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おばさんクエスト~あるあるだらけの冒険記~  作者: ぱんちゅう
第五章 喪失するおばさん編
123/361

あるある122 「自分の力に自信がありがち」

翌朝、早めに朝食をすませてモール諸島を後にした、俺達一行。

明るい時間に出来るだけ距離を稼ぐためエンジンはフルスロットルに。

イエローキャットのエンジンは軽快な音を立てながらスクリューを回す。


「明るいうちにハーベイ王国の領海から出るぞ」

「それはいいけどよ。やることがなくて仕方ない」

「なら、お前も釣りをしたらどうだ。楽しいぞ」

「そんなかったるいことしてられるかよ」


エレンは椅子に腰かけ足を投げ出してつまらなそうな顔を浮かべる。

その隣で俺はリールを巻きながら釣りを楽しむ。

まだ釣果はないがアタリは来ているので釣れるのも時間の問題だ。

シーボルト曰く、この海域ではマグロがよく釣れるらしい。

船に設置されている魚群探知機も海中で泳ぐマグロの群を捉えていた。


「マグロが釣れたら刺身にしてマグロ丼を楽しもう」

「それは釣れてからにしてくれ。変に期待を持たせて何も釣れなかったんじゃ話にならないからな」

「言ってろ。必ず釣ってやるさ」


俺はエサのアジを針につけ直してアジごと釣り針を海へと放り投げる。

船のスピードに合わせるようにリールが伸びて行き海底へ沈んで行った。

後はマグロがエサに食いつくのをひたすら待つだけだ。

釣りをしていたのは俺だけでミゼルはひとりで読書をしていた。


「ああ、暇だ―。酒でも飲むか」

「朝からお酒なんて止めてちょうだい。またあなたの介抱なんてやってられないから」

「そうですわ。エレンさんは少しお酒を飲み過ぎですよ。体に悪いですから控え目にした方がいいですわ」

「そうは言っても酒以外に楽しみがないじゃないか」


確かに船の上ではやることは限られる。

せいぜい釣りをするぐらいしか時間を潰せる方法はない。

ミゼルのように予め本でも持って来ていれば読書をすることも出来るのだが。

すると、気を利かせたマシューがパラソルを持って来て甲板に広げた。


「先は長いんです。日向ぼっこでもしませんか?」

「それもアリだな。気が利くじゃないか」

「見習いにしてはいい計らいじゃない。ついでにカクテルも頼むわ」

「せっかくですし新作の水着を着ましょう」

「いいアイデアね。ゴートスの街で新しい水着を買ったばかりだしね」


アンナとセリーヌは水着に着替えに楽し気に船室へ向かう。

その背中を見送りながらエレンはそのままの格好でチェアに横になった。

既にビキニアーマーを着けているので着替える必要もないのだろう。

と言うよりもそれ以上、水着に着替えてもさして変りもないのだから。


「お待たせ。どう似合う?」

「に、似合います。とっても素敵です」


マシューは水着姿のアンナをマジマジと見つめながら興奮気味に答える。

その反応に満足気なアンナはポーズを決めながら俺に質問をして来た。


「わかってるじゃない。カイトはどうかしら?」

「別にふつーだな」

「何よ、その態度。これは新作の水着なのよ。もっと気の利いた感想を言えないのかしら」

「別に普通だと思ったからふつーって言ったんだ。それ以上の感想なんてないよ」


アンナは俺の冷めたリアクションにムッとしながらそっぽを向いて行ってしまった。

アンナの着ていた水着は普通の真っ赤なビキニで胸元にリボンがあしらってある。

とりわけエロいって感じでもなく普通の水着なのでこれ以上の感想はない。


「やっぱりカイトさんはこっちの方がお好みですよね」

「セ、セリーヌ。その格好……」


セリーヌの着て来た水着はエレンのビキニアーマーに次ぐ布の面積だ。

大事なところだけ布で隠してあって後はほぼ紐状態のワンピース。

紐が肉に食い込んでエゲツないエロスを醸し出していた。


「カイトさんに喜んでもらいたいと思って頑張ってみました」

「ブホーッ!」

「せ、船長!」


俺が逝く前にシーボルトが逝ってしまった。

体中の血液を鼻から吹き出して昇天してしまっている。

心配するマシューの腕に横たわりながら介抱されている。

俺はセリーヌの手を引っ張って船室まで連れて行った。


「もう、カイトさんってば強引なんだから」

「そうじゃない。シーボルトが失神しているだろう。普通の水着に着替えて来い」

「えー。カイトさん、喜んでくれたんじゃないですか」

「べ、別に喜んでいない訳じゃないよ」

「なら」

「ダメだ。シーボルトをこれ以上刺激するな。わかったな」

「カイトさんは好きな女子の肌は他の男性に見せたくないタイプなのですね。キャハ」


セリーヌは満足そうな顔を浮かべながら小さく笑っておどけてみせる。

そんなセリーヌのことが心配になったがいい年をしたおばさんなのだから大丈夫だろう。

何だかセリーヌのキャラクターがあらぬ方向に変わって来ていることの方が心配だ。

そのうちエレンのようにおばさん化してしまい取り返しのつかないキャラクターになってしまうかも。

俺は一抹の不安を抱きながらもセリーヌを着替えさせて甲板へ戻った。


「カイトさん。船長が目を覚ましました」

「カイト、心配をかけて悪かったな。最近、発散していないから敏感になっちゃってて」

「その気持ちわかるよ。エジピア王国へ行ったら思いっきり発散しような」


俺とシーボルトとマシューは煌々と照りつける太陽を指さしながらお互いに頷き合う。

俺とマシューはゴートスの街でエネルギーを補給していたがシーボルトはまだだった。

だから余計にエロスに敏感になってしまっている。

おばさんの発するエロスにやたらと感じてしまっているのだ。

これは男だったわみんなわかる気持ちだ。


「これだから男って嫌なのよね。もっと違う目で見れないのかしら」

「無駄だと思うぞ。男はみんなスケベだからな」

「エレンに言われちゃお終いね」

「どいう言う意味だ?」

「言葉の通りよ」


アンナは呆れ顔でカクテルに口を着けてエレンに文句を垂れる。

まるで褒めない俺へのあてつけのようにエレンに八つ当たりする。

そこへ普通の水着に着替えたセリーヌがやって来た。


「あら、普通のに替えたのね」

「カイトさんが私が他の男性に肌を見せるのを嫌がるものですから」

「へー。なんだかんだ言ってカイトはセリーヌのことが好きなのね。私も言われてみたいわ、そんな台詞」


セリーヌは自己解釈した都合のよい言い訳をさも俺に言われたかのようにアンナに伝える。

そう言うところから誤解が生まれるのだから注意してもらいたい。

俺はけっしてセリーヌが他の男に肌を見せることを嫌がった訳ではないのだから。

みんなシーボルトのためなのだ。

無駄にエロスを振り撒かれてはこの航海自体が暗礁に乗り上げてしまう。

そうなってはもともこうもないからセリーヌに注意をしたのだ。


「カクテルを飲んでいるのか?私にもくれ」

「読書は終わったの?」

「これで読むのは3回目だ」

「同じ本を3度も読んでて飽きない?」

「私は精神を落ち着けるために本を読んでいるからな。同じ本でも大丈夫なんだ」


ミゼルはアンナの隣のチェアに腰を下ろしてカクテルを催促して来る。

注文を受けてマシューがすぐさまキッチンへ行くとカクテルを作ってやって来た。


「どうぞ」

「これは何というカクテルなんだ?」

「「マリンブルーに愛を添えて」です」

「随分と長たらしい名前だな」

「雰囲気だけ伝わればそれでいいんです」


ミゼルはマシューが差し出したカクテルグラスを受け取ると一煽りする。

カクテルを口に含ませて舌で転がすように味わうと一気に胃袋へ放り込んだ。

そして満足気な顔を浮かべながらマシューを見るとカクテルの出来栄えを褒めた。


「フルーティーさが前面に出て飲みやすく、どぎついほどの甘さもなくすっきりしている。これならば何倍でも飲めそうだ」

「お褒めに預かり光栄です」


マシューは胸に片手を添えて丁寧に頭を下げると満面の笑みを浮かべる。

久しぶりにお酒の味がわかるミゼルに出会えたので嬉しいようだ。

エレン達といったら酔うことばかりを考えていて酒の味など気にも留めていない。

少しはミゼルの淑女的な部分を見習って欲しいものだ。


「それより、ミゼル。あなたも着替えて来たら。その格好じゃ熱いでしょう」

「私は水着など持っていないからな。このままで十分だ」

「なら、私の水着を貸してあげるわ。サイズも同じだし大丈夫でしょう」


アンナは自分のたわわな胸を見てからミゼルのたわわな胸を凝視する。

そして小さく頷くとミゼルの手を引いて船室へ着替えに向かった。

アンナとミゼルの胸のサイズはおよそGカップぐらいだろう。

どちらの胸も張りのある胸でポヨヨンとしている。

触ったことはないが見た感じだけでもその感触が想像できる。


アンナがミゼルに用意した水着は紺色のワンピースの水着。

お腹と背中が大きく開いていて布の面積も少ない方だ。

ミゼルの白い肌と紺色の水着が対比していてよりミゼルの肌の透明感を演出している。

アンナにしてはいいチョイスだとその時思った。


「それじゃあ、カイト。日焼け止めを塗ってちょうだい」

「そんなの自分でやれよ。俺は釣りをしているんだ」

「釣れない魚を釣ってどこが楽しいのよ」

「釣りってのは釣れるかわからないところに面白さがあるんだよ。パカパカ釣れたら面白くないだろう」

「女も釣ったことのないカイトに言われたらお終いだな」


エレンはひとり馬鹿笑いをしながら俺を馬鹿にして来る。

カクテルをガブガブ飲みながらほろ酔い気分になっていた。

確かに女は釣ったことはないが魚が釣れない訳でもないだろう。

魚釣りと女釣りは似て非なるものなのだから。

まあでも俺はおばさんを釣る方法は知っているのだが。


「カイトの代わりに俺が塗るよ。いや、俺に塗らせてくれ」

「何を言っているんですか、船長。誰が船を操縦するんですか。代わりに僕がやりますよ」

「マシュー。お前にオイル塗りなんて早い。そう言うのは俺みたいな大人になってからやるもんだ」

「船長。スケベ心を出すのは止めてください。船長はまがりなりにもイエローキャットの船長なんですよ。もっと船長らしくしてください」


マシューの悲痛の叫びも虚しくシーボルトは鼻の下を伸ばしながら鼻息を荒くする。

手をワナワナさせながら自分の手にオイルを塗りたくるとアンナ達の所へ近づいて行った。


「シーボルトが代わりに塗ってくれるってよ」

「カイト以外の男をいたぶっても何も面白くないわ。セリーヌ、塗ってちょうだい」

「私もカイトさん以外の男性はごめんですわ」

「フフフ。お前も嫌われたものだな」


すっかりアンナ達に相手にされなくてシーボルトはガックリと肩を落として項垂れていた。

せっかく久しぶりに女性の肌に触れられるチャンスだったのにご愁傷様と言ったところだ。

セリーヌはすみやかにアンナに日焼け止めを塗ると今度はアンナがセリーヌに塗りはじめる。

しかし、アンナの悪戯心に火が点いてセリーヌの体をいやらしく弄りはじめた。


「セリーヌ、また大きくなったんじゃない?」

「変なところを触らないでください。くすぐったいですわ」

「それに敏感になって来ているみたい」

「アッ、アンナさん、そこは……」

「下の方も敏感なのかしら」

「ハアハアハア。アンナさん、そこだけは止めて……アッ、アン」

「お前ら戯れるのもたいがいにしておけ!シーボルトが興奮しているじゃないか!」


アンナに体を貪られて色っぽい声を出すセリーヌ達にキツメの注意を入れる。

シーボルトはすっかりとやられていて鼻息を荒げながらマジマジと二人を見つめていた。

これではエジピア王国へ辿り着く前にシーボルトが逝ってしまう方が先だ。

とかくおばさんと言えどアンナ達は一応女なのだ。

もっと恥じらいのある淑女になってほしい。


そんな馬鹿げたことをしていると遠くから船の汽笛が聞えて来た。


「な、何だ?」

「ハーベイ王国の哨戒船だ」


見るとハーベイ王国の哨戒船が一隻、こちらに向かってやって来るのが見えた。


「そこの船艇、停止せよ。我らはハーベイ王国海軍なり。指示に従わない場合は砲撃も辞さない」

「おいおいマジかよ。あいつら砲身をこちらに向けたぞ」

「ここは素直に指示に従おう」


シーボルトはイエローキャットのスロットルを戻しその場に船を停止させる。

それを確認するなりハーベイ王国海軍の哨戒船がイエローキャットに横付けして来た。


哨戒船が横付けされると縄梯子が投げられて武装したハーベイ王国海軍の兵士達がこちらにやって来る。

背中にライフル銃を背負い、腰に剣を携え、胸に革鎧を身に着けている。

見るからに敵との戦闘を意識したような装いだ。

俺達が傍観しながら突っ立っているとハーベイ王国海軍の兵士達は銃を突きつけながら威嚇をする。


「お前達は何者だ?」

「俺達は民間人だ。銃を下ろしてくれ」


勇気を振り絞ってシーボルトが一歩前に出て質問に答えると周りにいた兵士達の銃口がシーボルトに集まる。

すると、後ろに控えていた隊長らしき男がおもむろに右手を上げると兵士達は銃口を下に向けた。


「我はハーベイ王国海軍第三部隊所属のガーツェだ」


ガーツェと言った男は溢れんばかりの筋肉が隆起している恵まれた体躯を持った大男。

切りそろえた顎鬚を蓄えて豊かな眉を持った顔立ちに合うようなパイプを加えている。

青が基調のハーベイ王国海軍の軍服の上から肩に背負うようになびかせているコートはいかにも大将であるような風格を醸し出していた。

その威圧に押されながらもシーボルトは前に出ると自己紹介をして右手を差し出す。


「私はこの船の船長をしているシーボルトだ」


しかし、ガーツェはそれには応えずに腕組みをしてこちらを睨んでいた。


「お前達はこの海域で何をしている?」

「俺達はエジピア王国へ向かうためこの航路を進んでいるところだ」

「ほう。エジピア王国へか」


ガーツェはパイプをひと吸いすると白い煙を鼻から吐き出しながら眉間に皺を寄せる。


「そいつらは何だ?娼婦か?」

「彼らは冒険者だ。彼らをエジピア王国へ届けるために航海に出た」

「冒険者か。見た目は娼婦だな」


エレン達の格好を見て不可思議な顔を浮かべるガーツェはシーボルトの答えに納得していないよう。

舐め回すようにエレン達を見つめながらおかしなところはないかと探る。

どこの誰が見てもエレン達の第一印象は娼婦のようだ。

今は露出度の高い水着を着ているし、武器も持っていないから余計に娼婦に見える。


「ハーベイ王国の哨戒船がわざわざこの海域にいるってことは何かあったのか?」

「そうだ。ハーベイ王国の領海付近にロコゴンドル王国の海賊船が現れたのだ。我らはハーベイ王国の領海に入り込まないように警備にあたっている」

「ロコゴンドル王国の海賊船がここまで来ているとは。噂は本当のようだな」


シーボルトは噛み締めるようにそう言って難しそうな顔を浮かべる。

運悪く海賊船にでも出くわせば間違いなく戦闘になるだろう。

戦力としてはこちらも自信があるが数多の海賊達を相手にするなど相当骨が折れる。

それになにより船の性能が違い過ぎる。

海賊船ともなれば海上戦を想定していくつも大砲を装備しているはず。

イエローキャットには何の装備もないから狙われたらひとたまりもない。

出来れば海で出会いたくないのが海賊船なのだ。


「お前達は価値のある積荷を持っているか?」

「ド……いや何も持っていない」


シーボルトはドラゴンオーブを持っていることを言いかけて言葉を濁した。

もしドラゴンオーブを持っていることを伝えたら没収されてしまうと考えたからだ。

その回答の変化をつぶさに感じとったガーツェは眉尻を上げてシーボルトを睨みつけた。


「おい、おっさん。海賊はどのあたりにいるんだ?海軍ならある程度は見当をつけているんだろう」

「ふん。見た目より馬鹿ではないようだな。もちろん見当はつけてある。だが、その情報は軍事機密のため教えられない」


ほろ酔い気分のエレンは悪びれた様子もなくいつものようにガーツェに絡む。

しかし、ガーツェは顔色ひとつ変えることなくそう答えるとパイプをひと吹かしさせた。

この手のタイプの人間には慣れているようで全く動揺は見せない。

さすがはハーベイ王国海軍第三部隊隊長だけのことはある。

すると、今度はアンナが色香を漂わせながらガーツェに迫る。


「軍事機密なんてもったいぶっていないで教えてよ。サービスしちゃうから」

「我に娼婦を抱く趣味はない。失せろ」

「何よ、人が下手に出たらつけ上がっちゃってさ。私のどこを見て娼婦って言うのよ」

「話がややこしくなるからお前は下がっていろ」


娼婦呼ばわりされてムッとしているアンナの頭を小突いて下がらせる。


「ある程度、情報をもらわないとこちらとしても対応が出来ない」

「……」


ミゼルの全うな質問にガーツェは難しい顔をしながらしばし考え込む。

そしてピクリと眉を上げて顔を上げるとおもむろに口を開いた。


「海賊船はここから100㎞行ったハーベイ王国の領海の境を中心に300㎞の範囲に出没している。ハーベイ王国の領海内であれば我らも対処できるが領海外だと手が出せない」

「そんな近くにいるのか。シーボルト、航路と重なりそうなのか?」

「残念だが航路と重なっている」


ガーツェの説明を聞いてシーボルトの顔が一段と暗くなる。

海賊船と鉢合せするのを避けるならばここから進路を東北に変えてバレンティン海域を越えなければならない。

ただ、それだと間違いなく潮に流されてどこへ出るかもわからなくなってしまう。

バレンティン海域はイエローキャットに越えられるほど緩やかな潮の流れでないのだ。


「ハーベイ王国の領海内までならば我らが護衛をしてやろう」

「そうしてもらえると助かるよ。こちらは何の装備もないから海賊船と出会っても何も出来ない」


シーボルトが投げやりに言葉を吐き捨てるとガーツェは右手を上げて兵士達に木箱を持って来させた。


「これは緊急用の信号弾だ。100㎞圏内に我らがいれば確認出来る。持って行け」

「助かるよ」


ガーツェは木箱をシーボルトに渡すと右手を差し出して握手をした。

その手は大きく力強くて大人のシーボルトでさえ敵わないようなゴッツい手だった。

恐らくこれまでに幾つもの歴戦を戦い抜いて来たからこそ身に着いた貫禄なのだろう。

傍から見ていた俺でさえその凄さは伝わって来た。


そしてハーベイ王国海軍第三部隊の哨戒船と並走するようイエローキャットが西へ進んで行く。

その頃には太陽は天頂からやや西に傾きはじめており、太陽に向かうような航路になった。


「ハーベイ王国海軍第三部隊の哨戒船が護衛してくれるのはありがたいな。このままエジピア王国まで着いて来てくれたらいいのだけどな」

「それは無理な話だ。エジピア王国の領海内に入ったら、エジピア王国海軍の船がいるだろうからな。出会いでもしたら戦闘がはじまるさ」


シーボルトは舵を握りながら突拍子もない俺の質問に真面目に答える。

その顔には諦めと期待が折り混じっており複雑な表情を浮かべていた。

出来れば海賊船に出会わずにエジピア王国まで渡れるのが一番だ。

しかし、航路付近に出没するのであれば高い確率で出会ってしまう恐れがある。

そうなった時、武装していないイエローキャットでは対処できないだろう。


「いっそうのこと海賊狩りでもすればいいじゃないか」

「簡単に言うけどな海賊なんてどれほどいると思っているんだ。これだけの戦力じゃ歯が立たないぞ」

「海賊程度に遅れをとる私じゃない」


俺の言葉に反するようにエレンは大剣を担いで凄んで見せる。

確かにひとりひとりの強さで見ればエレンは引けはとらない。

と言うよりもエレンと渡り合える海賊などいないはずだ。

ただ、大多数を相手にすることを考えたらとてもじゃないが対応出来ないはずだ。

戦闘は己の強さがものを言うが戦争は数がものを言うのだから。


「私もエレンの意見に賛成だわ。海賊狩りをしてお宝を奪いましょう」

「お前まで何を言い出すんだ。海賊に勝てる訳ないだろう」

「それはカイトが弱いからよ。私にでもなれば海賊なんて屁でもないわ」


アンナは胸を張りながら誇らしげに大口を叩いてみせる。

その言葉に微塵も迷いがなくはっきりときっぱりと言ってのけた。

アンナもエレンと渡り合えるだけの強さを身に着けているから出た言葉なのはわかる。

アンナの魔法を持ってすれば海賊船の一艘や二艘なんて簡単に沈められるだろう。

しかし、いざ戦闘になった時に真っ先に狙われるのは非戦闘用員であるシーボルト達なのだ。

そう言う状況に陥った時にシーボルト達を守りながら戦うのは容易じゃない。

人質に囚われでもしたらお手上げ状態になってしまうのだから。


「私もカイトの意見に賛成だ。無闇に戦闘に持ち込むのは私達に不利になるだけだからな」

「ミゼル、何弱気になっているのよ。私達に任せておけば海賊なんて倒せるでしょう。臆したの」

「どうとでも言え。私は冷静に考えてみて判断したことなのだからな」

「さすがはミゼルだ。大馬鹿者のアンナ達とは違う」


ミゼルはいつ掛けたのかわからない丸メガネをくいっと上げて告げる。

その意見に肯定しながら俺は遠回しにアンナ達の意見を否定した。


「私もミゼルさんとカイトさんの意見に賛成です。無闇に戦闘に持ち込むのは危険ですから」

「セリーヌまで何を言っているのよ。あいつらはお宝を持っているのよ。奪わなくてどうするの」

「お前は海賊のお宝が欲しいだけだろう」

「そうよ。悪い」


鋭い俺の指摘に真っ向から肯定してそっぽを向く、アンナ。

ふてぶてしい顔をしながら否定して来たミゼル達に睨みを利かす。


「そんなに海賊のお宝が欲しいならお前ひとりで戦え。俺達は逃げるから」

「私を海に放り出して逃げるつもり?」

「お前には魔法があるだろう。それで何とかしろ」


投げやりに言葉を吐き捨てる俺に鋭い視線を向けながらアンナはふて腐れる。

まるで悪戯をして叱られている子供のような顔だ。

さすがのアンナも想定していなかった答えらしく何も言えないでいた。


「カイト。ハーベイ王国の領海の境へ来たぞ。ハーベイ王国海軍第三部隊の護衛もここまでだ」


ハーベイ王国海軍第三部隊の哨戒船は進路を北に変えて逸れて行く。

その船の上では敬礼をして見送る兵士達の姿が見えた。


「ここからが本当の戦いになる。気を引き締めて行くぞ」

「海賊船に出会わないことを祈りましょう」

「そうだな。ここからは神のみぞ知る世界だな」


俺とマシューは真面目な顔をして胸の前で両手を組んで神に祈る。

シーボルトは胸の前で十字を切ってから神に祈りを捧げた。


「大げさな奴らだ。アンナ、戦闘の準備をしておけ」

「言われるまでもないわ」


アンナ達は船室に戻るといつもの服に着替えて戦いの準備をはじめた。


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