90.辿り着く未来
そこはきっと、辿り着く未来。
私たちが目指す場所。
「うん、見事に皆、歳を食ったわね!」
全員を見渡して言う。
この人数のじじばば……圧巻ね!
「ライラちゃーん。最初からそれはないよー」
「……ちゃん付けされる年齢では、ないと思うのだけど」
全員孫がいるけれど子供をもうけた年齢は早い。まだ元気なので気軽に呼ぶことができた。
ジェラルドたちとは、式典で公的には何度も会っていた。
あんなに国王らしく落ち着いて話していたのに、やっぱりこうなのね……ジェラルド。
一番若く見える気がするのは、銀髪のせいで白髪が目立たないからだろう。若い姿を知っているせいで、あまり変わった気がしない。
「ライラは、歳をとってもかわいいよ」
「それ、たぶんヨハンしか思っていないわよ」
「僕が思っていれば十分だろう」
ヨハンとはなんだかんだで、ものすごぉぉぉく仲のいい夫婦のままだ。
そうあろうとしてそうなったのか、無意識のうちにそうなったのか……どちらにせよ、その愛情と包容力で、正直私はこの歳なのにメロメロになっている。
正真正銘の、恋をしているばーさんだ。
恥ずかしいから、そんなに表に出さないように気を付けてはいるけれど……いつもヨハンが幸せそうにしているので、たぶんバレている。
「大丈夫ですよ。ライラ様は今もお美しいです」
「そーゆーのは自分の妻に言いなさいよ、リック。私たちを何度も警護してくれて、本当にありがとね」
「いえ、お二人をお守りすることが夢でしたから。夢を、叶えさせていただきました」
ヨハンに緊張しながら握手をしていたリック、忠誠を誓っていると学園で私たちに教えてくれたリック、ずっと変わらずにいてくれた。
見た目は……より精悍になったわよね。歳をとっても、元軍人って感じがする。
「ありがとう。シルフィも、リックを支え続けてくれたわね。ずっとそれを感じていたわ」
「いえ、リックの夢を叶えていただき、ありがとうございました。またライラ様にお会いできて嬉しいです」
シルフィは大人しそうな印象は変わらないけれど、安定感が増した気がする。何があっても動じなさそうな強さも感じるようになった。
「もう、様なんていらないわよ。ヨハンも生前退位して、私も国王妃ではなくなったし。同窓生として気楽に話して」
「いえいえ、伝説のライラ様ですから。それに、私なんて恋の相談の一人目なんですもの。ライラ様の伝説の一部になれて、光栄ですわ」
どうやら王立学園の講義中の雑談で、ずっと講師から生徒へと私たちのことが伝えられ続けているらしい。
……勘弁してほしい。
私とヨハンが学園のいたるところで愛を語り合い、周囲の目を気にすることなくキスを交わし、私に関しては何人もの男性を袖にして、ほぼ全女生徒の恋の相談にのった情熱的な女性だと。
婚約を一度解消して、燃えたぎるような恋をしたとかも言われている。卒業パーティーではお互いの深い愛情そのものの熱いダンスに誰もが魅了され、結婚式の夜にも披露されて見る者全てを虜にした……と。
盛り盛りに、盛りすぎだ。
にも関わらず、そう言われていると書籍にまで書かれてしまっている。私たちの黒歴史も含めて、本当に歴史になってしまったようだ。
「こちらにも噂が伝わっていましたよ、ライラさん。ルビア王国の王妃様はすごいらしいと」
「それ、聞いたなら止めてよ……メルル」
「皆さんの相談にのる、女神様のようでしたって修正しておきました」
「そんなに変わっていないわね……」
メルルの私への眼差しは、あの頃のままだ。
私のことをよくこうやって女神様に例えてくれたけれど、歳をとって落ち着きも感じられる今、彼女の方がそう見える。さすがヒロインだと、公的に会う度に思っていた。
「僕はね、聞かれたら見る者全てを跪かせるようなダンスを踊っていたって言っといたよ!」
「ちょっとジェラルド、ひどくなっているじゃない。セオドア、あなたの兄はどうなっているのよ」
「ああ、国に戻ってからは、素の部分を以前より出せるようになっていた。お前のお陰だな」
「……なぜか美談に聞こえるわね」
セオドアは髪の色が濃いせいで白髪が目立つようになったから年齢相応に見える。
昔から落ち着いているし、今の方が彼らしさを感じるわね。賢者って感じ。
公的な場では、それ相応の態度や言動をしなければならない。プライベートで会うと、こんなにも前と同じ空気になるのかと嬉しくなる。
「ふふ。ライラさんのお陰でジェラルドと私の仲もよくなったので、感謝していますわ」
ジェラルドの妻、レイシアがふわりと微笑む。歳をとっても品のいい、清らかな印象の女性だ。
「それはよかったわ。式典でお会いした時も仲よさそうで、安心していたわ」
「ええ。それに、あのダンスは私も虜になりました。なので伝説を聞いても、なるほどと」
「盛りに盛られているから!」
「レイシアと仲よくなれたのはさ、本当にライラちゃんたちのお陰だよ。レイシアったら、ゲームになると人が変わるんだ! それが面白くて」
「もー、ジェラルド」
「いいじゃないか、あとでどうせバレるんだし?」
昔は冷えた関係だと言っていた彼女を、愛しい人を見る目でジェラルドがからかう。
微笑ましく見ていられるのが自分でも嬉しい。昔はほんのちょこっとだけ、複雑だったからなぁ……。
「しかし、八人だと思っていたら、十人なのよねー」
「そうだよ姉さん! 昔から姉さんは、僕の存在をいつも忘れるよね」
「ええ、自覚はあるわ。ごめんなさい」
「え、謝っちゃうの? フォローは⁉ 謝られる方がショックだよ」
「いいじゃない。あなたを忘れないでいてくれる、かわいいお嫁さんのエレーヌがいるじゃない。ねぇ?」
「んふふ。いつも、ありがとうございます。ローラントのお陰でライラ様と何度もボードゲームをする機会をいただいていますし、たまには存在を忘れてもよろしいかと」
「エレーヌまで何を言ってるのさー」
ローラントも近衛騎士団長まで務めてはいたものの、今は息子の領地経営を手伝っているだけだ。昔と違って軍人らしい顔立ちにはなったものの、話すと愛嬌のある目がくりくりと動き、私の前では昔のままだ。
たまに私やヨハンとボードゲームをしているので、エレーヌと私も親しくしている。学園の四年生の時に行った「ボードゲーム同好会」としてのオリエンテーションで二人は知り合い、交流の中で仲を深めたようだ。
「八人までできるゲームはそれなりにあるけれど、十人はほとんどないわよ? やっぱり分かれる?」
「それは嫌だよ、ライラちゃん。最初はやっぱり皆でやろうよ」
「そうね、そうしましょうか。シーナ、カムラ、『UNO』とか『コヨーテ』とかそのへんの、十人でもできるものを適当に持ってきて」
既に護衛としての仕事からは引退させた二人にお願いをする。こういった時には必ずサポートをさせてほしいとお願いされ、休憩用の椅子も用意して部屋に入れている。
廊下の護衛は、若い子たちに任せているけれど。
ミーナには、前世でいうところのカウンセラーのような役割をお願いしている。なんでも話せるやさしいおばあちゃん、そんな存在で今も王宮で孫たちの世話をしてくれている。
「かしこまりました。お持ちしますね」
「ええ、お願い」
カムラを護衛から引退させるのは大変だった。
でも、さすがに年寄りを護衛として天井裏で寝かせたくはないし、立ちっぱなしにもさせたくはない。使用人として側にいてもらうからと説得して、今も私たちと共にある。
私たちが卒業してから一年足らずで、シーナが妊娠した。
私の実家の公爵家にシーナはしばらく住むことになり、カムラのお願いで公爵家の庭にヨハンのポケットマネーで大掛かりな特殊訓練場を設け、化け物じみた強さを持つ子供たちが最終的に六人にまで増えた。
カムラの血筋は、そうなるようにできている気がする。血は薄まっているらしいけれど、同じ人間とは思えない身のこなしだった。
シーナは「ライラ様のメイドなのに、メイド業に戻れなくてすみません」と、しきりに謝っていた。
カムラが私たちの筆頭執事、息子が執事見習いという時期もあった。これからずっと彼らの子孫は、私たちの子孫の護衛も兼ねた執事なりメイドなりになり続けるのかもしれない。
要人警護のための特殊学校も設立し、騎士学校卒業者や、メイド養成学校の特殊訓練受講生、王立学園戦術学部卒業者が入学する。
その学校のトップもまた、カムラの子供だ。
誰もが私とヨハンに心酔している。たまに労いの言葉をかけに行ったけれど、王家や私たちへの強い忠誠心を感じた。
教育にはカムラが理事長を兼任して、相当かんでいたからかもしれない。今は名誉理事長でもある。
その知識やノウハウの一部は、ミーナに聞いたそれぞれの地域の国民性にも配慮しながら、他国にも技術協力という形で提供した。カムラが昔所属していた無法国家アルゲナの組織も、解散したらしい。豪腕な統治者が現れて、今はギャンブル大国になっている。
ちゃんとシーナがカムラに愛されているのか心配で、聞いたことがある。
そうしたら、こんなことを言っていた。
『私はライラ様を一番大好きな人が好きなんです。私も、カムラよりライラ様の方が好きです。だからカムラも、分かりにくいですけど私のことを好きでいてくれていますよ。自分が一番なんて人を、カムラが好きになるわけありませんから』
なんだか、ものすごーーーく歪んでいる気がするけれど、二人とも幸せそうだし、気にしないことにした。
「そういえばジェラルド。この別邸の近くのあなたの国側に、邸宅が造られつつあるように思うのだけど」
「ああ、そうだよ。ゲームをするって言われたら、いち早く来れるようにと思ってさ。そこにレイシアと住んじゃおうかと思って」
「どれだけボードゲームが好きなのよ……」
「ライラちゃーん、半年しか学園にいられなかった僕の無念を、全然分かってくれていないよね」
「そこまでとは思わなかったわ……」
「待てよ、ジェラルド。僕たちもここに住んじゃおうかと思っていたのに、まさかお前がご近所さんになるのか」
「そうだよ、ヨハネス。泣いて喜ぶといいよ」
「喜べるか!」
これは……もしかして前世でいう毎日公園でゲートボールをしているご老人仲間の皆様みたいな関係になってしまうんじゃ……。
一応、使者からも話は計画前に聞いていたけれど、別荘扱いではなく住むつもりだったのね。
「僕が国王を生前退位してから日も経たずにお前も退位していたけど、もしかしてそれが理由か……」
「そりゃそうだよ。これは、あの約束が近いなと思ってね! できのいい息子にも恵まれたしね。レイシアのお陰だ」
「ふふ、私も話を聞いて、ずっとこの時を待っていましたから。ライラさんと遊びたかった。ジェラルドの初恋の相手ですものね」
「…………え」
思いっ切り固まった。
というか、全員が固まった。
「……言っちゃ駄目でしょ……それは。ジェラルド」
「い、言ってないよ。学園の話をしていたら、普通にバレたんだよ」
「顔で分かりますもの。私も話を聞いて、ライラさんのファンになりました」
「いやいやいやいや、そんな菩薩みたいなこと言って……」
「ライラさん、菩薩は誰にも通じませんよ」
「……そうね。メルル、突っ込みありがとう」
「レイシアはね、僕の過去ごと全部愛してるって言うんだ」
自慢そうにジェラルドが言う。
……どっかで聞いた台詞ね。ヨハンとレイシア、気が合うんじゃないかしら。
どこまで私とのことを話したのだろう。ここでレイシアが堂々と言うってことは、皆の前で開き直っていたことも話したってことよね……。
二人とも、あまり気にしないオープンな性格なのかしら。実は、似た者同士?
「ジェラルドのかわいいところも、ライラさんとならお話できるのかしらと思って。メルルさんに話を聞いて、女子会をしたくなりました」
「あら、いいわねそれ。今度、ここの女子だけでしましょう」
そう言うと、この場にいる女性全員が、嬉しそうに笑って拍手をしてくれた。
……全員、ばーさんだけどね!
女子会って言葉、メルルが転生者だから通じたのかとあとから思ったけれど、やっぱり言葉のニュアンスで分かるのかしら。
ご近所にジェラルドたちが住むのなら、レイシアとの二人きりの女子会も、いつかすることになるのかもしれない。見た目と違って、思ったよりもぐいぐい来るタイプの予感がする。
彼女と冷えた関係だとジェラルドが言っていた時、彼女も猫をかぶっていたのかもしれない。この世界の女性で初めて、呼び捨てで名前を呼び合うような関係にすらなりそうだ。
「じゃ、次の女子会までに盛大にのろけができるよう、男性陣は妻に尽くしておくといいわ」
参ったなという顔で男性陣が笑ったタイミングで、ノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
シーナとカムラがゲームをワゴンに載せて、ガラガラと持ってきてくれる。
「最初は『UNO』にしておくわ」
「かしこまりました」
この部屋の飾り棚には、豪華なこの部屋に不釣り合いな小物がいくつも飾られている。
それは栞で。
それはティースプーンで。
それは万年筆で。
それはハンカチで。
それは香水の瓶で。
それは扇で。
それは日記帳で。
若い六人の姿が写る写真も、そこにある。
「そういえば、ジェラルド。あの変な帽子はどうしたの?」
「あれねー。ヨハネスのせいでさ、僕たちの私室がひどくなってしまったんだよ。あれのせいで雰囲気が台無しだよ」
「……衣裳部屋くらいあるでしょう」
「せっかくなら飾りましょうって、レイシアが言うからさー」
「今、初めて申し訳なかったかなと思ったよ、ジェラルド」
「はーぁ。いいよいいよ、たまに見て笑ってるからさ。レイシアは気に入っていて、今日も来る前に僕にかぶせようとしていたし」
話している間に、カムラとシーナが皆にカードを配り終えてくれた。
「それじゃ、ゲームを始めましょう!」
今、勢揃いしている私たちも、ずっとここにはいられない。
もう皆高齢だ。
一人ずつ、欠けていく日が来る。
永遠なんて存在しない。
それが生きるということだ。
――だから、この一瞬を大切に。
ここは、魂を癒す場所なのかもしれない。
拓海の魂も、この世界のどこかにあるのかもしれない。
ねぇ皆? もしかしたら皆は、私たちの生まれ変わった先なのかもしれないわよ?
終わりは始まりで――。
だから、終わりは怖くない。
きっと、今のあなたに繋がっている。
「それじゃ、スタートの人を私の独断で決めるわ」
山札から一枚取って、表に返す。
「一緒に伝説の恋をした、誰よりも愛している私の旦那様、ヨハンからよ!」
そう、高らかに宣言をした。











