61.過ぎゆく時間2/3
「ごめん、待たせて」
ヨハンが立っているのが見えて、急いで駆け寄る。少し息が荒くなってしまった。
私の姿が見えるまではリックもいたようだったけれど、すぐに中へと入っていった。
「そんなに急がなくてよかったのに。どうしたの、何かあった?」
「女生徒の恋の相談のようなものに、のっていたのよ……」
「それは逆に、よく抜け出せたね」
「……ジェラルドに助けられたわ」
「――え」
思いっ切り顔をしかめられる。
そうよね……、その反応になるわよね。
一緒に食堂の中へと入りながら、説明をする。
「ちゃんとライラ様って話しかけられたし、あなたが待っているとだけ言って立ち去ったわ」
「ああ……まぁ、そうか。しかし悔しいな」
ジェラルドはいつの間にか先に来たようだけれど、やはりまだ食べているようだ。遠目に見えるあの銀髪は、きっと彼よね……。
食堂前で待っていたヨハンとすれ違ったはずだけれど、何も言わなかったのかしら。
食べながら、少しだけ静かだったヨハンが口を開いた。
「ごめん、ライラ。この時間だけは、授業が終わったら決まった道順で剣技場まで来てくれるかな。同じ道順で僕も迎えに行くよ。君が誰かにつかまっていたら、僕が助ける」
「分かったわ。待ち合わせではなくて、お迎えに行くのは新鮮ね」
「行き違いになるのは嫌だからね。あーあ、本当に悔しいな」
面白くなさそうに食べるヨハンに、つい嬉しくなってしまう。
公爵令嬢らしく話して一人でここまで来て、やっと私らしくいられる場所へ辿り着いたような気分だ。
次からヨハンが助けてくれるのなら、また話しかけられてもいいかなとすら思う。
「ジェラルドにああやって助けられて、思い知ったわ」
「え、何を?」
「私の楽しい学園生活は、ヨハンがいるから成り立っているんだなって。あなたの側にいるから皆と仲よくしていられる。確かにあなたがいないと、息ができなくなりそうね」
……あれ?
私、時間を止める能力でも身に付けたかな。ヨハンが完全に静止してしまったわ。
「……ヨハン?」
「あ……ああ。そうか、そう思ってくれるのか。ジェラルドも……生涯に一度くらいは、いい仕事をするんだな」
今度は少し嬉しそう。いや……ほっとしたような感じかな。機嫌も少しは戻ったことだし、早く食べてしまいましょう。
「僕はね、ライラ」
「……ん?」
「ずっとずっと昔から、君がいないと生きていけないんだよ」
ヨハンが私の頬をなでてじっと見つめてから、また残りのご飯を食べ始める。
次に静止してしまったのは、私の方だ。
今のはちょっと……不意打ちだった。
絶対に今、十代の女の子の顔になっているわよね、私……。
恥ずかしくて穴に埋まってしまいそうだ。
* * *
談話室へ行くと、いつもの私たちが座る場所だけがポカリと空いていた。
「お、やっと来たね、ライラちゃん!」
さっきとはまるで違うジェラルドが、元気よく迎えてくれる。
「今日は少し遅かったですね、ライラさん。何かあったんですか?」
メルルがヨハンではなく私が遅れたと知っているのは、待ちぼうけをしている彼を見たからなのかもしれない。
ジェラルドは、何も言っていないのね。
「ええ、女の子の相談事のようなものに付き合っていたの」
「うわぁ、さすがライラさんですね!」
あの答え方でよかったのかは、分からない。
「そういえばリック、さっきヨハンといたわよね。私が来るまで付き合ってくれていたのかしら?」
「あー、ええ……そうですね。他の女生徒さんが話しかけたそうな雰囲気だったんで……。あ、言っちゃ駄目でした?」
ああ……私とのベタベタを見た上でも、話だけでもしてみたい子はいるわよね。
「いいや。大丈夫だよ、ライラ。何を話しかけられても、君への愛に話をすり替えるから」
「……それは、すごい技術ね」
それにしても、これだけの人数がいると全然セオドアが話さないわよね。本人はそれでいいと思っているのだろうけど……。
「それじゃ、ヨハネス。僕が微積の基本定理について話しかけるから、ライラちゃんへの愛に話をすり替えてよ!」
「そんな話を吹っかけてくる女生徒がいるか!」
……いたら、どうやって話をすり替えるんだろう。
「……はぁ。ジェラルド」
「ん?」
二人が分かっているんだろうという顔で、お互いを見る。
「次は僕が迎えに行く」
「ああ、先を越されないといいね」
この二人の関係性は、どうなのかしらね……。
とりあえず、すぐに立ち去れる後ろの席に座れるように、次からは早めに行きましょう。
「ところで……」
セオドアが珍しく話し始めた。
「前にお前が言っていた、私たち向けではないゲームについて気になっているんだが……」
ああ……。
前回の委員会の最後に、ボードゲームは実際どこから持ってきたのか質問されたのよね……。
答えようもなかったので、私の夢の中からと言ってしまった。そのついでに、私たち向けではないゲームもあるけど、とうっかり言ってしまったのよね。
気になっていたのね……。
「そうね……例えば『はぁって言うゲーム』ね。八通りくらいの『はぁ』が書いてあるのよ。呆然としている『はぁ』や、怒っている時の『はぁ』とかね。それを演じて、どの『はぁ』なのかを当てるゲームよ」
「面白そうじゃないか、ライラちゃん」
「愛しているとか君が好きだとか、そっち系も多いのよ……あまり内容も覚えていない」
「却下だな。ジェラルド、セオドアとやれ」
「そんなの、つまんないよ!」
「確かに、私たち向きではないな……」
うん、セオドアには少し敷居が高そう。私がヨハン以外の男性に、そんな言葉を言うわけにもいかない。
そういうカードを入れなければいいだけだし、実際はその手のカードは少なかったはずだけれど……。
セオドアが可哀想だし避けておこう。「にゃー」とか……言いたくないわよね。
「ふぅん、そっち系のゲームは他にもあるの?」
「そうね、合コ……いえ、男女向けのも複数……」
「そんな夢を見るなんて、ライラちゃんも結構たまっ……痛ぁ!」
「黙れ、兄上」
はいはい、恒例恒例。
でも、最初の二、三文字くらい言いかけたところで、気持ち止まっているのよね。セオドアのチョップ待ちをしている気がするわ。
もしセオドアが突っ込まなかったら、どうなるのかしら。
そこで止まったまま……?
それは格好悪いわね。想像したら面白くなってきた。
「ライラ……なんで君がジェラルドの言葉に楽しそうにしているのか、よく分からないよ……」
いつも通りの時間が過ぎていく。
無理をしないでいられる時間。
ヨハンがいなければ、崩れてしまうかもしれない時間だ。
この世界の神様は女性ということになっている。
今、私が女神様に祈るとしたら、たった一つ……ヨハンの健康かもしれないわね。











