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婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ完結】  作者: 春風悠里
番外編1

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◆カムラとシーナ6. 夢

「こんなに遠くに、いたんですね」


 ライラ様の寝る支度を整えて少ししてから天井裏に上ると、お二人の私室からそれはもう、ものすごぉぉぉく遠く離れた場所に、カムラがいた。


「シーナですか。もう護衛はほとんどお役御免でしょう。何しに来たんですか」


 あなたこそ何をしているんですか、と聞きたい。


 なぜか天井裏には、小さな木彫りの熊やら狐やら犬やら兎やらなんやらかんやら並んでいる。カムラの手の中にも彫り中の何かがあり、ナイフで削り続けている。


「カムラの様子を見に来ました」

「……心配しなくても、配慮はしますよ」


 ライラ様とヨハネス様は、卒業後間もなくご結婚された。

 姉と私は身の回りのお世話のために呼んでもらえたものの、クラレッドとカムラもいるし、他の護衛も優秀だ。ヨハネス様と離れてライラ様が行動する時に、わずかに護衛の意味を持つ程度だ。

 夜も、物音に警戒する必要がなくなった。


「カムラだけ、ですか?」

「ええ。私の能力は、ご主人様以上に国王様はご存知です。どこまで気配を察知して、どこまで音を感知できるのか、就寝時と覚醒時の違いも含めてテストされ尽くしましたから。私がここにいる時は衛兵だけで大丈夫だろうと、平時は国王様の護衛すら天井裏からは引き上げていますね」

「凄まじいですね」

「そうなんです。昼間は人の出入りもありますし、何人かはどこかにいますけど」


 シャリシャリと、カムラの木を彫る音だけが響く。


「シーナも聞いたんですよね。この世界について」

「はい、教えていただきました」

「私のこの能力は、誰かが考えた仕様なんでしょうね……」


 前にカムラが言っていた。


『気が付いた時には、こうでしたから。気配に鋭敏で、遠くの音まで聞こえ、人に気付かれない。なぜか足音も意識しないと出ません。不思議ですよね』


 誰かがそう決めた。

 誰かがこの世界や人物を考えた。

 そういうことなのだろう。

 そうでないと、カムラの能力は規格外すぎておかしい。


「自分のこれを、呪いたくなってきました」

「……もしかして、この距離で聞こえるんですか」


 ヨハネス様とライラ様の声が……。

 ここまで離れていて聞こえるのだとしたら、町中なんて狂ってしまいそうだ。


「ここまで離れれば、あまり……。これ以上離れると、侵入者に入り込まれた時に遅れをとります。何かをしていれば、まだ……」


 苦しそうに彫っているのは、猫だろうか。


「あの時、やっぱりカムラは嘘をついていたんですね」

「……どの時ですか」

「一番最初に、ボードゲームを一緒にした時です。『ストライク』という名前のゲームでした。遠くにいたから説明を聞いていないと言っていましたけど、ヨハネス様はそれが意外そうな様子でした」


 あの時は、ヨハネス様の部屋から離れている天井裏に連れ込まれ、ライラ様の変化について問い質されていた。

 クラレッドがその位置の下まで来て私たちを呼んだけれど……カムラはそれを予想していたような顔つきで応じていた。

 

「……よく覚えていますね。はい、嘘ですよ。あまりにも聞こえていると知られては、気にされるかなと思いまして。私の耳には相当数の声が聞こえ、その上聞き分けられる。私にとっては、最初から当然のことでしたけどね」


 この世界の創作者がいるのだとしたら、酷い設定を考えたものですね……。


「それだけが理由ではないですよね。私だけが聞こえていないと、思わせないでいてくれました」


 私の方が劣るのだと、ライラ様に思われないようにしてくれた。

 それも理由の一つのはずだ。


「どうでしょうね。忘れました」


 私たちのいるこの場所の下は、どこだろう。

 距離的に図書の間、かな。

 慣れていないと、天井裏は入り組んでいて把握しにくい。


「私、ここで話していて大丈夫なんでしょうか……」

「ええ、この付近は戴冠の間であったり図書の間であったり、人はいません。だから、私の気を紛らわせてくれるために私と話しているんでしょうが……早く部屋に戻った方がいいですよ。ここは危険です」

「……どういう……意味ですか」


 カムラが、彫り続けている猫のような何かから、私へと視線を移す。


 ぞくり、とした。

 今までこんな目で見られたことは……一度もない。


「あなたを女だというそれだけで、襲ってしまうかもしれない」

「――――っ」


 全身が震えた。


 ライラ様にしか使われなかったその言葉が、私に向けられている。言われている言葉は酷いのに、なぜか高揚してしまう。

 カムラは……私のせいでそうなっているわけではないのに。


「……まさかあなたが、私に襲われたがっているとは思いませんでしたね」


 私の表情の変化を読み取って、カムラが的確に指摘してくる。

 なんて答えたらいいのか……分からない。否定すらできずに、熱が顔に集まるのを止められない。


「き、気のせいです」

「説得力がないですね。顔でも洗いに戻ったらどうです? 受け入れ態勢万全のあなたが目の前にいたら、耐えられそうにない」

「た……耐えなきゃいいじゃないですか」

「……本気で言っています?」


 襲ってくれと言っているようなものだ。

 全身に血が急激に巡るのを感じる。


 逃げたい……でも、このまま逃げてしまったら、カムラは今までのように私と雑談すらしてくれなくなるかもしれない。

 距離をとって……しまうかもしれない。


「カムラのしたいように、すればいいんじゃないですか。大したことではないです」

「恋すらしたことがないと、前に言っていたじゃないですか」

「それ、あの方たちが学園に入学すらしていない時ですよね」

「その後に、あなたに男性経験があったとは思えません。大したことではあるでしょう」


 逃げ道がなくなっていく。

 女だからという理由だけで襲われたいほどに好きだと……伝わってしまう。


 ――そこまで、私は好きだったんでしょうか。


 分からないのに、一度顔まで上ってしまった熱は、すぐに元には戻らない。


「シーナ。あなたは他の誰よりも知っているはずです。私の……あの方への想いを」


 もう、開き直るしかない。

 カムラの至近距離に座り直す。


「前にも言いました。私は自分の大好きな人を一番に大好きな人が、好きだと。あの方を想って苦しんでいる人が、私の好みの男性です。他にいると思います? 私の手の届きそうな範囲で、そんな人が」

「……ふっ、私が手近で好みの男性だと?」

「その通りです。ほとんどお役御免かもしれませんが、あの方の護衛としての矜持はあります。私はあの方が一番です。もしもあなたがあの時にあの方を襲い、悲鳴をあげられていたら、私はあなたを殺しました」

「ああ……、それであの時に来なかったんですね」

「今もそうです。あの方に悲鳴をあげさせるような何かをすれば、私はそうします。あなたも、そうでなければならない。あのお二人を一番に考えられないカムラなんて、願い下げです」


 目にも止まらない早さで、カムラの持っていたナイフがしまわれた。なぜか、彫りかけの猫のような何かを押し付けられる。


「私と……したいんですか」


 なんって聞き方をするんだろう、この男は。

 私に対しては配慮も何もない。恥ずかしすぎて涙が出そうだ。

 そんなこと、今まで考えもしなかったのに。

 でも……ここで否定したら、全て嘘だったことになってしまう。


「……したいです」


 声が震える。

 誰か……私を今すぐ殺してほしい。ひと思いに真っ二つにでもしてほしい。

 どうしてこんな会話になってしまったのか、意味が分からない。至近距離に座らなければよかった。


「女性としても、あなたは一番にならないかもしれないのに?」

「そんなことは、分かっています」


 両の目を見つめながら、確認される。

 身体中の水分が、一気に蒸発していくようだ。


「私は、優しい男ではないですよ」

「それも、分かっています」


 これは確認作業だ。

 カムラは迷っている。

 どうするか迷って、答を探している。


「あなたに対しては、今まで通り大して気遣いはしないでしょう」

「それを、望んでいます」


 これはカムラの嘘だ。

 今、まさに気遣われている。

 私を傷つけたくなくて迷ってくれている。


 こんなにまで私のことを考えてくれたことは、今までにないはずだ。


「扱いも、雑かもしれません」

「今までも雑でしたよね。気にならないです」


 必要のない似たような確認が続く。

 ここで拒否をされれば私を傷つけずに済むというカムラの気持ちが、伝わってくる。

 

 さっきの配慮のない質問も……否定してほしかったからなのかもしれない。


 大事に思われていた。

 そのことに、驚く。


「あなたの気持ちを利用しようとする時も、あるかもしれません」

「今までも利用したい時はしていたでしょう。どうでもいいです」


 カムラに振り回されていた自信はある。


「女性は、自分が一番でないと嫌なんじゃないですか」

「私はそんなものに、こだわりません。一番だったことなんてありませんし、そんなの気持ち悪いだけです」

「…………」


 カムラが黙った。私の言った言葉について考えているのかもしれない。


 ずっと、護衛としてもメイドとしても姉の次。姉に劣る存在だった。でも……それでも、ライラ様に大事だと思ってもらえた。


 それで十分だと思う。


 カムラにも、ライラ様を一番に想っていてほしいという気持ちも、私の中にある。

 誰にも……理解はされないと思うけれど。


「ねぇ、カムラ。私はあなたのことを、あなた以上に知っているのかもしれませんよ?」

「……どういう意味ですか」


 未だ迷っている様子のカムラに、私は抗いがたい誘惑を突き付ける。


 私以外の誰にも本音を見せられない、カムラ。そのことに嬉しさを感じていなかった言えば、嘘になる。


 ――あなたは、この誘惑を跳ね除けられますか?


「カムラの能力、子供にも引き継がれる設定が、あるのかもしれませんよ?」

「――――!」

「あのお方の子供も孫も全ての血筋を、カムラの血筋で守れるかもしれませんね」 

「――――――――な」

「私、協力してあげてもいいですよ?」


 時間が静止したように、沈黙が訪れる。


 私が突然、違う何かになってしまったのかというような驚き方をしますね……。


 信じられないものが現れたような顔をして……そして突然、笑い始めた。


「……ふっ、なんですかそれ……ははっ、すごい殺し文句だ……あっはは、くっ、はは」


 身体をくの字にして、笑っている。

 大丈夫なんでしょうか。

 この声、他の護衛に聞こえないかな……。


「ははっ……あなたを利用して、あの方の血筋の全てを守れって言うんですか? こんなに酷い血を量産しろと?」

「違いますよ。私があなたの血を利用するんです。あの方の全てを守るために」

「くっ……それはいい。利用されるんですか、この私が。あなたに?」

「はい、利用し合えばいい。そんな関係はどうですかという提案です」

「ふっ……はは、確かにあなたは、私以上に私を知っているのかもしれない」


 しばらく笑い続けるカムラを見守り……。


 気付いたら、頬をなでられていた。

 カムラの動作の始まりの気配は、なかなか感知できない。


「……シーナ。責任、とってくださいね?」

「なんのですか?」

「私に夢を見せてしまった責任です」

「夢……ですか」

「あの方が以前、おっしゃったんです。護衛は必要だけれど、地獄を見なくてもいいだけの強さで事足りる世界にしてみせる、と」

「それは格好いいですね。惚れます。惚れ直しました。カムラ、永遠にあのお方を一番に愛しておいてください」

「なんですか、それは」


 さすがライラ様だ。私があの時に立ち去った後の会話だろうか。

 聞いてみたかったと……思ってしまう。


 私が一番なんて、おこがましい。

 誰にとっても至上の存在であってほしいと願ってしまう。


「私はその言葉を聞いた時、無理だろうなと思いました」

「……身も蓋もないですね」

「それに、どうでもいいな、とも」

「……言ってないですよね、それ」

「もちろん言いませんよ。私は依然変わらず、お二人を守っていつか、ものすごく強い侵入者と相討ちになって死ねたらいいなと思ってはいたんですが……」


 そうでしょうね。

 未来に夢を持つタイプでは、ない。


「あの方の話した未来を、あなたの言う通りであれば私の血でもって叶えられそうな気がしてきました。お二人も色々と考えられてはいますが、より強固で確実な道筋が見えて……試してみたいと思ってしまった」


 私にその道筋は見えない。

 でもカムラには、私の言葉で夢のある未来が頭の中に浮かんだのだろうか。


「シーナ。一緒に私が今見た夢を叶えてください。あなたは私を一番理解し、夢を与える人だ。私の血が受け継がれるのかどうかは分かりませんが、どちらでもいいです。ずっと私の隣にいてほしい。そして――、命尽きるまでお二人を支えましょう」


 カムラが、私の両手をそっと握る。

 ライラ様が最初にご用意されたタロットカードの『恋人』のように。


 その顔は、少年のように嬉しそうで。

 そんな顔をさせているのが自分だということに、じわじわと嬉しさが胸の内に広がる。


「はい、喜んで」


 ――私たちは夢を見る。ご主人様と共にあり、ライラ様の導く誰もが幸せな最高の未来を。



〈カムラとシーナ 完〉





【追記:コミカライズ連載開始記念の番外編がこのあとも続きます。以下の文章は当時のままです】


これにて完全完結です!

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


終わってみると、とても寂しいですね。

私も一緒に、学園生活を送っていたような気になっていたのかもしれません。


今後、いつか番外編を追加するかもしれないし、しないかもしれません。

そこは全然分かりません。

ですが、最終回にも書きましたが、スピンオフ作品を別作品として登録いたしました!


20代後半の彼女が、16歳目前のライラに転生するパラレルワールドです。

本作と違って子育て経験者としての自信はない代わりに、二十代だった矜持はあるライラ。本作と似た状況になっても、違う選択をすることもあります。

彼女が幸せな未来を掴み取るために考え抜いた方法は、ただ一つ。入学式までに王太子ヨハネスに会うたった二回の機会で、完膚なきまでに悩殺し自分に夢中にさせること。


「私は今日一日で、ヨハネス様を落とすために、私に惚れてもらうために、断固たる意思で悩殺するために、ここに来ましたわ。こちらのカードで、私と勝負をしてください」


本作の補足にもなります。

ライラに恋愛の意味で好かれていると最初から確信している強気ヨハネス様と、息子からの全幅の信頼を味わったことのない少し不安定なライラのイチャラブが書きたかったので、一緒に楽しんでもらえると嬉しいです!

本作よりもかなり糖度が高いかと思います。


ページ下部の書籍表紙絵の下に、リンクも張りました。

彼らにもう一度会うことができるので、よろしければどうぞ、引き続きご覧ください。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白く、物語に引き込まれました。若々しい甘酸っぱい恋ではなかったところが個人的には好きです。秘密の花園?でライラとヨハンが互いの本音をぶつけ合う場面に引き込まれました。なんにせよみんな…
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