♤メルルの思い出2. 出会い(本編21話)
あの声を聞いた瞬間に、驚いて振り返った。
「ライラ、なんか興奮していないか」
キャラクターとしてはセオドアさんが一番好きだったけれど、ヨハネス様の声優さんの声も大好きで、その声優さんのラジオ番組は必ずチェックしていた。
突然横から聞こえたその声に、勢いよく振り向かずにはいられなかった。
見た瞬間、ものすごく驚いた。幼いヨハネス様とライラ様が手を繋いでこちらを見ていたからだ。
落としてしまった白桃を急いで拾いながら、頭の中で必死に状況整理をした。
あのゲームに、幼い彼らに会った回想はなかった。この事態はこの世界だけの例外だ。こんな町中で偶然会うわけがない。間違いなく二人は私に会いに来た。学園入学前に私を知ることは通常あり得ない。
理由があるとしたら、ただ一つ。ライラ様も転生者で私のことをヨハネス様に伝えたからに違いない。
何をどう伝えたの?
二人は何をしに来たの?
白桃の数を確認して計算したいのに集中ができない。泣きそうになっていると、カムラさんが現れた。
「お姉さん、お姉さん、子供相手に目くじら立てちゃ駄目だよー」
最初に感じたのは恐怖だ。
下手したら私を殺すかもしれない人。
でも、お店の人とカムラさんの会話を聞きながらだんだんと冷静になった。
私の存在が邪魔だと判断して殺しに来たのなら、ヨハネス様とライラ様がいるはずがない。きっと何か私に伝えたいことがあって来たに違いない。カムラさんは二人を守っているだけ。
大丈夫……大丈夫だ。
――私は二人の伝えたいことをきちんと聞いて、その通りにすればいいだけ。
やっと落ち着いてカムラさんに急いでお礼を言うと、二人を広場へと誘った。
「せっかくですし、一緒に広場で食べませんか?」
朝市の通りを抜けて広場へ向かう間、私はどんどんとライラ様を好きになっていった。
「いい天気で、買い物日和よね」
紫の髪を揺らしながら笑顔で私に話を振ってくれる彼女からは、私への思いやりを感じた。
転生者なら……私にヨハネス様の心を奪われる可能性が高いことを知っているはずだ。彼女が私に何かを要求するとしたら、学園を受験しないようにと釘を刺すこと、それが一番可能性が高いように感じた。ヨハネス様は自分のものなのだとアピールしてもおかしくはない。
それなのに……。
「はい。いい天気なので買い物に来れてよかったです」
「ここ、そんなに雨降らないものね」
ここって……完全に前世と比べている。私のことも転生者だってもう思っているのかな。
「降らなさすぎても困りますけどね」
「そうね。白桃、美味しそうよね。あなたが落としてくれてよかったわ」
全然ヨハネス様の方を見ない……私にばかり話しかけている。さすがのヨハネス様も少し不満そう。
もう……ヨハネス様はこのライラ様を好きになっているのかもしれない。彼女にしか関心を持っていないことが、少し歩くだけですぐに分かった。
ベンチに座って白桃を食べようとして、ハタと悩んでしまった。
「どうやって食べよう……」
ライラ様が安心させるように笑って、噴水の水で洗った。
「丸かじりで、いいんじゃない?」
濡れた手を払って水しぶきが落ちる。
「……うん! 甘ぁい、美味しーい!」
口いっぱいに頬張って、真似をしたらと促すような瞳でこちらを見る彼女は瑞々しく……輝いて見えた。
全然令嬢らしくしていない。完全に百パーセント転生者だ。私にそれと分かるようにしてヨハネス様に近寄るなと牽制をしているようにも見えない。
何をしに来たのか、私に何を伝えたいのか、全く分からない。
「食べてるの凝視されるの、恥ずかしいんだけど」
いいなぁ……すごく生き生きとしている。
それなのに無邪気な子供とも違って……私がどう食べようか困っていたから助け船を出してくれた。私を安心させようとしてくれているのも、ずっと感じている。
前世では私よりも年上の女性だったのかもしれない。すごく安心して、妹になりたくなってしまう。
このライラ様なら……私にゲームの中みたいな悪口は言わないでくれるのかな。
そもそも、ヨハネス様が私に惹かれない気がする。彼がライラ様に夢中になってしまうような言葉を、もう今までにたくさんかけてきたのかもしれない。
王太子様としての重圧……目の前のライラ様なら、それを軽減させようとしてきたはずだ。恋敵になり得る私にさえ、こんなに優しく接してくれる彼女なら。
学園を受験するかどうか、ずっと迷っていた。あのゲームのキャラクターに会いたくもあるし、セオドアさんと恋人になってみたい気持ちもあった。
でも……ゲームとは違う。
心が擦り切れてしまいそうなライラ様の罵詈雑言を浴びるくらいなら、学園に入らず平凡な平民としてここでの生を終えてもいいかなと考えていた。悪口を言われると分かっていて、その中にわざわざ自分から飛び込もうとは思えない。
そう迷ってはいたけど……このライラ様と同じ学園に入りたいな。迷惑かな。受験するなと言われなければ、しちゃおうかな。
ライラ様の立場で考えれば私の存在は邪魔でしかないけど……でも、ヨハネス様のお気持ちが揺るがないと確信できたあとなら、私と転生者としての会話もしてもらえるかもしれないし。そんな会話ができる人は、きっと他にいない。
「ねぇ、名前はなんて言うの? 何歳?」
「あ、メルルです。十一歳です」
「あら、私と一緒じゃない。私はライラよ。よろしくね」
ライラ様と会話をしながら考え続ける。
どうしようかな……ヨハネス様が私に惹かれてしまう例のイベントの会話なんてしませんよと言えれば話は早いんだけど無理だし……二人の関係を祝福していますよと伝えれば、そのことも分かってもらえるかな。
これまでの会話の中で、私の精神年齢が高いことも把握されたはずだ。彼女もだけど、十一歳らしくない受け答えを私もしている。きっと私のことも、転生者だと予想はしているはず。
そのうえで、二人の邪魔はしないですよと伝えないといけない。そのためには二人が婚約者であることを引き出さないと……それにはまず、二人が平民でないことを伝えてもらわないと……。
なんとか住んでいる場所を尋ね、言い淀んでいる二人に「やっぱり、お忍びなんですね」と畳み掛ける。根拠を問われて、さっき考えておいた理由を話す。
「服も靴も、お二人とも新品ですよね。特に靴の真新しさは、とっても分かりやすいですよ。さっき助けていただいた人も、偶然にしてはできすぎです。守ってくれている方なんじゃないですか?」
私……意地悪な人だよね……嫌われていないかな。でも、高貴な身分であることを聞き出せたし、これが最後の質問だ!
「そういえば、お二人はどんなご関係なんですか? 一緒になんて、仲がいいんですね」
うん、これで婚約者だって聞いて、とってもお似合いですと祝福しておけば、私が学園に入ってもいいって思ってもらえるかな!
いつの時点で婚約者になったのかはゲームでは分からなかったけれど、一緒に私に会いにまで来ているんだから、もうそんな関係だよね。
「どんな関係だって、ほらヨハン。答えてあげて」
「ぐ……」
なんで!?
なんでヨハネス様に振ったの!?
しかも、なんで困っているの!?
訳が分からないよ……。
しかも、ライラ様強気だなぁ。こんな言い方、かなり親しくないと無理だよね。
「こ、こ……こ、恋人だ」
えー!? そっち?
って、ええー!?
ライラ様がめちゃくちゃ驚いている顔をしている!?
なんだろう、この関係……。
ものすごく萌える。
ヨハネス様がライラ様のことを好きになっているのは間違いない。恋人だと自ら言っているのだから絶対だ。手も繋いでいたし、ずっとライラ様を気遣うような視線も向けていた。
ライラ様は、なんで驚いているんだろう。
そもそも私に牽制するのが目的だったのだとしたら驚くのもおかしいし……何もかも全く分からないけれど、二人の大きくなってからの関係はすごく見てみたくなってしまった。
学園……受験しようかな。
迷っていたから一応準備はもう始めていたけど、勉強も今まで以上に頑張ろう。
「それなら、あまり邪魔するのもよくないですね」
あ……驚きすぎて祝福の言葉を言うのを忘れてまとめに入っちゃった。ま、まぁ受け入れていることは伝わったよね。
もう戻りますという意思表示をしても、引き止められもしないし何も言われない。
本当に……何をしに来たんだろう。
ヨハネス様が私に惹かれてしまわないか、試しに来たのかな。転生者だと話すか何かして、不安に思うライラ様のために来たのかもしれない。
それにしては不可解な部分も多いけど……。
まぁいいか。
安心してもらえていたのなら嬉しいな。
「もしよかったら、うちの靴屋さんにもいつか来てください」
店の場所が書いてあるカードを手渡して、ついお辞儀をしてしまった。
しまった!
この世界、女性がお辞儀をする文化はないんだった!
「機会があれば、行くわ」
全く気にもしない様子でライラさんが応じてくれる。
やっぱり転生者なんだな……。
ヨハネス様は少し眉をひそめられている。なんだそれって思われちゃったよね。
男性がやや頭を下げたり女性がスカートの裾を持って腰を低くすることはあっても、女性が深々としたお辞儀をする慣例はここにはない。
しまったなぁ……。
「またいつかお会いできたら、その時に」
私たちは手を振り合って別れた。











