32.入学式当日
とうとう、入学式の朝が来た。
あの、「王立学園の秘密の花園」の舞台に、私はようやく足を踏み入れたんだ。
涙ぐむ両親と抱擁し、ミーナにも最後にぎゅっと抱きついた。
ローラントは騎士学校だ。休日に別れの挨拶は済ませた。私よりも身長は高くなったものの、ものすごく寂しがってくれた。
ミーナとシーナについては、せっかく私が四年間もいなくなるのだし、好きにさせてあげてほしいと、両親には頼んだ。
それでも公爵家に残ることを希望するのかなと思ったものの、どうやらミーナは私がいない間、各国を回って見聞を広げるそうだ。定期的には戻るらしいけれど、いずれ私が王太子妃、王妃となることを前提に考えてくれている気がする。
ただ、思いの外、嬉しそうでもあったのよね……。実は旅行とか、好きなタイプだったのかもしれない。
シーナは、最近姿を見なかった。
誰に聞いても教えてくれなかったので気になるけれど、私のために何かしてくれているのかなと思っている。
でも最後くらい、挨拶したかったな……。
真新しい制服と靴で、入学式の行われるホールまで歩いていく。
護衛のいない、初めての朝だ。
でも、緊張感はない。
びっくりするほど、ない。
理由は、一つ。
隣に、異常にベタベタしてくるヨハンがいるからだ。
「ライラ、とうとうこの日がきたね」
「……そうね」
入学式当日から、腰を抱かれて学園に入る女性って、他にいたことあるのかしら……。
ちょっと早めに来たから人が少ないとはいえ、噂されている。
「もしかして、あの御方って……」
「ヨハネス様よ、ヨハネス様!」
「隣にいるのは、ライラ様ね」
「仲よさそう。婚約者だものね」
「それが、解消したらしいわよ」
「え、あんなに仲がよさそうなのに?」
「自由恋愛の中で、ライラ様に選んでほしいんですって!」
「きゃー! そんな台詞、言われてみたーい」
も、もう駄目だ。
むずむずするー!
それに、お互いが選ばれたいという話だった気がするものの、少し変化している。あの場で話したのも根回しをしたのも、ヨハンだったからだろう。
「ヨハン、どうしてあなたは人の視線が気にならないの」
「恋人といえば僕たち、みたいな存在を目指しているからね」
「……変な存在を、目指さないでちょうだい」
「君が注目されるのは、気分がいい。僕の恋人はこんなに可愛いんだと、自慢できる」
「楽しそうで羨ましいわね。私は注目されすぎて、高らかに歌い出したい気分よ」
「お、さすがライラ。付き合うよ」
「……冗談だから」
入学式からこのようなことではもう、メルルとの未来は絶望的なのではないだろうか。
私といるより幸せになれる可能性があるのかもしれないのに、自分でその可能性をへし折ってどうするのよ。
「私と一緒でなければ、話しかけてくれる人もいたでしょうに。友達百人計画を実行するなら、もう少し離れた方がいいわよ」
「そんな計画立てないよ。君さえいてくれれば、それでいい」
そう言って、小さく囁いた。
「卒業後に仲を利用しようとされるのは、面倒だ」
「……そうね」
確かに、役職面でも取引などでも、優遇を求める人は出てきそう。
そういった事を要求しなさそうな人とだけ、仲よくならなければならないのか。まだ学生なのに、そこまで考えなければならないなんて、可哀想だ。
ゲームのオープニングに寂しがりやの王太子様と出てきたし、恋愛イベントでもやたらヒロインに会いたがっていたけれど……友達がいなかっただけなんじゃないの?
でも、第二王子のセオドアなら対等な立場だから、仲よくなっても問題はなさそう。外交的には、むしろその方がいい。
それに、この世界では彼と仲よくなった。
「ヨハネス様とライラ様ーーー!」
底抜けの明るさを持つ彼、リック・オスティンがいてくれる。
「久しぶり、リック。立派になったわね」
「まだまだですよ。お二人の姿が見えたんで、走ってきました!」
「相変わらずだな、リック。……背が高くなったな。僕をはるかに越えているじゃないか。ちょっと縮んでくれないか」
「もー、ヨハネス様も相変わらずで、安心しましたよ」
私たちのイチャつき(?)に慣れていて、声をかけてくれるのは、リックしかいない。
……それにしても、本当に大きくなったわね。
ここ一年近くは、騎士学校の卒業試験に集中したいからと会っていなかったけれど、まさかその間に、こんなことになるとは。
ゲームでは画面の中にいるせいで、見上げないものね。
そこかしこから、やはり噂話が聞こえる。
「誰かしら、あれ」
「知らないけど、お二人の世界を邪魔するなんて、ちょっと失礼よね」
ううーん。
これはちょっと、よくないわね。
「リックは、私たちの幼なじみだもの。一緒の学校に通えて嬉しいわ」
「僕たちの、兄弟みたいなものだからな」
あえて強調して幼なじみと表現したら、ヨハンも合わせてくれた。やっぱり、リックが悪く言われるのは嫌なようだ。
友情ね……!
ああ、ヨハンにも友達ができて、本当によかった。
「そ、そんなふうに言ってもらえるなんて、俺、感動で泣きそうです!」
まぁ、ちょっと天然入った友達だけど。絶対、噂話聞こえていないわよね。
「小さい頃からの、知り合いみたいね」
「あー、だからあんな距離感なのね」
うん、噂話も好意的なものに変わったようだ。このまま私たちの幼なじみ的存在だと広まれば、平民出身だとおおっぴらに馬鹿にする者は出てこないでしょう。
「でも、お二人の門出を邪魔しちゃ悪いですよね、俺は先に行きます」
えー、もう?
もうちょっと、ヨハンと会話してからでも……ローラントがいれば、気を利かさずにもう少し会話も続いただろうに。
あ、あれは!
ちょうどいいところに!
「ちょっと待って、リック。メルルー!」
しゃべっていた私たちの歩みはいつの間にか遅くなっていて、後ろから来た生徒たちに抜かされていた。
その中の一人に見知った髪型の女の子を発見して、つい叫んでしまってから後悔した。
私は、阿呆かーーー!!!
「あ、ヨハネス様とライラ様! 初日からお会いできるなんて、嬉しいです!」
「も、もー。同級生なんだから、ライラって呼んで」
「えへへ。それなら、ここではライラさんって呼んじゃおうかなぁ」
天使のような笑顔で喜びをあらわにするメルルに、私は会話を続けながらも、青ざめていた。
リックとメルルの初対面イベント、奪ってしまったわ……。あんなに気を付けようと、誓ったのに。
ここはもう、なんとか挽回するしかない。
「メルル、彼はリック。あなたと同じ平民出身で、騎士学校の首席卒業者よ」
メルルが、すごーいという顔で、瞳を輝かせている。
「それから、彼女はメルル。同じく平民出身で、特待生入学者。家の仕事の手伝いもしていた働き者よ。きっとお互い気が合うと思うわ。すごくいい子で、すごく優秀だから」
それぞれを紹介して、二人にしてあげよう。共通イベントの代わりくらいには、なることを祈ろう。
「リック・オスティンです。すごいですね、仕事に勉強。尊敬します」
「いえいえ、大したことないですよ。騎士様なんですね、私の方こそ尊敬します。私は、メルル・カルナレアです。これから、よろしくお願いします」
よし、二人の世界に入ったことだし、ヨハンと一緒に離脱しよう。
彼らの歩みと少しだけテンポをずらすと、相変わらず腰を抱いたままのヨハンも、気付いてそうしてくれた。
「ライラ……、君が何をしたいのか、よく分からなくなってきたよ」
「うん、安心して。その感想は間違っていないわ。私が阿呆なことをしただけよ」
自分のミスを、自分で尻拭いってね。
我ながら、酷すぎる。
 










