88.卒業パーティー(メルル視点)
楽しい学園生活は、あっという間に終わった。
『たまにでも毎日でも、ここを覗いてほしいわ』
ライラさんが誘ってくれた、談話室での時間。皆と色んな話をして、今も私の中で光を放っている。
『ボードゲームで盛り上がるわよ! もちろん全員参加ね!』
ライラさんが誘ってくれた、委員会での時間。勝った負けたで一喜一憂した、皆との大切な日々。
『今のあなたも、前の世界でのあなたも、すごくすごく素敵な人なのよ』
大好きなライラさんとの学園生活には、もう戻れない。
三年目にはライラさんの弟、ローラントさんが入学された。
月に一度しか参加しなかった委員会に毎回参加されるようになり、シーナさんもカムラさん同様、サポートに回っていた。
四年目には委員会を部に変えて、ボードゲーム同好会としてオリエンテーションに参加した。
各机に二人ずつ部員が入り、見学に来た人を参加させてボードゲームをする形で部員を募り、ローラントさん以外のメンバーは引き継ぎをすると参加をやめた。
四年生は論文も書かなければならず、卒業後の準備もしなくてはならないからだ。
ボードゲームは孤児院への寄付や平民向けの子学校での販売がなされ、学園系列店でも貴族向けの高級なものが売られている。ライラさんたちの企画開発というのが大きく、貴族の趣味の一つにもなりそうだという。
この学園から今後制作された場合は、学園と王室によって販売までされるかどうかが協議されることになった。
ずっと、ここにはいられない。
同じ場所に留まり続けることはできない。
それでも、一生側にいたいと思える人が隣にいてくれる。
「緊張しますね、セオドアさん」
大好きな、私の恋人に話しかける。
「お前が緊張してどうする、メルル」
セオドアさんが、優しい眼差しを向けてくれる。
私の憧れの女神様とは、もう一緒にはいられない。
でも――。
『卒業パーティー、いいもの見せてあげるわ。大和魂でぶちかましてくるわよ』
最後までわくわくさせてくれる彼女と、同じ世界で生きられる。
卒業式は昨日終わった。
今日は卒業パーティー。
学園の広い大ホールで、卒業生だけがダンスをする。
今年は例外だ。
在校生もホールの上の観覧席で観覧することだけはできる。
この国の王太子様と、その恋人のライラさんが卒業される。何かがあると誰もが思っていた。
卒業生のパーティー会場であるにも関わらず、職員によって会場の中央に空間が設けられ、私たちすら観覧者のように取り囲んでいる。
おそらく、ここで……。
学園長の挨拶が始まり、終わりにさしかかる。
「――それでは、ヨハネス様とライラ様にご登場いただきましょう。皆様、盛大な拍手を!」
ヨハネス様の腕に手を添えて現れたライラさんを見た瞬間、息を呑んだ。
こんなに透明感のある空気を感じるのは、初めてだ。
彼女の美しさに目を奪われる。
艶やかな紫の衣裳が、彼女が歩くごとにさざ波のように揺れた。
妖艶な微笑みを浮かべながら、会場中の誰もを虜にしていく。
音楽が始まった。
ワルツではない……情熱的なタンゴだ。
二人はホール中央へと踊り出て、愛し合う男女を演じる。
離れたかと思えば惹かれあうように見つめ合い、まるでそうなる運命かのように手を携えて蝶のようにくるくると舞う。
前の世界の社交ダンスに近い……のかな。
この世界で演劇などは見たことがない。元からあったのかは分からない。
どれだけの時間をかければ、こんなに息の合ったダンスができるのだろう。委員会のない日の曜日は、ほとんど全部練習に費やしていたのかな……。
人間の世界を越えて、まるで妖精のように軽やかにステップを踏む。
彼女の視線は観覧している私たちの方へも向けられ、まるで女神様に微笑まれたような恍惚感を覚える。
彼女が大きく背中を反らせると、会場中から黄色い声が上がった。
誰もが、二人のダンスに熱狂していく。
「酷いものを、見せてくれるよね」
懐かしい声がした。
「兄上……来たのか」
セオドアさんが話しかける。
「ヨハネスに呼ばれちゃってね。いいもの見せてやるってさ」
「お久しぶりです、ジェラルドさん」
「ああ、久しぶり。メルルちゃん」
ジェラルドさんの顔を見て……すぐに視線を戻す。見てはいけないものを見てしまった気がした。
まだ、そんな顔をされるんですね……ジェラルドさん。
「……高嶺の花だったんだと思わされる。どれだけ恋い焦がれても、僕には絶対に手が届かなかったんだと……思い知らされるじゃないか」
切ない声だ。
届かない相手に……、焦がれている声。
「もう一度だけでも見たいと思っていた表情を、会場中の皆の前で見せるなんてね。たまらないよ。でも……また見られてよかった。そう思ってしまう」
ダンスは終わりへと向かっていく。
彼女の視線も、指先も、全てが美しくその旋律に合わせて滑らかに動く。
湧き立つような色気に、魅了される。
「彼女のために、死にたくなるようなダンス……か」
「……それは物騒な例えだな、兄上」
「前に、似たようなことをライラちゃんが言ったんだ。ダンスについてじゃなかったけどね。僕はその一撃で、やられてしまった」
最後にヨハネス様が彼女を抱き上げ、くるくると回った。前世のアイスダンスを思い出す。
あんなにも彼女が美しく舞えるのは、ヨハネス様のお力あってのこと。
理想的な恋人同士。
歴史に残る二人だ。
きっと――、この学園の伝説になる。
「今日は、これからどうするんだ」
「ぜーんぶ、ほっぽり投げてきちゃったからね。すぐ帰るよ。公務関係の寄り道はあるけどね」
「……そうか」
曲が終わってしまった。
酔いしれるようなダンスは、もう今この瞬間に過去のものだ。
お二人が礼をすると、拍手が会場中に響いた。タイミングを見計らって最後にライラさんが挨拶をする。
「皆様の貴重な時間をいただいて私たちのダンスをご覧いただき、ありがとうございます。昨日の卒業式では隣にいる私の恋人、ヨハネス様が挨拶をされたので、今日は私、ライラ・ヴィルヘルムが代わって挨拶をいたしますわ」
そう言ってから、少し声の調子を変える。
「昨日とは違って、今日は公式の場ではありません。ここからは私個人の思いを伝えさせていただきます。公式の言葉として記録はされないようにお願いしますわ。皆様も、ご内密に」
最後は茶目っ気たっぷりに言って、会場中の皆が何を言うのかと耳を傾ける。
「この学園に通えてよかった。大好きな恋人と心を通わせる時間、大好きな友人と未来について語らう時間。誰にも言えないような秘密の話もたくさんした、恥ずかしいこともいっぱい言ったわ。一部の私のやらかしは噂にもなったようだけど。たくさんのお嬢さんとも話をしたわね。それも楽しかった。会えなくなる友人も会えなくなった友人もいる。でも、いなくなるわけではないもの。その全部が、これからの私の背中を押してくれるわ」
すぐ帰ると言ったジェラルドさんも、聞き入っている。
「在校生の皆さん、今しかない学園生活を思う存分楽しんで!」
ライラさんが手を上げると、在校生から歓声が上がる。
「卒業生の皆さん、自分自身が輝ける未来を一緒に目指しましょう!」
もう一度ライラさんが手をこちらに向け、卒業生からも歓声が上がる。
――ヒロインは私じゃない。
この世界のヒロインは、ライラさんだ。
「ねぇ皆! 私と私の恋人は、最高だったでしょう? ここにいる全員が、この世界の主人公よ!」
ドキリとした。
私の思ったことへの返事のようだった。
「ここでの思い出を胸に、皆で最高の未来をつくりましょう!」
大きな拍手とともに、ヨハネス様とライラさんが舞台の奥へと退場される。鳴り止まない拍手の中、中央にも出られるようになり、ワルツの曲が始まった。
生徒たちも先ほどまでの熱気にあてられながら、ダンスを始める。
「じゃ、そろそろ帰るよ」
ジェラルドさんが、サバサバと言う。
「……会っていかないのか」
「ああ、少しは紛れたかと思った恋心が、再燃しちゃったよ」
「……そうか」
どんな気持ちで、ジェラルドさんはライラさんへの想いを語っているのだろう。
「あら、ジェラルドじゃない」
明るいライラさんの声が真横から聞こえた。
舞台から退場してすぐに、こちらに向かっていたのかもしれない。
今のジェラルドさんの言葉が聞こえたのかどうかは、分からない。
「あっちゃー」
「あっちゃーとは、久しぶりなのにご挨拶ね。感動の言葉はないの?」
ジェラルドさんの顔から、ライラさんへの想いが消えていく。
綺麗に隠されていく。
あんなに……あんなに愛しい人を、見る顔だったのに。
「感動した、興奮したよ。さすがライラちゃんだ」
「あら、ありがとう」
「さっきの挨拶の会えなくなった友人って、僕のことだよね。あんな大舞台で思い出してもらえるなんて、来た甲斐があったよ」
「来るなら、教えてくれればよかったのに」
「ヨハネスには、書簡で行くって返事をしたんだけどね!」
「え……」
皆がヨハネス様を見る。
「どうせ会うなら、いいかと思ってさ」
「酷いなー、相変わらずヨハネスは、酷くてずるい」
「呼んだのは僕なんだけどね。ジェラルドのことを考えるライラなんて、見たくないに決まっているだろう。当日で十分だ」
「あれ、おかしいな。そんなにヨハネスって、余裕がなかったっけなー!」
「うるさい」
まるで三年半の月日がなかったかのように、話が弾む。
「そういえば、ライラちゃんのアドバイスを生かしてさ、婚約者とも仲よくなってきたよ。『ブラフ』もたまにやるんだ」
「それはよかったじゃない。レイシアさんね」
「あれ。僕、名前言ったっけな」
「聞いたのよ、大事じゃない。いつか一緒に、ボードゲームをするメンバーでしょ?」
「あはは、そうだね。レイシアにもそう伝えたよ。楽しみにしていた」
「それは嬉しいわね。腕が鳴るわ」
こんなに楽しく話ができるのに、違う国同士にまた分かれてしまう。
「ジェラルド。セオドアに、他のゲームもいくつか渡しておいた。この学園と王室のマーク入りのやつな」
「ありがと。僕もあっちで制作サークルは学園で作ったんだけどねー。難しいよ、ゲームバランスとかさ。僕はもう携わっていないけど、こっちにも送るよ。メルルちゃんも来てくれるし、楽しくなりそうだ!」
「……メルルをお願いね」
「ああ、任せてよ。セオドアと一緒に、頑張ろうね」
「は、はい。頑張ります」
私も数日後にセオドアさんと、この国を発つ。
父の仕事先や、屋敷まで手配してもらった。
警備はすごいらしい。
第二王子様とまずは婚約をして、いずれ結婚というプレッシャーはあるけれど、頑張りたい。
「ジェラルドさん!」
「お、久しぶりだね、リック。さっきまで女の子といたよね。親しそうだなって思ってたよ、さっすがリックだ!」
「あれ、見つかっていましたか。俺は今気付きました。すみません遅くなって」
「元気そうで何よりだよ。リックとは、これからもヨハネスとライラちゃん以上に会えないかもしれないな、寂しいよ」
「そう……ですね」
「老後の楽しみにしておくか! じゃ、そろそろ行くよ」
「もうですか……」
「ああ、忙しいんだ。名残惜しいけどね」
そう言って、やっぱり最後はライラさんに眩しそうな視線を向けた。
「それじゃ……行くよ」
「ええ、元気で。ごめんね、見送りに行けなくて。私たちがここを抜けてしまうわけには、いかなくて」
「いいよ、前にしてもらった。ねぇ、さっきのダンスは、見ている人がライラちゃんのために死にたくなるようなダンスなの?」
「~~~っ! そんな意図はないわよ。変なことを言わないでちょうだい」
二人の間でだけ通じている会話なんだろうな、と思う。ライラさんにとっても、きっとジェラルドさんは特別だ。
「はは、じゃぁね。また!」
「ええ、またね!」
最後の笑顔を私たちと向け合い、ジェラルドさんが立ち去って行く。もう……振り返らない。
会場の隅にいた黒服の人たちも、ザッとついていった。警護に当たっていた人たちなのだろう。
これから私も、その世界に入る。
「ライラ、嬉しかった?」
ヨハネス様が、ライラさんにからかうような目で話しかけた。
「……そりゃ、大事な友人だし」
「まだあいつは、君のことが忘れられていなさそうだ。よかったね」
「私、ここにいる人たち全員に向かって、のろけたはずなんだけど」
「でも、僕の次くらいには好きだろう?」
「しつこいわね、もう。あなたが一番だと分かっているのなら、それでいいわ。踊るわよ、ヨハン」
「ああ、喜んで」
この二人の距離は、ものすごく近くなったと思う。二人とも本音で話しているという感じがする。
「メルル、最後の卒業パーティーよ。思いきり踊りましょう」
「はい!」
ライラさんはそう言うと、今度は優雅にヨハネス様と踊り始めた。
やっぱり他の学生とはレベルが違うんだなと感じる。思わず見惚れる学生も多い。
「……メルル」
セオドアさんが、静かに私の名前を呼んでくれる。もう、次の言葉は分かっている。
「私と、踊ってくれないか」
「はい、喜んで」
私には私の物語がある。
「ずっと、泣くのを我慢していたな……」
踊りながら、優しくセオドアさんが聞いてくれる。
「バレちゃいましたか」
「ああ、兄を思いやってくれているのが分かった。私には、お前の側が一番心地いい」
大好きなセオドアさんと一緒に、精一杯この世界を生ききろう。
――幸せな未来を、築いていくんだ。











