31.王立学園を前に
目の前には、かつて私がゲーム内で何度も見た、王立学園の門が立ちはだかっている。
ついに、ここまで来たんだ――!
まだ入学式ではない。
事前に荷物を寮に運び込む期間が決められていて、通常は使用人に任せるものの、私はそれについてきただけだ。
どでかいわね……。
美しくて、大迫力の外観だ。
ゲームの画面で見ていた景色が目の前に広がっているのは、感動だ。聖地巡礼する人たちの気持ちが、分かってしまった。
入学式に一人でこんなところに佇んでいたら、完全にお上りさんだ。目立ってしまう。だからこそ、ゲーム内のイベントを思い出すため、入学式前にここに来た。
何度も見たオープニングのムービーが、さっきから頭の中に流れている。
オープニングでは、必ずキャラクター紹介の画面が流れる。ゲーム内での台詞がスチルと共に紹介され、それだけでドキドキして、早く始めたくなる。
まだ会っていないキャラクターは、サブキャラのジェラルド・オーウェンスだけだ。
彼は第一王子で、隣国から半年間だけ二学年上の交換留学生としてやってくる。これまで会えなかったのは、当然だろう。
目の前の学園を見ながら、オープニングのキャラクター紹介画面を思い出す。
ヨハネス・ブラハム
寂しがりやの王太子様
「君の前でだけ僕は素直になれるのに、君は僕に隠し事をするの?」
カムラ・トッカム
正体不明の臨時講師
「嬉しいって、こんな気持ちなんですね……初めて知りました。責任、とってくれますよね」
セオドア・オーウェンス
隣国の根暗な第二王子
「お前の側は心地よい。もう少し……ここにいてくれないか」
リック・オスティン
世話好きな凄腕騎士
「俺だけが、君を守れればいいのにって思うんだ」
アンソニー・スコールズ
変わり者の天才画家
「君の色を描きたいんだ。協力、してくれるよね」
ジェラルド・オーウェンス
隣国のひねくれ第一王子
「君は僕を心配してくれるんだね。それって、同情? それとも……違う何か、なのかな」
ローラント・ヴィルヘルム
王太子婚約者の愛くるしい弟
「姉さんも、悪気があるわけじゃないんだ。優しい君に、戸惑っているんだよ」
こんな感じだったはずだ。
メルルが誰を選ぶとしても、この前のように知らないうちにイベントを妨害しないように気を付けなくてはならない。
恋愛イベントは、ヨハンとリックしか知らない。せめて、共通ルートは潰さないようにしなくては。
ヨハン以外のイベントは、あまり覚えていない。覚えているのは、最初の出会いくらいだ。
ヨハンとの出会いは、食堂だ。
席が空いていなくて、王太子様に相席をお願いしてしまうイベントからだった。きっとこれは、ヨハンを混雑している時間に食堂に一人で行かせれば、起こるだろう。
……攻略不可キャラクターに、もうなっているかもしれないけれど。
カムラは、薬学の臨時講師として学園に入り込む。共通ルートでは、廊下でヨハンと主従としての会話をしているところに遭遇するのが、始まりだった。
こちらも、攻略不可キャラクターに既になっていたら、どちらにも申し訳ない。
セオドアは、靴屋での出会いが最初だ。学園で会った時にも、その話から始まる。二人きりになっている時に邪魔しなければ、大丈夫だろう。
リックは、同じ平民の出身ということを噂話で聞いて気になっていた時に、ベンチで昼休みに眠っているリックの髪についた葉っぱを取ってあげるのが出会いだった。
これは、少し危険だ。うっかりその役割を奪ってしまわないよう、眠っているリックには近づかないように気を付けよう。
アンソニーは、美術の時間に、メルルの描いた風景の色合いが気に入って、という流れだった。美術の時間には近づかず、空気になれるよう徹しよう。美術の授業を取らずに済むなら、取らないでおく。
ジェラルドやローラントは、サブキャラクターだ。セオドアを探すジェラルドに会うイベントと、私を探すローラントのイベントが数回ある。
突然ひょこっと現れるし、気にしなくても問題はないはず。
それに、ジェラルドは癖のあるキャラだ。きっとメルルも選ばないでしょう。半年しかいないから、告白イベントの起こる学園祭にはもう国へ帰っている。だからこその、サブキャラクターだ。
うん、こんなところでしょう!
うっかり共通イベントは潰さないようにしながら、ヨハンの動向を見て……メルルに惹かれてしまったら、身を引いて応援をしよう。
そこは、覚悟しておかなくては。
ヨハンが失恋した場合に自分がどうするかは、結論が出せない。
私への気持ちが消え失せたヨハンとの夫婦生活は、送りたくはない。そのために、婚約の解消をお願いしたのだから。
……でも、放ってもおけない。
今は、考えるのをやめようと思う。
「そろそろ、お気持ちのご準備はできましたか、ライラ様」
私の表情の変化に気付いたのか、ずっと静かに横にいてくれたミーナに、声をかけられる。
私の希望で、今日は遠くからではなく、私の側に二人ともいてくれるよう頼んだ。
「ええ、満足したわ」
そう言って頷くと、シーナが泣きそうな声を出した。
「私は寂しいです。しばらくの間、ライラ様に会えないなんて、どうやって生きていけば。カムラはずるすぎます!」
「そこは、王族特権よね」
カムラが臨時講師として入り込むのは知っていたので、ついヨハンに「もう決まったの?」とお忍びデートの時に聞いたら、驚いていた。
ちょうど手続き中だったらしい。
肩書きも、執事見習いから執事に変えたそうだ。
「シーナは、カムラとも仲よかったもんね。寂しいでしょ」
「そ、そっちは全然です!」
ん?
あれ?
「なんか、赤くなった? もしかして、もしかする?」
「しませんしません!」
「そっかー、カムラみたいなのが好みなのね」
「違います! ま、まぁでも、ライラ様をお好きなところだけは、評価しますよ。うん、そこはいいところです」
ミーナと顔を合わせて、苦笑する。
「そこなんだ」
「そこは重要です。でも、違いますからね!」
シーナ、可愛いな。
でも、そうかぁ。私がカムラに気に入られたから、シーナもカムラを気に入って……か。一緒にボードゲームで遊んだりもしたしね。
カムラに好かれていると言われると、そんな可愛いものでもない気がするけれど。
何かが変わると、思わぬところまで変わっていくなぁ。
「お姉さんとしては、寂しい? ミーナ」
「いいえ、とても嬉しいです。いつか、ライラ様の子供と、シーナの子供の顔も、見られる日が来るかもしれませんね」
ものすっごい話が飛んだー!!!
「だから、違うってば〜!」
こんなふうに二人と話せるのも、しばらくは無理だ。
「ずっと今まで私を守ってくれて、ありがとう。側にいてくれて、ありがとう。私は、二人と一緒にいられて本当に幸せだった。二人のお陰で、今ここに立っていると思っているわ。ミーナ、シーナ、元気でね」
シン、として二人が涙ぐむ。
「や、やだやだ、そんな今生の別れみたいなことを言わないでください。私はずっとずっと側にいます!」
「そうですよ、ライラ様。泣かせないでください」
二人の涙が止まらなくなるのを見て、私まで涙があふれてきた。
「うん、もちろん。これからも、よろしくね」
鼻声になって、はっきりしゃべれない。
「うわーん、ライラ様ー! 私、もう自分の人生に悔いはないです! 今、八つ裂きにされても、満足ですー!」
不穏な言葉を言いながら、シーナが抱きついてきた。ついでなので、ミーナもぎゅっと抱きしめた。
「もー、ライラ様。ものすごく変な三人になっていますよ」
「いいじゃない。これからも、ずっと変な三人でいましょう」
「大好きです、ライラ様」
いつも一緒にいてくれたミーナとシーナから離れるのは、ものすごく不安だ。
でも、きっとこの学園に入学する生徒たちは、ほとんどそのはず。護衛がいるのが当たり前だった子たちが、親元からも離れて寮に入る。
頑張ろう。
ヨハンとどうなるかは分からないけれど、卒業したらミーナとシーナがびっくりするくらいに素敵なレディになろう。
――それが、二人への恩返しだよね。










