◆カムラとシーナ1. 激震(本編15話後)
公爵家の庭園の離れにある、戦える使用人専用の建物で、丁寧にメイド服へと武器をしまっていく。
この国は平和で、使う機会は皆無だ。それでも手入れは欠かせない。
国家への不満を集まって話し合っているような団体も、小規模だ。国家転覆を企むような人物は、いつの間にか病死している。
――おそらく、カムラが絡んでいる。
「今日は一人なんですね、シーナ」
最初からそこにいたかのように、カムラに話しかけられる。
「いきなり公爵家に入り込むの、やめてもらえません?」
ここは武器の手入れ場だ。
訓練所は、また別にある。
だから、オフの時間に一人でここにいることも、よくある。
「あの方の許可は取っていますよ。何をどれだけ調べても構わないと、私におっしゃってくれました」
カムラはこうやって、本人がいない時にはできる限り人物名を出さない。どこで誰が聞いているとも限らないという意識が、根底にあるのだろう。
「いきなり私の前に現れてもいい、という意味で言ったのでは、ないと思いますよ」
「調べてもらって安心したとも言っていたらしいです。それなら、調べなくては」
わざわざ、こうやって煙に巻いた言い方をする。私が、カムラの本心を薄々分かっていると知っていて……。
暴かれたいのか、暴かれたくないのか、どちらなんでしょうね。
ライラ様がタロットカードという占いの道具によって、ヨハネス様に婚約解消を迫っていると聞いたのは、先日王宮に行く少し前のことだった。
あれだけヨハネス様に憧れていたはずのライラ様は、意識を失って目覚めた時、私でも驚くほどの別人になっていた。
――憧れも、消え失せたかのように見える。
カムラが気になるのも、仕方がないのかもしれない。
「そんなに、あのライラ様を気に入りました? 私に、何度も聞きたくなるほどに」
王宮でも、ボードゲームに誘われるまでライラ様について質問されていた。
「あのライラ様、ですか。やはりシーナも違和感があるんですね」
「夢から覚めた直後から、あのライラ様になっています。間違いなく、長い長い夢の影響です。調べても、何も出ませんよ」
「でしょうね。調べ尽くしました」
調べる過程で、私のシフト表でも見たのだろう。自分の休みを合わせ、私がここに来る時を見計らっていたに違いない。
「あの方は、私を酷く怖がって、怯えるようになりました。なぜなのか分かりますか」
「怯えさせること、したんじゃないですか」
「なのに、すごく強がっています。その上、いつか殺されるかもしれないと思いながら、不必要な占いの結果を私に言いました。なぜなんでしょう」
「あなたの幸せを祈っていることを、伝えたかったからでしょう」
「その理由がいくら考えても、分からないんです。あの時に聞きましたけど……理解できませんでした。シーナは、分かりますか」
少年のような顔をして聞いてきたので、少し驚く。ああいった好意をぶつけられたのは、初めてなのかもしれない。
あの時、カムラがライラ様に傾倒したことは、すぐに分かった。
『もしヨハネス様にとって、ライラ様が無価値な存在になって捨てられる時が来ましたら、私にください』
『一緒に逃避行して、私のお母さんになってもらいますよ』
あの言葉は、そのままの意味ではない。
ヨハネス様がもし、ライラ様に婚約破棄を突き付けた場合の、その後の経過が著しく変わるということだ。
カムラが何も言わなかったのなら、ライラ様がダメージを負うだけだった。
でも、カムラが連れて逃げるのなら、カムラを手に入れるために王家が支払った莫大なお金が無駄になり、その上、王家の内部事情に精通しているカムラに追手を差し向けなければならなくなる。
間違いなく返り討ちにされ、貴重な戦力を削られる。
逃げ続けるライラ様と、王宮で他の方とご婚約されるヨハネス様、両者がダメージを負う。
――それが実現するなんて、カムラは微塵も思っていない。
あの言葉は、ヨハネス様を縛り、ライラ様を守る言葉だった。
絶対に、手離すな……と。
「あんなに弱くて怯えていたのに、なぜなんでしょう」
呟くように言うカムラに、私の姿は映っていないように見える。
「そう……ですね。ライラ様は、慈愛に満ちた目を、よくされるようになりました」
「ええ、私は、あの方の瞳に……」
ヨハネス様が近くにいる時には絶対にしない、遠くを見るような目だ。あの日のライラ様を、思い出しているに違いない。
――私たちは、ご主人様に忠誠を誓う。
人を殺めることでしか生きられない世界から私たちを拾っていただき、守らせてもらえる。それはきっと、私たちのような立場の人間にしか分からない、幸せだ。
私は四歳頃まで、ここに住んでいたらしい。
あまり……記憶はない。
気付いた時には外国の養成機関に所属していて、幼い頃は虫の息の人間に、とどめを刺す作業をさせられていた。
覚悟を植え付けるためだったのだと思う。
公爵家から前金は支払われていて、死なないようには調整されていたけれど、地獄だった。強くならなければ、組織の名に傷がつく。依頼をこなし、返り討ちにされたら仕方ない。そんな扱いだ。
カムラはきっと……それ以上の地獄を見ている。
公爵家に恨みはない。
それは、メイドであった母の遺言であり、望みだったと聞いている。
私と姉のミーナに、守ってほしかった母の大事な場所。私も命をかけて、公爵家とライラ様を守りたい。
「ライラ様と話せる機会は増えると思いますよ。きっと今後、ボードゲームにも誘ってくれます。そういうお方です」
「参加するのは……苦手なんですよ」
「居心地、悪そうでしたもんね」
「ええ。勝ちたくは、ないんです」
「……そうですか」
ゲームの中でくらい、勝ちたくはない。
気持ちは分かる。
「シーナは……上手いですよね。ああいうの。この前も、わざと思いきりダイスをぶつけていました」
「はい。落ちるか落ちないかギリギリを狙うゲームだと思って、やっていましたね」
「そうですよね。一人だけ違うルールで楽しんでいるように見えました」
「あれ、そう見えちゃいましたか。それは駄目ですね。気を付けます」
私も、ヨハネス様やライラ様には、勝ちたくはない。もう少し、気を付けて調整しなくては。
「シーナはどこまで、あの方のお世話をしているんです?」
「身の回りのことは姉と分けあって、ですかね。姉の方が距離は近いです」
「手を握られることは……ありますか?」
「それは、ない気がします」
「いつも……ではないんですね」
あの占いの後に、ライラ様はカムラの手を握っていた。誰かに優しく手を握られるのも、初めてだったのかもしれない。
ましてや――、幸せを祈ってもらいながら、なんて。
私ですら、羨ましく思ってしまう。
姉のミーナはあの時、扉の前にいた。だから、「最後あたりの言葉がなければ、嫌われていたと思いますよ」と言っていたけれど……。
あの場で、あの状況を見ていた私には分かる。怯えながらも堂々と、ライラ様がその手を握った瞬間から、カムラの中で激震が走っていた。
「あの方は……」
カムラの質問が続いていく。
気になって気になって、仕方がない。
そんな様子だ。
強い強い、好意を感じる。
それが、どんな種類の好意なのかは……カムラ自身も含めて、きっと誰にも分からない。











