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おばさんクエスト~あるあるだらけの冒険記~  作者: ぱんちゅう
第六章 集合するおばさん編
165/361

あるある164 「ビジネスウーマンになりがち」

宿屋の一室の壁に貼られてある大きな用紙にはビジネスにおける3要素が記されている。


ひとつは硬貨1枚でも多く稼いだ者勝ち。

ふたつは交渉は妥協するな。

みっつはスポンサーは金の成る木。


これはあくまでアンナの経験に基づいてはじき出された要素で本来のビジネスとはかけ離れている。

それでも初心者のエミルの目には輝かしい格言に映った。


「その3つの要素を押さえておけばビジネスは成功するんですか?」

「そう急がないで。まずはこの3つの要素の説明をはじめるから」


挙手をして質問をしてくるエミルはいささか急いているようで机に身を乗りす。

その勢いを制するように言葉を添えるアンナは差し俸を大きな用紙に向ける。


「コホン。まずはひとつめの硬貨1枚でも多く稼いだ者勝ちの説明をするわね。ビジネスには大小あれたくさんのお金が流れるものなの。商品の売上をはじめスポンサー収入や広告収入などの収益から人件費、光熱費、販促費などのコストまでたくさんのお金があるわ。より多くの利益を上げるためには売上を上げることが最もだけど、その前に商品の価格をどれぐらいにするかも重要なの。商品価格に対するコストは7割で押さえたいところが本音ね。それ以上になってくると利益が目減りしてしまうから硬貨1枚でも多く稼ぐことが必要になるの。わかるかしら?」

「わかります。用はコストを出来るだけ抑えて利益を積み上げることが重要なのですね。そのためにも硬貨1枚でも多く稼ぐことが必要になるんですね」

「理解が早いようでよかったわ」


アンナの力説に耳を傾けてメモを取りながら学習しはじめるエミルの目は真剣そのもの。

ビジネスの小難しい話も頭の中で要約して端的に語る姿に頼もしさを覚える。

エミルの的確な回答にアンナも満足気な顔を浮かべて大きく頷いて応えた。


コストを7割で押さえる考え方はビジネスの世界では横道の考え方だ。

商品価格は一定に抑えて出来るだけコストを下げれば利益は膨らんで行く。

とりわけ薄利多売の商売ではコスト戦略は重要な柱になるだけに外せない。


エミルがはじめようとしているビジネスも薄利多売の商売になるから硬貨1枚でも多く稼ぐことが重要になるのだ。


「コストを下げれば利益は大きくなるのだけれど、コストを削減することは大変なの。コストの主な費用は大半が人件費ね。こればかりはたやすく削減できるものでないから最初の商品価格の設定が重要になるわ。仮に万能薬を銀貨1枚で販売したとするとコストは銅貨70枚になるわ。この銅貨70枚で人件費や販促費、光熱費などを払わないといけないの。まあ、万能薬の価格設定は現実的でないから実際はもっと低く見積もることになるだろうけどね」

「確実に利益を確保するにはコストを抑えて的確な商品価格を設定することが大切なんですね」


理解力の早いエミルに説明をしているアンナも満足気な顔を浮かべる。

優秀な教え子が出来たことでアンナのモチベーションも上がっていたのだ。

さらに深堀しながらアンナはビジネスのノウハウをエミルに解いて行く。


「商品価格を設定する時は全体を考えて決めることが必要なの。あなたがはじめようとしている万能薬の販売は薄利多売の商売になるから多く売らないと利益を積み上げられないわ。万能薬を必要とするのは冒険者が大半だろうから商品の価格設定は重要ね。高過ぎでもダメだし、安すぎてもダメ。買う人が納得できるような価格にする必要があるわ」

「買う人が納得できて確実に利益を確保できる商品価格の設定ですか。難しそうですね」


アンナの説明を理解して行くエミルだったが話が深堀されて行くうちに表情が暗くなりはじめる。

それはあまりに複雑で難しい内容だったので自分のやりたいビジネスに不安を抱いたのだ。

すると、その様子を敏感に感じ取ったアンナがフォローの言葉を添えた。


「あまり難しく考えないで。ポイントを押さえておけばそう難しいものではないわ。”商品価格=コスト+利益”の公式だけ理解できていれば今は十分よ」

「それなら安心です」


アンナのわかりやすい言葉にホッと胸を撫で下ろすエミルの顔に喜色が戻る。


ビジネスは小難しいイメージがあるから初心者にはハードルが高いように思われやすい。

ただ、詳しく紐解いて行けば誰にでも理解できるようなわかりやすい仕組みにもなっている。

”商品価格=コスト+利益”の公式さえ理解出来ればあとはそれぞれを細分化して行くだけなのでさほど難しくもない。

問題があるとすれば実際に商品が売れて軌道に乗せられるかの方だろう。

まあ、それはおいおい考えて行くことなので今は省くが。


「それじゃあふたつめの”交渉は妥協するな”について説明するわね。ビジネスをはじめようとするには多くの人の力が必要になるわ。資金提供してくれるスポンサーや実際に商品を販売する販売員、商品を輸送する行商人など、多くの人の力を借りてビジネスは成り立っているの。逆に言えは多くの人の力がなければビジネスは成功出来ないわ」

「フムフム」


ちょうどいいタイミングで相槌をうちながらエミルはアンナの説明に耳を傾ける。


「その人たちの力を借りるには交渉が必要になって来るの。向こうも慈善事業をしている訳じゃないから自分達にメリットがないと交渉はしてくれないわ。メリットを端的に言えばお金ね。自分達にどれだけのお金が入るかで交渉に乗って来るから、こちらも出来る限り旨味をはじき出す必要があるわね。ただ、足元を見て契約金を釣り上げて来る連中もいるので注意しないといけないわ。あくまでこちらは良いビジネスパートナーを見つける目的が最優先だから分の悪い相手とは組んではいけないわ」

「交渉で妥協すれば相手の思う壺になるってことですね」

「理解が早くてよろしい」


100点満点の回答にさすがのアンナもひと唸りする。

思っていた以上にエミルが出来る人間だったから満足したのだ。


「交渉において一番大事なことは自分に有利に話を進めて行くことなの。こちらの要求に応じられない相手とは契約を結ぶ必要はないわ。無理に契約を結ぶことに集中すると後で後悔するだけだから、きっぱりと断ってね。交渉を進めていれば必ず自分の要求に応えてくれる相手は見つかるから粘ることが肝心ね」

「持久戦になりそうですね」


交渉で重要なのは話術でなく体力だ。

どれだけの相手と交渉を出来たかで成功率も変わって来る。

より多くの人間と交渉をしたかったらパーティーなどに参加するのがよい。

社交場には多くの領主達や貴族達が集まるから効率がいいのだ。


アンナがオーディションの交渉を進めたのも社交場を利用した。

人の集まるところには金も集まるのでスムーズに交渉を進めることが出来た。

オーディションの成功の背景にはアンナの活躍が大きかったのだ。


「”ビジネスは1夜にしてならずよ”。その辺は心得ておいてね」


念を押すように自ら導き出した格言を言うアンナの言葉をメモしながらエミルは話しに耳を傾けた。


「それじゃあ最後のみっつめの要素の話をするわ。”スポンサーは金の生る木”ってことだけど、それはそのままのことを現しているわ。ビジネスをはじめようと思った時に初期投資が必要になるのだけれど、なかなか資金は用意できないわ。その時に必要になって来るのがスポンサーよ。スポンサーは資金を提供してくれる代わりに手数料や売名でメリットを享受するものなの提供できる資金には制限がないけど、出来るだけ多くのスポンサーと契約を結んだ方がいいわね」

「それは何故ですか?」


質問を返すエミルを見つめながら一指し指を伸ばすアンナはニンマリと笑みを浮かべる。


「良い質問ね。スポンサーは資産を運用するために、いろんなところに投資をしているものなの。その多くが不動産や貿易の投資に流れているけれど世界の情勢によっては価格の浮き沈みが激しくなるわ。とかく最近ではロコゴンドル王国の海賊達が暗躍しているようだからリスクは付き物ね。もし、投資をしているところが損害を受けたとなると投資した資金が戻らないこともあるわ。そうなってくるとスポンサーの打撃は相当なものになるから他の投資にも影響が出て来るのよ。だからより多くのスポンサーと契約を結んでリスクを分散させておく必要があるのよ」

「何だかギャンブルみたいですね」

「そうよ。その通り。ビジネスは一種のギャンブルだわ」


ビジネスが成功すれば多額の利益を享受できるが失敗したら多額の借金を背負うことになる。

そうならないためにも確実に交渉を進めて的確なビジネスモデルを形成することが大事だ。

ギャンブルとの大きな違いはこちらの行動次第で成功率をいくらでも高められることだ。

同じ多額の資金を使うならばギャンブルよりもビジネスの方が健全である。


やはり人間は楽をして稼ぐよりも苦労をして稼いだ方が肌に合っているのだ。

ギャンブルで儲けた金は泡のように消えて行くけれど働いて稼いだ金は大事に使う。

より資金を増やすためにも投資をしたりすればもっとお金を増やすことも出来るのだ。

アンナがビジネスをギャンブルと言ったのも少なからずともリスクが伴うことを意味して言ったのだ。


「以上がビジネスにおける3要素の説明よ。わかったかしら?」

「十分に理解出来ました」

「よろしい。それじゃあビジネスモデルの設計をするわよ」


壁に貼りつけてあった大きな用紙を剥がして次の内容を提示する、アンナ。

次の用紙には何も記述されていなく白紙のままで手にはペンを持っていた。


「まずは商品価格の設定から決めるわ。万能薬の相場が銅貨3枚から銅貨5枚の間だからその間で設定するわ」

「なら銅貨5枚がいいです」

「妥当な線だけれど低く設定しておいて安さのメリットを全面的に押し出せば需要は喚起出来るわ。あなたは『倍倍』の特殊能力でモノを増やせるんだから、それぐらいしてもお釣りが来るわよ」

「それじゃあ銅貨3枚にしておきます」


エミルの判断を受けて白紙の用紙の中央下に商品価格をペンで記す、アンナ。

その横にはコストと利益の公式が記されてある。


「商品価格が銅貨3枚なら必然的にコストは銅貨2.1枚で利益が銅貨0.9枚ね。このコストの銅貨2.1枚から人件費や販促費、光熱費、家賃、手数料、税金などを支払うわ。細かな配分は後で決めるとして次はビジネスをはじめるにあたって必要なモノの書き出しね」

「ケシュナットの実を育てる畑と万能薬を造る研究室が必要です」

「それに万能薬を販売する店舗も必要ね」


エミルの回答を用紙に記しながらアンナは必要なモノを書き出して行く。


「それなら在庫を保管しておく倉庫も必要になります」

「良い着眼点ね。満点よ」


他に上げられたのはケシュナットを運ぶ馬車や万能薬を入れる容器などだ。

万能薬は液体だから小さな小瓶が大量に必要になる。

一般に市販されている他の万能薬も小瓶に入っている。

だから小瓶を入手するのはそれほど苦労しないだろう。


畑から研究室にケシュナットを運ぶための馬車は確保しておいた方がいい。

わざわざ人を雇わなくてもエミルが運べば余計な人件費を削れるからだ。


「これだけ見ても相当な軍資金が必要になりそうですね」

「具体的な資金はわからないけれど後は交渉次第でどうにでもなるわ」


さすがのアンナもこの段階ではどれだけの軍資金が必要のかはじき出せない。

何せオーディションとは違って期限がないビジネスだから詰められないのだ。

それでも築いた人脈があるから交渉には自信を持っているようだ。


「商品価格と初期費用がわかったら後は誰が商品を買ってくれるかね」

「メインターゲットは冒険者にするつもりです。冒険者なら回復薬は必須になりますから」

「それに一般の人もターゲットに設定してもいいわ。万能薬なら他の傷や病気にも効くだろうしね」


アンナは用紙の右側にターゲットを列挙して書き記して行く。

そして矢印でそれぞれの要素を繋いでビジネスモデルを書き出した。


左上には畑、中央には店舗、右上にはターゲット。

それぞれを矢印で繋いで商品の流れと資金の流れを導き出す。

このトライアングル状に描き出されたのが今回のビジネスモデルだ。


畑でケシュナットの実を育てて研究室でミキュアを抽出して万能薬造る。

それを店舗に運んで冒険者達や一般の客に売って資金を得る。

その得た資金を畑に還元してさらに生産させて行くと言う流れだ。


一般的な商品販売のビジネスモデルと大差はないが自らが生産するところが大きく違う。

このビジネスモデルの場合、生産から販売までを一括で担うことで中間マージンを削減できる。

薄利多売の商売だからこそこう言う着眼点は重要になるのだ。


「これでビジネスモデルは完成よ。わからないところはある?」

「まだ実感がわかないからかもしれませんけれどうまく行くのか心配です」

「そんな弱腰はダメよ。うまく行くかじゃなくてうまく行かせるの。これくらいの意気がないと商売は出来ないわ」


アンナに気合を入れられてエミルの顔から不安の色が消えて緊張が走る。


アンナの言う通りアンナはこう言うポジティブな考え方で今まで乗り切って来た。

成功するのか心配をしているよりも成功させると願っていた方が前向きになれる。

とかくビジネスのような難しいことをする場合は必須だ。


「それじゃあ明日から交渉をはじめるわよ」

「交渉ってパーティーに行くんですか?」

「そうよ。お酒の入る席の方が交渉がうまく行きやすいからね」

「私、ドレスを持っていません」

「それなら心配ないわ。オーディションでお世話になった服飾店にレンタルするから」


不安げな顔を浮かべているエミルを安心させるようにアンナはニコリと笑って告げる。

今着ている服もその服飾店にオーダーして仕立ててもらったものだ。

魔法使いを思わせるような服でスカートの丈は短く動きやすさを追求したようなデザイン。

基調が黒ベースで所々に襟首や袖に白色のフリルが目立つ特徴的な服だ。

市販はされていないからオーダーメイドでしか仕立てることは出来ない。


「その服もオーダーしたのですか?」

「そうよ。私の一張羅だから気張ったわ」


一張羅を見せびらかすようにその場でくるくる回るアンナは満足気な様子。

エミルが物欲しそうな視線を向けるとさらにご機嫌になってテンションを上げた。


「時間もあることだし、これからドレスを見に行くわよ」


アンナはエミルを伴ってオーディションでお世話になった服飾店へと足を向けた。





翌日、王都マグナカウスの北区にあるとある領主の屋敷でパーティーが催された。

集まったのはエジピア王国を代表するような領主や貴族達で他の街からも来ている。

どの招待客を見ても豪華な服やドレスを身に着けていて傍から見ても裕福であることが窺える。

その招待客達にも見劣りしないような豪華なドレスと装飾品を身に着けた2人の女性がいた。


ひとりは豊かな胸を強調させたようなドレスを着ている茶色の巻き髪が特徴のアンナ・クローネだ。

その横に並んでいるのは齢16歳のまだまだ幼さの残る顔立ちをしているエミル・セントール。

アンナのような豊満なバストはないが若さを前面に押し出したようなドレスを着ている。

装飾品も控え目で落ち着いた雰囲気があり、豪華さを演出しているアンナを引き立たせている。


「すごい人達ですね。緊張します」

「まあ、慣れない社交場だからね。はじめてならそんなものよ」


ひとり強ばった顔をしているエミルとは対照的に場に馴染んでいるアンナはさすがと言える。

根性が座っていると言うか神経が図太いと言うかおばさんならではの貫禄を醸し出している。

豪華なドレスも高価な装飾品にも見劣らない雰囲気を醸し出して周りを魅了していた。


「まずは主催者へ挨拶をするわよ。私達は招待された立場だから挨拶はマナーだから。それに顔を売ることも出来るからね」

「私みたいな者が挨拶なんてしていいのでしょうか?」

「そんなに自分を卑下する必要はないわ。主催者と言ってもただの人間なのだから」


酒を差し出して来たボーイからグラスを取るとアンナは主催者のところへ向かう。

それに習うようにエミルもグラスを取ってアンナの後に続いた。


主催者は豊かな髭を蓄えた40代ぐらいの男性で立派な体躯を持っている。

スーツの形状を変えるぐらい溢れた肉体を見れば戦場にいてもおかしくない。

金色の髪は整髪料で整えてあるが鎧を着ていたら間違いなく戦士と間違えていただろう。


その主催者に怖じることもなく歩み寄って行ったアンナは軽めの挨拶をした。


「こんにちは。フロッセオ伯爵。この度はご招待に預かり感謝しています」

「おお、アンナ・クローネ殿か。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」


アンナが軽く会釈をするとニコリと笑みを浮かべてフロッセオ伯爵がグラスを掲げる。

それを受けてアンナもグラスを掲げるとフロッセオ伯爵とグラスを合わせた。


オーディションを成功させたことでアンナの顔も売れているらしく他の招待客からも軽く会釈をされていた。

女性でビジネスを成功させる者など少数派なので余計にアンナを印象付けたようだ。

さすがはアンナと言うべきなのかいっしょにいるエミルも少しだけ優越感に溺れた。


「それで次はどんなビジネスを考えておるのだ」

「フフフ。聞きたいですか?」

「勿体ぶらないで教えておくれ」


物欲しそうな笑みを浮かべながら詰め寄って来るフロッセオ伯爵を焦らせながらアンナがさらりとかわして後ろにいたエミルに視線を向ける。

フロッセオ伯爵はきょっとんとした顔に変わると小首を傾げてエミルを見た。


「ビジネスはこの子がするのですわ」

「まだ10代に見えるのだが」

「ビジネスに年齢は関係ありませんわ。確かなビジネスモデルを描いていれば誰でもはじめられます」


さも自信ありげに言い放つアンナの視線の先でエミルは緊張しながら顔を強ばらせている。


ただでさえ社交場デビューははじめてなのにさらに上掛けるようにフロッセオ伯爵を目の前にしているのだから無理もない。

エミルはあまりの緊張感で頭がクラクラして来てしまい今にも倒れそうな状態になっていた。


そんなエミルの緊張とは裏腹にフロッセオ伯爵はアンナが言ったビジネスに関心を示す。


「どんなビジネスをはじめるつもりだ?」

「ケシュナットの実を栽培して万能薬を造り、それを販売するビジネスです」

「ほう、生産と販売を一括して行うのか。興味深いな」


アンナの説明にフロッセオ伯爵は目の色を変えてひと唸りして関心を示す。


「生産と販売を一括して行えば中間マージンを削減できますから大幅にコストを抑えられます。それに価格帯も手ごろな値段に設定することでターゲットの関心を得ることが出来るでしょう」

「さすがはアンナ・クローネだ。だてにオーディションを成功させただけではないな」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


提示されたビジネスモデルを聞いてますますフロッセオ伯爵の関心が深まる。


スポンサーにとってどんなビジネスモデルを提示出来るかで契約を結べるかどうか変わって来る。

確実に儲かるであろうビジネスモデルでなければ投資などしないからだ。

スポンサーにとってもどこに資金を提供するのかは主要な問題だけに慎重になるのだ。


さも誇らしげに胸を反らしているアンナは褒められたことですっかり満足の様子を浮かべている。


「となるとまずは畑が必要になりそうだな。あてはあるのか?」

「王都マグナカウスの領主を中心に交渉を進めようと思っています」


フロッセオ伯爵の質問にアンナがきっぱりと答えるとフロッセオ伯爵は質問を重ねて来た。


「マグナカウスでなければならないのか?」

「それはどう言う意味です?」

「私の知り合いにイスタトールの領主がいる。イスタトールは農地が多い街だから畑は見つかりやすいだろうと思ってな」

「その話。ぜひ、詳しく聞かせてください」


顔を上げて諳んじながら思い出したように語るフロッセオ伯爵の言葉にすぐさま反応したアンナは身を乗り出して前のめりになる。


ここでどう話を引き出せるかで今後の予定も変わって来るからフロッセオ伯爵に期待したのだ。


フロッセオ伯爵の話ではレンブル子爵と言う32歳の若者が領主を務めていると言う。

先代が築いた領地を治めているのだが実力は高く以前よりも領地を拡大させたらしい。

容姿は黒髪の短髪で端正な顔立ちをしたイケメンだと言うことだ。

まだ、結婚はしておらず独り身だそうで婚約者を募集しているとのこと。


フロッセオ伯爵は冗談なのか本気なのかわからないがアンナに進めて来たがアンナはきっぱりと断った。


「私は悪い話だとは思わぬけどな……」

「それでレンブル子爵はこのパーティーに参加しているのですか?」


すっかり断られてしょぼんとしているフロッセオ伯爵に迫るようにアンナが尋ねる。

すると、気を取り直したのかムクリと顔を上げてフロッセオ伯爵は辺りを見回しはじめた。


「もちろん招待しておる。レンブル子爵は……あそこだ。あそこにいる黒髪のイケメンがレンブル子爵だ」


フロッセオ伯爵が示した方向を見やると黒髪のイケメン紳士が招待客と談笑をしていた。


「エミル、行くわよ」

「はい。アンナさん」

「私が紹介してもいいのだが」

「いいえ。フロッセオ伯爵は他の方のお相手が必要でしょう。私達だけで十分ですわ」


周りを見やるとフロッセオ伯爵と話がしたそうな招待客が列を作って並んでいた。


アンナ達と同じように顔を売ろうとしている者や人脈を築きたい者達が多い。

パーティーを主催出来るだけの力を持ったフロッセオ伯爵だから人気度は高いのだ。

もちろんアンナにお目通りをしたい招待客もいたがアンナは丁重に断っていた。


今は何よりもエミルのビジネスを成功させるためのスポンサーを探すことが第一なのだ。


アンナはグラスの酒をひと飲みすると代わりの新しいグラスを2つ取ってレンブル子爵の元へ向かう。

そんなアンナに習ってエミルもグラスの酒を飲み干してからアンナに続いた。


他の招待客と談笑していたレンブル子爵の前まで来るとアンナはニコリと笑みを浮かべて軽く会釈をする。


「こちらのお酒も美味しいですわよ。レンブル子爵」

「これはこれは。私としたことがこんな素敵な方の名を忘れるなんて」


初対面のアンナに失礼がないように配慮するところはさすがと言ったところだろうか。

アンナが笑みを浮かべながら名前を名乗るとレンブル子爵の顔つきが変わった。


「アンナ・クローネですわ」

「あのオーディションの主催者でしたか。これは御見それしました。私はイスタトールを治めているレンブルと申します」

「知っているわ。レンブル子爵は有名ですもの」


レンブル子爵は改めて自己紹介すると深々と頭を下げるのでアンナは小さく笑っお世辞を言った。


レンブル子爵のことはさっきフロッセオ伯爵から聞いたのがはじめてで詳しくは知らない。

ただ、会話を盛り上げるためにも多少の嘘は必要なのだ。

それになによりレンブル子爵と交渉を進めればスポンサーになってくれる可能性が高い。

ビジネスを成功させる上でも要となるレンブル子爵と親睦を深める必要があるのだ。


「アンナさんにそう言ってもらえるなんて光栄です」

「フフフ。お上手なんだから」


アンナはわかりやすくレンブル子爵にボディータッチをしながら心の距離を詰める。


「それで次のビジネスは考えているのですか?」

「それはもちろん。まあ、私がするんじゃなくて、この子がするんだけどね」


後に控えていたエミルを見つめてアンナが告げるとレンブル子爵の目も丸くなる。


「はい。自己紹介をして」

「エミル・セントールです」


声を震わせながらおどおどしているエミルを見てレンブル子爵は優しい顔を浮かべて手を指しのべる。

そしてエミルの手を握ると軽く握手をしてエミルの緊張を解いた。


「レンブルです。以後、お見知りおきを」


エミルは笑顔になれない引きつった笑みを浮かべながら一歩後ろに下がる。


自分がレンブル子爵と挨拶しているのが信じられない様子で戸惑っていたのだ。

確かに一般市民であるエミルからしたらレンブル子爵は雲の上の人だから無理もない。

ただ、今後交渉を進める上でも慣れてもらわなければならないとアンナは考えていた。


「実はレンブル子爵にお願いがあってね」

「私に出来ることでしたらお力を添えます」

「畑を用意してもらいたいのよ」

「畑?」


アンナの言葉が一瞬飲み込めなかったのかレンブル子爵はきょとんとした顔で小首を傾げる。


「この子がはじめようとしているビジネスがケシュナットを育てて万能薬を作って販売することなの。そのためのケシュナットを育てる畑が必要なのよ」

「ケシュナットですか。面白いことに着眼しましたね」

「私の仲間がこの子にケシュナットの実を上げたことから浮かび上がったビジネスなんだけどね」

「きっかけは何だって問題ないです。若くしてビジネスに挑戦しようとする姿が素敵ですから。ぜひ、私に協力させてもらえませんか?」


子供のように目を輝かせてエミルを見つめるレンブル子爵の顔からは嘘は見えない。

本気でエミルに力を貸したいと思っているようで両手を差し出して握手を求めて来た。


「レンブル子爵さんが協力してくれるなら本望です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますね」


エミルはレンブル子爵の手をとると固い握手をして約束を取り付けた。


はじめてにしてはうまく交渉が運んだのだとアンナは満足している。

レンブル子爵の協力を得られれば畑の問題は解決できる。

それだけでなく研究室の問題も店舗の問題も一気に解決できそうだ。

何せレンブル子爵はイスタトールの街を治めている領主なのだから。


アンナはより深くビジネスを知ってもらうためレンブル子爵と談笑重ねた。


もちろん配慮したのはそれだけではない。

どれだけスポンサーを増やせるかがカギとなって来るから招待客にアピールを繰り返した。

反応はまちまちだったがアンナが携わっていることもあって人気は上々だった。

後はどれくらいのスポンサーが資金提供をしてくれるかが課題になる。


今後のことを考えてビジネスの説明会を企画しようと目論んでいた。


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