬使いは雇わなかった。
料金を浮かせる意味もあるが俺達だけでのんびり旅をしようと考えているからだ。
馬車は俺達で変わりばんこに運転する予定。
馬とは相性が悪いが馬車を運転するぐらいのことは出来る。
「それじゃあ出発するぞ」
「カイト、馬と相性悪いんじゃなかったのか?」
「このくらい平気だ」
俺が馬の手綱を引くと馬が急に暴れ出した。
「落ち着け。どうどう。どうどう」
「やっぱりカイトには任せておけないな。私がやるよ」
エレンは俺と入れ替わって馬の手綱を引く。
すると、さっきまで暴れていた馬はおとなしくなって歩きはじめた。
「何だよ、この差は」
「カイトが下手くそなだけだ。馬は愛情を持って接してやると言うことを聞くものだ」
「馬のくせに人を選り好みするなんて」
「生き物はみんなそうですわ。ねー、トイプーちゃん」
「ワン!」
トイプーは小意気の良い返事をする。
セリーヌに抱かれながらご機嫌で尻尾を振っている。
散歩をしているのは俺なのにセリーヌにやたらと懐いている。
まあ、飼い主はセリーヌだから仕方ないけど。
次いでやって来たのは問屋。
問屋は食料をはじめ水、酒など様々な食料品が揃っている。
それは生産者が問屋を通して各店舗と取引をしているためだ。
問屋を通さずに取引をしている生産者もいるが、ごく少数しかいない。
なのでほとんどの冒険者は問屋で食料を調達するのだ。
「まずは肉だな」
「保存のことを考えれば干し肉がいいですわね」
旅の定番のお供は馬の干し肉。
馬肉はコクがあり噛めば噛むほどうまいのだ。
行商人達の間では馬の干し肉が好まれている。
ただ、他の肉も試してみるのも悪くはない。
この問屋で扱っている干し肉は馬、牛、豚、鳥、猪、熊、そして蛇だ。
「おっ、蛇肉があるじゃないか」
「ミゼルは食べたことあるのか?」
「子供の頃によく捕まえておやつ代わりに食べていたよ。鶏肉に似ていて美味いんだ」
どんな幼少期を過ごしたのだ。
おやつ代わりに蛇を捕まえて食べるなんて。
普通の子供ならしないことだぞ。
さすがはエルフと言ったところか。
不意にミゼルがニタリと笑いながら蛇を咥えている姿が目の前に浮かぶ。
ひょえー。
恐ろしい。
おばさんと蛇の組み合わせは最強だ。
「どうした、カイト?」
「い、いや。何でもない」
俺はよからぬ妄想を慌ててかき消し、誤魔化すように注文をした。
「とりあえず全種類を頼むよ」
どの肉がいいかなんて食べてみないとわからない。
今後のことも考えて全種類試してみるのがいい。
「蛇肉なんて止めてよ、気持ち悪い。私は食べないからね」
「アンナにはわからないなんて勿体ないな。蛇肉は美味いんだぞ」
「そんなゲテモノを食べるのはエルフぐらいだわ」
「それはエルフを馬鹿にしていると言うことか?」
アンナの心無い言葉にミゼルの目がカッと見開く。
「そうとってくれてもいいけど」
「ほう、いい度胸をしているじゃないか。表へ出ろ」
「おいおい、止めろ。こんな所で騒ぐな。ただでさえ狭い店なんだから」
俺の心無いひと言に反応する店主。
ギロリと睨みつけて嫌そうな顔を浮かべる。
俺はそ知らぬふりをして買い物を続けた。
「後はパンだとチーズだ」
「パンはライ麦パンでよろしいですか?」
「それで頼む」
「チーズはどうしましょう?」
「チーズも全種類買っておこう」
かごの中に食料がどんどん詰まって行く。
さすがに1週間分の食料を買うのだ。
1かごでは収まらずに3かごにもなってしまった。
「それじゃあお会計を頼むよ」
「あいよ」
「ちょっと待て。酒はどうした?」
「買ってないけど」
「何だよ、酒がないとはじまらないだろう。おい、オヤジ。酒はどこにある」
「奥にあるよ」
問屋の奥へエレンが歩いて行く。
そしてガサゴソ漁ると酒の入ったケースを持って戻って来た。
「そんなにも買うのか?」
「5人もいるんだぞ。これでも足りないくらいだ」
ケースの中には酒瓶が12本も入っている。
普通に分ければひとり2本ぐらいだ。
しかし、ほどんどエレンの胃袋に消えて行くだろう。
まあ、でも冒険に酒がないと物足りないのも事実だ。
セリーヌは食料と水、酒の精算をすませる。
全部で銀貨3枚ですんだ。
普通、店で買えば倍はする。
問屋は仕入れ値が低いから販売価格も下げることが出来るのだ。
冒険者にとってはありがたい存在だ。
「食料も水も調達したし、出発するか」
「それでモンスター情報は集めたのか?」
「あっ、忘れてた」
「肝心なことを忘れてるじゃないか」
馬車の手配ですっかり忘れていた。
ギルドでモンスター情報も手に入れておかないと旅に支障が出る。
なるべくならモンスターが出没しないルートを通った方が都合がいい。
レベル上げをするならば別だが。
余計なことに時間をとられることは避けるのが吉だ。
「それじゃあギルドへ寄って行こう」
ギルドはいつものように冒険者達で賑わっている。
冒険者達も掲示板に貼られてあるクエスト情報を品定めしていた。
近くセリア姫とマーカス王子の結婚があるので結婚関連のクエストの人気が高い。
結婚式の警備や要人の警護、献上品の運搬のクエストまである。
どのクエストもラビトリス王国の依頼なので破格の報酬がついていた。
「まずはルートのチェックだ」
俺は掲示板の横に張り付けてあるランゲルト地方の地図を見やる。
ゴルドランド王国はラビトリス王国の東隣りに位置する。
国境がライン川になっているサイセルス王国とは違い、ゴルドランド王国の国境は山岳地帯になっている。
そのため国境へ行くには途中にあるゲイルの街を経由する方がいい。
街の規模は中規模程度だがラビトリス王都に次ぐ大きさだ。
このゲイルの街で補給をすればなんなくゴルドランド王国へ入国できる。
ゲイルの街へ行くにはギルベック草原地帯を抜けなければならいない。
問題はギルベック草原地帯に出没するモンスターだ。
あまりに強いモンスターが出没するならばルートを変更しなければならない。
その場合、ギルベック草原地帯を北周りに迂回するルートが考えられる。
時間はかかるが確実にゴルドランド王国へ辿り着けるだろう。
どちらのルートを通るにしても、まずはモンスター情報を見てから判断だ。
俺は掲示板に貼られてあるモンスター情報に目を通す。
ギルベック草原地帯に出没するモンスターは、グラススネーク、ビックフォーン、グラスホッパー、草原の小人、そしてダンデライオンだ。
グラススネークはその名の通り草色の縞模様をした毒蛇。
草色の縞模様が迷彩になるので発見しにくい。
それに加えて即死に至る猛毒を持っている。
ビックフォーンは全長3メートルほどの大型の水牛。
堅牢な角を持っていて気性が荒い。
常に群れで活動している。
グラスホッパーは全長1メートルほどの大型のバッタ。
堅牢な鎧に覆われていて鋭い牙を持つ。
ジャンプ力があり空を飛んだりもする。
草原の小人は全長50㎝ほどの小人。
攻撃はしてこないが幻影を見せるを幻術かける。
モンスターの中でも厄介なモンスターのひとつ。
ダンデライオンは全長3メートルほどの大型のタンポポ。
移動はしないが触れると爆発する綿毛を飛ばす。
一ヶ所に群生している。
以上がギルベック草原地帯に出没するモンスターだ。
報酬も銅貨3枚だし、見たところ大して強そうなモンスターではないから問題ないだろう。
「ギルベック草原地帯を抜けるルートに決まりだ」
「私達は構わないが、カイトは大丈夫なのか?」
「ゴーレムのように硬いモンスターでなければ問題ない」
「でも、草原の小人は注意しないといけませんわね」
「どうしてだ?一番弱そうなモンスターじゃないか」
俺の疑問にセリーヌは的確に答える。
「大抵のモンスターは幻術を使いませんけれど草原の小人は幻術を使うのです。ただでさえ厄介な幻術を使うのにも関わらず、幻影を見せる幻術をかけるのです。それに対抗する魔法もありませんし、防ぎようがありません」
「”草原の小人と出会ったら迷わず逃げよ”と言われているぐらいだからな」
そうなのか。
しかし、クエストを見る限りではぜんぜん強そうに見えないのだが。
小人だし。
まあ、でもみんなが言うんだルートを変えた方がいいだろう。
「それじゃあギルベック草原地帯を北へ迂回するルートにしよう」
「その方がいいだろう」
「急ぐ旅じゃないんですし、のんびり行きましょう」
ギルベック草原地帯を北に迂回するルートならばゲイルの街へ着くまでに5日かかる。
食料と水は1週間分用意してあるから問題はない。
馬車はゆっくりと歩き出してラビトリス王都の正門へ向かう。
以前の密輸の時は感じなかったが、こうして馬車に揺られているのも悪くはない。
まあ、5日もかかるのだからゆっくり行けばいいさ。
正門の前まで来るとアトスがひとりで待っていた。
エレンは馬車を止めて俺達はアトスのところへ駆け寄る。
「アトス、どうしたんだ?」
「そろそろカイト達が旅立つのではないかと思ってな」
「別れの挨拶でもしに来たのか?」
「まあ、そんなところだ」
「元気でな」
「お互いにな」
俺とアトスは握手をして別れを惜しむ。
すると、アンナが朝刊で見た記事のことをアトスに尋ねた。
「アトス、親衛隊長に昇格したらしいけれど本当なの?」
「グラン国王、直々の命令だ」
「食えない奴ね。グラン国王も。わざわざアトスをセリア姫の傍付きにするなんて」
「仕方ないさ。それが私の役割なのだから」
アトスは寂しそうな目をして下を向く。
「セリア姫への気持ちは変わらないんでしょ?」
「ああ。私がはじめて愛した女性だからな」
「なら、やっぱりセリア姫をマーカス王子から奪うべきよ」
「何を言っているんだ、アンナ。そんなこと出来る訳ないだろう」
「アトスとセリア姫は愛し合っているのよ。そんな二人がいっしょになれないなんて酷い話じゃない」
アンナは訴えかけるように俺に詰め寄る。
それはそうだけれども結婚は確定していることなんだ。
今さら、何をしても覆らないだろう。
それにアトスとセリア姫には身分の差があるのだ。
アトスがどんなに頑張っても王族であるセリア姫を捕まえることは出来ない。
「その気持ちだけで嬉しいですよ。私はセリア姫の傍付きとして職務を全うしてみせる」
「だけど、それじゃあアトスの気持ちもセリア姫の気持ちも押し殺すことになるのよ」
「それは……」
「アトスは我慢できるかもしれないけれどセリア姫はどうなるの?」
アンナは興奮しながらアトスに詰め寄る。
「アンナ、もうよせ。ここでアトスを問い詰めても何にもならないだろう。それにセリア姫も覚悟は出来ているはずさ。ラビトリス王国のお姫様なのだから」
「カイトもアトスもわかっていないわ。女はね、迎えに来ることを待っているものなのよ。それがたとえ許されない恋だとしてもね」
アンナの必死の叫びに辺りが静まりかえる。
「それじゃあアンナはアトスにセリア姫を浚えと言っているのか?」
「そうよ。そのくらいのこと出来なくて”愛している”だなんて言うのはズルいわ」
「だが、それは国家反逆罪になるのだぞ。セリア姫にも重い十字架を背負わせることになるんだ」
アンナの主張に真っ向から反対するミゼル。
ミゼルの言うことは正しい。
国家反逆罪ともなれば追われる身になってしまう。
一生逃亡を続けながら生きなければならなくなるのだ。
そんな選択肢をアトスは選ばないだろう。
「国家反逆罪くらいなによ。セリア姫への愛はその程度だったの?」
「アンナ、もう止めろ。アトスはもう覚悟を決めているんだ」
これ以上、アトスを問い詰めても逆にアトスを苦しめるだけだ。
一国の騎士となった以上、セリア姫を守り抜くことが騎士としての務めなのだ。
たとえ愛が受け入れられなくても、捨てることになったとしてもだ。
アトスの決意は変わらないだろう。
それが男と言うものだ。
ならば俺達はアトスを信じて見守るだけだ。
「アトス、頑張れよ。俺達はいつでもアトスの味方だからな」
「期待に沿えるように頑張るよ。ありがとうな、カイト」
俺とアトスはグータッチをして抱き合う。
「それとこれを持って行け」
「何だ、これは?」
「通行手形だ。これがあれば簡単に国境を越えられる」
「助かるよ」
国境を超えるには通行手形が欠かせない。
なので行商人達はあたり前のように通行手形を持っている。
通行手形がなくても国境は越えることができるが、その場合時間がかかる。
身分を証明したり、旅の目的を聞かれたり何かと手続きがあるのだ。
だから国境を超える者はまずはじめに通行手形を入手する。
発行しているのは国だけど、各街の観光所で入手することはできる。
ゲイルの街で入手しようと思っていたけれど手間が省けた。
俺達は馬車に乗り込むとラビトリス王都を後にする。
アトスは俺達が見えなくなるまで手を振りながら見送ってくれた。
でも、その顔は暗く晴れやかな笑顔はなかった。
アンナの言葉に感化されて早まった選択をしなければいいが。
俺の心の中に一抹の不安が残った。
「アトスも馬鹿だわ。傍付きになるぐらいならセリア姫と逃亡をすればよかったのに」
「そんな決断をアトスが出来る訳ないだろう。セリア姫といっしょになれなくても傍で見守れるだけで嬉しいんだよ」
「男って、そんなことで嬉しくなれる訳?私にはわからないわ」
アンナはふて腐れながら小さく丸まる。
「アトスさんもアトスさんなりに考えた結果なのですわ。それならば応援してあげませんとね」
「けど、セリア姫も好きでもないマーカス王子と結婚をするなんて悲劇だよな。私なら迷わず切り捨てるけどな」
「それはミゼルが一般人だから言えるんだ。セリア姫は王族だからな、責任があるんだよ」
「知ったような口を聞くじゃないか、カイト」
「そのくらい誰だってわかるさ」
全てはラビトリス王国のためなのだ。
セリア姫はラビトリス王国の命運を背負ってマーカス王子と結婚するのだ。
逃げ出したくても逃げ出せない。
生まれた時から定められた運命なのだ。
もし、セリア姫が王族でなかったら他の選択肢もあっただろう。
アトスと結ばれて幸せな家庭を築けたはずだ。
だが、それはもしもの話なのだ。
今さら、何を言っても変わらないさ。
「この話はもう終わりだ。しんみりしていけない。俺達は新たな旅に出たんだ。もっと楽しまないとな」
「そうですわね。ゴルドランド王国にはきっと楽しいことが待っているはずです」
「そうだぞ。それに美味い酒もあるはずだ」
「お前はそればっかりだな、エレン」
「酒がなければはじまらないからな」
エレンはニタニタと笑いながら酒を思い浮かべる。
まあ、それがエレンらしいと言えばエレンらしい。
エレンぐらい楽観的でないと旅も楽しめないと言うものだ。
「いざ、ゴルドランド王国へ!」
俺達の馬車はゴルドランド王国を目指して旅立った。
その先で待っている楽しいことに胸を躍らせながら。




