77.夜のお呼びでない客
寮に戻って夕食を食べている間も、ずっとぼやーっとしていた。
あの後も、たくさんの話をした。
メルルは、自分が転生者だとバレている可能性も高いと思っていたらしい。あえて私が言わないだけかな、と。
あの時は私が秘密の花園へ行きたそうにしていたから、つい話しかけたようだ。
平安京やら鎌倉幕府やらの問答は、私が「なんのことかしら」と言える余地を残してくれていたってことよね……きっと。
メルルがセオドアを選んだのは一番好きな人でもあるけれど、ゲームでいうエンディング後も世界が続いていくのなら、平和な治世に少しでも貢献したいのも理由らしい。
『この国は、ヨハネス様とライラさんがいるなら大丈夫ですから。セオドアさんと協力しながらジェラルドさんを支えて、あちらの国の平和に寄与したいんです』
と、言っていた。
私が転生者であることは、幼い時に会った時点で既に分かっていたようだ。白桃を私が丸かじりしたところで確信したらしい。
確かに言われてみればライラらしくはない。
……しっかりしているわよね、本当。
ここにいる他の人たちについては、やはり結論が出ないようだ。
『この村へようこそ、のような同じ言葉しか話せない人はいませんし、前世の記憶を失くした魂の可能性もあると思っています。むしろイレギュラーは私たちの方なのかも。ただ、不条理に亡くなられる方も一定数はいるので、全員ではないのかもしれませんし分かりませんね』
――とも言っていた。
私よりもはるかに、この世界について考えていたようだ。
一番衝撃的だったのは、死を迎えたと思われる時期だ。
前世独特の話でもしてみようかと「スマホがあればね」なんて言った私に、女子高生であったはずの彼女が「ガラケーしか持っていなかったです」と言うから驚いた。
彼女の亡くなった年の年号は、平成。私が令和だと言ったら、「知らないです」と驚いていた。
私がこのゲームをしたのは、十二年以上前の妊娠中。それに対して、彼女は亡くなる直前の大学合格後に全クリアしたらしい。
――本当にここは、時間も空間も超越しているのね……。
拓海と同じ時間を過ごしてはいない。
それは衝撃だった。
もう、今からどの世界に行っても息子には会えない。分かってはいたけど……辛い。
ヨハンについても聞いた。
『私がライラじゃなかったら、ヨハンも考えた?』
と、どうしても気になって聞いてしまった。
『どうでしょう。意識する前に恋人だと教えてもらっていましたし……。カムラさんにうっかり殺されかねないんで……』
と言われてしまった。
やはり、あのゲームの死亡エンドにはカムラが絡んでいそうだ。
カムラルートについても聞いたけれど、
『知るはずのないことを知っていて、後で怪しまれて何かあるといけないので、やめておきます』
と、教えてくれなかった。
なんなの……カムラ。気になりすぎる。
つくづく全員攻略して、カムラルートを解放してやり込んでおけばよかったと後悔する。
次の人生では乙女ゲームは全員攻略しよう……。覚えてはいないだろうけど。
最後に、彼女から聞かれた。
『そういえば、ライラさんはなんでこの場所に入りたかったんですか? やっぱり聖地巡礼ですか?』
やっぱりって何と思ったけれど、あの景色は見事だった。
ヨハンのことがなくても、この学園生活の中で入ってみたいとは、どこかのタイミングで思ったかもしれない。
『ヨハンとの間にすれ違いがあるの。本当の意味で二人きりになって、話し合える場所を探していたのよ。一回でいいのだけど』
と言ったら、日の曜日は毎週ぜひここを使ってくださいとニコニコしながら勧めてくれた。日の曜日は隔週で委員会が入る。平日も使いますかとは聞かれたものの、そこは辞退した。
その上、明日にでも話し合いたいですよねと、委員会は次の週に持ち越しだとセオドアとリックに伝えることも請け負ってくれるという親切っぷりだ。
セオドアとは夕食を一緒に食べると約束をしていたらしいので、その時に話すと言っていた。リックの部屋番号もセオドアは知っているらしく、もう二人には伝わっていることだろう。
明日参加予定だったシーナには、さっき私から伝えた。
ほんと、メルルはいい子よね……。
やっぱりヒロインらしいなと感じる。
私一人で花園に入れるかは心配だったけれど「一度ここに来たライラさんなら、私がいなくても入れると思いますよ」と言うので帰る時に試してみたら、入ることができた。
彼女との会話が、ずっと頭の中を反芻している。ぼやーっとしながら夕食を食べて、ぼやーっとしながらシーナに寝る前の挨拶をして、ぼやーっとしながらお風呂に入って。
そして、ぼやーっとしながら布団に寝転がった時に、窓からコツコツと音がした。
一定間隔おきの、小さな音だ。
何かがぶつかっているようで、鳥が入ろうとしているのかとも思った。
でも……もう夜なんだけど、おかしいな……。
恐る恐る窓へと近づく。
ホラー映画の、一シーンのようにすら感じる。
恐怖を払拭するため正体を知ろうと、そうっと真っ暗な窓を開けた瞬間、外の空気と一緒にスルリと黒い物体が降りてきた。
「どうも。夜分遅くすみません」
「カ……ムラ」
全身黒ずくめだ。いつもの講師の服ではない。
まるで暗殺用だ。
窓枠に器用に乗せていた足を後ずさった私と窓の間に静かに下ろすと、素早く窓を閉めた。
ぼやぼやしていた頭が、一気に氷水でもかぶったかのように覚醒する。
殺される…………?
本来ここにいるはずのないその黒い存在に、体が硬直して動かない。
「ここ……女子寮よ」
「どうしても今、聞いておきたいことがありまして」
私との距離がいつの間にか詰められたと思う間もなく体が持ち上げられ、気付いたらベッドに組み敷かれていた。
――化け物じみた強さ――。
昔、夢の中で、そんなことをヨハンがカムラに向かって言っていたことを思い出す。
暗殺する時も、相手は最後の瞬間まで何が起きたのかすら分からないかもしれない。
「どういうつもりよ。こんなことして、いいと思っているの」
「まだ、ライラ様は私のご主人様ではありませんから。さすがですね、この体勢でその虚勢。でも今は私に屈して、早急に私の質問に答えていただきたい」
笑顔を張り付かせているけれど、焦っている顔ね。いつもの余裕がない。
この顔を見れば……質問の内容は察せられる。
ここに来た理由がなんとなく分かって、少しだけほっとした。前の研究室での一件のように、普通に聞いても私が答えないと思っているからこそ、先に「答えてあげる」という言質を取りたいのだろう。
そう言って落ち着かせてしまうよりも、普段なら誤魔化されそうなことを今なら聞けば答えてくれるかもしれない。
……下手したら殺されそうだけど。
「嫌よ」
顔がしかめられる。殺意のようなものが発せられ、ビリビリと空気が軋む。
「いいんですか。私なんかに、傷物にされてしまいますよ」
地獄から湧いてきたような声だ。
唇に触れそうなくらいにカムラの顔が近づき、両手を拘束している手とは別の手で、脇から身体の横のラインをなぞられる。
「あなたにそれができるの。ヨハンへの裏切りでしょう。こんなことして、私があなたに惚れたらどうするのよ」
「ハッ。そんなこと、あるわけがない。それに、できますよ? いくらでもあなたを傷つけてさしあげられる。裏切りにもなりませんよ。関係がなくなる」
「私を殺す気?」
「いいえ、それこそ裏切りになってしまう」
「…………あなたが死ぬ気ね」
にぃと口角が上がる。
目は、笑っていないけれど。
「ええ。私はどうしても今すぐ知りたいので、あなたが口を割らないのなら仕方ないですね。吐きたくなるまであなたを貪り、聞いたら晴れ晴れと死にますよ。ヨハネス様も憤りは覚えるでしょうが、そんなことであなたを捨てはしないでしょう」
本当に、淡々と話すわよね……。
「別に、そちらを選ばれてもいいですよ。どうします?」
腰のラインをなでられているだけなのに、身体が粟立つ。
……そっちの意味でも人体の急所に詳しいのかしら。
「こういうやり方って、ムカつくのよ」
「そうでしょうね。でも、仕方がありません」
「条件があるわ」
「……はぁ。本当に強気ですね」
条件次第で言う気になったと思ったのだろう。手が止まり、空気も少し和らいだ。
「私の質問に、余すことなく答えてくれたらよ」
「……質問される側になるとは、夢にも思いませんでした」
至近距離のカムラの瞳を、屈服させるような目で見つめる。
今度はこちらの番だ。
「あなたは昔から、なんでそんなに自分に自信がないのよ。教えなさい」
カムラの目が、驚愕で見開かれる。
こんな間近でこの男を動揺させることができるなんて、気分がいいわね。
餌をぶら下げて、答えにくいことを言わせるのは……この私よ。











