あるある163 「教え子を作りがち」
翌日、俺達は作業員達と共に会場の撤去作業に借り出されていた。
先日のような賑やかな喧騒はなく、設備を撤去する作業の音が虚しく響いている。
祭の後はどことなく寂しさを覚えるもので今の俺の心の中もポカンと穴が開いたようになっていた。
「終われば早いものだな。先日までの賑わいが嘘のようだよ」
「この会場に6000人もの人がいたのだから仕方ないさ」
撤去されて行く会場を見渡しながら呟くとガッシュも手を止めて仰ぎ見るように会場に視線を向けた。
俺達の中にはオーディションを成功させたと言う達成感が溢れている。
アンナの企画からはじまったことだが、与えられた役割をこなすことで一体感が生まれていた。
作業員達の顔も見慣れたもので誰が誰だとわかるくらいまで親しくなっていた。
俺達はこのオーディションを通してかけがえのないものを手に入れたことになる。
この作業が終了すればみんなそれぞれの家に帰って行く。
それはあたり前のことなのだが、まだこの時間が続けばいいなと心の片隅で思っていた。
「カイトはこれが終わったらどうするの?」
「そうだな。他の国へ旅立とうかと思ってる。マルクはどうするんだ?」
「僕達はもう少しエジピア王国を満喫するつもりだよ。まだ行っていない街もあるし」
すす汚れた顔に滴る汗を拭いながらマルクが尋ねて来るので俺は今後の予定を話した。
まだ、決定事項ではないが、シーボルト達も待たせているところだしエジピア王国を離れるのもそろそろだ。
マルク達のようにエジピア王国を散策するのもアリだがあまり長居はしたくない。
それはアンナが金儲けに邁進して冒険を忘れることもありうるからだ。
適度な頃合いを見計らって冒険に旅立った方がカイト軍団にとっては都合がいいのだ。
「ガッシュはどうするんだ?」
「俺達はハーベイ王国へ行こうかと思ってる。エジピ王国から一番近いからな」
「ハーベイ王国なら俺達は行って来たぞ」
足場を撤去している手を止めて答えるとガッシュが食い入るように質問をして来た。
「どんな国だった?」
「広大なサラハル砂漠に覆われた歴史豊かな国だ。王都デギオンには歴史文化保存図書館があってゴルナット博士っていう爺さんがいる。このケシュナットの実はその爺さんからもらったんだ」
懐の奥にしまってあったケシュナットの実を取り出し掌に乗せるとお茶を運んで来たエミルがすぐさま反応をした。
「ケシュナットの実ですって!」
「何だよ、エミル。知っているのか?」
「知っているも何も万能薬に使われる植物じゃない。繁殖性が非常に高いから1個あっただけでもすぐに畑を起せるまでに至るわ」
「そう言えばそんなことも言っていたような気がする」
掌の上のケシュナットの実をマジマジと見つめながらエミルは興奮気味に鼻息を漏らせている。
普段の冷静なエミルからは想像も出来ないくらいケシュナットの実に夢中だ。
俺の確認をとってから親指と人さし指でつまむと顔の前まで持って来てじっくりと眺めていた。
「ねえ、カイト。これを私にちょうだい」
「別にいいけど。そんなのをもらって何をするんだ?」
「ケシュナットの実を育てて畑を作るの。花が咲いたらミキュアを抽出して万能薬を作るつもりでいるわ」
エミルは目を輝かせながら頭の中に想像しているビジョンを見ながら嬉しそうに説明して来る。
「畑って農家にでもなるつもりか?」
「私がやりたいのは薬屋よ。『倍倍』の特殊能力は戦闘向きじゃないから商売をしようかと考えていたの。ケシュナットの実さえあれば万能薬をいくらでも作れるから、いずれは貿易にも手を出して世界一の薬屋を造るつもりでいるわ」
「エミルは具体的なビジョンが描けているんだね」
「もちろんよ。セントルース騎士団学校を卒業したあたりから考えていたことなの」
確かにセントルース騎士団学校に通っていたころもその気があったような気がする。
エミルは実技よりも知力に長けていたからペーパーテストはいつも満点だった。
実戦訓練においては戦術を立てる役割を担うことが多く前戦では戦っていなかった。
自ら剣を手にとりチームをリードするよりも策士となってチームを操る方が得意なのだ。
商売には力は必要でないからエミルに合っていると言える。
「でも、畑がなくちゃケシュナットの実も育てられないだろう」
「そこなのよね。広大な畑を買うほどのお金は持ってないし、ケシュナットの実からミキュアを取り出して万能薬を造る研究室もないから」
腕を組みながら小首を傾げるエミルの顔から喜色が消える。
視線を流しながら俺達の顔を見回して大きなため息を吐いた。
エミルのビジョンを成功させるためにはまずはケシュナットの実を育てる畑が必要になる。
ケシュナットの成長サイクルは短くて3ヶ月ほどで花が咲いて実が出来る。
ひとつの芽に3つほどのケシュナットの実をつけるので増やすのは簡単だ。
1年ほど時間をかければ単純計算で6500超の実が出来る計算になる。
だからケシュナットの実を育てるためにも畑は絶対に必要なのだ。
「まずは畑だな。畑がなくちゃケシュナットの実も育てられない」
「誰か畑を貸してくれる人でもいればいいんだけどね」
ケシュナットの実をマジマジと見つめながらエミルに視線を向けると難しそうな顔をして視線を返して来た。
「それならアンナさんに頼んでみたらいいんじゃないかな?」
「あいつはダメだ。金儲けのことしか頭にないから人助けなんてしないよ」
「だから、儲け話と言う体を作って話を持ちかけるんだよ」
マルクの提案に顔の前で手を振って流そうとするとマルクは人差し指を上げて笑みを浮かべる。
「どういう事だ?」
「アンナさんはお金儲けが好きなんだから万能薬の売上から手数料を支払う形をとって協力をお願いするんだ。そうすればアンナさんは儲かるしエミルもケシュナットを栽培できる」
「なるほどな」
得意気に鼻の下を擦りながら詳しく説明して来るマルクに俺はひと唸りする。
マルクの提案はアンナの特性を十分に理解したアイデアだ。
とかくアンナは金に執着するから買い物へ行っても値切ることにこだわる。
それがたとえ銅貨1枚であっても値切ることを止めないのだ。
いっしょにいる俺達が恥ずかしくなるぐらい金に目がない。
手数料をもらえるともなれば喜んで食いついて来るだろう。
万能薬の売上からどの程度の手数料を払うのかはわからないがエミルの負担も軽減される。
とりわけ商売をはじめようものなら初期投資がかかるから、ある程度軍資金がないと出来ないのだ。
アンナはこのオーディションでたくさんのスポンサーと契約を結んで人脈を広げた。
その伝をあたれば畑を持っている人物ともコンタクトがとれるはずだ。
「よし、わかった。さっそくアンナと交渉をしよう」
俺達は設備の撤去作業をちゃっちゃと終わらせて宿屋へ戻った。
宿屋の一室でオーディションの売上の集計が行われている。
テーブルの上には山のように金貨や銀貨が置かれていて零れそう。
その金の山の中で算盤を弾きながらアンナがお金を数えていた。
「ひい、ふう、みい、よ……チケット収入だけで金貨600枚にもなったわ。ウハウハね」
10枚ずつ積み分けた金貨を眺めながらニンマリといやらしい笑みを浮かべるアンナの口元が大きく歪む。
宝箱を彷彿とさせる豪華な装飾が施された箱の中へ金貨を仕舞い込みながら、またニタリと笑みを浮かべる。
その姿を傍から見ていたら妖怪のようにも見えなくもない。
「おい、アンナ!いるか?」
俺は扉を勢いよく開けてアンナがいる部屋の中へ入る。
すると、すぐさまアンナの文句が入ってギロリと睨みを利かせた。
「ちょっと、部屋に入る時はノックしなさいよ」
「別にいいだろう。俺達は仲間なんだし」
「私が着替えていたらどうするのよ?」
「誰もお前の裸なんて見たくないよ」
飄々と答える俺に納得が出来ないのかアンナはじとーっとした眼差しを向けて来る。
そして後ろに控えていたガッシュ達を見ると悟ったように質問をして来た。
「で、私に話があるんでしょう?」
「そうだよ。アンナに儲け話を持って来たんだ」
「儲け話?」
俺の言葉に疑いの眼差しを向けるアンナは半信半疑でいる。
「実はな、エミルがケシュナットの実を育てて万能薬を造るビジネスをはじめるんだ。だけど、畑もないし研究室もないので何もはじめられないでいる」
「それで?」
「アンナに力を貸してほしいんだよ。お前なら人脈もあるし資金もあるから簡単だろう」
「要は私に乗っかりたいだけってことね。どうしようかしら……」
腕を組みながら椅子に背を預けて俺達の顔色を窺うような視線を向けて来る。
俺達の腹を探りつつ悩んでいるような態度をしながらもったえつけるように焦らす。
「も、もちろん手数料は払うつもりだ」
「当然でしょ。タダで力を貸すほどお人好しじゃないわ。それで手数料はどのくらい払うつもりなの?」
「万能薬の売上から何パーセントかになるかな……」
アンナの質問に曖昧な回答を返すとアンナの目つきがガラリと変わりケチをつけて来た。
「手数料の割合も決めていないわけ?もし、私がいい値をつけたらそれを払うことになるのよ。それでビジネスをはじめるつもりなの?」
「そう言われてもはじめてのことだから俺にはわからないよ」
鋭いアンナの追及にしどろもどろになりなって困っているとエミルが一歩前に出て答えを返す。
「万能薬の売上の1%を手数料として払うつもりです」
「1%?話にならないわ。私に力を借りるのにそれだけの報酬なんて割に合わない。あなた、ビジネスを舐めているわね」
「じゃあ2%払います」
アンナの挑発に触発されたエミルは啖呵を切るような勢いで値を釣り上げる。
しかし、アンナは黙ったまま首を横に振るだけでNOの意志を示した。
素人相手にここまで手を緩めないのはさすがは金の亡者と言える。
ビジネスの厳しさを体現することで教えようとしているのだろうが、素人にはキツイ。
エミルもやきもきしながら唇を噛み締めてアンナに厳しい視線を向けていた。
「それなら3%を払うわよ。これでいいんでしょう」
「仕方ないわね。それで手を打つわ」
口元を緩ませながら満足気な顔を浮かべているアンナはすっかり勝者の気分に浸っている。
自分の思う通り交渉が進んだことで割に合う手数料を確約出来たから嬉しいのだ。
万能薬の売上の3%と言ったら金貨100枚分売上げたら金貨3枚手に入る計算になる。
ギルドでクエストをこなして金貨3枚も稼ごうと思ったら、どれだけのモンスターを倒せばいいのかわからない。
それに比べたらタダで金貨3枚が自動的に入って来るこっちの方が何倍も得だ。
初期投資はそれなりにかかるだろうが金持ちのアンナからしてみればたやすいこと。
何せオーディションでがっぽり稼いでいるから有り余るほど金は持っているのだから。
「その代りちゃんと力を貸してくださいね」
「大船に乗ったつもりでいていいわよ。私をビジネスパートナーに選んだことが正解だったと言わせてあげる」
少し不安そうな顔を浮かべているエミルに手を差し伸べると固く握手をして安心させる、アンナ。
その顔には曇りはなく必ずビジネスを成功させる意気込みが感じられた。
「で、いつぐらいに準備が出来るんだよ」
「そうね。まずは畑になる土地を探すことからはじめないとね。王都マグナカウスになければ他の街をあたる必要があるわ。だから1ヶ月は必要になるかしら」
「そんなにもか?待ってられないぞ」
「ブツブツ文句は言わないで。ビジネスは1夜じゃできないのよ」
アンナの提示した時間の長さに呆れ顔を浮かべているとアンナがビジネスの本質を解く。
すると、エミルが目を輝かせながらアンナに迫った。
「私は待ちます。アンナさん、私にビジネスのいろはを教えてください!」
「あなたはわかっているようね。カイトと違って良い子だわ」
深々と頭を下げながら女神を見るような目つきでアンナを見やるエミルは本気のようだ。
金儲けで言えばアンナの右に出る者はいないから適任であることは間違いない。
ただ、アンナは金のことしか頭にないから間違った教育がされる恐れがある。
そんなことも気にせず大きな胸を反らしながら得意気になっているアンナの顔はすっかり緩んでいる。
俺達をまるで下々の者達を見やるように憐みの眼差しをこれでもかと言うぐらいに向けて来た。
「あの野郎、弟子が出来たからって調子に乗ってやがるな」
「でも、よかったじゃないか。交渉はうまく進んだんだし」
「そうだよ。アンナさんに任せておけばエミルも立派なビジネスウーマンになれるよ」
苦虫を噛み潰しながらアンナの愚痴をボソリと呟くとガッシュとマルクは納得をしたように頷き答える。
俺はひとり納得がいかなかったがエミルのことを第一に考えて反論はしなかった。
「それじゃあはじめましょう。まずはこのお金がいくらあるか集計してちょうだい」
「おい、それはお前の仕事だろう。エミルに押しつけるなよ」
「外野は黙っていなさい。これもちゃんとした教育なの」
俺が不満たらたらで文句を言うとアンナは当然と言わんばかりの態度で言い返す。
すると、素直なエミルはアンナの指図されるままテーブルの上のお金を数えはじめた。
「おい、エミル。やめろ。そんな約束はしていないだろう」
「いいのよ、カイト。これも私の仕事だから」
「これでわかったでしょう?この子はもう私の教え子なのよ」
エミルを制ししようとする俺に向かってアンナは勝ち誇ったように言い放った。
エミルがいいって言うなら俺に反論することは無用だ。
納得いくまでアンナの指導を受けるのが一番だろう。
きっとエミルのことだから途中で弱音を吐いて逃げ出すはずだ。
それもいいだろう。
アンナの金儲けにかける情熱は普通の人間では理解できないのだから。
「エミルがそれでいいなら俺はもう何も言わない。けどな、逃げ出したくなったらいつでも逃げていいんだからな」
「それはどう言う意味よ。私がこの子を食らおうとでも思ってるわけ?」
「お前は金のことになると超貪欲になるからな。エミルの骨の髄まで吸い尽くしそうだ」
骨の髄だけじゃない骨も肉も食らい尽くしてしまうだろう。
それほどまでにアンナの金に対する執着心は強いのだ。
「私を死神呼ばわりしないで。私はお金を大事にしているだけよ」
「はいはい。そう言うことにしておいてやる」
「なんか馬鹿にされているようで気分が悪いわ」
ひとり不服そうな顔を浮かべながらアンナは視線を俺に向けると睨みを利かせる。
そんな視線をいくら受けてもこっちには何の痛みもないから気にも止めずにスルーした。
「それよりメンフェルに払う教会のレンタル料をくれよ。これから届けに行くから」
「ああ、そう言えばそんな話もあったわね。ちょっと待ってて」
俺の要求にアンナはテーブルの上に広げてあった契約書に目を通して金貨を積み上げる。
「1日あたり金貨1枚の契約だから金貨30枚ね。はい」
「おい待てよ。実際に借りたのは4カ月だろう。金貨30枚なんて少な過ぎやしないか?」
差し出された金貨30枚の山を見て文句をつけるとアンナが睨みつけて来た。
「契約では金貨30枚ってことになっているのよ。問題はないわ」
「それじゃあぼったくりだろう。ちゃんと4カ月分を払えよ」
「あんたバカ?ビジネスってのは契約が全てなの。契約書にないことはしなくてもいいの。わかる?」
馬鹿にするように契約書で俺の頭を叩きながら言い放つアンナは苛立ちを剥き出しにする。
その手を振り払いながら俺が詰め寄るとアンナは一歩引いて構えた。
「契約がどうって話じゃない。これは人としてのだな……」
「人としての道理を説くつもりなのね。だけど、ビジネスに人情なんてものはないの。すべては契約よ。契約こそが絶対なの」
「契約、契約ってな。お前は金が欲しいだけだろう?」
「わかり切ったことは言わないで。お金は私の全てなの。この世の中ではお金がなくちゃ何もできないのよ」
詰め寄る俺に対抗するようにアンナは世の中を達観したような顔をしながら真理を解いて来る。
確かにアンナが言う通りお金がなくちゃ何もできない世の中になっている。
冒険者も商人もお金を稼ぐためにクエストをこなしたり働いたりしている。
そして稼いだ金でたらふく酒を飲んだり飯を食べたりして過ごす。
それがあたり前のことになっていて誰も疑問を抱かない。
もし、お金がなくても平穏に暮らしていける世界があるのならば見てみたいものだ。
そうすれば貧困に苦しむ人もいなければ人身売買される人たちもいなくなるだろう。
それは夢のような世界だ。
俺がひとりそんな世界に想いを巡らせているとアンナはちゃっちゃと話を終わらせていた。
「カイト。そろそろ行こうぜ。俺達はお邪魔みたいだからな」
「僕達これで帰るからエミルも元気でね」
「うん。期待に応えられるように頑張るわ」
「1ヶ月したらまた来なさい。その時にはこの子は立派な商人になっているから」
そう得意気に振る舞っているアンナに見送られながら俺はしぶしぶ金貨30枚を懐にしまって宿屋を後にした。
西区画にある宿屋から抜けて南区画の最南端にあるシークリット教会へと足を向ける。
懐にある金貨30枚の重みがずっしりと伝わって来て小金持ちになった気分へと変える。
まあ、このお金はメンフェル達に払うシークリット教会のレンタル料なのだが。
「さすがのカイトもアンナの前ではたじたじだな」
「あいつの金に対する執着心は半端ないからな」
「でも、金貨30枚も手に入っただけでも良しとしないとね」
呆れ顔を浮かべながらぼやくガッシュも前向きな発言をするマルクもアンナの本性を知って度肝を抜かれたようだ。
「そうだな。金貨30枚もあれば教会の改修は出来るだろうからな」
「でも、すぐにお金がなくなってしまうぞ」
「それは仕方ないよ。お金は使えばなくなっちゃうものなんだから」
俺達は顔を見合わせて遠目にシークリット教会を眺めながらガックリと肩を落とす。
外壁がはがれ落ちて穴の開いた屋根からは太陽の日差しが差し込んでいる。
教会を彩るはずのステンドグラスは割れていて隙間風がピューピューと吹き付ける。
今は夏だからそれほど気にならないが冬を迎えたら凍えるような寒さに襲われるだろう。
その前に教会の改修は終わらせておきたいのが本音だ。
「このお金を増やせる方法があればいいんだけどな」
「ギャンブルでもするか?」
「まさか。そんな危ない橋は渡らないよ」
コロセウムでのエレンの件があるから余計にギャンブル嫌いになっている。
ギャンブルはお金を増やす手段ではなくお金を減らす手段なのだから。
あの失敗で俺は学んだのだ。
全うに生きる方が賢い者の選ぶ道だと。
俺達が教会の敷地までやって来るといつものように子供達が駆け寄って来た。
「カイト。久しぶり。今日は何をくれるの?」
「カイト。僕はチョコパンがいい」
「私はクリームパンがいいな」
俺はオーディションの一件があっていらい名前を憶えられたようで子供達は「カイト」と呼んで来るようになった。
せめて年上なんだし「カイトさん」ぐらいにしてもらいたいところだが子供達に言っても無駄だろう。
小さな顔でクリクリの大きな目を輝かせてすり寄って来る子供達を見れば何も言えない。
「今日はメンフェルに用があって来たんだ。だからお土産はない」
「えー。つまんねーの」
「あっちへ行こう」
俺の思わぬ答えにすっかり興味をなくした子供達は蜘蛛の子が散るように立ち去っていった。
すると、メンフェルが苦笑いをしながら俺達のところへやって来た。
「子供は正直だからね。悪くは思わないでおくれ」
「ハハハ。そう言うことにしておく。それより今日はメンフェルに用があって来たんだ」
「私に?」
素っ頓狂な顔を浮かべるメンフェルはマジマジと俺の顔を見やる。
俺は懐に手を伸ばすと中から金貨30枚が入った袋を取り出した。
「これ、教会のレンタル料の金貨30枚だ」
「金貨30枚だって!そんなにくれるのかい?」
目の前に差し出された金貨の入った袋を見るなり目を丸くさせながら驚く、メンフェル。
辺りをキョロキョロと見回しながらこそこそと金貨の入った袋に手を伸ばす。
そして袋の口を開いて覗くと驚きの顔がますます深くなった。
「本当ならもっともらえるはずだったんだけどアンナの奴がケチってさ」
「これだけでも十分だよ。やっと教会の改修が出来るわ」
満面の笑みを浮かべているメンフェルは小躍りしそうなぐらい喜んでいる。
かねてより教会の改修を願っていたからこそ喜びもひとしおだったのだ。
袋の中の金貨を手に取りながら本物かどうか確かめていることから見ても驚きだったのだろう。
「教会は改修出来ても日々の貧しさは変わらないだろう。それでいいのか?」
「それは仕方ないことだよ。国からの支援金や貴族達からの寄付金が止まっているからね。子供達も慣れたものさ」
そうは言っても教会にいる子供達は街で見かける子供達と比べて痩せ細っている。
1日1食があたり前でお腹いっぱい食べられる訳でもないから痩せてしまうのだ。
中には栄養失調で寝たきりになってしまう子供もいる。
シークリット教会の子供達にとって明日の飯の心配は尽きないのだ。
「何かいい方法があればいいんだけど……」
「カイト。ローンダル卿に頼んでみることは出来ないの?」
「あいつらは今、王都を要塞化することで手一杯だよ。それにあいつの力を借りるのは気が引ける」
ローンダル卿のことを思い出してすっかり不機嫌になった俺はバッサリと断つように答えた。
ローンダル卿には『ドラゴンオーブ』の一件があるので素直に力を借りることはは出来ない。
それは俺が迎合したようにもとられかねないし、何よりもローンダル卿に借りは作りたくないのだ。
ただ、そうも言っていられない状況が目の前にあるってことは自覚している。
だからこそ、何とかしてシークリット教会の子供達を救いたいのだ。
俺達が思いつめたような顔をしているとメンフェルが声をかけて来た。
「心配してくれてありがとうね。この先は私達の問題だから気にしないでおくれ。こう見えても私は今までこの教会を守って来たんだから。他のシスター達もいるから大丈夫だよ」
その優しさが返って俺達の心に染み渡った。
これはシークリット教会だけの問題ではなく俺達の問題でもあるからだ。
ここで知り合ったのも神の思し召しだとするならば俺達はまだまだやることがある。
俺達はその時、そう決意した。




