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婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~【書籍化・コミカライズ完結】  作者: 春風悠里
前編 学園入学前

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27.婚約解消宣言

 ヨハンにエスコートされて、きらびやかな会場へと足を踏み入れる。


 毎年参加はしているけれど、そのたびに圧倒される。まるで宝石箱の中の世界だ。吹き抜けの天井部分には神話に登場する女神にちなんだ絵画が描かれ、誰もが美しい出で立ちをし、楽団による生演奏が流れている。


 参加者は、何百人もいるだろう。


 そこで、はたと気付いた。

 私、まだお祝いの言葉、言ってない!


「ヨ、ヨハネス様、このたびはお誕生日おめでとうございます。十六歳になられたヨハネス様の隣にいられて、幸せですわ」

「ああ、ありがとう」


 ここは既に会場だ。

 誕生日パーティーだから、ものすごく格式張っているわけではないけれど、くだけた話し方はできない。


 そんな中、柔らかく微笑む彼の表情に、あまり感情が伴っていないことに気付く。


 これは……ヨハンも、緊張しているわ!

 そっか、そうよね、何かするんだもんね。

 たぶんだけど。

 だから、私のフォローどころじゃないんだ。


 そう思ったら、いきなり震えが止まった。

 ――私がしっかりしなきゃ。

 何年生きていると思っているのよ。何があっても、動じない気構えでいないと。


 私の震えが止まったことで、初めて私が震えていたことに気付いたらしいヨハンが、しまったという顔をする。


「ごめん、ライラ」

「なんのことだか、分かりませんわね」


 不敵に笑って、ヨハンを勇気づける。


「私……ヨハネス様を信じていますわ。それこそ、天と地がひっくり返っても」

「はは、ありがとう、本当に。私も……もう大丈夫だ」


 彼の腕の強張りが解けて、初めて彼の体が強張っていたことに気付く。


 私たちったら、二人とも緊張でガチガチだったのね。


 大きな螺旋階段の上の王室専用の扉から、国王様と王妃様が入場される。シンと会場中が静かになり、皆を見下ろせるその位置で、挨拶を始めた。


「今宵もまた、この国を力強く支えてくれている皆のお陰で、我が息子ヨハネスの十六の誕生日を祝えることを、嬉しく思う。我が国ルビアの有する平和と繁栄の中で育ち、今日を迎えられたことに感謝する。これからも豊かな恵みを享受し続けられるよう、皆と共に考え、より良い未来へと歩み続けていきたい」


 ほう……と感嘆のような声が周囲から漏れる。

 国王様も、強いカリスマ性のある男性だ。力強い、人を惹き付けるような声で、労いの言葉が続いていく。


「だが、時には休息も必要だ。今宵は存分に踊り、大いに楽しんでほしい」


 挨拶も、もう終わりかな。

 ――そう思った直後に、心臓が跳びはねた。


「ああ、それから今日の主役ヨハネスからも、私事ながら報告がある。少しだけ、耳を傾けてほしい」


 え、これって……。


「行こう、ライラ」


 どこに行くのよ。

 聞いてないわよ。


 そう思いながらも、微笑みを絶やさず、背筋を伸ばして彼と一緒に階段を上る。

 もう、身長は大人と同じ。小さいからと許される年齢ではない。優雅に美しく見える所作で、彼の腕に手を添えて歩く。


 ヨハンも以前の彼とは違う。

 えらそーな雰囲気は欠片も表に出さず、菩薩のような笑みを階下の者たちに向けた。


「今宵は、私の誕生日のために集まっていただき、ありがとう。私がこの場所に立ち今日を迎えられるのは、陛下のお言葉にもありましたが、皆様の支えがあってこそです。心から感謝しています」


 どこからどう見ても、完璧な王子様だ。

 物語から出てきたように美しく優しげな彼に、会場中の女性たちも、つい息を漏らす。


「今、隣にいる私の婚約者、ライラとの関係に少しだけ変化があり、皆様にも温かく見守っていただきたいと思い、私事ではありますが、聞いていただきたいのです」


 な、何を言うのぉぉぉ。

 この、恐ろしいほどの視線が集中するこの舞台で、いったい何が起こるのー!


「私たちは恋人関係でもあり、深く愛し合っています」


 な、ななななな、ぬぁんですってぇぇぇ!

 いきなり、何百人かの前でのろけ始めたよ、この人。でも、愛し合った記憶もなければ、仲はいいけど恋人ではないはずよ!

 ……たぶん。


「しかし、私たちは婚約という見えない籠に捕らわれていることに、気付いたのです。自由に羽ばたけない籠の中より、時に他の鳥たちと出会う機会もある青空の下、愛し合いたい。お互いにお互いが選ばれて、共に歩みたいと思ったのです」


 あー……、なるほど。

 そういう言い方で、ね……いや、どうなの、これ。


「婚約は、一時的に解消します。愛して愛される恋人として過ごし、いつか皆様の前で結婚できる日が来ると、信じています。もし、他の鳥に彼女がさらわれたら、哀れな道化だと私をどうぞ笑ってください。もし私が他の鳥を迎えてしまっても、彼女にはなんの非もありません。その時は、私が籠の外の魅力に取り憑かれた、哀れな鳥だったということでしょう。その時もまた、私を笑ってやってください。そんな日は、きっと来ませんけどね」


 ここは笑うところですよといったヨハンの口調に、ハハハと会場から笑い声が聞こえる。


「私の個人的な話に付き合ってくれて、ありがとう。彼女に選ばれる私であるために、今後もいっそう研鑽を積もうと思う。それでは、今宵をどうぞ、お楽しみください」


 彼に合わせて、私も礼をする。

 彼は片手を体の前で直角に曲げてのボウ・アンド・スクレープ、私はドレスの裾を持ってのカーテシーだ。

 お互い顔を見合せ、仲よさそうに、愛おしい人を見るような視線を交わす。


 ――全て、ポーズだ。何も言わないで済んだ私にできることは、それくらいのもの。……正直、頭がパニックで、それどころではない。


 国王様が、もう一度話し始める。


「挨拶が長引いてすまなかった。この国の美徳は、自由と寛容。可愛らしい恋人たちの行く末を、温かく見守ってほしいと、親の立場からも皆にお願いしたい。それでは、パーティーを始めよう」


 ゆるゆると階段を下りた私たちに、たくさんの視線が集中する。

 もう一度顔を見合せ、一緒に礼をとった。


 どの人の視線も、生暖かい。


 狙いすましたかのように音楽が流れ、ヨハンに誘われるようにダンスを始める。

 もう、かなり上達した。

 彼とも、何度か練習をした。


 一曲が終わると、次の曲からは周囲の人たちもダンスを始める。


 や、やっと視線が少なくなった……。

 いつもは緊張するはずのこの時間が、休息に感じられる。


「ライラ、気分はどうだい?」


 二曲目に合わせてダンスをしながら、耳許でそっと囁くヨハンに、私はかつてと同じ言葉を小さく返した。


「過去、最大に悔しいわ」


 どういうこと? と表情で聞く彼に、小さな小さな声で言葉を続ける。


「してやったりな、あなたの顔を見ているとね。してやられた気分よ」


 くすくすと笑いながら言葉を交わし踊る私たちは、さぞ仲睦まじい恋人同士に見えているのだろう。


「ああ、やり遂げた気分だ」

「あなたのやりたかったことが、やっと分かったわ」


 というより何も考えられない。さっきのは、どうだったのだろう。あの発表で、何が変わって何が変わらないのか。

 何も考えられないし、考えたくもない。


 そもそも……ものすごく恥ずかしいこと言ってなかった? 婚約解消するのに恋人同士って、おかしいでしょう。ちょっと……いえだいぶ頭がおかしくなっている恋人よ。

 ――間違いなく、黒歴史。

 知り合い全員に知られる黒歴史よ。


 たくさんの顔がこちらを向き、視線が注がれるあの感覚。あの一瞬を味わうだけでも、げっそりだ。


 あの視線を、いずれ最も一身に背負うのが彼なのよね……。このまま彼ともし一緒になれば、側にいる私も担う。


 メルルに奪われる覚悟と、王妃になる覚悟。

 どちらにも覚悟が必要だ。


「全て、君の思う通りだろう?」


 それは……どうだろう。

 まさか、こんな場所であんなふうに発表されるとは思わなかった。せいぜい両親を説得して、婚約解消を同意し合い、そこはかとなく噂を周りに流すくらいかと。


 その噂の部分で、私にダメージがないように工夫するのかと思っていた。


 ――その場合はきっと、ヨハンの次のお相手になることを狙って、女性たちが放っておかなかったはず。


 ……それを避けたのかな。

 たとえ、頭がおかしくなっている恋人同士だと思われても。


 ヨハンの言っていた根回しは、この会場にいるほとんどの人たちに、こんな阿呆なことをしますよと事前に言っておくことだったのかもしれない。

 ……それはおかしいと、言われないために。


 十六歳の誕生日まで延ばしたのは、おかしくなっている恋人たちとして、説得力のある時期を待っていたのかな。


 綺麗な顔をして、どれだけの黒歴史を積み上げてきたの、この人……。


「あなたの思い通りでも、あるのではなくて?」


 そう言うと、心外だなという顔をされる。


「大好きな君を、籠に閉じ込めておきたいのを我慢したんだ。褒めてほしいね」


 ここ何年も、本当にすぐに会話の中に甘い台詞を混ぜてくる。信じてしまいそうになるから、やめてほしい。


「学園に入ったら、やっと君に証明ができる。僕の愛が本物だってね。待ち遠しいよ」

「私は……少し怖いわ」

「君の不安は、僕が全て取り除いてあげるよ」


 何度も囁かれる声が、耳をくすぐる。


 ――本当に、大きくなった。

 すぐ目の前にあったはずの顔はどんどんと高くなり、対等に話していたはずの彼は、ますます私を翻弄し続ける。


 自分の心が、どこにあるのか。

 自分でももう……分からない。


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