プロローグ (おばさんあるある今から言うよ)
プロローグのタイトルと話の内容は関係ありません。あくまで前フリです。
「そなたの特殊能力は……プッ!」
何だ?
いつもは荘厳な雰囲気を醸し出して人を寄せ付けないミゲル大司祭が。
クールで知的で愛読書の聖書ばかり読んでいるミゲル大司祭が。
冗談を言ってもピクリとも表情を崩さない”鉄壁の顔面”を持つあのミゲル大司祭が。
顔を歪ませている。
今にも吹き出しそうな、その顔からはいつもの緊張感が全くない。
そんなに俺の特殊能力が凄いのか?
そうだろう。
そうに決まってる。
なんて言ったって俺は勇者を目指しているのだから。
きっと物凄い特殊能力が開花したのだろう。
ムフフフ。
この世界の人間は16歳になると特殊能力を開花させる。
特殊能力はその後の進路を決める上で重要なものとなる。
冒険者系の特殊能力ならば冒険者に。
商人系の特殊能力ならば商人に。
なので周りにいる大人達はみんな何かしらの特殊能力を持っている。
ミゲル大司祭も学校の先生も。
ギルドの受付嬢も酒場のマスターも。
街を散歩している老人でさえ特殊能力を持っているのだ。
そして特殊能力は唯一無二の能力で同じものは他にない。
いわば特殊能力はその人の個性を表していると言っても過言でないのだ。
俺より先に特殊能力を開花させた友達のガッシュは「千里眼」を開花させた。
千里眼と言えば千里先の物を見通せる能力で、それは時に未来を見通せる力を有しているもの。
ガッシュは俺と同じで勇者になることを目指している。
だから千里眼は理にかなった特殊能力だと言える。
ガッシュは間違いなく勇者を目指すだろう。
同じく友達のエミルは「物を倍に増やす能力」を開花させた。
触れたモノを倍に増やせるなんて、とても便利な能力だ。
エミルは魔法使い志望なのだが商人に転向するかもしれない。
後でおこづかいを増やしてもらおう。
もうひとりの友達であるマルクは「モンスターの匂いをかぎ分ける能力」を開花させた。
控え目なマルクらしい支援系の特殊能力だ。
将来は冒険者達のサポート役に回るだろう。
俺達4人はセントルース騎士団学校の入学当初からの友達だ。
ガッシュは短髪で赤髪の厳つい顔をした少年。
腕っぷしが強く兄貴肌な性格で学校でもリーダーシップを発揮している。
エミルは金髪の奇麗な長い髪が特徴の美少女。
一見すると裕福な貴族の家柄と思えるがいたって普通の家柄だ。
読書が好きでいつも難しい本を読んでいる。
マルクは淡い銀髪のおぼっちゃまヘアー。
見た目も性格も大人しくてイジメられやすいタイプ。
俺が初めてマルクと会った時も学校の奴らにイジメられているところだった。
弱い者イジメが嫌いな俺はすぐにマルクを助けようとした。
しかし、俺より先に飛び出したのがガッシュだった。
ガッシュは瞬く間にイジメっ子達を投げ飛ばして追い払った。
だが、その現場を目撃した先生に咎められそうになる。
その時に先生に事情を説明してくれたのがエミルだった。
俺達はすぐに意気投合して友達になったのだ。
俺も成長したものだな。
ガッシュ達と出会ってから10年。
学校ではいろいろなことを学んだ。
セントルース騎士団学校はもともと騎士を輩出するための学校だった。
そのため剣術や馬術、戦術などの授業が多い。
中でも心術は非常に難易度が高く身につけるまで数年を要す。
しかし、世の中の価値観が多様化して来ると騎士を育てるだけでは対応しきれなくなって行った。
そして100年前に商人の学校と合併し合同学校となったのだ。
今では商術や交渉術、算術などの授業が行われるようになった。
何歳からでも入学可能な自由制度をとっているがほとんどの人は6歳になると学校へ通い出す。
入学した者は自分の志向する授業を自由に選べる仕組みだ。
が、将来どんな特殊能力が開花するのかわからないので、まんべんなく授業を選ぶ者が多い。
それでも得手不得手は出て来る。
なので点数による選別はしない方式になっている。
だから落第者は誰ひとりいない。
みんな特殊能力を開花させて巣立って行くのだ。
ミゲル大司祭が言葉を呑んだせいで会場は静まり返っている。
学生達の関心は俺に押し寄せて来ていた。
勇者となる俺には相応しい舞台と言える。
さあ、ミゲル大司祭よ。
俺の特殊能力を発表してくれ。
「ゴホン。改めてそなたの特殊能力を発表する。それは……『おばさんを惹きつける能力』じゃ」
えっ?
今なんて?
おばさんがどうたらこうたらって聞こえたけれど。
すると、会場から爆笑が湧き起る。
「ヒーィ、ウケる。おばさんを惹きつけるだってよ」
「おばさんを集めて選挙でもするのか?」
「あいつ終わったな」
「将来は熟女バーの店主になるんじゃねぇ」
「それいえてる、いえてる。腹が捩れそうだよ」
俺を嘲笑う声と暴言が会場を包み込む。
俺はガックリと膝を折りその場に崩れ落ちた。
嘘だよな。
嘘だと言ってくれ。
勇者を目指している俺が『おばさんを惹きつける能力』だなんてあんまりじゃないか。
これはきっと夢に違いない。
俺が勇者にこだわるあまり悪夢を見たんだ。
夢なら早く覚めてくれ。
こんな仕打ち、耐えられない。
俺は縋るような目でミゲル大司祭を見やる。
すると、無情にもミゲル大司祭は首を横に振りながら嘲笑していた。
そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
これは現実だと言うのか。
ミゲル大司祭の目はそう言っている。
俺は認めないぞ。
けっして認めるものか。
こんな現実なんかあるはずもない。
そんなことを考えているとガッシュが俺の肩にそっと手を置いた。
「カイト、元気を出せ。その能力もきっと冒険に役立つんだよ……プッ!」
おい、ガッシュ。
今、笑ったよな。
プッってさ。
お前まで俺を馬鹿にしようってのか?
お前だけは俺を裏切らないって思っていたのに。
「ガッシュの言う通りよ。せっかく特殊能力が開花したんだから喜ばないとね……プッ!」
エミルまでそんなことを言うのか。
しかも、ガッシュと同じところで笑って。
顔が歪んでいるぞ。
お前は友達の中でも紅一点で好意を持っていたが、今日から嫌いになったよ。
「カイト、僕は味方だから安心して……プッ!」
マルク、お前もか。
お前がクラスの奴らにいじめられているところを助けてやったじゃないか。
そんな俺に向かって笑うのか。
お前はもう友達じゃない。
明日からイジメてやる。
終わった……。
俺の人生はここで尽きた。
まだ、冒険に旅立っていないのに。
まだ、よわい16歳なのに。
また、彼女さえつくっていないのに。
まだ、魔王に遭っていないのに。
まだ、まだ、まだ。
ちくしょー。
こんなのってあるか。
おばさんを惹きつけるんだぞ。
おばさんなんか集めて何をやれって言うんだ。
おばさんにモテてもしかたないんだよ。
ハーレムって言うのはな美少女が集まるからハーレムなんだ。
おばさんが集まったらノラ猫の井戸端会議じゃないか。
青春をおばさんに捧げろとでも言うのか!
神様は不公平だ。
他の奴にはとことん良い能力を授けて俺にだけ変な能力を授ける。
俺は不幸の下に生まれた主人公なんだ。
そんな主人公が手にする未來ってのはどんなのだ?
俺にどんな未来を描けって言うつもりだ?
「俺は認めないぞ!!」
認めてなるものか。
認めたら全てが終わる。
ここはとことん否定するのだ。
俺はミゲル大司祭の胸ぐらを掴んで詰め寄る。
「おい、ミゲルさんよ。もう一回やり直してくれ。俺はそんな特殊能力は受け入れない!」
「これは厳正なる儀式だ。聖水晶が示した特殊能力は変えることが出来ない。諦めるんじゃ」
「諦めろって簡単に言うけどな。ミゲルさんが俺と同じ立場になったらどうなんだ?受け入れるとでも言うのか?」
「定めじゃ」
ミゲル大司祭は俺の手を振りほどくと無情な言葉を吐いた。
そんな簡単な言葉で切り捨てるなよ。
あんたは教会を統括している大司祭だろ。
神様に一番近い存在なのだろう。
ならば神様に土下座して頼み込んでもいいじゃないか。
俺のために神様にお願いしてくれ。
ミゲル大司祭は片手を上げて係員を呼ぶと俺を担ぎ出させる。
俺は砂袋を引きずるように力なく項垂れながら会場を後にした。
「それではこれにて特殊能力開花の儀式を終了する」
こうして俺の最悪な一日は終わりを告げたのだった。