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婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ完結】  作者: 春風悠里
後編 学園入学後

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87.イチャイチャ

 私がヨハンにしたお願いには、色々と手配のための準備が必要だ。全てをヨハンに任せてしまった。

 それまでは、今まで以上に二人の時間を大事にしたい。


 メルルに、日の曜日の委員会がない日は学園外に出ることになりそうだと伝えたら、平日にも花園を使ってください、と言ってくれた。それも申し訳ないので、次の女子会の時にはもう少しお互いの希望も含めて、すり合わせようかなと思っている。


 今日は、あの日から二週経った委員会のない日の曜日。まだ準備が整っていないので、私たちはカムラの研究室まで来た。

 もうすぐ冬期休暇なので、実際に動き出すのは休み明けかもしれない。


「本当に来たんですね……」

「ああ、言っておいただろう?」

「まさか私の研究室を、逢い引きの場所にされるとは思いませんでしたね……」


 本当にね。

 何を考えているのかしら……ヨハンは。


「そちらに炭酸水と焼き菓子を置いておきました。よろしければ、お召し上がりください」

「あら、ありがとう。そんなのよく用意できたわね」

「ええ、こちらには実験器具がたくさんありますので、作りました」


 作ったの!?

 実験器具って……アルコールランプとかで!?


「それでは失礼しますね。ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、部屋の持ち主は立ち去って行った。


 いいのかなー。


「炭酸は早く飲みたいわね」

「そうだな、ソファに座ろう」

「それにしてもマメね。こんなの作りたいと思うような、可愛らしいタイプだったかしら」

「可愛いって……そういえばライラ、カムラのお母さんになったんだっけ。訳が分からないな」

「ああ……そうでしょうね」


 ソファに座ろうとすると、そのまま腕の中に抱きよせられて、炭酸水の入ったグラスを口まで持ってこられた。


 ――え、私に飲ませるの!?


 そう思う間もなくグラスが傾けられて、一口分が口の中に入る。


「甘くてシュワシュワして美味しい……けど、なんで飲ませたのよ」

「誰かに、こうやって飲ませてもらったことはある?」

「……ないけど」


 そう言うと、また口の中に入れられる。

 一人でグラスも持てないような小さな子になったような気分で、気恥ずかしい。


「可愛い顔をしているね」

「……そんな顔を、させたかったってことかしら」

「それもあるけど。君が何もかも経験済みなんだって言うからさ。本当かなと思って」

「……これはないわよ」


 やっぱり……色んな経験がない若い子の方がいいのかな……。


「僕はね、いいんだよ。何も気にしない。でも君が気にしているようだから、色んな初めてを見つけてあげようかと思って」


 ……前回の誕生日パーティーから、ヨハンがかなり強気に出るようになった気がする。私がいかにヨハンのことを好きなのか、伝わったのが大きいわよね……。


「はい、焼き菓子も。これは食べたことある?」


 また口の中に入れられる。

 胸焼けがしそうなほど甘いやりとりだ。


「なんだろうこれ……ないけど……サクサクして甘くて香ばしくて、なぜか懐かしい味ね」


 ヨハンの持つ焼き菓子を奪い、彼の口の中にも入れる。

 もぐもぐと食べて飲み込んでから、ふわっとキスをされる。二人とも甘い匂いだ。


「甘いキスになった?」


 頭が湧いているとしか思えない会話だ。

 意識を手放したくなってきた。


 あのお願いをしてよかったと思う。

 日の曜日にずっと長時間、これから何年もこんなやり取りをしていたら、どうにかなってしまいそうだ。


 でも……意地悪そうな顔をしているし、わざと言っているわよね。私を驚かせるようなことをあまりしなくなった代わりに、こっち方面で動揺させる方向にシフトしたのかしら。


 この顔は好きだけど……精神が摩耗していくわ。


「そういえば、なんでカムラの研究室に来たのよ」

「完全に二人きりに、なれる場所だろう?」

「それなら……なんで今まで一度も使わなかったの?」

「人の目があるかもしれない方が、我慢できる。君が僕を好きになってくれるまではと耐えていたんだ。こういうことを、するのをね」


 今度は深く口づけられる。

 長く何度も交わされて、身体が熱くなっていく。


「まぁ、ジェラルドとダンスをするって聞いて、完全に我慢はできなかったけどね」


 私にさせたのは、自分からだとこういうキスをしてしまうからか……。


「でも、カムラが可哀想じゃない? どこに行ったのかしら」

「一応職員寮もあるけど……昼間の僕の護衛しか禁止はされていない。シーナの部屋でも十分くつろげるだろう」

「…………え。待って、そんな仲だったの?」

「気を許して、部屋で雑談はできる仲だろうね。それ以上ではないよ、今はね」


 今は……。

 どこまで先を見通しているのだろう。


 ヨハンだけはもう、全く自分よりも若いとは思えない。

 昔、ローラントに年寄りじみているとか言われて、ヨハンはそんな趣味なのかなとも指摘された覚えがあるけれど……実はヨハンも老成しているのかしら。


「何を考えているの? ライラ」

「あなた、読心術ができるんじゃなかった? 私の心を読むの、得意でしょう」

「結構自信はあったんだけどね。今は全く分からない。だから教えを乞うているんだ。ね、僕をじっと見つめて、何を考えていた?」

「…………」


 言ったら萎え萎えでしょう。


「……格好いいなって」

「嘘だな。誤魔化されると気になるよ。教えてよ」

「……ヨハンって実は、老成しているのかなって……」

「ろ、うせい!?」


 あ、やっぱり言っちゃ駄目だった?


「子供扱いも嫌だけどさ……老成、老成か……。頑張って格好つけているのに、君には老成しているように映るのか……」

「……格好つけなくても愛しているから、素のままでいいわよ。あなたの好みは年寄りじみている私で、私の好みは老成しているあなたなのかしらと、思っただけよ」

「はは、なんだそれ。あーあ、若々しい甘い恋じゃなくて渋味のある奥深い恋愛が君のご所望なら、仕方がないね」


 いえいえ、十分あまあまでしょう。

 これ以上甘くなったら、気を失いそう。


「それで、言いたくなければ言わなくてもいいけど、どうやってカムラのお母さんになったの?」


 あ、気になるんだ……。


「カムラは、なんて言っていたの?」

「そうだなぁ……。君たちを森で見失って、前後不覚になって君の腕の中でシーナに殺してもらおうと部屋まで行ってしまったと。そうしたら、君にお母さんになってもらって落ち着きましたってね。見失った理由も聞いて今後の職務には問題ないことが分かったので、今後も引き続き仕えさせていただきますって言ってたよ。僕の許可なく死のうとするなと、叱っておいた。もちろん、君の部屋に行ったこともね。それをまずは謝ろうと思っていたんだけど、君があまりにも震えていて全部忘れてしまったな……」


 あーもう……ぜんっぜん意味が分からない説明だな。


 でも、私に関しての詳細は聞かないってカムラが言ってたっけ……。私の意思を尊重して、聞きたくなったら本人に聞くって。


 誠実すぎるほど誠実ね。

 私なら、全てを聞きたくなってしまう。


「あとは……その過程で君を組み敷いたって聞いたよ。……本当にごめん。君が望むなら、厳罰は与えるけど」

「与えないで! むしろ労って!」

「カムラも、怯える様子もなく条件を突きつけてきたので大丈夫だと思いますとは言っていた。早く王妃になるべき御方だってね」


 そんなふうに、思ってくれたのね。


「……それで、カムラにはなんて言ったの?」

「大したことは言ってないわ。生まれてきてくれてありがとうって。今まで一生懸命生きてきてくれて、ヨハンを守ってくれてありがとうって言っただけよ。私にとってカムラはとても可愛い存在で、幸せになりなさい、ともね。ちょっと……抱きしめちゃったけど。そこは、ごめんなさい」

「……それは……」


 さっきよりも、強く抱きしめられる。

 ふわふわとなでられ、以前のようにそっと頬に口づけられた。


「母親だな、確かに。僕の執事がすまなかった。怖かっただろう? それなのに甘えさせてやってくれて母親になってくれた。もっと早く君の夢の話を聞いて、そんな怖い思いもせずにカムラを受け入れてやる機会をつくることだってできたはずだ。僕の怠慢だよ」

「そんなこと……」

「心の準備すらしていなかったのに、気を張って、頑張ってくれたんだな。ありがとう」


 ヨハンの言葉に気が緩んでいく。


 私は気を張っていたのかな……。

 突然、窓から入ってくるカムラ。

 怖くなかったとは……言えない。


 頑張ったのと言って、ヨハンの腕の中で褒めて褒めてと甘えたくなってしまう。


「理性も何もかも、あなたの前では溶かされてしまいそうね」

「ああ、君は溶かされたがっているからね。僕は君の恋人だ。君が添い遂げる相手だよ。安心して全てを忘れ、溶けてしまいなよ」


 形すら保っていられなくなりそうね……。

 甘やかされて、上手く思考もできなくなって――……、身も心も輪郭を失っていくようだ。


 ――失う恐怖すら、もう感じない。

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