83.相思相愛
翌日の放課後になり、私はまたヨハンと秘密の花園に来ている。
昨日は大変だった。
泣き腫らした顔を見られないように、人を見かけたらヨハンと抱き合って顔を隠し、寮内でもハンカチで顔を覆いながら超スピードで部屋に戻った。
夜には謝るつもりで来たシーナが私の酷い顔を見て泣き出してしまったのを宥め、部屋でも泣いてしまったせいか今日も酷い顔のままだったので、体調不良ということにして昼食までは寮にいた。
顔が戻った午後からヨハンと合流し、同じ授業を取っていたメルルと話した上で、ここに来たという経緯だ。
「ごめん……ヨハン。昨日は泣きすぎたわ」
「いいよ、僕としては嬉しい。午前中に君と会えなかったことだけは、残念だけどね」
木陰で手をつなぎながら、隣り合って座る。
「それで、今日はどうしたの?」
「もう一度、確認したくて……」
握り合っている手を、なぜかいつもより意識してしまう。
いつも、どれくらいの強さで私は握っていたのかしら……。
いつもと同じにしたい。
それなのに、いつもがよく思い出せない。
頭がおかしくなるほどに、ヨハンを意識している。
「何を確認したいの?」
「一晩考えて、やっぱり私のこと……わ、若くなくて嫌だなとか思っていないか心配で……」
「それはないよ、愛している。本当に自信がないんだな。今までの君を知った上で、何度でも言うよ。好きだよ、愛しているんだ」
つないでいない方の手で、頭をなでられる。
それだけで顔が火照るのが分かる。
どうなっているの……。
この世界の私だけでなく、これまでの私の全てを受け入れてもらっただけで舞い上がっている。
他の男性と夫婦だった記憶がある。
四十年も生きてきた、記憶が……。
今まではずっと、それを隠して一緒にいることへの罪悪感があった。
それが全部なくなって。前世の話をどれだけしても大丈夫なのかもしれないって期待して――、
全てを愛されているのかもしれないと、嬉しすぎてポエム全開の絵本くらい描いてしまいそうだ。
十代の恋のようだ。
もう、どうしたらいいのか……。
だって、おかしい。
こんなに優しいヨハンに今、私は不平不満をたくさん持っている。
なんで手をつなぐだけなの。
なんでもっと密着してくれないの。
人が来ない場所だって言ったじゃない。
なんで十代なのに、がっつくようにキスしてくれないのよ。
ああああああああああ。
もう駄目だ、私……。
「ありがとう。私も……すごく好きよ」
「はは、なんだかライラが可愛いな。でも、言いたくなかったんだとしたら、ごめんね。前の世界の話、言わせてしまったようなものだ」
「ヨハンの気持ちに本当に変化がないのなら、もっと早く言いたかったわ」
「それなら早く聞けばよかった。怖かったんだ、詳細を聞くのが」
詳細……。
そういえば、予知夢の話をしても細かく問い詰められることはなかった。全てを話してと言われていたら、私はどうしていたんだろう。
「怖かったの?」
「ああ。僕への憧れを持っていたはずの君が、その想いを完全に消した。僕を絶対に愛せない理由が、出てきてしまうかと思った」
怖くて聞けないなんて……そんなことをヨハンも考えるのね。
私は一方的に支えられてばかりだ。不安を取り除くことすら何もしてこなかった。
もっと安心してもらえるように意識しないと……。
というよりも私が側にいたい。可能な限り隣にいたい。安心してもらえるならと言い訳をして、今まで以上にベタベタしたい。
むしろ安心させてもらいたい。わざと不安を吐露して、大丈夫だと言ってもらいたくなっている。
依存しないようにと思っていたのに、完全にどっぷりと依存しかけている。もう末期状態だ。末期を通りすぎて完全に依存型の恋愛脳に変貌している。
こうならないように気を付けようと、思っていたのに……。
「も、もうすぐ、ヨハンの誕生日パーティーがあるじゃない?」
「ああ、そうだね。日の曜日だ。ここからライラと馬車で行って、寮が閉まる前に一緒に戻って来ようと思ってはいるけど」
「……王宮に泊まって早朝に戻るのは、できる?」
「ええ!?」
あ、まずい。
ものすごくヨハンの顔が輝いてしまった。
「ごめん。万が一ってこともあるし……妊娠するようなことはしない」
「ええーーーっ」
あ、やっぱり一瞬期待させてしまったのね……。言葉の順を間違えたわね。
「皆と卒業したいから。でも……いつもより長い時間、側にいたくて……。寝室は別で用意してもらって……」
「しないよ。僕の部屋で一緒に寝よう。天国から突き落とされた気分だけど、できる限り僕だって側にいたい。手は出さないよ」
「それは……」
「婚約、解消までしているんだよ? 僕の部屋じゃなかったら変な邪推をされる」
「……そうね。ごめん」
確かに……そうかもしれない。
婚約者でもないのに私が呼ばれているのは、いずれ結婚すると思われているからだ。ベタベタしておくのは、解消をお願いしてしまった私の義務ね……。
十六歳という年齢は、学園に入っていなければ社交も始まるしお酒も許されている。一緒に寝るのは問題だ、とは思われない。
むしろ王族は子孫を絶やさないことが最優先。子供ができれば周囲としては万々歳で、退学して結婚一直線に向かっていくはず。
……我慢、できるのかな……。
「大丈夫だよ、ライラ。婚約を解消したあの日だって、ベッドの上で僕と二人だっただろう? あの日は一緒に寝てはいないけど、君がいいと言うまで何もしないよ」
「……すごい人格者ね……。真似できそうにないわ」
「はは。でも、逃がしはしない。早めに結婚はしてもらうよ。悪いけどね」
「ヨハンの好きなタイミングでいいわ。なんなら、卒業パーティーの翌日でもいいくらいよ」
安心してほしくて、そんな軽口を言う。
「ああ……それはよかった。ほっとしたよ」
「愛しているのよ。私も、あなたが好きなの」
ヨハンが、少しだけ遠くを見るような目で私を見て、ぼそりと言った。
「僕は……君を手に入れることが、できたのかな……」
そんな切ない顔をしないで。今までずっと信じてこなくて、ごめんなさい。
信じてもらえない辛さは身にしみて分かった。それをヨハンは何年も……。
「言わなかっただけで、ずっと愛してきたのよ……」
何度も愛の言葉をお互いに交わし、顔を見合わせ、どちらからともなくキスをする。
今日は平日だ。
そろそろ戻らないといけない。
日の曜日なら隔週で、こんな幸せな時間を一日中でも過ごすことができる。
それなのに、私は考えてしまっていた。こんな時間を減らしてしまうだろう、お願いを。
学生の間しか、無駄なことに時間を費やすことはできない。
いずれ私は王太子妃となり、王妃になる。
ならなければいけないからではない。
なりたくて、なる。
まずは、ここから。
誰もに認められる存在になりたい。
なるべくしてなったんだと……そう思われたい。
ごめんね……、ヨハン。
あなたの誕生日パーティーの夜までに心を決めて、私は我儘を言ってしまう。
私の我儘に付き合わせてしまう。
――今だけは、全てを忘れて幸せに浸ろう。










