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婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ】  作者: 春風悠里
前編 学園入学前

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5.父親

 父、モーガイ・ヴィルヘルムが私の部屋に来たのは、軽食のお代わりも食べ終わり、医師の診察も終えた後だった。


「すまないな。視察に出かけていて、戻ってくるのが遅くなった」

「領地の視察は大事ですわ、お父様。お気になさらないで。私こそ、お戻りになったことを知らず、ご報告にうかがわなくてごめんなさい」

「いや、リーゼルから体調はまだ万全ではないと、帰るなり聞いたからな。私が行くまで知らせないよう、頼んだのだ」


 父が帰るまでには、買い物は終わっていたらしい。今回は、どれほど散財したのだろう。

 父に文句を言われないギリギリの散財が、母は上手い。


 ……全然、褒められたことではないけれど。


「そうでしたか。ご心配をおかけしました。お医者様にも診てもらいましたが、問題なしということですわ」

「ああ、聞いている。それなら、この件はヨハネス様には言わなくていいだろう。見舞いなど、気遣わせては申し訳ない」

「分かりましたわ」


 将来の王太子妃が、手すりを滑り台にして遊んで気を失ったとあっては、体裁が悪すぎる。

 きっと、そういうこと。当然すぎる判断だ。


「体調もよくなってきましたわ。……まだ少し、頭は痛みますが。夕食は、食堂でも食べられそうですわ」

「いや、それは念のため、やめた方がいい。頭を痛めているわけだからな。歩くのもよくはないだろう」

「そう……ですわね。では、今日は自室でいただきますわ」

「ああ、それがいい」


 沈黙が少しの間、続く。

 いつも通りなら、父と必要最低限の会話をすると、このわずかな沈黙の後に父は立ち去る。そして私は、よく分からない緊張感が消えてほっとする、という流れだ。


 父、モーガイとは、仲が悪いわけではないけれど、壁がある。


 学友でもある国王様と、私もヨハネスも物心すらつかないうちに婚約を勝手に決め、それからは相応しい女性になるようにと厳格に育てられてきた。


 顔つきも、いかつい。口髭もあり、年齢以上に見えるので言葉にも説得力があり、人に反論を許さないような雰囲気をまとっている。


 でも……この関係も、私はなんとかしたい。


 ライラは、そのままの自分を愛してほしいと思っていた。可愛い娘を演じて愛されても、意味がない、と。


 でも、私は知っている。

 大事なのは、自分の未来だ。

 そのためには、寂しくても演じなくては。


「では……」


 父が立ち去ろうとするのを、慌てて止める。


「ねぇ、お父様。私……運よく意識が戻りましたけれど、もしもそのままだったらと怖くなりました」


 そう言うと、父はものすごーくしかめっ面をして、眉間に深く皺を寄せながら、ため息をついた。


「だったら、もう愚かな行為はやめることだ。リーゼルから、体調がまだ悪いから責めてやるなと言われたから我慢していたが、大怪我などしていたら、王太子妃の資格なしと判断される可能性だってあったんだ」

「そう……ですわね。自分が恥ずかしいですわ。もうしません。反省しています」

「ああ、分かっているならいい」

「それで、お父様。私、人間いつ死ぬかは分からないと、意識を失って初めて思ったのです。だからこそ、お父様に本音を今、言いたくなりました」

「本音……?」


 何を言われるのかと、緊張して大きく目が開いている。

 髭があり、彫りも深い顔。

 娘という立場で距離もある父親ならば、萎縮してしまうような顔立ちだ。


 ――でも、前世の私より、ずっと若い。

 娘との距離すら上手くつかめていない、ただの若造だ。


「私はお父様が、大好きです。ものすごく尊敬しています。宰相の仕事もさることながら、領地は広いのに、それぞれの地域についてとても詳しく、運営や行政の仕組みを整えられたその豪腕にも、憧れています。正直なことを言いますわ。国王様と比べたって、ずっと私のお父様の方が素晴らしく、最高の父親だと思っていますわ」

「――――え」

「お父様みたいな素敵な人と、結婚したいともずっと思っていましたわ。ヨハネス様がそうなるかは分かりませんけれど、私、いつか死んでしまうかもしれないのなら、もっとお父様に甘えたい。抱きしめてほしいのです」

「な、そ……」


 口をパクパク開けて、驚いている。

 動揺していると、年相応に若く見えるわね……。


「そ……、そんなことを、考えていたのか……」


 絞り出すような声音に、可愛らしさすら感じる。

 仕事はできるくせに、子供の愛し方すら分からない男。この人もまた、教育してさしあげなくては。


「ええ。私、お父様みたいに、立派な人になりたいわ」


 ベッドから完全に出て、父へと抱きつく。

 恐る恐るといったように、父も私の背を包んだ。


「そ、そうか。そうだな、うむ、そう心がけるのはいいことだ」


 たどたどしく言って、そっと私をベッドへ座らせる。


 ものすごーーーく、分かりやすく顔が緩んでいる。まるで、別人だ。私が仕掛けたとはいえ、誰だお前と言いたくなる。


「気持ちは分かるぞ。国王なんかやっているが、あいつは学生の頃から面倒なことは全部周りに押し付けて、いいとこ取りする奴だったんだ。人を使うのが上手くて見る目もあったから、国王には向いているかもしれんが、俺の方が優秀だった」


 え? あれ?

 あの、お父様?

 一人称が、俺になっていますけど。

 気づいていないわよね。

 ……学園では、ヤンチャ系のキャラだったのかしら。


「あいつが俺の娘と奴の息子を婚約させたがったのだってな、今後も俺の力を借りたいと思っているからなんだよ。俺の宰相としての発言権を強くさせて地位を安定させて、ずっと側に置いておきたいからだ」


 突然饒舌になっている父親に、うんうんと笑顔で頷いているものの、表情が固くなってしまう。

 気づかれてはいないだろうけど。


「実際、あいつが国王になってからも、結構助けてやったしな。お前はヨハネス様に心酔しているようだったから言わないでいたが、俺……あ、いや、私はお前と婚約させるのだって、しぶしぶだったんだ。あいつのずる賢さが、遺伝していないとも限らないからな」


 そこまで一気に言って私と目が合うと、バツの悪い顔で自分の髭を触った。


「あー……、言い過ぎたか?」

「いいえ、国王様との仲のよさも伝わってきましたし、私を大切に想ってくださっていることも分かりました。ねぇ、お父様、もっと昔の話を聞かせてください」


 ねだるように言って、父の袖を引っ張った。

 国王様、つまりヨハネスの父親の話を聞けるチャンスだ。ヨハネスには両親も説得してもらわなくてはならない。どんな性格なのか、あらかじめ知って私も策を練りたい。 


 そうやって冷静に考えながらも、胸の中がざわざわする。


 前世では、父親とこんなふうに仲よくしゃべったことはない。


 自分であるライラに、嫉妬しそうだ。

 もしも、かつての私もこんなふうに甘えてみせたら、愛してもらえたのかな。


 前世で満たされなかった心が、うるさく軋む。

 幸せな時間のはずなのに、違和感がある。


 ――大切にされるのが当たり前になったら、私はどうなってしまうのだろう。


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