あるある001 「酔うと人に絡みがち」
翌日。
俺はいやがおうにもセントルース騎士団学校を追い出された。
特殊能力を開花させた学生達は強制的に学校を卒業となる。
留年者はいないので16歳になった学生がごっそり学校を出て行くのだが。
その分、入学する新入生もどっかりと入って来るのでクラスが空くことはない。
すごくあっさりしているので卒業したと言う実感がわかないのが本音。
できれば卒業式とかお別れ会とかを用意して欲しい。
10年間、共にして来たクラスメイトと別れるのだから名残惜しむ時間くらいあった方がいい。
せめて卒業記念写真とか卒業記念アルバムとかがあれば。
ただ何も持たせないで学校を追い出す訳ではない。
おこづかいの金貨、銀貨、銅貨を5枚ずつ渡される。
それは卒業生達に向けた学校側が用意した餞別だ。
「じゃあなカイト。あまり落ち込むなよ」
ガッシュはひとり沈んでいる俺に別れの挨拶をして来る。
その表情からは余裕ぶりが窺えた。
何せ「千里眼」を開花させたのだ。
大手を振って歩けると言うもの。
何だか俺を見る目も冷たい。
「カイト、また会おうね」
次いでエミルが別れの挨拶をして来る。
俺の手をとるとネックレスを手渡す。
エミルなりの餞別なのだろうか。
ネックレスには訳のわからないブランド名が記されていた。
おい、エミル。
これを捨てるつもりだっただろう。
「カイト、僕は信じているから」
って、何を信じているんだマルク。
別れの挨拶ならもっとわかりやすい言葉にしろ。
どうせお前だって俺のことを小馬鹿にしているのだろう。
お前達とはここまでの縁だったな。
もう再会することはない。
断言する。
と言うより再会したくない。
俺の未来はおばさん一色になっているだろうから……。
そんなことをひとり憂いているとガッシュ達はそそくさとギルドへ仲間を探しに向かった。
俺達の友情はこんなものだったのか。
10年間も同じクラスでいっしょに勉強をして来た仲じゃないか。
楽しい時も、嬉しい時も、悲しい時も、寂しい時も。
お互いに支え合って分け合って乗り越えて来たじゃないか。
忘れてしまったのか?
はじめての実習訓練でスライムに襲われそうになったところをみんなで協力してやっつけた。
商術のテスト前はみんなでいっしょに勉強会を開いてテストを乗り越えた。
校外学習で遭難した時は非常食を分け合って飢えをしのいだ。
俺達は何時もいっしょに過ごして来たんだ。
それが特殊能力を開花させただけであっさりと別れるなんて。
もうちょっと名残惜しそうにしろよ。
寂しいじゃないか。
これもみんなセントルース騎士団学校が卒業式をやらないからだ。
俺に変な特殊能力を開花させて授けるだけなんて。
恨んでやる。
俺がひとり想いに浸っていると卒業生たちはすっかりいなくなっていた。
「……」
虚しい風が俺の横を駆け抜けて行く。
さて、俺もこんなところで時間を潰している訳には行かない。
勇者を目指すなら、まずは一緒に冒険をしてくれる仲間を探さなければ。
とりあえずギルドへ行こう。
ギルドにはモンスター討伐クエストとかダンジョン調査クエストなど様々な依頼が集まる。
依頼して来るのは行商人や冒険者が多いが中には国が依頼して来ることもある。
その場合、破格の報酬金がかけられるのでギルドでは人気のクエストになる。
ただ、難易度が高いクエストが多いので初心者には向かない。
まず冒険者達はギルドで情報をもらいクエストを選ぶことからはじまる。
そしてクエストを受けて、見事クエストをクリアすると多額の報酬金がもらえる仕組みだ。
なのでギルドには冒険者達が集まりやすい場所となっているのである。
冒険初心者となる者にとって仲間選びは重要だ。
どんな冒険者を仲間にするかによって戦い方も変わって来る。
一般的な選び方は自分にない能力を持っている冒険者を仲間にすること。
この世界では開花させた特殊能力を元に取捨選択がされるわけだが。
俺の特殊能力は『おばさんを惹きつける能力』だ。
まちがっても他人には言えない。
なので特殊能力を伏せて仲間を探すことにする。
それと戦いのバランスを考えて近遠両方カバーできる仲間集めが重要だ。
剣士、弓使い、魔法使い、プリ―スト。
このパターンが一番オーソドックスだ。
中には剣士2人、魔法使い、プリ―ストと言う組み合わせにする者もいる。
それは仲間集めをする人の好みによって変わる。
仲間は何人いてもいいのだが人数が多ければ多いほど報酬金の分け前が少なくなることに注意しなければならない。
なのでほとんどの冒険者は4~5人をメインとしている。
特に初心者は報酬金が少ないクエストしか受けられないので人数決めも重要になる。
とりあえず考えていても仕方ないので俺はさっそくギルドへ足を向けた。
ギルドでは想像以上の人だかりが出来ていた。
セントルース騎士団学校の卒業式に合わせて各地から初心者の冒険者が集まって来たのだ。
セントルース騎士団学校はこの辺では有名な名門校のひとつ。
500年の歴史を誇り数多くの有名人を輩出して来た。
中でも勇者ゲリオダスは有名だ。
あの魔王と何度も死闘を繰り広げて魔王を退けて来た。
しかし、病がたたって30歳と言う若さでこの世を絶ってしまう。
今では勇者ゲリオダスは伝説化されているのだ。
セントルース騎士団学校にも勇者ゲリオダスの彫像があるくらい。
かくゆう俺が勇者を目指したのも勇者ゲリオダスを知ったからだ。
セントルース騎士団学校に入学する前、俺は勇者ゲリオダスの活躍が描かれた絵本を読んだ。
絵本の中でも勇者ゲリオダスは強くて逞しくて、何より優しい勇者だった。
俺の幼心はすっかり勇者ゲリオダスの虜になり、友達と勇者ゲリオダスごっこをして遊んだぐらいだ。
今、振り返ってみても懐かしい。
勇者ゲリオダスは俺の中で生き続けている。
絶えることのない伝説の勇者として神格化されているのだ。
「ゲリオダス。俺はあなたを越える勇者になってみせるよ」
俺がひとり悦に浸っていると見慣れない細身で金髪の冒険者が声をかけて来た。
「君はセントルース騎士団学校の卒業生だよな?」
「そうだけど」
「僕はマーク。キミは?」
「俺はカイトだ」
マークは手を差し出して来て俺の手を握る。
その手には小さな豆が出来ていてゴツゴツしていた。
俺の予想によれば、マークは剣士志望だな。
日々、剣の修業に明け暮れていて手に豆が出来たのだろう。
俺は勇者志望だからマークとは合わないな。
でも、ツートップの剣士もメンバーとしては悪くはない。
すると、マークが俺に質問をして来た。
「カイトの特殊能力は何だい?」
言えない。
言える訳ないだろう。
こんな状況で『おばさんを惹きつける能力』だなんて言った日には爆笑嵐に見舞われる。
ここは話を変えるのが吉だ。
「そう言うマークの特殊能力は何だい?」
「僕は『二刀流』だ」
マークの細身の体からは似つかわしくない特殊能力だ。
二刀流だなんて剣を二つ持たなければならないから腕力がいる。
それに器用さも体力も人一倍必要だ。
「二刀流だなんて凄いじゃないか。なら剣士志望なのか?」
「ああ、そうだよ。立派な二刀流の剣士になって魔王を倒すんだ。それでカイトの特殊能力は何だい?」
またマークからの容赦のない質問が振りかかる。
ここは話を逸らしてはぐらかせるんだ。
けっして悟られてはならない。
「ところでもう武器は手に入れたのかい?」
「いや、まだだよ。二刀流に合いそうな武器が見つからなくてね。あちこちの武器屋を覗いたのだけど」
そうだろうな。
二刀流と言えば普通の剣では重すぎる。
細身のレイピアと言う剣もあるが片手向きの剣だ。
両手で扱うともなればそれなりの特徴のある剣が必要になるだろう。
軽くて丈夫で切れ味が良くて。
俺の知る限りでは、この辺りには見掛けない。
「それでカイトの特殊能力は何だい?」
「それよりマークはどこから来たんだい?」
「質問をしているのは僕だろ。カイトの特殊能力を教えてくれよ」
マークが捲くし立てるように質問をして来る。
これでは逃げ道は塞がれてしまった。
マークの出身を聞いて話を逸らす作戦が台無しだ。
どうしよう。
ここで本当のことを言っても笑われるだけだ。
マークは諦めて他の仲間を探そうか。
すると、聞き慣れた声の嫌味そうな顔をした青色で短髪の少年が近づいて来た。
「そいつの特殊能力を知りたいのか?」
「そうだけど」
あいつは学校の嫌われ者の嫌味なトニーじゃないか。
トニーは性格が悪くて人の秘密など簡単に漏らしてしまう。
だから同級生達はトニーとは話をしないようにして来た。
俺もトニーは苦手なタイプだ。
イジメっ子と言う訳じゃないがとにかく嫌味を言って楽しんでいる。
人が困る姿を見るのが好きなのだろう。
それがトニーの生きがいになっているのだ。
マズイな。
こいつは俺の秘密をマークに喋るつもりだ。
どうしよう。
「そいつの特殊能力はおば……」
「だー!この話はなかったことにしよう。俺は用事があるから」
そう言って矢継ぎ早に立ち去ろうとする俺の背中に向かってトニーが大声で叫んだ。
ギルドの隅々まで聞こえるほどの大きな声で。
「そいつの特殊能力は『おばさんを惹きつける能力』だ!」
ギルド内が一瞬にして凍り付く。
誰もが耳を疑うような顔でトニーを見やる。
するとトニーはそれに応えるようにもう一度大声で叫んだ。
しかも俺のフルネーム付きで。
「カイト・クライムの特殊能力は『おばさんを惹きつける能力』だ!」
すると、ギルド内の冒険者達が一様に爆笑の渦に巻き込まれる。
お腹を抱えて笑いながら俺を嘲るように見やる冒険者達。
その冷たい視線に俺のピュアなハートはズタボロになった。
「おばさんを惹きつける能力って、嘘でしょ?」
「おばさんを集めてハーレムでも作る気?」
「あの子の人生はおばさん一色に染まるわね」
「ご愁傷様」
高らかな笑い声に交じって俺を蔑む暴言が聞えて来る。
隣で聞いていたマークもお腹を抱えて笑っている。
「カイト、お前面白いな。だけど仲間にはならないよ」
「わかっているさ。俺だってお断りだ!」
俺はひとり苛々しながら嫌味なトニーを睨みつける。
嫌味なトニーはしてやったりな顔をして嘲笑していた。
終わった……。
これで俺の仲間集めも終焉を迎えた。
このギルド内にいる全ての冒険者達に俺の秘密がバラされてしまった。
街中に噂が広がるのも時間の問題だ。
もう、この街から出よう。
こんな街にいても何にもならない。
誰も俺のことを知ることの無い街へ行って最初からやり直そう。
俺だって好きでこんな特殊能力を開花させた訳じゃないんだ。
みんな神様が悪いんだ。
俺はひとりギルドを後にして街を彷徨い歩いた。
あてもなく。
辿り着いたのは街の小さな酒場。
力なさげに扉を開けて中に入る。
中は酒臭くてたくさんの酔っ払いが宴会をしていた。
昼間から酒を飲むなんてロクな大人じゃない。
俺は酔っ払いのいないテーブル席に腰を下ろす。
すると、若いウエイトレスが水を持ってやって来た。
見た感じは20歳ぐらいだろうか。
そばかす交じりの顔をしているが美形だ。
ウエイトレスは水の入ったコップをテーブルに置くとぶっきらぼうに注文を取って来た。
「ご注文は?」
俺はテーブルにあったメニューに一通り目を通す。
しかし、お酒を飲んだことがないのでどれが合うのかわからない。
しばらくメニューをじっと眺めているとウエイトレスが声を荒げながら催促して来た。
「ご注文は!」
「じゃあ、これ」
「サイドブレスですね。マスター、サイドブレスを一杯」
「あいよー」
ウエイトレスがマスターに向かって大声で叫ぶとマスターは棚から酒瓶を取り出す。
そしてウエイトレスと何かを話しながらグラスに酒を注いだ。
チラチラこちらを見て来て何だか嫌な感じだ。
俺が酒を飲めないとでも思っているのだろうか。
確かに酒場でお酒を飲むのは初めてだが、セントルース騎士団学校にいる時にガッシュと隠れてお酒を飲んだことはある。
あの時はアルコールが頭に回ってフラフラになったっけ。
その後、授業を受けなくてはならなくて先生に誤魔化すのが精一杯だった。
今では懐かしい想い出のひとつだ。
「酒~。酒を持って来い~」
俺がひとり想い出に浸っていると隣にいた酔っ払いがテーブルを叩いてお酒を催促する。
見ると小麦色の肌をした赤色の長い髪の女性だった。
テーブルの脇には立派な大剣が置いてある。
女剣士と言ったところだろうか。
それにしても覇気のない顔だ。
赤ら顔でだらしのない表情をしている。
よく見れば結構、年のいったおばさんじゃないか。
こう言う奴には関わられない方が無難だ。
俺は椅子を横にずらして距離をとる。
そこへウエイトレスがやって来て俺のテーブルに酒を置いた。
「おまちどうさま。サイドブレスです!」
しかし、このウエイトレスも態度が悪い。
ちょっと顔がいいからと言ってつけあがっているのだろうか。
酒場にはロクな奴はいないな。
俺がグラスを取ろうと手を伸ばすと隣の酔っ払いおばさんが俺の酒を横取りする。
「おい、それは俺の酒だぞ」
「ぷはー。うめ~。やっぱ酒はこいつに限るよな」
酔っ払いおばさんは酒を一息で飲み干して吐息をこぼす。
「おい、お前!ふざけるんじゃねーよ!それは俺が注文した酒だ!」
「へぇ?なんらってぇ?」
ダメだこいつは。
ベロンベロンに酔っ払ってそれどころではない。
こんな所でこいつと一緒にいると仲間だと思われる。
俺はテーブルの端っこに移動してもう一度酒を注文し直した。
すぐにウエイトレスがやって来て酒を差し出して来る。
今度こそゆっくり出来るよな。
そう思って酒を取ろうとするとまたまた酔っ払いおばさんが俺の酒を横取りした。
「おい!いい加減にしろ!そいつは俺の酒だ!」
「ぷはー。うめ~。やっぱ酒はこいつに限るよな」
酔っ払いおばさんは俺の酒をうまそうに飲み干す。
「おい!聞いているのかよ。お・ば・さ・ん!」
すると酔っ払いおばさんはいきなり立ち上がって俺に絡んで来た。
「誰がおばさんだってぇ。私のこぉの美貌を見てもぉおばさんと言うのかぁ」
酔っ払いおばさんは酒臭い息を吐きながら大きな胸を押しつけて来る。
そのポヨヨンとしたマシュマロおっぱいに呑まれそうになるが俺は酔っ払いおばさんを突き放した。
「いい加減にしてくれ!これだからおばさんって生き物は嫌いなんだ!」
俺が店を出て行こうとするとウエイトレスがお金を催促して来た。
「ちょっとお客さん。お代を払ってもらわないと」
「お酒を飲んだのは俺じゃないだろう。そいつに払わせればいいじゃないか」
「お連れさんでしょ?」
「誰がだ!」
ウエイトレスの催促を無視して店を出ようとすると屈強なウエイターが目の前に立ち塞がった。
屈強な男たちは手をポキポキ鳴らしながら戦いの準備をはじめている。
こいつらはやる気のようだ。
いたいけな少年を前に闘争心をむき出しにするなんて大人げない。
だからと言ってこんなぼったくりを無視できるものか。
「お客さん、どうするんです?お代を払うのか、ぶっ飛ばされるのか?」
屈強なウエイターを味方につけてウエイトレスはさらに強い剣幕で捲くし立てて来る。
この野郎、俺の足元を見やがって。
ひとりだったら逆にはっ倒しているところだ。
すると、酔っぱらいのおばさんが俺の肩に手を置いて思わぬことを呟いた。
「私のぉ連れぇに何かぁ用かい?」
おーい!
誰が連れだよ。
俺はお前なんて知らない。
見ず知らずの他人だ。
勝手に人に絡んで来て話を混乱させるな。
するとウエイトレスが水を得た魚のような目で催促して来た。
「お客さん、こちらのお連れさんのお代もよろしく」
ウエイトレスが差し出した請求書を見るとべらぼうな額が記されていた。
銀貨3枚。
宿屋一拍二食付きで銀貨1枚だと言うのにこれはいかがなものか。
こいつ、どれだけ酒を飲んだんだよ。
こんなのは高過ぎて払えない。
なんとかこのピンチを乗り越えなければ。
「あのー。僕、お金を持っていないんです」
「あなた最初からただ酒を飲みに来たの?ふざけた奴ね。やっちゃって」
マズった。
余計にウエイトレス達を怒らせてしまった。
仕方がない、ここは素直に料金を払うしかない。
でなければ、明日から俺の顔が別人のように変形してしまう。
お金は払いたくないけれど痛いのは嫌だし。
すると、酔っ払いおばさんが割り込んで来た。
「なんらぁ、お前らぁ私とやろうってのかぃ」
酔っ払いおばさんは屈強な男の胸ぐらに掴みかかる。
ただ酒を飲んだ上に喧嘩を吹っ掛けてどうすんだよ。
悪いのはお前だろう。
屈強な男は酔っ払いおばさんの腕を捻り上げる。
「痛たたたぁ……」
この隙に。
と思って立ち去ろうとすると屈強な男に肩を掴まれた。
「おい、金を払え」
そうですよね。
ただでお酒を飲むなんて人のすることじゃないですよね。
平和主義の俺は屈強な男たちに怯んで酔っ払いおばさんの分も払うことにした。
「まいどー」
ウエイトレスは銀貨3枚を握りしめてしたり顔を浮かべている。
はじめから俺をハメるつもりでいたのか。
とんだぼったくりバーにぼったくられたものだ。
もう二度とこの酒場になんか来るものか!
俺は酔っ払いおばさんを引きずりながら酒場を後にしたのだった。