あるある011 「他人の料理に文句をつけがち」
温泉は河原に併設された天然温泉。
男湯も女湯の区切りもなく混浴が楽しめる。
効能は腰痛、肩こり、神経痛に効き、美肌効果もあるらしい。
エレン達はこぞって温泉に入ると顔にも温泉をかけはじめた。
いくら美肌に効果があるからと言ってすぐには効果は出ないだろう。
それなのにおばさん連中と来たら目の色を変えてお湯をかけまくる。
恐るべし、おばさん根性。
「いやー。それにしても生き返るな。これならずっと浸かっていたい気分だ」
「河原で温泉なんて洒落ているわね」
「山間部ならではのロケーションだな」
「それに美肌効果もいいですわね」
「これなら毎日入りたい気分だ」
おばさん達は温泉を満喫しながら感想を口にする。
すっかり滝行の辛さも忘れてしまっているようだ。
しかし、これは観光ではない。
あくまで修業なのだ。
この後にも過酷な修業が待ち構えているだろう。
それを思うと気が重くなる。
「そろそろ体が温まりましたか?」
「もうちょっと入らせてください」
「仕方ないですね。あと5分だけですよ」
5分でもいい。
この憂鬱な気分が晴らせるのならばそれでもかまわない。
今はただ温かい温泉に浸かって心身を解すのだ。
そしてあっという間に5分が過ぎた。
次は本堂で座禅の修業だった。
紺依を見に纏い座禅をして精神を集中させる。
それは言うほど簡単なものではなく、時折雑念が過るのだ。
その度に四尺で肩を叩かれる。
パク和尚さまには俺達の心の揺らぎが見て取れているようだ。
左京と右京は変わりばんこにお経を唱えている。
その心地よい旋律を聞いていると不意に眠気が襲って来る。
バチン。
パク和尚さまの喝が肩に入る。
その度に背筋を伸ばして瞑想にふけた。
しかし、何もしないで目を閉じているのは苦痛だ。
無になる修業と言うことだが雑念ばかりが湧いて来る。
さっきの滝行で見たエレンの艶めかしい姿が浮かび上がる。
バチン。
すかさずパク和尚さまの喝が入った。
薄目を空けて隣を見やるとエレンがかったるそうに首を回している。
すぐさまパク和尚さまの喝がエレンに入るがエレンは動じない。
大きな欠伸をしながら伸び上がった。
エレンに瞑想は無駄だ。
雑念の塊で出来ているようなものだからな。
今もお昼のことばかりを考えているのだろう。
これではいくら仏のパク和尚で平静は保てないはずだ。
チラリとパク和尚さまに視線を向けた。
しかし、パク和尚さまは仏のような表情で精神を集中させている。
さすがは和尚さまだ。
雑念もなにもなく無の境地に至っている。
これは修業の成果なのだろうか。
達人レベルにまで昇華されていた。
バチン。
パク和尚さまの喝が俺の肩に入る。
ここで修業を続ければパク和尚さまのような境地になれるのだろうか。
そうなったら俺は無敵になれるのだけれど。
おばさん達に翻弄されることなく従わせることが出来るのであればこの上ない喜びだ。
それは最強とも呼べる力に他ならない。
しかし、パク和尚さまの境地に至るまではどのくらい修業を積めばいいのだろう。
10年か、いや20年か。
そんなにも待ってはいられない。
俺には勇者になると言う目標があるのだ。
それは譲れない。
けれど、パク和尚さまの力には惹かれるものがある。
おばさん達を従わせるには必要な力だ。
この修業の間に身につけばいいのだが無理だろう。
それでもきっかけだけは掴んでおきたい。
バチン。
パク和尚さまの喝が俺の肩に入った。
そして小一時間、座禅の修業をして終わりを迎えた。
その間中、きっかけをつかむことに集中していたけど何も掴めなかった。
結局のところ長い年月をかけなければ辿り着けない境地なのだろう。
お昼になると食堂へ場所を移して昼食をとる。
用意されたのは左京達が作った精進料理だ。
見た目的にも質素なもので目で楽しめない。
あくまで修業僧向けの料理と言うことで薄味に仕上げてあった。
「不味い。こんなもの食えるかよ!」
エレンは箸を投げ出して文句を言いはじめる。
それはアンナ達も同じだったようで箸をお膳に置いていた。
「こんな薄味じゃあ食べられないわ。調味料はないの?」
「精進料理とはそう言うものです」
文句を言うアンナに左京は静かに告げる。
「なら、他のモノを用意してくれ」
「料理はこれだけしかありません」
左京は首を横に振って答えた。
パク和尚さまによれば精進料理とは美食や肉食を避け、粗食や採食によって精神を修養する意味があるらしい。
確かに贅沢をしていれば心は汚れて行く。
それを料理で教えるなんて深い教えだ。
俺がひとり感心をしている横でセリーヌだけは精進料理を食べていた。
「薄味も悪くはありませんわね。体に良いのでしたら真似してみようかしら」
「おいおい、マジかよセリーヌ。こんな料理を毎日出されたら私達が干上がってしまうぜ」
「それだけは勘弁願いたいわね」
エレンとアンナは不服そうな顔を浮かべて文句を言う。
「精進料理に興味がおありならば後でレシピを教えますよ」
「お願いします」
セリーヌは本気で精進料理を作るようだ。
左京にレシピまで聞いている。
エレン達ほどでないが毎日、こんな料理だったら飽きてしまう。
濃い味に慣れている者からしたら味気のない料理だ。
覚えるのは気持ちだけにしてもらいたいところ。
「午後も修業がありますので料理は全部食べてください。米粒ひとつ残してはなりませんよ」
パク和尚さまは精進料理を平らげると箸をおいてみんなが食べ終わるのを待つ。
これも食事のマナーのひとつらしい。
先に食べ終わったからと言って席を立てば埃が舞ってしまう。
それはまだ食べている人に対して失礼な行為意外なにものでもない。
料理は味わって食べるだけでなく、食べ終わった後の行動まで大事なのだ。
エレン達は仕方なく味気のない精進料理を平らげる。
俺も箸が進まなかったが、出された精進料理を米粒ひとつ残さずに平らげた。
そして自分で使った食器は自分で洗い食事を終える。
「なんか食ったきがしないな」
「もっと濃い味のものが食べたいわ」
「修業を終えたらたらふく食べよう」
「ついでに酒もな」
エレン達は修業の後のことを考えながら雑談をはじめる。
またいつもの無駄話がはじまった。
精進料理ぐらいではおばさん達の性根は代えられないようだ。
午後の修業は小休止を挟んで行われた。
修業と言っても荒行ではなく、ただお寺を掃除するだけだった。
はたきで仏像の誇りを払い、雑巾で床ふき取る。
仏像は神聖なものなので雑巾は使わない。
代わりにソフトなタオルで汚れをふき取る。
まあ、毎日掃除をしているので汚れなどひとつもないが。
それでも掃除をすることで心身共に清める効果があるらしいとのことだった。
そう言えばトイレを掃除すれば金運が上がると言われているが、それは掃除で身を清めるからであろう。
邪念がなくなれば無駄使いもなくなる。
そうすれば自然とお金が増える仕組みだ。
まあ、それだけではない効果もあるのだろうが。
「おい、エレン。ちゃんと掃除をしろ!」
「やってるだろ」
「お前の拭き方はいい加減なんだよ。ちゃんと隙間なく拭け!」
「小言の多い男は嫌われるぞ」
エレンはブツクサ文句を言いながら雑巾で床を拭く。
「しかし、広い寺だな。一時間じゃ終わらないぞ」
「仕方ありませんわ。これも修業なのですから」
セリーヌはあっさりと現実を受け入れる。
育ちはいいと思っていたが、ここまで素直だと逆に驚いてしまう。
滝行で心を洗われたのだろうか。
「あー。もう、嫌だ」
「エレン。そんなところで寝ころばないでよ。まだ、掃除の途中なのよ」
「掃除なんて向こうでやれよ。私は眠いんだ」
エレンは本堂の廊下で大の字になってふて寝をする。
こっちはこっちで滝行の成果が全く見えていない。
邪念を払うばかりか余計な邪念を連れて来たかのようだ。
すると、そこへパク和尚さまが様子を見に来た。
「ご苦労様です。掃除は順調に進んでいますか?」
「後は廊下を拭きとれば終わりです」
「そうですか。それならば本堂の掃除が終わりましたら庭の掃除もお願いします」
「庭も掃除するの?いい加減にしてよ。私達は家政婦じゃないのよ」
「これも修業です」
アンナの不満をひと言で片づけるパク和尚さま。
”修業”と言う言葉の前には誰ひとり逆らえないのだ。
修業はあくまで俺達のためにしている行為なのだから。
パク和尚さまからすると力を貸してやっているだけのことに過ぎない。
ここにいる間はパク和尚さまの言うことが絶対なのだ。
「おい、エレン。いつまで寝ているんだ。掃除をしろ!」
「掃除なんてお前達だけでやればいいだろう」
「エレンさんは掃除は嫌いなのですか?」
「あたり前だろ。そんなかったるいことやってられるかっての」
エレンはパク和尚さまに動じることなく不満を漏らす。
さすがはエレンだ。
パク和尚さまを目の前にしても動じない根性だけは凄いものがある。
しかし、こんな根性だけは身につけても無駄に終わる。
すると、パク和尚さまは少し考え込んでからエレンに告げた。
「仕方ありません。エレンさんには別の修業に励んでもらいましょう」
「別の修業だと?」
「みなさんの入る風呂を焚いてもらいます。まずはいっぱいになるまでお風呂の水を汲んでもらった後、巻き割りをして風呂を焚いてもらいます」
「エレンに合っているじゃない。力仕事なんて」
「おいおい私は嫌だぜ、そんな仕事」
エレンが不満げな顔を浮かべていると左京と右京が目の前に立ちはだかる。
逃げ道はないようだ。
まあ、掃除をサボっているから罰が当たったんだ。
風呂焚きだなんてエレン向きの仕事じゃないか。
「おい、エレン。いい湯加減にしてくれよ」
「私はやるとは言っていないぞ」
パク和尚さまが合図をすると右京と左京がエレンを担ぎ上げる。
そしてエレンの抵抗も虚しく風呂場へ連れて行かれた。
「エレンさん、大丈夫でしょうか?」
「右京も左京もいるんだ。サボれないだろう」
「まあ、エレンにはちょうどいい仕事だわ」
「それじゃあ残りの掃除をしてしまうぞ」
俺達は本堂の床を拭き終えると庭の掃除へ向かった。
春先なので落ち葉はなく草取りが中心。
それでも身を屈めながらの作業になるので一苦労だった。
エレンは右京と左京に風呂場まで連れて来られた。
お風呂は五右衛門風呂でこじんまりとした風呂場だった。
右京と左京は釣り桶をエレンに渡す。
「それで水を汲んで来い。水場はこの先にある」
パク和尚さまがいないからか右京と左京の言動が荒くなる。
「お前達もいい使いだな。あの和尚のいいなりじゃないか」
「パク和尚さまは俺達の師匠だ。弟子ならば師匠の言うことを聞くのが筋だ」
「そんなことを言って。隙あらばその座をかっさらう気でいるんだろ?」
「そんな訳あるか!くっちゃべってないでさっさと水を汲んで来い!」
エレンの挑発を真に受けて左京が声を荒げる。
「へいへい。わかりましたよ」
エレンは釣り桶を担ぐと水場まで水を汲みに行った。
水をたんまりと汲んだ桶は重く2つで50キロは越えているだろう。
それを担ぎながら足場の悪い道を歩くのだ。
さすがのエレンでも2往復する頃には息を荒げていた。
「こいつは骨が折れるぜ。お前達、暇そうにしているなら手伝えよ」
「それはお前の仕事だ。文句を言っていないでさっさとやれ!」
右京がエレンに喝を入れる。
これが修行でなければ右京をもはっ倒されていただろう。
右京も左京も大男だがエレンにそんなことは関係ない。
相手がどんなやつでも手を出すのがエレンなのだ。
そして10往復をして風呂いっぱいに水を溜め込んだ。
「ふー。疲れた」
エレンはどっかりと地面に腰を下ろして休憩をとる。
「次は薪き割りだ!」
「そんなのお前達がやれよ。私は小休止だ」
「ブツクサ言ってないで早くやれ!」
左京は斧を持ってくるとエレンの前に放り投げる。
エレンは込み上げる怒りを抑えながら斧を手に取る。
そして指図されるがまま薪割をはじめた。
まるで右京と左京の頭をかち割るかのように斧を振り下ろす。
「おらぁ!うらぁ!」
丸太は勢いよく薪に変わって行く。
その様子を満足気に見守る右京と左京の姿があった。
小一時間かけて薪割を続けて来たので山ほどの薪が出来上がった。
「次は風呂焚きだ!早くやれ!」
「少しくらい休憩をとらせてくれてもいいだろう」
「なら、5分だけだぞ」
右京は仕方なくエレンに休憩を与える。
エレンは大きく肩で息をしながら呼吸を整える。
さすがの体力自慢のエレンでもこれだけの作業を続けてやれば堪える。
後は風呂焚きだけだが体力が続きそうにもない。
何とか風呂焚きをせずにすむ方法がないか思考を巡らせる。
右京も左京もパク和尚さまの目が届いていないのでやりたい放題だ。
その時、エレンは滝行で右京と左京が鼻の下を伸ばしていたことを思い出す。
そしてよからぬ試案を試みた。
エレンは紺依を肌蹴ると艶やかなたわみをさらけ出す。
そして滑らかに腰を躍らせながら右京と左京に歩み寄った。
「お前達はこういうのが好きなんだろう。風呂を焚いてくれたら風呂を覗かせてやってもいいぞ」
「な、何を言っている。俺達はそんなものは好きじゃない」
「照れなくてもいいんだぜ。素直になれよ」
エレンは右京の肩に手を回してたわわな胸を押しつける。
右京は顔を真っ赤にさせながら興奮をしはじめた。
「おい、右京。何をしているんだ!そいつの色香に惑わされるな!」
「何だよ。お前も欲しいのか?ほれ、触ってもいいんだぞ」
エレンは胸を突き出して左京を誘惑しはじめる。
左京も顔を真っ赤にさせながら鼻の下を伸ばす。
そのエロい視線はエレンのたわわな胸に釘づけだ。
そしてエレンは消えるように風呂場へと消えて行く。
「早く風呂を焚いてくれ。私はここで待っているから」
右京と左京はお互いの顔を見合わせると薪をくべはじめる。
それは飛ぶ鳥を打ち落とすかのような勢いで風呂を焚きはじめた。
風呂は30分ほどでいい湯加減になる。
するとエレンは紺依を脱ぎ捨てて五右衛門風呂に浸かった。
「いい湯加減だ。おい、お前達よくやった。ご褒美をやるからこっちに来い」
右京と左京はドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えながら風呂場に近づいて行く。
そして風呂の小窓から中を覗いた。
すると、エレンが右京と左京に向けてお湯を吹き飛ばす。
「うわぁ、何をする!」
「お前達にはまだ早いんだよ。私の裸を見たければもっと修業をして来い!ハハハ」
エレンは高らかに笑いながら右京と左京を罵倒した。
色仕掛けで落ちるなんてまだまだ修行が足りない。
しかし、これで風呂焚きも終わったし、一番風呂も頂けたしよしとしないとな。
エレンは一日の疲れを癒すかのように一番風呂を満喫した。
すっかり濡れ鼠になってしまった右京と左京は逃げるように本堂へ戻って行った。
その後でパク和尚さまのお叱りを受けたことは言うまでもない。
庭掃除を終えて風呂場へ向かった頃にはすっかり陽が落ちていた。
エレンは火照る体を夜風で冷ましながら椅子に座っている。
「おい、エレン。一番風呂に入ったのか?」
「カイト達が遅いからな、先に頂いたよ」
「大した仕事もしていないのによく入れたわね」
「私は風呂焚きを見事にやり遂げたのだ。これくらいのご褒美は当然だろう」
まあ、エレンにしては上出来だ。
きっと根を上げているだろうと予想していたのだが意外だった。
これで少しは人の苦労ってものがわかっただろうか。
それならばよいのだが。
「で、誰から最初に入るんだ?」
「もちろんリーダーの俺に決まっているだろう」
「何を勝手に決めているのよ。私に決まっているじゃない」
「アンナはそんなに仕事はしていないだろう。私だ」
「私も出来れば早くお風呂に入りたいですわ。汗でべっとりして気持ちが悪ですもの」
アンナ達もみんな同じ考えのようだ。
エレンに一番風呂はとられてしまったが二番は譲れない。
お互いに顔を見合わせながら腹の探り合いをしていた。
「なら、ジャンケンだな」
エレンにしてはまともな提案をするじゃないか。
ジャンケンなら公平だ。
「よし、勝ったやつから先に入ることにする。いいな」
「わかったわ。後出しはなしよ」
「最初はグー。ジャンケンポン!」
こうしてお風呂の順番は決まった。
セリーヌ、アンナ、ミゼル、とりは俺だ。
何でこんな時にジャンケンに負けるのか。
俺の勝運のなさが悔やまれる。
結局、俺は一番温い風呂に浸かったのだった。
こうして長い修業の1日目が終わる。
2日目も同じような内容で修業が進んで行った。
滝行、座禅、お昼を挟んで掃除。
最後は風呂で締める一日。
そんな修業を1週間続けたのだった。




